篝諒子のリアル
――ワージャパン本社。開発室――
「諒子ちゃんの言う通りだったよ。凍結リストにあった[アカウント名、クレイジー]は解除しておいた、もう入れるだろう」
「ホントですか? すいません、わざわざありがとうございます」
「いやいや、迷惑をかけてるのはこっちの方だからね。それよりあの噂は本当なのかい?」
梶田さん。君の叔父さんとはあれから少し仲良くなってね、何度かこうやってお邪魔させてもらってるんだよ。
「本当みたいですね、若葉ちゃんも見たって言ってました。何か分かりましたか?」
「まだ何も見つからないんだよ。正直諒子ちゃん達から聞いてなければ信じられない話だよ」
「そうですか。アタシ達も色々探してみますから、何か分かったら教えてもらえますか?」
「ああ、何かあったらすぐ知らせるよ。ところで、アキラ君の様子はどうかな? 顔を出さなきゃいけないとは思っているんだが。恥ずかしい話、中々仕事が抜けられなくてね」
梶田さんが申し訳なさそうな顔をする。仕方ないさ、大人は色々と大変なんだ。
「特に変わった事はありませんよ、検査の結果も異常なしみたいですし。これからも病院に寄ろうと思ってるんです」
「色々すまないね。じゃあまた、何か分かったらすぐ連絡するよ」
「はい。よろしくお願いします」
君がいない間、ルミエスタではとんでもないことが起きてるんだ。
最初はただの噂だと思ってたんだよ。信じられる訳ないじゃない。
人斬りのGMが出る、だなんてさ。
『カタナを持ったサムライに斬られるとルミエスタから消える』
そんな噂が出たのはいつだったかな。
でもただの噂じゃなかった。人斬りIZOは確かに居たんだ。
アタシの知らない、別な何かがね。
――東京都立目黒川総合病院――
「おはよー。今日も良く寝てるねー」
病室に入ったら、とりあえず声を掛けるんだ。
イゾウとは違う、まだあどけなさの残る君に。
初めて会ったときと変わらない顔で、君はベッドに横たわる。
今日でもう八日目。イゾウと出会って、そして君と出会って。
――良かったらこの後ご飯でもどうかな。
まさかそんな事を言われるとは思わなかったよ。
そりゃあの日は楽しかったけどさ、突然っちゃ突然だよね。
初めて会って、これからご飯でもいかない? とか。
ナンパにしては随分ストレートだなって思ったよ。
最初はビックリしたんだけどね、でも断ろうとは思わなかった。
何となく、初めてイゾウと会った時から感じていたのかも。
ああ、コイツとは仲良くなれるってね。
花瓶の水を取り替え、持ってきた花を挿す。
アタシ、花ってガラじゃないんだよ本当は。実は今まで買ったこと無かったんだよね。
君がこの部屋に来たときに、わかばんが買ってきたんだ。
へ〜、花とか買っちゃうんだ、って思った。何だろう、女の子っぽいっていうか。
――りょうこさんもお花持って来たら、一緒に活けましょうね。
ってわかばんが言ったんだ。突然だったから驚いたよ。
何となく返事しちゃって、それから何となく買ってくるようになったんだ。
アタシには似合わない、綺麗な花。
本当に寝てるみたいな君の顔。
疲れたのかな。あれだけ頑張ったもんな。
イゾウのおかげで皆が救われたんだ。
大きな騒ぎにもならず、ルミエスタも元通りになった。
二人で見ただろ、ルミエスタの夜明け。
だから、早く君も目を覚ましてくれよ。
――カブファスト――
【おはよう。ちゃんと入れたみたいじゃな。良かったぜよ】
【おー、おはよう。あ、もしかしてリョウマ何かしてくれたか? 若葉ちゃんから聞いたとか?】
【ああ、昨日の夜に若葉に聞いてな、ついでだったから運営に調べてもらったぜよ】
【マジか〜。いや悪いな、手間掛けさせて。流石に焦っちゃったぜ、運営に問い合わせても反応鈍くてよ。このまま一生来れないのかと思った】
【大袈裟な奴ぜよ。で、おまんがやられたのはイゾウで間違いないのか?】
【ああ、でもちょっと違うんだよ。確かあいつの名前ってカタカナだった気がするんだよな。俺が会った奴はローマ字だったぜ】
わかばんの話と一緒だ。イゾウじゃない、IZO。
武器も同じ、格好も同じ。名前だけが違う。
ソイツを見つければきっと行ける、アタシはそう思ってるよ。
まだ延期中の、ルミエスタ維新の祝賀会にね。
――旧道――
「ここで会ったんだよな。あっけなくやられちゃったけど」
「イゾウは強いからのう。おまんとじゃそもそもレベルが違うぜよ」
「そんなに違うのか? 確かに強かったけどよ」
「おまんはレベル50位じゃなかと? イゾウは80をゆうに超えてるぜよ」
「そんなに差があったのか……。あれ、リョウマは何で俺のレベル分かるんだ?」
「どれくらいかなんて、大体なら分かるぜよ。まぁ負けて当然、仕方ないことぜよ」
「そうかー。でもそこまで強い感じはしなかったんだよな。強いには強いんだけど、何か慣れてないって言うか、そこまで戦闘上手じゃないって言うか」
イゾウの戦闘の腕は決して悪くない。そこらへんのプレイヤーには劣らない実力を持っているはずだ。
慣れてない。そう言ったクレイジーの言葉が頭から離れなかった。
しばらくルミエスタ中を歩いた。
IZOの出現した場所、出現しそうな場所を回りながら。
「そう言えば、今日若葉ちゃん来てないな。いつもなら必ずいるのに、珍しくないか?」
「ふむ、まぁ飯でも食うちょるじゃなかと? 若葉だってそう毎日居るわけじゃないぜよ」
現実時間は午後の六時。夕飯時だと言えばそうかもしれない。
わかばんは最近、毎日ルミエスタに来ていた。
寝る間も惜しんで、食事も余りとってなさそうな感じ。
気持ちは分からなくもないけど、正直心配。
あんまり無理はして欲しくない。
「じゃあちょっと飯食って来るわ。また後でインするからよ」
「ああ、了解ぜよ」
ご飯、か。アタシも食べようかな。
システム、ログアウト。ちゃんと表示される。
このままイゾウが見つからなかったらどうなるんだろう。
そんな事を考えると、食事の時間も惜しくなってくる。
わかばんもこんな気持ちなんだろうな。
CABの蓋が開き、リアルに戻る。
真っ暗な部屋、LEDの光だけが部屋を照らす。
CABは棺桶の様だって、どこかの評論家が言っていた。
現実から逃げ、殻に閉じこもる。
知らない人から見ればそうなのかもしれない。
でも、アタシには違う。
この薄暗いアパートの部屋こそが、アタシの棺桶。
このつまらない現実が、アタシの墓場なんだ。




