柿崎若葉のリアル
「今日はお母さん午後から仕事だから。夜は適当に済ませてもらえるかな?」
「うん。わかった。あ、今日はオムライスだ。いただきまーす」
「そんなに急がなくてもオムライスは逃げないわよ。それにしても最近若葉はよく食べるね」
「お母さんのご飯が美味しいからだよ」
「お母さんのご飯が美味しいのはここ最近の話じゃないでしょ。あの子はまだ目を覚まさないの?」
あの子、というのは君の事だよ。私のお母さんも知ってるんだ、病院にも送ってもらったりしてるからね。
「うん。まだ寝てる。でも大丈夫、すぐ帰ってくる」
「それならいいけどね。若葉も頑張りなさいよ、大切な友達なんでしょ」
何を頑張るのかは分からないけど、お母さんは何でも頑張れって言うの。
何をしたいって言っても頑張れ。何もしたくなくても頑張れ。
でも頑張りたくなきゃ頑張らなくてもいいんだって。良く分からないよね。
でも、頑張れって言葉好きなんだ。頑張ろうって思えるから。
――始まりの丘――
【ただいまー。クレイジーさん何処にいますか?】
【旧道だ。イゾウと戦っている】
イゾウさんと戦ってる……? どう言う事?
【暗くてはっきりとは見えないんだが、あの剣を持ってるんだ】
あの剣、妖刀ムラマサの事だ。どうしてイゾウさんと戦ってるの?
【こいつはちょっとやっかいだ。若葉ちゃん、リョウマが帰ってくるまで動くなよ。こいつは一人でどうにかできるレベルじゃない】
【そんな……。じゃあ私はどうすれば――】
通信が切れた。どうしたんだろう、まさかそんな事。
クレイジーさんがログアウトになってる。さっきまでちゃんと居たのに。
どうしよう、クレイジーさんのリアルの連絡先は聞いてない。
りょうこさんに連絡? でもまだ仕事中だよね。
どうしたらいいんだろう。旧道、もし私が行っても何も出来ないと思う。
こういう時、君ならどうするのかな。
多分、君ならきっとこうすると思うんだ。
――旧道――
誰もいない、静かな道。
会える可能性があるなら、待ってるよりはいい。
少しでもイゾウさんに近づけるなら。
待ってるだけじゃいけないんだ。
「お、君。ここらへんは危ないぞ。人斬りイゾウの話を聞いてないのか?」
他のプレイヤーさんに出会いました。
ルミエスタ防衛団。ギルドの人ですね。
「聞いています。私は彼を探してるんです」
「彼の知人か? 私も彼に一度会った事があるんだが、もう一度会いたくてね。本当に彼なのか確かめたいんだ」
「私も分からないんです、噂になってる人斬りイゾウが本当に彼なのか。でもイゾウさんはそんな事する人じゃない。だから会って確かめたいんです」
確かめたい。イゾウさんの事、もっと知りたいよ。
少しお話を聞きました。
この人はオラクルさん。ルミエスタ防衛団のギルドマスターさんです。
イゾウさんとリョウマさんが起こした維新の日に、二人の邪魔をした事を後悔してるって言ってます。
もう一度会って謝りたいんだって。悪い人じゃないみたい。
「私もあの時は動揺してたからな。いや、こんな事は言い訳にしかならないか。今考えると恥ずかしいよ。ルミエスタの為、他のプレイヤーの為だとか言って。結局は自分の思い上がりでしかなかった事に気付いたんだ」
私が居なくなった後、大変だったみたいだね。
実はちょっと後悔してるんだ。
私がもし、あのまま一緒に居たらどうなってたんだろうって。
イゾウさんの足手まといになりたくなかった。
イゾウさんの辛そうな顔見たくなかった。
そう思ってた、だけどそれだけじゃない。
本当はちょっと怖かったんだ。
「ちょっと待て、誰か居るぞ」
オラクルさんの足が止まる。日が暮れかかった旧道、先が良く見えない。
一人のプレイヤーが、私達の目の前に立っていました。
「イゾウさん……? イゾウさん!」
「待て! むやみに近づくな!」
あの後ろ姿、あの剣。間違いない。短い間だったけど、一緒に旅をした彼の姿。
あの時は途中で別れちゃったけど、もう離れたくない。
会いたかった。会ってちゃんと言いたかった。
あの日の続き。君に届かなかった言葉。
身体が勝手に動くってこういう事なんだろう。
イゾウさんの姿を見たら我慢出来なくなった。
私の事覚えてるかな。バニーガールの格好はもうしてないけど。
この耳飾を見たら思い出してくれる。そう思ってたんだ。
「危ない!」
イゾウさんが振り向くと同時に、オラクルさんが私の前に立った。
振り下ろされたムラマサ。受け止めるオラクルさんの姿。
「お前! いきなり何するんだ! この子と知り合いじゃないのか!?」
オラクルさんの言葉に、攻撃を防がれたイゾウさんが後ろに距離をとる。
いきなり攻撃してくるなんて。イゾウさんの顔が良く見えない。
「だんまりか。若葉さん! こいつは危険だ! 今すぐ逃げたほうがいい!」
激しくぶつかる剣。私とは全然レベルが違う。私、何も出来ないのかな。
あの日と同じ様に、ただ黙って待つ事しか出来ないのかな。
「これは、戦場のバラードか!」
吟遊詩人の専用スキル、『戦場のバラード』
仲間の攻撃力を上げるスキル。イゾウさんの為に覚えたんだ。
待ってるだけなんて嫌だから。何も出来ない私が出来る事。
「どうした人斬りイゾウ! お前の力はそんなもんか!」
スキルで強化されたオラクルさんの攻撃に、イゾウさんは受けるのが精一杯みたいだった。
「待て! 逃げる気か!」
イゾウさんが背を向けて走り去っていく。
違う、彼はイゾウさんじゃない。
私の知ってるイゾウさんは、あんな風に背を向けたりしない。
「あいつ、私が前に戦った人斬りイゾウではない」
「本当ですか? 私も別人の様な気がします」
「ああ。私が見たあいつはもっと速く、そしてもっと技にキレがあった。そして何よりも違うのが名前だ」
「名前、ですか?」
イゾウさんの名前? そういえば名前をちゃんと見てなかった。
まだ細かい操作はあんまり慣れてないんだ。
「そうだ。あいつの名前、私が会った時は『イゾウ』だったはずだ。多分君も同じだとは思うが。だけどさっき、戦ってるときにキャラ情報を確認したら『IZO』になっていた」
『IZO』
彼じゃない。彼だけど、イゾウさんじゃない。
全然分からないよ。あの人は誰? イゾウさんは何処にいるの?
早く会いたいよ。イゾウさんに、そして君に。




