魔術師弟の冥王術(オールライン)~魔術師師匠の意地悪なお仕置き~
風はさわやか、日ものどか。昼寝でもするには絶好の正午の気候に少しだけ後ろ髪を引かれながら
俺こと雨鳥島根は校舎裏へと足を向けていた。言っておくが俺は学生じゃない。見かけの年齢的なことを言えば10代後半といったところだが、実年齢はおおよそその倍の30代。
整形や特殊メイクの類でなく、わけあってナチュラルにこの姿の俺が
学校くんだりで何をしているかと言えば雑用係、もとい用務員だ。
この学校に在籍している弟子的な存在の少女――仁科シオンのサポートの為に
この学校へ潜り込むにあたって得た職なわけだったが、これがなかなかに多忙だ。
用務員としての本来の仕事である各種備品の整備や補修などに始まり
夜になれば数日ごとに警備の巡回の手伝い、放課後や休日も部活動に勤しむ生徒たちが
大きなけがなどしないよう注意の目を向ける。更には……
「オラオラ!ぐじゃぐじゃ言うとらんでさっさとコロッケパン買ってこんかいワレェ!」
目的地、昼休みという時間帯的に人目があまり届かないそこには何人かの男子生徒が
ガラ悪くたむろっていた。いかにもヤンキー丸出しな彼らはアイデンティティに抵触でもするのか
ここの学校の制服ではない、いかにもな学ランをわざわざ着用、おまけに頭はリーゼントやモヒカン、
挙句の果てにはスキンヘッドにマジックか何かで書いたと思しき「滅」の字など……
いまどき現実にお目に書かれたことの方が僥倖なのではないかと思えるほどに昭和テイストな
不良たちに囲まれて震えているのはいかにも気の弱そうな少年だ。
「さっさと行ってこいよ!3分やるからマッハで行ってこい!」
「一秒でも遅れたらお前が全額払うんだからな!」
パシリか。シンプルに悪質だな。おどおどしていた少年だったがリーゼントの少年――おそらくこいつがこのサル山のボスなのだろう――の「よーい……ドンッ!」の声と同時の手を叩く音に
必死の形相で駆け出して行く。その去っていく後ろ姿をニヤニヤと下卑た笑いで見送る不良たち。
あぁ、シンプルだ。シンプルに……こいつら不愉快だ。
「お前ら」
「あん?なんだよテメーは?」
声をかけるとそこでやっと彼らは今までの一連の流れを見ていた俺という存在に気付いたらしい。
品定めするようにリーゼントが目を向けてくる。正直不快だが、その衝動のまま動いては社会人失格だ。まずは丁寧に大人の対応といこう。
「風紀委員会の依頼を受けている者だ。シンプルに言うと、今後一切あぁいうのは止めておけ。
今回で止めなければ風紀委員に連絡の上、適切な処置をとることになる」
「あぁいうことって、そりゃどういうことですかねぇ?」
俺を小馬鹿にした目を周りを囲む不良全員が向けてくる。
お前ら鏡を見ろ、小馬鹿どころか大馬鹿の顔が見れるだろうよ。
「風紀委員だか依頼だか知らねーが、このくらいでいちいち騒ぎたてるんじゃねーよ。
パシリくらいで大げさな野郎だぜ。なぁみんな?」
だよなぁ。とか。その通り!とか。同意の声が次々に上がる。それが俺の不愉快を加速させていった。
「パシリくらい……か。なら、俺もこれくらいしてしまっても文句はないはずだよな?」
言うより早く俺は動く。一動作、足で地面に円を描く。
その形が完成した瞬間、緑色の光がその縁の内部から溢れ出し周囲の地面をその色に一挙に染め上げていく。
「な、なんだよこりゃぁ……?」
驚く不良たち。当然だろう。普通の学生が魔術を、それも世界でもっとも強力な幻術の発動を目の当たりにしたとして、なぜそれがそうだと理解することなどできようか。
一瞬のうちに世界は一変していた。俺と不良たちが立つのは不毛の大地。
延々と続く砂の大地、見渡しても360度全方位地平線の世界――俺たちは広大な砂漠のど真ん中に立っていた。
「こ、ここは一体?てめぇ、な、なにをしやがった!!」
この未知の状況に恐れるより先に怒ったか。目の前の現実を受け止めないのもまぁ対処法の一つではあるかな。だが。
「足元、見てみな。全員な」
軽く告げる。一同はそれぞれのリアクションで自分の足元へと視線を落として。そして表情が凍りつく。
「す、滑る?!流される!?」
慌てふためく彼らの足元の地面は流砂。細かな砂の粒子が足を捉え移動していくその先には――
「あ、兄貴ィィィィ!なんかでっかい化け物が!アリジゴクの化け物がそこにぃぃぃぃ!?」
「んな馬鹿な話が……ありやがった!!」
俺以外のこの場全員の顔色が面白いほど青白くなる。流砂の流れていく先、そこにいるのは大顎を開け
今か今かと獲物が巣の内側へと完全に取り込まれるのを待ちわびる巨大な生物。
人間なぞ人呑みできそうなその口から甲高い奇声が響くと同時、少年たちは食われてたまるものかと
必死の顔で足を動かし始めた。
「あの、あの人たちは一体なにをしてるんですか……?」
「あぁあれか。気にすんな。ちょいといじられる側の気持ちを仮想体験してもらってるだけだ」
購買のパンを山と抱えて走ってきた少年に俺は笑って言ってやる。
「……言ってる意味がよく分からないんですが……?」
「まぁシンプルに言うと、無理やり全力疾走させられる恐怖をじっくりたっぷり味わってもらってる、ってとこかな?」
あの余計分かりませんが。というかあなた誰ですかうわ勝手にパン食べないでくださいよヤバいですよと慌てる少年に俺は拝借したコロッケパン分の代金を渡しつつ現物を租借しつつ、
未だに幻の砂漠の中で食われまいと走る不良少年たちを――現実から見ればただ同じ場所で鬼気迫る形相で足踏みし続ける彼らをせせら笑って眺めてやっていた。




