第Ⅶ話 王女の告白
更新が非常に遅れてしまい誠に申し訳ございません。
別作品に続いて、ようやく更新を再開することが出来ました。
しばらくはクオリティ、更新速度共に不安定な状況になるかと思いますが、どうかご了承願います。
光暦3650年7月20日
昼(午後)
ルーディアス王国南西部・レノア地方
王都レードセリス・レードセリス城
第2中庭・鈴蘭の庭
side 近衛慎也
セティスに連れられてやってきた中庭は、俺が想像しうる「中庭」のイメージを超越していた。
中心には三十数メートル四方ほどの湖(池?)が存在し、何処かへと流れている。
花壇に植えられた花々は庭を明るく彩り、全面に貼られた芝生は綺麗に切りそろえられており庭師の苦労の跡がうかがえた。
更に白色のベンチや椅子、テーブルなどもそろえられていて、すぐにでもお茶会を開けそうな雰囲気だ。
「慎也さん、こちらにお掛けになって下さい」
セティアはベンチの一つを指差しながら言った。
俺がベンチに腰掛けると、セティスもそれに続いて真横に座る。
ここで話をしよう、ということだろうか。
「ええっと……慎也さんはお父様の病状について知っておられるでしょうか?」
「知ってるよ。昨日謁見したときは労咳に苦しんでる、って感じではなかったけど」
突然彼女の部屋にいたときとは全く違う質問をぶつけられたことに困惑しつつ俺は答えた。
国王は熱を出している様子も、咳き込むことも無かったから今は病状が安定しているのか、まだ初期なのかと思っていた。
「そうでしょうね……お父様は今薬を使っていますから。……何度もやめて下さいと言ったのに」
止めろと何回も言った……副作用が強烈だったりするのだろうか。
抗がん剤のように毛が抜け落ちたり嘔吐したりするようなものなのか?
「それ、どういう薬?」
俺の質問に対してセティスは顔を下に向けながら小さな声で呟いた。
「……病気を表面化させない薬です。一種の、麻酔です。病状の進行停止を図る薬との併用が禁忌になっているので、寿命はどんどん短くなっていきます」
「それって、つまり……」
言葉に割り込んでセティスは頷いた。
「見た目は何の異常も無くても、実際は病気は進行しています。このまま、ずっとあの薬を使い続ければ……半年は持たないでしょう。私の予感が正しければ、3ヶ月で……」
何故国王がその決断に至ったかは分からない。
ただ、相当悩んだ末の結論であろうことだけは推し量れた。
「そういえば、馬車に乗るとき『立太の儀』がどうこうって話を聞いたんだけど、もう次期国王は内定してるのか?」
ありえないとは思うが、次期国王が決定した後すぐに死んでしまえば他の候補者が異議を唱える時も無くスムーズに新体制に移行できると考えた……そんな可能性もある。
「いえ、まだ候補が4人に絞られた段階です。……もし内定していたとしても、立太の儀の三日前になるまでは内定者、候補者にも秘密ですので……」
どうやら随分と秘密裏に進められる計画のようだ。
……俺の予想が当たっている可能性は少し、上昇した。
「その候補者って、教えて貰える?」
「はい。候補者は一般にも公開されていますから問題ありません。まずはお父様の従兄弟にあたるアルゼム・レム・ルースエディア様。そしてお父様の姪にあたるレナス・レム・ルースエディア様。私の従姉妹ですがもう29歳になられます。次にレシア・フォン・マティリオール様。この国の筆頭公爵家の長であり、お父様と懇意な間柄で、私も幾度かお話させて頂いたことがあります。最後に、セティア・レム・ルースエディア……私です」
セティア以外は聞いたことのない名前だった。
名前を知っている王族がセティアしかいないのだから当然か。
「最有力候補は分かるか?」
「血縁関係だけを考えれば私ですが、十代の人間が国王を務めた事例が皆無のためまずないでしょう。次に、お父様との仲を考慮した場合マティリオール様ですが、こちらは血縁が弱いです。レナス様は少し前にお父様と大喧嘩したので確率はかなり低くなりそうですし……こんなところで言うべきことではありませんが、武芸には秀でていますが……為政者としての能力があるかは疑問です。総合的に考えれば、アルゼム様が筆頭となるでしょう」
ということは国王の考えている次期国王はアルゼム氏以外だろう。
他の候補とは違って、アルゼム氏には王になるとして、決定的な欠点というものが存在していない。
他の候補の場合、年齢、血縁、資質が内定を妨げるに十分な要因であるが、アルゼム氏にはそれがないのだ。
恐らく、アルゼム氏は既に自分が次期国王になると考えているだろう。
それなのに、国王が違う人間を次期国王に選定したとなれば反発することは必至。
国王はそれを恐れているのではないだろうか。
現在の外交情勢がどのようなものかは知らないが、先程セティアの部屋で聞いた敵国……ルデキア帝國が敵であるルーディアス国内で後継者を巡る争いが起きている最中何もしてこないとは考えにくい。
下手をすれば好機と考え戦争に持ち込もうとする可能性すらある。
その状況を回避するのに最も好都合な方法は……アルゼム氏を後継者に据えるか、後継者が決まった時点で自らの命を絶ち、アルゼム氏に異議を唱える時間を与えないかのどちらかだ。
そして、前者を選ばなかったということは、アルゼム氏は次期国王になるにあたって、重大な欠点が(少なくとも国王にとっては)存在するのだろう。
少し、何かが見えてきた気がする。
「最後に、一つだけ不可解な事があるんです」
セティアは俺を真剣な表情で見つめながら言った。
「それは、何だ?」
「慎也さんには失礼かもしれませんが……私に遊び相手を付ける、というのはお父様らしくないのです」
「どういうこと?」
「これまでも私の世話係に立候補してきた方は多数いらっしゃるんです。そして、これまでは全て断ってきたんです。なのに、今回はあっさりと認めた……」
確かに、それはおかしな話だ。
死ぬ前に娘の結婚相手を決めておく……というのならばまだ分かるが、遊び相手を死ぬ前に選ぶ、というのは少し理解に苦しむ。
自分が居なくなっても娘が寂しがらないように?
それは違う気がした。
代わりに浮かんできたのは、考えた事を無かったことにしたい位突拍子もない予想だった。
「一つ、聞いていいか?」
「え、ええ。いいですよ」
「『遊び相手』や『世話係』は、何かの隠語か?」
そう、例えば――
「……はい。ご明察、といったところですね。その二つは王族や貴族にのみ通じる隠語です。……『婚約候補者』。それを意味します」
返答を聞いて俺はがっくりと肩を落とした。
俺は、あの国王に騙されたのだ。
「お父様からは慎也さんが気付くまでは言うなと言いつけられていたのですが、まさか半日と経たずに気付かれるとは思いませんでした」
セティアは苦笑しながら頭を下げた。
「騙してしまって申し訳ありません。ただ、あくまでも『候補者』ですから気に入らなければすぐにでも降りて頂けますし……」
「……普通なら、誰も降りやしないと思うけどね」
小さく呟く。
そう、もしも俺がこの世界の住人で、セティアの世話係に抜擢されたなら、絶対に自分から降りることはない。むしろ、セティアが嫌がる程にアプローチを仕掛けるだろう。
それは、アイドルと友達になったのと等しい。
彼女の顔立ちだけでも十分なのに、更に王族という付加価値が上乗せされる。
セティアから結婚を申し込まれたとして、断る人間は王族に恨みを持っている奴くらいのものだろう。
だが、俺は異邦人だ。
遠く、遙か彼方の世界・地球から来た異世界人。
俺はここに定住するつもりはない。出来る限り早く元の世界に帰りたいのだ。
だから、これから仲が深まっていったとしても、セティアと結婚することだけはありえない。
……でも、まあいい。
しばらくはどうせ戻れないんだ。
『婚約候補者』としてではなくあくまで『友達』として付き合っていけばいい。
「え? 何か言いましたか?」
「とりあえず、友達でいいよな、って言ったんだよ」
俺の言葉にセティアは頷き、笑顔で言った。
「はいっ」
……それが何故か、『黒衣の死神』リア・ナイデルベルクの無邪気な笑みと重なった。
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