第Ⅵ話 王女セティア
更新が遅れに遅れまして誠に申し訳ございません。
スランプの影響が思ったよりも深刻だったようで、筆が全く進まない日々が何日も続いておりました。
今後も不定期的な更新になることが予想されますが、これからも見守って頂けると筆者にとってこれ以上ない幸いです。
光暦3650年7月20日
昼(午後)
ルーディアス王国南西部・レノア地方
王都レードセリス・レードセリス城
第12階層・『鷹』の回廊
side 近衛慎也
王城職員としての契約作業が終わった直後、俺は王女に会うこととなった。
王城の最上階にあたる12階に存在する鷹の回廊を進み、その場所へと到達する。
少し茶色がかった白の扉の横には『椋鳥の間』という金字の表札が下がっていた。
俺はその扉を二度ほど軽く叩きながら言った。
「本日から王女殿下の世話係となる近衛慎也と申します。入ってもよろしいでしょうか?」
「お父様が言っておられた方? どうぞ、お入りになって下さい」
返ってきた返事はとても澄んだ声で、俺はその声に従って扉を開いた。
部屋の中にいたのは小さなテーブルで紅茶を啜る少女の姿だった。
その髪の色は濃紺で、国王の髪色を強く感じさせる。
……そして思った。
世界にはここまで可憐な人がいるのかと。
国王もそれなりに整った顔立ちだったが、彼女はそれを圧倒していた。
可愛い、だとか綺麗、だとかそのような言葉で表せるようなものではない。
どちらかと言えば、純粋な『美』そのものだった。
クラスで一番、学年で一番などとは絶対的に違うその壮美な姿は、さしずめ『聖女』と言ったところだろう。
「あら? どうかなさいましたか?」
俺がいつまで経っても部屋に入ってこないのを疑問に思ったのか、少女が声を掛けてきた。
「あ……すいません」
俺はもう一度礼をして、部屋の中へと歩を進めた。
「そちらに掛けて頂いて結構ですよ」
少女は自らの正面にある椅子を指差して言った。
俺は椅子に歩み寄り、少し引いてから腰掛ける。
「私はセティアと申します。近衛さま、これからよろしくお願いしますね」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします、セティア様」
俺がそう答えると少女はクスクスと笑いながら言った。
「セティア、で構いません。せっかくの遊び相手なのに、他人行儀だとぎこちないでしょう?」
「しかし……」
相手は仮にも王女だ。
呼び捨ては不敬にあたるのではないだろうか?
「お父様から話は聞いておられるのでしょう? 私は対等な付き合いが出来る友人が一人もおりません。ですから、近衛さまとは主従関係ではなく、あくまでも友人としてお付き合いしたいのです」
……本人がここまで言うのだから、別にいい、か。
「……分かりました。よろしくお願いします、セティア。それと、僕の事も慎也と呼んで頂けると嬉しいです」
「それではただ単に名前の呼び方を変えただけではないですか。名目上この……慎也さんは私の世話係になっていますが実際は遊び相手なのですから、あまり不敬だとかそんなことは考えて頂かなくて結構なんですよ」
妙な所でこのお姫さまは強情なようだ。
しかし、まあそちらのほうが付き合いは気軽か。
「分かったよ。非公式な場所では普通に話せばいいんだろ?」
俺の言葉に王女……セティアは大きく頷く。
「はい。……とりあえず、お茶でもどうですか?」
そしてセティアはお盆に置かれていたティーカップを俺の前に置いて、花柄のティーポットから紅茶を注いだ。
「あ……頂きます」
俺はカップの取っ手に手を掛け、音を立てないように少し啜った。
どうやら、これは紅茶とは違うようだ。
色は明らかに紅茶なのだが、味はどちらかというとミントのように爽やかなもので、ほのかに甘みがある。
こちらの世界ではこれが一般的なお茶なのだろうか。
「……慎也さんのいた世界のこと、少し教えて貰っていいですか?」
お茶についての質問をすべきかどうか迷っているところに、セティアから声が掛けられた。
「ああ、いいよ」
元から予想していた質問だけあって、俺は即座に頷いていた。
2時間程度、何度かの質問を挟みながら俺は元の世界のことをセティアに話し、ついに世界転移についての話まで到達した。
「血の舞踏会……ですか?」
「ああ。実際に聞こえたのはブラッディ・カーニバル、って単語だったけど、同時に血の舞踏会って言葉も頭に入ってきたから訳語関係になるのかもしれないけど、とりあえずそういう言葉が聞こえた直後に意識が消えたんだ」
そんな筈はない。
ブラッディ・カーニバルを日本語訳すれば『血の謝肉祭』になる。
どこがどうひっくりかえろうと舞踏会なんて訳は存在しない。
「……話は変わりますが、慎也さんは王都に来る途中に何者かの襲撃を受けたと聞きました。その犯人と世界転移の時に聞こえた声に何か共通点などはありませんか?」
……、……。
共通点ならある。
あの声は……あの時に聞こえた声は、橋の上にいた少女の声と完全に一致する。
しゃべり方もどことなく似ているとは思っていた。
そして、あの少女は……圧倒的な強さだった。
もしかすると、俺をここに召喚したのはあの少女なのか?
「……襲撃してきたのは12,3歳くらいの女の子だった。異様に大きい鎌を持って、護衛の兵士達を圧倒してた。それで……確かに、転移の時に聞こえた声と、殆ど同じだった」
長い沈黙の後、セティアが口を開いた。
「……もしかして、慎也さんはその『血の舞踏会』に必要な人物なのかもしれません。元々はその襲撃者が慎也さんを回収する予定で、しかしすぐに聖堂騎士に発見されたために回収することが出来なくなった。……聖堂騎士は世界的宗教であるラスキル聖教の執行機関です。その聖堂騎士を敵に回せば危険だと感じた襲撃者は聖堂騎士から我が国の軍に引き渡された後に慎也さんを回収する算段を立てた、と考えれば辻褄は合いませんか?」
いや、セティアの推論には一つだけ重大な欠陥がある。
それは……
「いや、それはありえないよ。護衛は全滅して、俺も気絶させられたんだ。回収されていたなら俺がここにいる筈が無い」
「……しかし、慎也さんに諜報系の魔術が掛けられた形跡もありませんし……襲撃者と転移の時の少女はまた別の存在なのでしょうか?」
待てよ。
襲撃者が狙っていたのが俺の身柄では無いとしたらどうだ?
襲撃されてから、何か無くなったものは無いか?
……、……、……ッ!
そうだ。
一つだけ、ここに来てから見かけていないものがある。
……それは、とても大切な物。
そう……口径数20cmの……望遠鏡だ。
「……一つだけ、襲撃されてから見ていないものがあるんだけど」
「何、ですか?」
「大きな黒い鞄だ。中には望遠鏡と、パソコンが入ってる」
「パソコン?」
「言ってしまえば高性能な情報処理端末だよ。この世界にきてからどうも調子がおかしかった」
「……それは、これくらいの革製鞄ですか?」
セティアは手を広げながら言う。
確かにその位のサイズだった筈だ。
「ああ。使ってるのは人工皮革だけど、大きさは合ってる」
「その鞄なら今城内にあります。一応アーティファクトでないことは聖堂騎士の報告から分かっていますけれど、襲撃者によって魔術が掛けられている可能性が否定できないため現在は地下の物品調査室に置かれている筈です。勝手に中を開けてすみません」
「いや、別にいいよ」
しかし、それなら尚更理解出来ない。
あの少女は一体何故俺を襲ったんだ?
そういえば、あの少女の名前を聞いたような気がする。
昨日は襲撃された事実と異世界転移の話で精一杯で、国王にも言っていなかったが、間違い無く俺は少女の名前を知っているはずだ。
……なんという名前だった?
……、……。
『こんにちは、異界の旅人さん。私の名前はリア・ナイデルベルクよ。あなたと遊ぶためにここに来たの』
俺が最後に聞いたのは確かそんな台詞だった。
「話は変わるけど、もしかしたら俺、襲撃者の名前を知っているかもしれない」
「教えて下さい。もしかすると心当たりがあるかも知れません」
セティアの言葉に頷き、俺はその名前を口にした。
「リア。リア・ナイデルベルクと名乗ってた」
その言葉と同時、セティアの顔が一瞬にして白に染まる。
「リア・ナイデルベルク……? ……ということは得物は鎌ですか?」
「ああ。知ってるのか?」
「勿論です。箝口令が敷かれているため一般市民で知っている方はまず居ないでしょうが、各国の首脳にとっては最大級の脅威です。リア・ナイデルベルクは、半年前に我が国と敵対関係にあるルデキア帝国の女王、宰相その他王族を殺害し、帝国内の高級貴族を次々と殺害しました。ある時は闇に紛れ、またある時は白昼堂々と。必ず黒い衣装と身の丈ほどもある大鎌を携えて現れるために付いた渾名は『黒衣の死神』。この50年間で最強最悪の殺人鬼とも言われています。素性出生から国籍まで全てが不明。ですがその力は圧倒的。既に確認されているだけでも500人以上を殺しています」
500人?
だが、あの襲撃の時を思い起こせば納得出来る。
仮にも公賓の護衛を任される位なのだから、護衛の兵士達の練度は普通よりも高かっただろう。
少女はその兵士達をまるで遊びだとでも言うかのように手玉に取っていた。
そう、圧倒していた。
殺そうと思えば殺せたはずだ。
それを無力化するだけに留めたのは、やはり少女に何らかの考えがあるからなのだろうか?
もしくは……俺が気絶した後に殺されたか。
「しかし、彼女が誰も殺さずに立ち去った、という話は聞いたことがありません。襲撃の状況を考えると間違い無く狙いは慎也さんでしょうし……やはり、『血の舞踏会』が何か関係しているのでしょうか?」
本当に、どういうことなんだ?
俺は、もう既に少女の計画に利用されているのか……?
「……とりあえずこの話は後でお父様に報告するとして、慎也さん。少し中庭までどうですか?」
俺の様子が少しおかしい事に気付いたのか、セティアは言った。
「中庭? うん、分かった」
とりあえず、何も確定しない状態で結論を急ぐのは愚策だ。
今は心を落ち着けるのに専念すべきだろう。
俺はそう考えて、セティアの背中に付いていくのだった。
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