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オーセティア興亡記  作者: フェイブレッドε
第Ⅰ部 血の舞踏会
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第Ⅳ話 大鎌の少女

光暦3650年7月19日

ルーディアス王国中部・リアス地方

商業都市ザーテン・馬車駅

side 近衛慎也



 鉄道の駅もそうだが、そのすぐ近くにある馬車用の駅も非常な混雑に見舞われていた。

 大量の馬車が整然と並べられた姿はある種壮観だった。

 俺は栗毛の馬に牽かれる馬車を尻目に、駅の奥へと進んでゆく。

 その後ろにはルキウスと3人の聖堂騎士が付き従っている。


 少し前、ルキウスが俺の部屋まで来た理由は俺の身分がこれからどうなるのかを伝るのが主目的だったのだ。


 公賓。


 それが今の俺の身分だ。


 異界からの初めての来訪者ということで破格の待遇となっているらしいが、俺にとっては好都合だとしか言えない。

 賓客ならば警備も相当厚いだろうし、身の安全は保障されたと見ていいだろう。


 王都行きの鉄道に襲撃予告が出ているせいで使用不能というのは不安要素だが、王国軍の部隊が馬車を護衛してくれるらしいから大して問題にはならないはずだ。



 煉瓦造りの建物の前に着くと、ルキウスが言った。


「この中に護衛部隊が待っている筈だ。ここから馬車までは彼らが案内してくれる。俺たちの役目はここで終わりだ」


 聖堂騎士団はルーディアス王国と直接関係の無い仲介役のような存在だそうだから確かに王都まで着いて来られるはずもないか。

 俺はルキウス達に礼を言い、ドアノブに手を掛けた。


「はい、ありがとうございました」


「いや、これも我々の使命だ。……近衛が無事向こうの世界に帰れることを祈っている。では」


 ルキウスと聖堂騎士の3人は短い敬礼を行った後、(きびす)を返して駅の外へと消えていった。


 俺はドアを開き、建物の中に入った。


「……貴方が近衛様ですか?」


 即座に中にいた中年の男に確認される。


「はい」


「お待ちしておりました。本人確認の検査にご協力願えますでしょうか? あまり言いたくはありませんが、もしも偽証だった場合非常にまずいことになりますので……」


「あ、いいですよ」


 俺は素直に頷いた。

 ここで断ったら怪しまれるだけだというのは目に見えている。


「ご協力ありがとうございます。では、右腕を出して頂けますでしょうか?」


 俺は男の指示に従い、右腕を前に出した。


「では、事前の検査結果と照合致します」


 男は白い端末のような物を詰襟の胸ポケットから取り出し、俺の腕に押し当てた。


「一致率は……大丈夫です。本人だと確認できました。どうぞこちらへ。迎えの馬車が待っております」


 男が奥に歩いて行き、扉を開いた。


 俺は頷き、扉をくぐる。


 待っていたのは白馬に牽かれた白地に金があしらわれた馬車だった。

 いかにも賓客といった感じの待遇だ。


 その側には15人程度の兵士が並び、こちらに向かって敬礼している。

 俺はそれに応えて答礼し、兵士によって開かれた馬車の戸をくぐって席に腰を下ろした。

 それに続いて先程の男が乗り込んでくる。


「私は今回の護衛部隊の隊長のカイル・アルセートと申します。王都までの道中までですがよろしくお願い致します」


「こちらこそ。王都まではどれくらいかかりますか?」


「早ければ今日の夕刻には到着すると思いますが、立太の儀が近づいて来ておりますので少々関所の通過に時間がかかるかもしれません」


「立太の儀?」


「端的に言いますと我が王国の正当な後継者が正式に決定されるのです。現国王は労咳を患っているので早めに後継者を指名するとのことです」


 労咳……結核の事だ。

 異世界にまで結核はあるのか。

 この世界の医療水準は分からないが、欧州の中世や近世程度ならば完全な死病だ。


「王宮医師や医療魔術師によって症状と病状の進行は最小限に食い止められていますが、あと3年は持たないだろうとの話でして……」


 俺の疑問の視線を察したのか男……カイル隊長は沈痛な面持ちで言った。


「私からも国王陛下の病状のご快復を心からお祈りします」


「ありがとうございます。……では、そろそろ出発してもよろしいでしょうか?」


「ええ」


 カイル隊長は外の兵士達に手信号で何か指示を出し、ほぼ同時に馬車がゆっくりと動き出した。






 それから数刻。


 幾度か丘や山を越え、これから大きな橋を渡ろうと言うとき、突然馬車が止まった。


「橋の上に誰かいます」


 カイル隊長は静かに、しかし緊張した声で言った。

 俺は身を乗り出してその姿を覗き窓から窺う。


 人影は小さい。

 150cmには満たないだろう。


 人影は全身を黒い衣装で覆っていた。

 身体の線から察するに、少女だ。

 女、というには起伏に乏しいし、男にしては肩幅が狭すぎる。


 そして、俺は見た。

 その黒衣の少女が身の丈を越えるほどの巨大な鎌を背負っているのを。


 ほぼ同時にカイル隊長も気付いたようで、馬車内から手信号で護衛の兵士たちに指示を送った。



『そこの者! この馬車におられる方は公賓なるぞ! すぐに道を開けよ!』


 この声は聞こえて当然だった。いくら馬車内とはいえ至近距離での怒声を防ぐ防音加工なんてものはなされていないのだから。

 だが。


『道を開けよ? クスッ、人に物を頼むならもっと丁寧な言葉で言わないといけないでしょう?』


 この声は聞こえるはずがない。

 数十メートルは離れているし、どう考えても大声ではないのだ。

 何故、聞こえるんだ?


『お前に物を頼んでいる訳では無い! これは命令だ! 速やかに橋から立ち去れ! さもなくば……』


『さもなくば? 私を血祭りに上げようとでも言うの?』


 それは無邪気な少女の声。

 しかしなんでだろう。

 何故、その無邪気な少女の声がこんなにも恐ろしいんだ?


『御託はいい! そこから立ち去れ! 立ち去らなければこちらにも考えがあるぞッ!』


『ふーん。その考え、って……こういうのかしら?』


 黒衣の少女は鎌を抜き放って挑発する。


『公賓への襲撃だ! 全隊員、この娘を排除しろッ!』


『『『了解!』』』


 兵士達は一斉に馬を下り、腰に下げた剣を抜き、少女に向かって駆けだした。


『本当につまらないわ。ここまでルーディアス軍が頭に血が上りやすいとは思わなかった。……仕方ないわ。一瞬で壊してあげる』



 少女は地面を蹴り、兵士達に真正面からぶつかっていった。

 どう考えても兵士に捕まえられる。

 あんな体格で正面衝突して勝てるはずがない。


 しかし、次々と転がされるのは兵士達のほうだった。

 少女は兵士達の剣を鎌でまとめて受け流し、同時になぎ払ったのだ。


 強烈な打撃により次々昏倒させられる兵士はある種滑稽ですらあった。

 まるで劇のようだ。


 苦戦、などというレベルでは無い。

 そもそも戦いにすらなっていないのだ。

 屈強な兵士たちは一人の少女に完全に(もてあそ)ばれていた。

 少女は兵士の剣筋を見ることすらなく躱し、受け流し、傷つけること無く兵士を気絶させていた。


『こんな奴ら、殺す価値も無いわ』


 俺の思考を読み取ったかのようにそんな言葉が聞こえてくる。


 武器としては不適極まりない大鎌でどうすればあのような戦い方が出来るのだろう。

 しかも殺さずに。



 いつの間にか護衛の兵士はカイル隊長を残して全滅していた。


「近衛様、彼女の狙いは間違い無くあなたの命です。私が隙を作りますのでつい先程休憩した宿場町まで戻って下さい。王都には連絡を行いましたが救援が来るまでにはかなりの時間がかかるでしょう」


 カイル隊長は俺に小声でまくし立てると馬車の扉を乱暴に開いて外に出た。

 どうやら俺の腕も掴まれていたようで、馬車から引きずり出されてしまった。


「あなたが隊長さん? 悪い事は言わないからそこに居る能天気な異界人を私に渡して?」


「そのような事が出来るはず無いだろう。おとなしく武装を放棄して投降しろ。そのうち親衛隊が押し寄せてくるぞ」


 ん?

 ということはカイル隊長の部隊は親衛隊では無いのか?

 たしかルキウスは『親衛隊』と言っていたはずだが……


「そう。なら仕方ないわ。あなたも少し寝ておきなさい」


 その言葉と同時、少女の姿が一瞬消え失せ、カイル隊長の背後へと出現していた。

 少女は鎌を振り上げ、カイル隊長の頭を殴り飛ばす。



「さすがに田舎の騎士は弱いわね。親衛隊ならもう少しは楽しく遊べたかもしれないのに。これじゃあ、こっちがズルしてる気分だわ」


 カイル隊長が崩れ落ちる姿を尻目に、少女は言った。


「こんにちは、異界の旅人さん。私の名前はリア・ナイデルベルクよ。あなたと遊ぶためにここに来たの」


 少女は、にっこりと微笑みながら、俺に自己紹介を行った。




誤字脱字や文法的におかしな表現の指摘、評価感想お待ちしております。


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