第Ⅲ話 謎のOS
光暦3650年7月19日
明朝
ルーディアス王国中部・リアス地方
商業都市ザーテン
side 近衛慎也
夜が明けた。
この世界に来て初めての夜が明けた。
これまで和風の家に住んでいた俺はベッドなど利用する機会がなかったが、案外心地よいものだ。
多少柔らかすぎて寝るのに時間はかかってしまったが。
現在俺が滞在しているのは『異界門』のすぐ近くにある商業都市のザーテンという場所だ。
この世界では商業都市の上に大商業都市というカテゴリがあるらしいから規模的には決して大都市と言えるものでは無いが、かなりの賑わいを見せている事は間違い無い。
異世界というと剣と魔法が全てを支配するものだとばかり思っていたが、5階建てのビルや路面電車が走っているところをみるとこの世界は魔法一辺倒という訳ではないようだ。
そういえば昨日聞いた話では先代と先々代の文明が魔法や科学だけに傾倒したために滅亡した、と言っていた。
そのせいでこんな町並みになっているのだろうか。
このホテルに置いてあるストーブは魔力を使っているが、洗面台は科学を使ったものだ。
多少いびつではあるが、科学と魔術が融合した世界はとても住みやすいのかもしれない。
昨日はルキウスからかなりの情報を手に入れた。
まず、俺は一応魔力を持っている事。
この世界の人間で魔力が全く無い者はいないらしいが異世界から来た場合どうなるか分からないということで検査されたが、最低でも人並みの魔力を持っているということは証明された。
そして、この世界の勢力図だ。
世界最大の国は今居るルーディアス王国だが純粋な軍事力のみで換算すれば海を挟んだ隣国であるルデキア帝國が一番らしい。
そしてこの世界には宗教は一つしか無く、『ラスキル聖教』という名だ。
ルキウスが属する聖堂騎士団はラスキル聖教の下部組織であり、ルーディアス王家と直接の関わりは無いこと。
ラスキル聖教は『レスティア法国』という国に本拠を構え、その国家元首は聖教の教皇でもあるということ。
宗教が一つしか無い、と教わったが、これについてはあまり信用できない。
ルキウスは聖教に属する人間だから教義に従って宗教が一つしか無い、と言った可能性も否定できないのだ。
聞いた限りではラスキル聖教は一神教のようだし、基本的に一神教は排他的で他の宗教を許容することはない。
延々と争いを続けているキリスト教とイスラム教のような関係がこの世界にもあるかもしれない。
今のところは関係ないが、恐らくこの世界にはかなり長い間滞在することになるだろうから形だけでも入信せざるをえない状況に陥る事もありえる。
神道が邪教扱いされたら間違い無くその状況だ。
……今考えるべきはそんなことではない。
王都に行って国王と何を話すべきかを考えるのが先だ。
……まずは俺の身柄の安全を保障して貰わないといけないだろう。
もしも『禁呪』などというものが関わっているのならば危険な状況に陥る事もありうる。
次に生活の保障も求めたい。
せめて就職が決まるまでの間の生活は保障してくれるとありがたい。
現在の俺の身分は決して低いものではないようだからこれも果たせるだろうとは思う。
「近衛、入ってもいいか?」
ノックと共にルキウスの声が聞こえてきた。
「いいですよ」
ドアノブが傾き、ルキウスが部屋に入ってきた。
大きな、見覚えのある鞄を肩に提げている。
「これは近衛のだろう? 全て安全が確認されたので返却する」
そう、それは、召喚の時に持っていた天体望遠鏡のケースだった。
「にしても、向こうの技術は凄いようだな。研磨技術や精密作業の技術はこちらと比べものにならない」
ルキウスはそう言いながら俺にケースを渡してきた。
俺はケースを受け取り、床に置いて留め金を外して取っ手を上に引き上げた。
分解された天体望遠鏡と三脚、天体自動導入用のノートパソコンが入っている。
……このノートパソコンは起動するのだろうか?
ネット環境はともかくとして起動すればこの世界での地位を手に入れる事も容易かもしれない。
明らかにこれはこの世界にとってオーバーテクノロジーだ。
「……それと、聞こうと思っていたのだが、その平べったい機械は『向こう』の情報処理端末か? 『星の方舟』に置かれているものとかなり似ている」
『星の方舟』とは先々代の文明が建造した宇宙船だと昨日聞いた。
……それならばノートパソコンはオーバーテクノロジ-というよりもロストテクノロジーに近いのだろう。
ルキウスは古代遺物の管理を行う組織の人間だしこのパソコンを情報処理端末だと看破してもさほど驚きはしなかった。
「はい、そうです。地球ではパソコンと呼ばれていますが、基本的に情報処理に関しては万能です」
「ふむ、本当ならばその『パソコン』を精密調査したいのだが……まあ今の我々には過ぎた代物のようだし、それは止めておこう。して、この『パソコン』は今でも起動出来るのか?」
「電池さえ切れていなければ多分起動できると思いますけど、異世界転移なんてものがあったので壊れている可能性も否定できません。部品がかなり脆いので」
「一度起動して貰ってもいいか? せめてそれだけは見させて欲しい」
ルキウスは興味津々のようで、俺はそれに応えることにした。
どうせ近いうちに起動を試す事は間違い無いのだし、ルキウス相手なら身分もはっきりしているので特に隠す必要もない。
「分かりました」
俺はノートパソコンを開き、電源ボタンを軽く押えた。
表示されたのは見慣れたWindowsのロゴではなく、意味不明のロゴマークだった。
MacやLinux、UNIXでもない。
そもそも、地球に存在する文字なのか?
それほどに訳が分からない文字にも関わらず、俺はその読み方と意味を理解することが出来た。
「セズト・リ・マローネア……」
意味は……マルノリアの情報処理システム。
「ほう、これは……古代マルノリアの遺物か。近衛、元々は勿論このようなロゴではなかったのだろう?」
「……はい。全く別のロゴでした。そもそもこんなロゴは見たことはないし、地球に居た頃の俺なら絶対に読めていません」
「するとやはり異界転移の影響か。転移の際にシステムが書き換えられたのだろう」
ルキウスは言うが、本当にそんなことがありうるのだろうか?
異世界転移はあり得ないことだが、独りでにいつの間にかシステム、というよりOSが書き換えられるなどということも同じくらいあり得ないことだ。
ウィルスが原因でも無いようだし。
ロゴから画面が切り替わり、文字が映し出され始めた。
『セズト・リ・マローネアのダウンロード必要領域を計算しています......』
『不要プログラムの削除を実行.......』
『セズト・リ・マローネアの書き込み作業を開始.......』
『必須プログラムのインストールを開始.......』
『サブプログラムのインストールを開始......』
『残留電力の低下を確認。これより周辺魔力の電力変換作業を開始します.......』
『全ての作業の正常な終了を確認しました』
何度も中止処理を行おうとしたが、全く受け付けなかった。
電源ボタンを長押しして強制終了することも出来ず、作業が終わるまでの間見ていることしか出来なかったのだ。
そして現れたのは紺色の画面と小さなパスワード認証画面だった。
俺はこれまでのパスワードを入力し、エンターボタンを叩いた。
『そのパスワードは認可されていないコードです』
俺は一度首を捻り、『konoesinnya』と入力する。
『認証に成功しました。メインサーバとの接続状況を確認します.......』
どうやら名前でないといけないようだが、俺の名前が何故認証されるのだろう。
このOSにとっては全く聞いたことの無いような人名だろうし、過去に同姓同名がいたとも思えない。
『メインサーバとの接続に失敗しました。現在メインサーバは緊急システムが作動しています。本システムはこれより機能制限モードにて起動します......』
ルキウスの言葉から察するにこのOSは先々代の文明のものだろうから、そもそもサーバが存在しないのだろう。
そして、サーバへの接続がシャットアウトされている状況をOSは緊急システム起動によるアクセス拒否と認識したのだと考えられる。
どうやら異世界転移二日目からかなり胡散臭い出来事に見舞われているようだ。
本当に、これから先が心配だ。
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