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オーセティア興亡記  作者: フェイブレッドε
第Ⅰ部 血の舞踏会
2/12

第Ⅰ章 白銀の少女 第Ⅰ話 『異界門』

?暦????年7月18日

深夜

???・???

side 近衛慎也



 目覚めは唐突に訪れた。

 暗闇が一転して光に変わり、意識も半ば強制的に覚醒させられたのだ。


「……起きたようだな」


 右隣から声が掛けられ、俺は首を右へと向ける。


 そこにいたのは白の詰襟を着た男だった。


 見覚えは無い。


 ……、……。

 まさか、誘拐でもされたのだろうか?


 ……いや、それにしてはおかしい。

 拘束もされていないし、誘拐犯にしては男はあまりに堂々としすぎている。

 そもそも誘拐犯が詰襟など着る筈が無い。


 男は静かに口を開いた。


「私は聖堂騎士団古代遺物(アーティファクト)探査保護部部長のルキウス・ローザベルクという者だ。事後承諾で申し訳ないが、君の荷物を確認させてもらった」



 理解が全く追いつかなかった。


 聖堂騎士団だのアーティファクトだの、意味こそ理解出来るが、何故今ここで出てくるのか分からない単語に彩られた文章のせいだ。


「……災難だった、としか言いようが無い。『異界門』に巻き込まれるとは」


 異界門?

 一体何の事だろうか?


「そういえば、最も重要な事を言い忘れていた。ここは君にとって別の世界だ。君は、元いた世界からこの世界へと転移したのだよ」


 今度こそ意味が分からなかった。

 この状況が明らかにおかしい事は分かる。

 俺がさっきまでいた場所は誘拐を画策することがほぼ不可能な場所だ。

 夜の富士山には人気が殆ど無い。

 それにすぐ近くには父さんや父さんの友人がいたのだから、催眠ガスでも使わなければ誘拐は難しいだろう。

 そこまでして誘拐する意味は無いだろう。

 誘拐したいならばむしろ車に乗り込む直前のほうが成功率は高いだろうし、リスクも少ない。


 ……そして、思い出した。



『フフッ、ようこそ。血の舞踏会ブラッディ・カーニバルへ』



 少女の声。

 天頂に浮かぶ紅い月。


 少女の声はともかく、紅い月は絶対に存在しえないものだ。


 幻覚か現実かは知らないが、原因がそれにあるのはほぼ間違い無いだろう。


「……とりあえず、名前を聞かせて貰っていいだろうか?」


 俺は男……ルキウス氏の言葉に頷き、名乗った。


「近衛、近衛慎也です」


「近衛? それが名字か?」


「はい」


 日本でもかなり珍しい名字だし、『異世界』の人間ともなれば近衛部隊などとも混同してしまうのだろう。


「……旧貴族の家柄か」


 その言葉に俺は驚愕し、この世界が幻覚である可能性が一気に上昇した。

 日本人ならば歴史の授業で習う事もある近衛家はかつて五摂家と呼ばれる公家の頂点に位置した家だ。

 大東亜戦争(太平洋戦争)直前の首相、近衛文麿などが有名だろう。

 俺の場合は嫡流ではなく傍流で、半分分家のようなものではあるが、近衛本家と血の繋がりがあることは間違い無い。

 『異世界』の人間が近衛家を知っている訳がないのだ。


「……何故分かるんですか?」


 俺の質問にルキウス氏は表情一つ変えずに答えた。


「これまでに『異界門』は3度起動している。その全てが聖堂騎士団による異界調査だ。この際に『そちら側』の情報をいくらか手に入れていたからだ。学生向けの歴史書や地図などはかなりの量がこちらに持ち込まれている。私は古代遺物(アーティファクト)の研究者でもあるから、『そちら側』の情報も少々は知っている、だから分かった。『近衛』は非常に珍しい名字だからな」


 確かに理屈は通っている。

 しかし、あまりにも都合が良すぎないか?

 本当にその聖堂騎士団が地球世界まで出張してきて調査をしたとしても、『近衛』の名字や日本の歴史よりももっと調査すべきところがあるように思える。


 ……、……。


「……ドッキリなら今のうちにネタばらししてくださいよ」


 とりあえず、この言葉で相手が動揺すれば幻覚ではなく、たちの悪いドッキリだと証明できる。

 もししなければ幻覚か現実かのどちらかだ。


「ドッキリ? ……よく分からないが、とりあえず君が現在の状況をよく呑み込めていないことは理解した」


 ルキウス氏は右手を上に(かざ)し、言った。


「光よ、集え」


 言葉と同時にルキウスさんの右手から光が弾け、半径5cm程度の球体を形取った。


「『そちら側』には存在しない魔術の一種だ。人為的な仕掛けは一切無いが、確かめてみるといい」


 ルキウス氏の言葉に頷き、俺は手を光の中に突っ込んだ。

 熱くはない。

 多少暖かさは感じるが、点灯している豆電球や蛍光灯のような『熱さ』は無い。

 俺は四方八方に手をやり、何か仕掛けは無いか確かめたが俺が手を伸ばせる範囲内に仕掛けは存在しなかった。

 光の中に手を突っ込んで何も無い時点で仕掛けが無いのは分かるのだが。


「さて、次は私の口を見てくれ」


 俺は指示に従ってルキウス氏の口を見る。


「今君が聞いている言葉と、口の動きは同期しているか?」


 俺は首を横に振る。

 全く違う。

 『同期』を言うときにこのような口の動きはしない。

 何かによって翻訳されているということだ。


「とりあえず、ここが君のいた世界でないことは理解して貰えたと思う」



 ……、……もう誤魔化すのはやめにしよう。


 幻覚にしてはあまりにもリアル過ぎる。

 自分がここにいる感覚もあるし、とてもではないがこれを幻覚ということなど不可能だ。


「……はい」


「そうか。突然で申し訳ないが、少々質問をさせて貰っていいだろうか?」


「はい」


「君の元いた世界の暦を教えて欲しい」


 暦、というのは年月日のことなのか西暦という名詞の事なのかどちらなのだろうか?


 ……向こうが地球の状況を知っているということは年月日を指していると考えて良いだろう。

 俺はその問いに答える。


「西暦2015年7月18日です」


 俺の返答が予想外だったのか、ルキウス氏の驚愕の眼差しと息を呑む音が聞こえた。


「……2015年、だと? あり得ない。時空間が完全に歪んでいるとでもいうのか?」


 ルキウス氏は一度頭を振り、俺に言った。


「今の言葉は忘れてくれ。君にはあまり関係の無い話だ。私はそれよりも遙かに重要な事を君に伝えなければならない。……異界門は今後10年は使用不能だ。つまり君が元の世界に帰還することも、今のところは……不可能だ。本当に、災難だった」


 ルキウス氏の口から発せられた言葉は何とか現在の状況を把握しようと努めていた俺の思考回路をショートさせてしまった。


 帰れない?

 ついさっきまでいたあの場所に、10年は戻れない?


 ……これは幻覚だ。たちの悪い夢だ。

 目が覚めれば富士山の駐車場にいて、これから天体観測を始めるところなんだ。


 そんな幻想は、もう抱くことが出来なかった。

 俺の脳はすでにここを現実であると認識してしまったのだ。

 今更幻覚や夢に変更する事など出来ない。


「だが、君が転移したときの詳しい状況が分かれば多少なりとも手を尽くす事は出来るかもしれない。本当に異界門による転移なのか。もし違うならば、別ルートから帰還を果たせる可能性もある」


 帰る方法を探してくれるのならば別に何だって話しても良い。

 別の世界の人間なのだから。


「分かりました。状況を説明します」





 俺が意識を失った時の状況を説明し終わった直後、ルキウス氏が口を開いた。


「『異界門』作動時に紅い月が出ると言う話は私も聞いたことがない。それに、血の舞踏会ブラッディ・カーニバルという単語も気になる。だが、異界門の魔力量は明らかに激減しているし……とりあえず、君をこのまま解放する訳にはいかなくなった。何者かが禁呪を使用して君を喚びだした可能性も否定できないからな」


 正直、このまま解放されても困るだけだ。

 生活の当てなど一切無いし、住民票などの制度があれば就業すら出来ない。


「……王都へ行く気は無いか?」


 唐突にそんなことを聞かれた。


「君はもしかするととんでもない重要人物なのかもしれない。転移した原因が異界門でも、禁呪でも、この世界を訪れた初めての異界人である事に変わりはないし、十分に国王陛下との謁見を行う資格があるだろうし、行く価値はあると考える。鉄道の切符を確保するのは多少難しいかもしれないが、馬車程度ならこちらで用意することもできる」


 その提案は俺にとっても渡りに船だった。

 今居る場所がどこなのかは知らないが、『王都』よりも小規模であるのは間違い無い。

 職を探すにもまずは大きな都市に出なければ話にならないし、帰還するための情報を集めるのもやはり大きな都市の方が良いはずだ。


 混乱しすぎてかえって冷静になっているのか、妙に頭の回転が速いな、と感じながら俺は承諾の返事をした。


「お願いします。王都に行かせて下さい」



「……分かった。馬車か鉄道かどちらになるかは分からないが、王都には連絡しておこう。……そうなるとこの世界の風習や文化を全く知らないというのはまずいな。少し、講義に付き合えるか?」



「はい」


 情報は出来る限り手に入れておくべきだ。

 いつ何処で何が起きるのか分からないのだから。



誤字脱字や文法的におかしな表現の指摘、評価感想お待ちしております。

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