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オーセティア興亡記  作者: フェイブレッドε
第Ⅰ部 血の舞踏会
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side α Ⅰ もう一人の異邦人

光暦3650年8月8日

ルーディアス王国北東部・ロワルト地方

メレイア大森林

side 篝 洋一


「ヨーイチ! そっち行ったよ!」


 リンの叫びを聞いて、僕は鞘から剣を抜いた。


「分かった!」


 片手半剣(バスタード・ソード)を構え、僕は『獲物』が飛び出してくるのを待つ。

 魔獣と呼ばれるそれらは、食用に出来る場合もある。

 今回僕たちが狩ろうとしているのはその『食用に出来る』魔獣だった。


 木の陰から姿を現した熊のような生物を見て、僕は息を呑む。

 何度もやっていることだが、やっぱりこの瞬間は落ち着かない。

 失敗すれば自分の命が奪われるかもしれないのだ。

 熊がその爪で僕の身体を引き裂くのが先か、僕の剣が熊の首を折るのが先か。


「アイツ、右腕が使えないよ! 左もかなりヤバイはず!」


 共闘者である少女の言葉に無言の応答を返し、僕は熊に向かって踏み込んだ。

 熊の左腕が伸びてくるのを感じ、軌道を修正、そして――


 剣を熊の喉笛に突き立てた。

 くぐもった叫びを上げて熊は僕の方へ倒れ込んでくる。

 それをすんでの所で躱し、熊の後頭部を腰に差していた短剣で貫いた。


「ヨーイチ、今日は危なかったよ。せっかく弱らせといたのにあんな無茶苦茶なことして……」


「ごめん、リン。でも横薙ぎすると多分吹っ飛ばされてた」


「え? どういうこと?」


「こいつ、それほど弱ってなかった。腕の振り切りが普通とほとんど変わらなかった」


「嘘……相当弱ってたはずなのに……」


 リンの口調から察するに、弱らせたのは本当なのだろう。

 熊が驚異的な回復力を見せたのか、弱ったふりをしていたのかは分からないが、いつものように横薙ぎしていれば僕の身体は数メートル以上飛ばされていたことだろう。


「まあ、結局何もなかったことだし、まあいいわ。台車持って来るからヨーイチはそいつ見張ってて」


 リンは一言告げると踵を返して森の出口に向かって歩き出した。



 ……いつの間にか、ここの生活にも慣れていた。

 僕がここ、異世界オーセティアへやってきたのはおよそ1ヶ月前のことだ。

 地球の日本は東京都、そこにある寂れたCDショップで人気バンドの新盤を試聴している途中、突然あるはずのない暴風に吹き飛ばされ、気がつけば別荘地にでもありそうな小洒落たログハウスの中にいた。

 そして、ログハウスの主であるリン・アヤメ……リンに森の奥で倒れていたところを助け連れ帰ったと聞かされる。

 無論、最初はまったくわけが分からなかった。

 自分の体感時間では暴風に吹き飛ばされて10秒経つか経たないか程度のものだったし、リンは明らかに現代の日本にあるまじき風貌であったからだ。

 肩や肘などの部分に分厚い革製のサポーターが装着されていたし、腰には明らかに使い込まれ、柄がぼろぼろになった剣が差されていた。

 僕が日本について聞くと、彼女は不思議そうな顔で、また残酷に真実を突きつけてきた。

 この世界に日本などと言う国は存在しない、また、この国はルーディアス王国といい、世界最大の大陸国家である。

 地球最大の大陸は? ユーラシア大陸。

 そこに存在する最も大きい国家の名前は? ロシア、連邦。

 ルーディアス王国などという国家は地球上に存在しない。

 すなわち、ここが地球ではないということだった。

 あまりのショックで僕は卒倒し、あの最初の日は終わった。

 次の日からは、色々なことでふさぎ込む余裕もなくなってしまった。

 リンは僕に剣を押しつけるといきなり「それで素振り1000回ぐらいしときなさい。近くの木もいくつかなら斬っちゃっていいわよ。イライラするの解消するにはもってこいだから。とりあえず私が狩りに出てる間は危険な事がない限り家に入らないこと」などと命令し、自分はそそくさと狩りに向かってしまった。

 あれは多分、突然こんなところに飛ばされた僕に対するせめてもの同情だったのだろう。

 結局僕はその渡された剣を使って素振りをしまくり、しばらくは運動するか食べるか寝るかの生活を送った。


 そうして剣を振ったり狩猟の訓練をしたりと色々しているうちに最初のパニックは徐々に消えていき……今に至る。


 王国内でも最も辺境と呼ばれるロワルト地方、その更に辺境の地にあるここメレイアには、行商人も殆ど訪れず、自給自足が第一になってくる。

 リンはこれまでは一人で狩猟をして食べきれない分を村で売って生計を立てていたようだが、僕が来てからはそういうわけにもいかなくなってしまった。

 食べる肉の量は増え、その分売りに出せる肉は減る。

 売りに出せる肉が減ればお金が入ってこなくなり、他の食材や生活必需品の補充がままならなくなってしまうのだ。

 リンは「しばらくウチにいるつもりなら狩りの手伝いしてくれると嬉しい。さすがに毎食ステーキは嫌でしょ?」などと言って、僕はそれを承諾した。

 狩りに出るのは今回でもう20回になる。

 剣を握るのには慣れた。

 動物を斬るときの感触も、血と臓物の匂いも。


 こんなことをやっていると、今までの自分がどれだけ甘えていたのかを思い知らされる。

 こっちの世界では年端もいかない女の子が自ら怪我をすることも顧みず狩猟によって生計を立てている。反面、僕はどうだ。お腹が減ったらとりあえずコンビニやファーストフード店に立ち寄って手軽にご飯を食べる事が出来る。そのご飯も全て加工されたもので、動物を殺す過程を見ることなんてない。しかも、それらを買うためのお金は全て両親から貰ったもので、自分のものですらない。

 本当に、甘えてた。

 この世界にきて初めて「頂きます」の意味を理解するなんて思ってなかった。


「載せるから手伝って。久しぶりの大物だし、私だけじゃちょっと難しいかも」


 そんなことを考えている間にリンは戻ってきていたようで、目の前に大きめの台車が用意してあった。


「分かった。僕は足を持つよ」


 慌てて死んだ熊の両足を手で抱え込み、持ち上げる体勢に入る。

 台車に乗せるだけだから重さが体に伝わってくるのはせいぜい数秒だ。


「りょーかい。……じゃあ、いち、にの、さん!」


 リンのかけ声と同時に僕は熊の両足を持ち上げ、二歩ほど歩いて巨体を台車の上に横たえた。


「ありがと。今回のは銅貨50枚くらいにはなりそう。しばらくは安心ね」


 ほっとしたようにリンは呟き、台車を押し始めた。

 そこでまだ熊の体に刺した剣を回収していないことに気付き、喉に刺さった片手半剣と、脊髄を貫いていた短剣を引き抜き鞘に納めた。


「さ、帰りましょ。昼から村に売りに行くから、馬の用意もしないといけないしね」


 等間隔で木に布を巻いた目印を辿りながら、家を目指す。


 僕の最近の生活は、こんなものだ。



更新が遅れまして申し訳ありません。

これからはしばらく月に一度か隔月での更新になるかと思います。

文章力、構成力もこれまでより更に低下しており、早い段階で改稿を行ないたいと考えています。


誤字脱字や文法的におかしな表現の指摘、評価感想お待ちしております。

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