第Ⅲ話 マティリオール公爵の考え
光暦3650年8月6日
昼(午前)
ルーディアス王国南西部・レノア地方
王都レードセリス・レードセリス城
第2中庭・鈴蘭の庭
side 近衛慎也
「……恐らく、その流れで間違いないでしょう」
俺の話が終わると、セティアは重々しい口調で言った。
剣術の訓練が一区切りついたところで、俺は自分の予想をセティアに話した。
国王が、発表終了後に自殺する可能性と、その理由。
「お父様はアルゼム様を指名するつもりがなく、他の方を後継者に任命する。そうすればアルゼム様が激怒するのは必至。だから自らが死に、アルゼム様が反論する暇なく速やかに新たな体制に移行する……理は通っていますし、最近お父様の行動がおかしいことの説明にもなります」
「どうする? 今の状態のままだとどう転んだとしても大きな混乱が予想される」
「勿論、お父様を自殺させるつもりはありません。そして、国を混乱させるつもりもありません。マティリオール様に会いに行きます。あの方ならば有益な助言を頂けるでしょうから」
マティリオール様――この国の筆頭公爵で国王とも親しい人物だ。
俺は会ったことがないが、その人ならば何らかの道筋を示してくれるかもしれない。
「それがいいと思う。マティリオールさんの家ってどこにあるんだ?」
「王都の貴族街に邸宅を持っています。いつもはロワルト地方におられますけれど、次期国王発表が近いため今は王都に」
そういえばマティリオール氏も後継者候補だったか。
だが、国王と長い間友人関係を継続してきたのだから、少なくとも『敵』になることはないだろう。
「間がいいな。今から行くか?」
「はい。出来るだけ早くしなければ手遅れになる可能性があります。今から私と慎也さんの外出許可を申請してきますので正門の近くで待っていて下さい」
「分かった。着替えてくるからちょっと遅くなるかもしれないけど」
「私も着替えますから急がなくて大丈夫ですよ。むしろ私が遅れてしまうかもしれません」
「了解。じゃあとりあえず部屋に戻るよ」
「王が自死を企てている、という話ですな?、セティア様」
俺たちが公爵邸に入ると、初老の男がそう告げた。
突然の言葉に驚き、俺とセティアは顔を見合わせる。
「マティリオール様、どうしてそれを」
セティアの問いかけ。
どうやらこの老人がマティリオール氏のようだ。
国王の友人にしては少々老けすぎだと感じたが、王と同じような年頃ならまあありうるレベルではあるか。
「最近の状況を見ていれば簡単に推測できます。アルゼム様は国王としての素質がありません。彼に国を任せれば早晩ルーディアスは破滅するでしょう。王もそれは分かっておいでです。しかし、次期国王最有力候補としてアルゼム様の名が挙がってしまっている」
どうやら、マティリオール氏も俺と似たような見解を持っているようだった。
そして、国王が後継者にアルゼム氏を立てようとしない理由が、これで見えてきた。
「アルゼム様は短気な方ですからな。もしも次期国王に自分以外の人間が選ばれたならば、怒り狂うことは確実でしょう。王は自死を選択し、アルゼム様を押さえ込もうと考えておられる。……王は、アルゼムのことを少々過大に評価していたようですな」
マティリオール氏の言葉から突然敬称が消えた。
それは、何か重大な事のように感じた。
そう、敬称を付けたくないと思えるような重大な状況が今発生しているのではないか、と。
「アルゼムは自らが王に指名されなければ――兵を挙げるつもりです。王に選定されなければ、王位を簒奪するまで。このような野蛮な人間に国王が務まると私は思いません。それに、アルゼムは帝國と……我が国と敵対するルデキア帝國と密通している疑いもございます。もしも王がアルゼムを次期国王に選定しようとしたならば、私はお止めしたでしょう」
アルゼム氏は王族だ。
いくら腐っていたとしても、王族だ。
その王族が敵国と密通して、王位を簒奪しようとする。
それは日本という異世界から来た俺からしても異常なことだと思った。
「それを王には?」
俺の質問に、マティリオール氏はため息混じりに言った。
「無論話しましたとも。しかし、王に信じては頂けなかった。従兄弟がそのようなことをしでかそうとしているなど、さすがの王も信じられなかったのでしょう。未だに王にとってアルゼムは十歳年下のかわいい従兄弟……なのですから」
「……ならば、私たちでどうにかしないといけないということですね」
「そうですな。王の自死についてはアルゼムが反乱を起こした時点で必要性がなくなります。私がアルゼムを焚きつけて早めに王位簒奪の計画を実行に移させましょう。しかし、さしものアルゼムも反乱については慎重になるでしょうから、発表までは動かないかもしれません。もしもアルゼムが発表まで動かなければ、セティア様……そして、慎也様、どうか王を止めて頂きたい。アルゼムについては私がどうにか致しましょう」
マティリオール氏の表情を見て、俺はこの人が『味方』だと確信した。
この人は俺たちを助けてくれる。
そして、王が死なず、混乱も起きない未来を作る役に立ってくれる。
だから、最も気がかりなのは『血の舞踏会』。
リア・ナイデルベルクの意図するところが一体何なのか、ということだった。
彼女の意図だけは未だに察しかねていた。
最も安易な考えが次期国王発表後に催される舞踏会で何かをする、ということだがそれはあまりにも露骨すぎるし、警備には聖堂騎士団も投入されるそうなのでいくらリアが強いといってもそう簡単に侵入できるとは思えない。
『血の舞踏会』が何らかの隠語であろうことは想像できるが、何の隠語なのかというところまでどうしても到達出来ずにいた。
それとも、召喚された時のあの声は、幻だったのだろうか。
いや、それよりもやるべき事がある。
まずアルゼム氏をどうにかしなければならない。
リアの事はあとでいい。
考えすぎてどちらも疎かになって最悪の結末を迎えることだけは避けたかった。
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