年下ワンコは反省したいらしいです。
ガチャ!と扉を荒々しく開く音が耳に届く。
立てー!だの大丈夫かー?だの、玄関から聞こえる声に溜息を吐きながら、本を閉じて階下に降りる。
階下は酒の匂いがした。
別に酒を用意してあるわけではない。階下にいる領地騎士団の面々から放たれているものだ。
「ごきげんよう、皆様」
「あ!奥さんこんばんはー!」
「すみません、またコイツ潰されて……」
そしてガタイのいい男たちの中心で座り込んでいる、ひときわ体の大きい男こそ……。
「あー!ルナさんー!ただいまぁ〜〜!!」
私の夫、ロベルトだ。
酒で顔を真っ赤にしてブンブンと手を振ってくる男に、思いっきり溜息を吐いた。
我が領地の騎士団は、とにかく呑む。訓練が終われば飲むし、小競り合いがあれば飲む。
大規模作戦のあとなんて街を挙げての大宴会だ。
「るなさ~ん、すき~」
「はいはいシャワー浴びて!井戸の水ぶっかけるよ!?」
酔っぱらったまま甘えてくる夫を叱咤し、なんとか風呂へ入ってもらう。
体格差がありすぎて、引き摺るもの支えるのも無理だ。
夫は大柄で人懐っこい性格が災いし、とにかく飲まされる。
夫自身、酒にはかなり強く、吐いたりすることもない。
酔い潰れてもただ笑って足腰が立たなくなるという無害さのため、上官の皆様も平気で飲ませられるのだ。
コップに酔い覚ましの薬粉を入れた水を用意していたら、後ろからずしりと体重をかけて抱き締められる。
先ほどよりはマシになったが、それでも呼気がまだ酒臭い。
はぁ、と何度目か分からない溜息を吐いてコップをロベルトに渡す。
「もう。ほら、ちゃんと飲む!」
「はぁい。ルナさん優しい、大好き」
「もう……」
思わず苦笑いする。
夫は酔うと、かなり素直に愛情表現してくるタイプだ。
にへにへと嬉しそうに薬粉入りの水を飲む夫の後ろに、ブンブン振られた尻尾すら見える気がする。おかげさまで、どれだけ大変でも酔い潰れていたら介抱してしまう。
仕方ない。
この可愛い夫にすっかり絆されてしまった、私の負けなのだ。
――ある日の朝。
寒気と吐き気を感じた。最近肌寒かったから風邪を引いたのかもしれない。
普段は少し体調が悪いくらいなら特に何もしないのだが、今日は少しこじれそうだなと思う。
「ロベルト。ごめん、今日早めに帰ってこれる?」
「わかった!頑張って抜けてくるね!いってきまーす!」
体調が悪いと明言すると、心配性の夫は訓練を疎かにしてしまうかもしれない。
早めに帰ってきて欲しいとだけ告げ、見送った。
夜、嫌な予感は的中した。
吐き気と眩暈のせいで、ろくにベッドから起き上がれない。
水差しの水が飲みたいのに、コップに注ぐ時に溢す自信しかない。
「ろべ、ると……」
……辛すぎてしっかり眠ることも出来ず、うつらうつらとしてしばらく。
どれくらい時間が経ったのか分からないが、ふと、朦朧とした視界にロベルトの姿が見えた。
相変わらず酒臭いが、ちゃんと一人で立っている。
いつものように誰かに肩を貸されていない。本当に早く帰ってきてくれたのだろう。
「あり……がと……」
夫の姿を見れただけで安心して力が抜け、一気に眠気が強くなる。……お礼を言ったつもりだったんだけど、ちゃんと聞こえたかな。
◇
やばいやばいやばい……!
大急ぎで熱を測り、起こさないように細心の注意を払いながらルナさんの身体を手拭いで拭く。
ぐったりと辛そうなルナさんの姿に、泣きそうになった。
もっと早く帰ってくるんだったと、頭を抱えたくなる。
――ルナさんが、あのルナさんが早く帰ってきて欲しいって言ってくれたのに!
ダチに紹介されて知り合ったルナさん。年上で美人でしっかり者で、自慢の俺の奥さん。
いつもしっかりし過ぎて、俺が甘えてばっかりで……。
今朝珍しく「早く帰ってきて」と言われて、喜んでいた自分を殴りたい。なんで理由聞かなかったんだよ俺!!!
いつから寝込んでたんだろう。キッチンが綺麗だったから、きっと食事も摂れてない。
飲み会そのものを断ることはないだろうと、上官に勧められるまま、あと少しあと少しとずるずる居座った自分を、もっと殴りたい……ていうか、薬粉どこだよ!?
震える手で家中を探す。
いつも家のことをルナさんに任せきりなせいで、何がどこにあるか全然分からない。
焦りのあまり、酔いなんて完全に吹っ飛んでいた。
◇
翌朝。陽の光を瞼越しに感じて目を覚ます。
体調は少しマシになったようで、昨日ほどの辛さはない。
「……ん……?」
いつも一緒に寝ているはずのロベルトが隣にいない。
一体どうしたのかと思ったが、左手が温もりに包まれていることに気付く。
ロベルトが、私の手を握ったまま、ベッドに凭れて眠っていた。
私が起きた気配に気付いたのだろう。
ふと目を開けたロベルトが、バッとこちらを向いてふにゃりと安心したような表情を浮かべる。
「ルナさん!大丈夫?辛くない?ごめんね、もっと早く帰ってれば……!」
どうやらかなり心配をかけてしまったらしい。
風邪程度で申し訳ないなぁ。
「ううん、気にしないで。早く帰ってきてくれてありがとう」
「お、怒ってないの……?」
「どうして怒る必要があるの?貴方は約束を守ってくれたじゃない。むしろ、早く帰らせてごめんね。もう少し飲み会出たかったでしょう?」
ロベルトは上官に可愛がられているし、本人も飲みの席は好きらしい。それなのに、心細くて早く切り上げて帰ってきてもらってしまった。
今更気付いたが、体も清めてもらっているようだ。
訓練で疲れている夫に、何をやらせているんだ私は。
何故かポカンとしている夫に、これ以上心配かけまいと笑みを浮かべる。
「看病させてごめんね、疲れてるのにありがと――」
「うわぁああごめんごめんなさい謝るからそんなこと言わないでぇえええ!!!!」
「きゃあっ?!」
何故か半泣きになった夫に、ぎゅうぎゅうと抱き締められていた。
「ちょ、ロベルト?どうしたの?」
「もう絶対大事にするからぁああ!!!」
「え?え?」
その日は訓練すら休んだ夫に、何故か一日中看病され、甘やかされた。
…………えーっと????
誤字等修正しました




