片腕の傭兵王に戦利品として下賜された私は、死を覚悟していたのに――なぜかこの強面の男に、亡国よりも贅沢に溺愛されています
聖シュタルク王国の象徴である「白亜の巨塔」。その謁見の間は、戦勝を祝う貴族たちの熱気と、敗者への冷笑に満ちていた。
「……これより、戦利品の分配を行う。前へ出よ、フィリーネ」
国王エドバルトの、粘りつくような声。私は泥に汚れたドレスのまま、冷たい大理石に膝をついた。かつてローゼリアの民から「大陸の真珠」と愛された面影は、今や失声という絶望の影に隠れている。国が焼かれる光景を見たあの日から、私の喉は固く閉ざされ、悲鳴すら上げられない「欠陥品」へと成り下がっていた。
「見てご覧なさい、あの無様な姿。声も出せぬ置物など、ゴミの押し付けだな」
周囲のひそひそ声が、ナイフのように私の心を削る。
「……ゼカス・ヴォルフラムよ。貴公には、この『置物』を取らせよう。飽きたら好きに処分して構わん。貴公の片腕の代わりだ、精々、慰みに使うが良い」
ドッと、広間に下品な笑いが弾けた。その笑い声を切り裂くように、一歩、重い軍靴の音が響く。
「…………御意」
低い、地響きのような声。戦場で左腕を捧げた「隻腕の戦鬼」――傭兵王ゼカスが、私の目の前で止まった。彼は右腕を乱暴に伸ばし、私の顎を強引に持ち上げる。だが、触れた指先は、驚くほど慎重だった。
「陛下。この女性の所有権はすべて、俺にある。……相違ありませんな?」
ゼカスは私を右腕一本で軽々と抱き上げると、怯えて道を開ける貴族たちを軍靴で踏みつけるような足取りで、出口へと歩き出した。
ゼカスの屋敷の寝室。彼は私をベッドに横たえ、毛布を掛けた。その手が頬に触れた瞬間、彼の呼吸が、獣が耐えるがごとく激しく乱れた。
私は震える指先で、紙に文字を綴った。
『私は戦利品です。なぜ、このような優遇をなさるのですか?』
「戦利品、か。エドバルト王はそう言ったな」
ゼカスは私の手首を、逃がさないという強い意志を込めて掴んだ。
「……あの男には、既に手を打ってある。俺が握っている『王家の不正の証拠』と私兵の報告に、今頃は椅子を濡らして震えているだろうよ。俺が、あの男の喉元に刃を突きつけて、お前を吐き出させたんだ。……五年前、死にかけていた俺を生かしたその時から、お前は俺のものだと決まっていた」
彼は私の首筋に顔を寄せ、深く、その香りを吸い込んだ。
「救い出す? ……いや、違うな。お前を世界から奪い返した。……もう誰にも、指一本触れさせない。その声も、その涙も、すべて俺だけのものだ」
逃げ場を塞がれ、身体が隙間なく密着させられる。重なった境界から、彼の火照るような熱と鼓動がダイレクトに伝わってきた。
だが、次の瞬間――。
「…………っ」
ピタリと、彼の動きが止まった。
見上げると、ゼカスは苦しげに顔を歪め、食いしばった奥歯を鳴らしていた。私を睨みつけるその瞳は、情欲と、それ以上に激しい「自制」に燃えている。
「……すまない。今は、これ以上は無理だ」
彼は震える右手を無理やり引き剥がすと、私から距離を置くように立ち上がった。
「お前は、あまりに……脆い。今の俺が触れれば、その白さを蹂躙してしまう。……俺の卑しい欲望で、ようやく救い出したお前を、これ以上汚したくないんだ。この理性が、焼き切れてしまう前に……」
戦場を支配したはずの男が、私の前で、理性の綱をギリギリで渡り、必死に自分自身と戦っている。その危うい姿に、私の胸は激しく高鳴った。
私は、逃げようとする彼の服の裾を、声なき祈りとともに掴んだ。
彼は一瞬だけ目を見開いたが、溜息をつくと、私の額へ誓いを刻むべく優しく唇を落とした。
「……わかった。今日は、隣にいる。……それ以上は望まない」
翌朝。
聖シュタルク城には、王が真っ青な顔で「ゼカスの領地には一切干渉するな」と厳命を下したという噂が流れた。
窓から差し込む光のなか、私の髪を一本一本愛おしそうに指に巻き付ける彼の、狂おしいほどに熱い視線を受けながら。
私は、この甘やかな監禁のなかで、彼に捧げるための愛を紡ぎ始めるのだった。
(完)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
独占欲が強すぎて、自分自身の理性と戦いながらヒロインを愛する「片腕の傭兵王」。
「戦利品」から始まった二人の危うい関係が、これからどう溶けていくのか……。
もし「この後の、理性が焼き切れたゼカス様が見たい!」と思ってくださった方は、ぜひ評価(★★★★★)やブックマークをいただけると、次作も頑張れそうです!
よろしくお願いいたします。




