009話 翡翠の灯火と月姫の帰還
□009話
報酬の受け取りが済んだので、この後はチェイスの家に出発だ。だがその前に、宿の取り方についてミーナに尋ねておく。
「あの、ミーナさん。僕、まだ宿を取っていないのですが、日が沈むまでに受付を済ませないといけないでしょうか? 冒険者になりたてで、まだ分からないことばかりでして……」
「確か、この辺りに宿の情報がまとめられていました」
ミーナは大量に積み上げられた書類をドサッと隣に移し、その奥から厚手の紙と紐で綴じられた綴りを取り出した。
「えぇっと」
綴りを開き、紙を何枚かめくる。5枚目の辺りで、紙をめくる手が止まり、指先を紙面に沿わせて内容を確認しているようだ。
「この辺りですと、新人宿・素泊まり亭がキリトさんにお勧めでしょうか。食事は出ませんが、銅貨1枚で宿泊できます。受付時間に制限はないようですよ。当直の方がずっと滞在しているようですので、いつでも受付頂けるようです」
「ありがとうございました。じゃあ、このままチェイスさんのお家に伺っても大丈夫ですね」
「あのさ、キリト。ゲストとは言っても、手土産の一つくらい買っていった方が良いんじゃない?」
ニーナの口から、ニーナらしからぬ発言が飛び出した。いや、ミーナの教育の賜物と言うべきか。
「確かに……でも、手持ちのお金が」
「さっき銅貨2枚貰ったでしょ? アタシはウサギちゃんと遊んでただけだから、キリトの取り分ってことで良いよ」
僕は少し、ニーナのことを勘違いしていたみたいだ。我が強くて我が儘で自信過剰な年下の女の子だと思っていたが、意外にも優しい女の子だと悟った。
「キリト、何か失礼なこと考えてない?」
「いや、ニーナって優しい女の子だなと思って」
「なっ!?」
顔を赤らめるそっぽを向くニーナ。
「はいはい。やること決まったなら、さっさと行きなさい」
ミーナに促され、ギルドを後にした。
■ □ ■ □
僕たちは南門付近の露店通りに向かった。日は既に傾いており、露店は夕陽が放つ赤一色に染まっていた。夕食前の買い出しのためか、日中に訪れたときよりも更に活気に満ちていた。
串焼きの匂いが立ちこめ、店主さんの活きの良い掛け声があちこちで飛び交っている。
「食事をご馳走になるんだから、食べ物じゃない方が良いよね」
「そうね。お花が良いんじゃない? チェイスはお酒、ベックは食べ物さえ与えておけば良いらしいけど、リージュのイメージはお花かなぁ」
「助言ありがとう。花か……センスが問われそうでちょっと怖いけれど」
「そういうのは気持ちだから大丈夫!!」
そうして、僕たちは露店の生花店に立ち寄った。色とりどりの花が水鉢に並んでいた。
「いらっしゃい!! お兄さん、隣の可愛いお嬢さんへのプレゼントかい?」
「なっ!?」
そっぽを向くニーナ。
「いえ、お世話になった人に御礼の気持ちを込めてプレゼントを送りたいと思いまして」
「若いのに、しっかりしてるね。ならこんなのはどうだい?」
店主は翡翠色の花の束を持ち上げた。
「この花は『翡翠の灯火』って言うんだけどね。この花の部分が暗い中で優しく光るのさ。この辺りでは取れなくてね。今朝、入ったばかりの掘り出し物さね。本当はもっと高値でって考えてたんだけど、お兄さんの優しさに免じて、銅貨1枚でどうだい?」
目の前にリージュさんの面影がチラついた。金色の髪に映えるあの瞳の色は、この花の色とイメージがピッタリ合う。
「これ! これを下さい!!」
「あらぁ、お眼鏡に適ったようで良かったわ」
これで、訪問の準備が整った。
■ □ ■ □
そして、僕とニーナは二人でチェイスの自宅を訪問した。途中でギルドに立ち寄ったが、ミーナは山積みの書類の隣で「あと少し、あと少しだけ……」と格闘していたので、置いてきたのだ。
ニーナに案内され、訪問したチェイス宅は2階建ての建物で、広い庭のある立派なご自宅だった。
「冒険者って、宿に寝泊まりするイメージだけど、この辺りでは自宅があるのが一般的なの?」
「珍しいんじゃないかな。チェイス達は御両親から自宅を相続したみたいだから」
「ご両親は?」
「今は仕事の関係で、遠くの町で暮らしているんだって」
そんな話をしながら、庭を抜け、玄関へと向かう。
その途中で、薪を割るベックと視線があった。
「こんばんは。ベックさん。今晩お世話になります」
サムズアップで答えてくれた。
「ベックー、私もお邪魔するね♪」
サムズアップがゆっくりとニーナの方向に向けられた。
歓迎されているようで安心した。
玄関の戸を叩くと、エプロン姿のリージュが出迎えてくれた。
「これ、もし良かったら」
僕は『翡翠の灯火』をリージュに差し出した。
「綺麗なお花!! キリトさん、ありがとうございます。もう少しだけ掛けて待っていて下さい」
チェイスは何をしているかと思えば、上半身裸で腕立て伏せをしていた。
「よう、キリト、ニーナ」
「こんな時に何を?」
「冒険者たる者、常に身体を鍛えていなければならないんだ。な、ニーナ」
「お姉ちゃんに良いところ見せようとしたんでしょ?」
視線を逸らし、口笛を吹き出すチェイス。
(隠し事が下手くそか!)
と頭の中でつっこみを入れさせて貰った。
<<……ププッ……>>
意識していなかったが、ナビさんの心を動揺させる事に成功したようだ。
僕たちの到着からしばらくして、ミーナも到着した。
あの山積みの書類を粗方片付けてきたらしい。さすがのミーナもヘロヘロ状態だ。
■ □ ■ □
テーブルに次々と料理が運ばれてくる。
ニーナも、ベックも手伝いをしており、僕も手を出したかったが、チェイスが首を振る。
客人は立つべからず、だそうだ。
料理が並べ終わり、いざ着席の際のこと。
チェイスが僕の隣に座っていたのだが、もう一方の空席をリージュとニーナが互いに譲らなかった。
最終的に、チェイスが席を移ってくれて事なきを得て、無事に歓迎会を始められる事になった。
「さて、我らが命の恩人、キリトの歓迎会を開催する」
「「「「「カンパーイ」」」」」
ニーナとリージュが料理を取り分けてくれ、僕の目の前には大量のお皿が。
でも、二人の好意を無碍にするわけに行かないので、全力で食べる事に集中した。
料理は見た目も味付けも最高の一言で、全て美味しく食べきり、満腹満腹。
チェイスは時折こちらを見て爆笑。その直後にミーナと親密に会話するなど、コロコロ変わって面白い人だ。
ミーナはミーナで、チェイスに気があるようで、この二人はいずれくっつくのだろうと確信。
ベックは引き続き寡黙だが、周囲を非常に良く観察している。
調味料や飲み物を先回りして準備してくれ、視野の広い人物だ。
――そこで、遠くで野菜をモシャモシャ食べるウサギを指さし、ニーナが提案する。
「ねぇねぇ、あのウサギちゃんに名前つけない?」
それを聞いたリージュが驚いていた。
「えぇ!? あれってウサギなの? キリトさん、私、本でしか見たことがありません」
ニーナは我が事のように自慢げに語った。
「あのウサギはねぇ、キリトがやっつけたホーンラビットだよ」
「「ホーンラビット?」」
チェイスとリージュの声が重なった。
「アタシはねぇ、『ピョン太』が良いな~。お姉ちゃんはどう?」
「私は『モフ吉』。『モフ吉』が良い!!」
そこでサッと手を上げるチェイス。
「じゃあ、オレも『モフ吉』に一票。ベックはどうだ?」
ベックは首を縦に大きく振った。賛成のようだ。
「キリトは?」
「僕も『モフ吉』という名前、かわいいと思います。賛成です」
「キリトさんが賛成なら、私も賛成です」
リージュの賛成発言まで聞いたところで、ニーナは頭を垂れて白旗宣言。
「うぅ……負けた。じゃあ、今日からあの子は『モフ吉』と呼ぶことにします」
項垂れるニーナを余所に、チェイスが『モフ吉』をじっと見つめていた。
「それにしても、ウサギか。ベックどう思う?」
「魔素、悪意が消えた魔獣」
ベックがボソッと呟く。
(ナビさん、あのウサギってどういうことなんだろう)
<<回答。魔素が蓄積したウサギがホーンラビット。MPを削り魔素が抜けてウサギになりました>>
ということは、表現はともかくベックは的を得ているわけだ。
いつも鋭い観察眼。あの人、何者なんだろう。
「魔素、悪意……か」
パンパン、とチェイスが手を叩き、全員の視線がチェイスの元へ集まる。
「ここで一つ提案がある。俺たち六人でパーティを組まないか?」
ここには冒険者が五人しかいないはずだ。僕はチェイスに視線を送る。
「ろっ……六人ですか?」
そこへミーナが割って入る。
「それって、私も含まれてますか?」
「含まれちゃまずいか? ザインの右腕、いや、ザインを育て上げた陰の立て役者――月姫ミーナ」
その名が出た瞬間、直前までヘロヘロだったミーナの目線が、一瞬だけ鋭くなった気がした。




