004話 ただの事故です。本当です。
□004話
下手に症状を悪化させるわけに行かないので、身体を揺すったりせず、呼びかけてみる。
「ザインさん! ザインさん! 大丈夫ですか?」
ザインは両目を閉じたまま額に汗を滲ませて、苦悶の表情を浮かべている。病気と言うよりも、悪い夢でうなされているような、そんな状態だ。
受付から出てきたミーナ。ザインの近くで屈み込むと、彼の状態を入念に観察し、口を開く。
「これは、魔力切れの典型的な症状ね」
魔力切れ。先程、頭の中の声が【MP1のザインにMPダメージ1を与えた】と言うようなことを話していたが、そうなるとMPはちょうどゼロとなり、魔力が無くなったと言える。つまり、ミーナの診断と合致している。
「魔力切れの症状ですか。どのような症状になるんですか?」
「魔力を酷使しすぎると最終的にこの状態に陥ります。呼び方は地域差がありまして、魔力切れのほか、魔力酔い、魔力欠乏症、とも呼ばれますね。頭痛、吐き気、めまい、意識混濁などの症状が現れます」
「では、魔力を回復させられれば良いのですか?」
この世界なら、回復薬なんかがあるはずだと思う。きっとそれを飲ませれば――。
「意識があればそれも叶いますが、ザインさんは意識が無いようですので、このまま休まれるのが良いです。ただ……」
「何か問題があるのですか?」
「魔力の回復には休養と言うより、正確には睡眠が必要です。ザインさんはドラゴン討伐に失敗した時に受けた呪いで、眠れない身体なんです」
ドラゴン、呪い、眠れない身体……ミーナが発した物騒な言葉の羅列に息をのむ。魔力の回復に睡眠が必要なのに眠れないなんて、一体どうしたら良いのだろう。
「これは……ちょっとまずい状況ですね。眠れない身体の持ち主のザインさんが魔力切れを発症して、意識も無いだなんて。回復の手段が思いつきません。この町の治療師では手に負えないでしょう」
ミーナは腕を組み、真剣な表情で思考を巡らせているようだ。
(できればゆっくり眠って貰って、早く良くなって欲しい)
<<承認しました。対象のMPがゼロのため、【強制睡眠・安眠・精神安定化】を発動します。ザインの額に手を当てて下さい>>
頭の中の声が不可解な事を発言した。強制睡眠を発動だって!? でも、もし本当に眠らせてあげられるなら――。
その声の指示通り、僕はザインの額に手を当てる。手のひらが僅かに白く光り、その直後、ザインの身体全体を淡い白い光が包み込んだ。
気がつくと、目の前のザインは穏やかな表情となり「すぅ……、すぅ……」と寝息を立て始めた。どうやらうまくいったようだ。ザインの様子に一安心。
「キリトさん、これって!?」
ミーナは大きく目を見開いてこちらを見ていた。僕が言い訳を考えていると――。
一部始終を見ていた野次馬冒険者達が、歓喜の声を上げていた。
「ザインさんが、気持ちよさそうに眠ってるぞ!」
「ど……ドラゴンの呪いに打ち勝ったぞ!! この新人!!」
「キリト!! キリト!! キリト!!」
いやいやいや、僕の名前を連呼しないでくれ。目立ちたくないんだってば!
「ドラゴンバスターキリトの誕生だ!!」
――なぜか『ドラゴンバスターキリト』なる二つ名も頂戴してしまった。
そんな馬鹿な。ドラゴンの呪いなんて、実はただの噂もしくは間違いなんじゃない?
それに、ザインは転倒して眠ってしまっただけだって。疲れてたって言ってたし。そう、これはただの事故なのです……。
「おい、どうしたキリト――って、ザインさん!?」
倒れて眠っているザインをみて驚くチェイス。遅れてやってきたベックも、リージュも目を見開いていた。
チェイスに気がついたミーナは、事態を説明する。
「キリトさんがザインさんを一蹴りで失神させてしまいました」
いや、もっと丁寧に説明してくれ。僕が本当にやっつけたみたいじゃないか。ただの事故なのに。
「「はぁぁぁぁ!?」」
チェイスとリージュの声が重なる。
「いや、確かに強いとは思っていたけれど、ここまでか!? お前はそんなに強かったのかよ!!」
僕の肩にチェイスの平手打ちがバンバン入ってくる。
「でも、ザインさん気持ちよさそうに眠ってますよ。不眠のザインさんが」
リージュは冷静に現在の状況を分析している。ミーナが必要最低限のこと以外を話さなかったため、僕への追求は避けられそうだ。でも、チェイスの平手打ちが痛い痛い。
「僕は無関係です。チェイスさん、肩が痛いです」
肩への平手打ちやめたチェイスは、今度はミーナの両肩に手を置き、
「み、ミーナ! キリトの職業は? ステータスは? 凄いものを見たんじゃないか?」
と揺さぶる。冷静なリージュが一言。
「兄さん、それはセクハラです」
「わ……悪かった。ミーナ」
急に手を引っ込め、ミーナに謝るチェイス。
「チェイスさんなら……気にしないです」
頬を赤く染めるミーナ。「え? 何? もしかして何かあるのか? この二人?」と思ったが、野暮な事は口にしない。
「で、どうだったんだ?」
チェイスの質問に、ミーナはゆっくりと口を開く。
「キリトさんの職業は『無職』、ステータスは攻撃力ゼロでした。『無職』『攻撃ゼロ』どちらもこれまで見た事がありません」
腕を組み、チェイスは首を斜めにして唸っている。
「攻撃力ゼロ……でもって、ザインさんを一蹴りで沈めてしまった。そういや、オークも一瞬だった。理屈が分からない」
リージュも沈黙する中、ベックが口を開いた。だが、その小さなつぶやきは、隣にいた僕にしか聞こえなかっただろう。
「どっちも魔力が少なかったはずだ――」
ベックさんが鋭すぎる。でも、正に的確。僕がオークとザインに関与したときの共通点は『MPダメージ』だ。これが一連の現象を分析するときの鍵になるはずなんだ。
オークは元々物理特化した魔物で魔力を殆ど持っていなかった。ザインもあの肉体なので、きっと魔法使いでは無く、物理攻撃タイプだったのだろう。その少ないMPを刈り取ってしまったから――。
それから、もう一つの共通点、それは頭の中の声だ。そうだ。あの声なら何か知っているかもしれない。
駄目元で、頭の中で呼びかけてみる。
(頭の中の声!! 頭の中の声!! 返事をして)
<<あ……えっと、はい。お呼びでしょうか? 救済者様>>
(嘘だろう……まさか頭の中の声と本当に会話できるだなんて、期待なんてしてなかったのに!!)
<<え? ……期待していなかった、ですか?>>
(あ、いや、えっと、そうじゃなくて……)
頭の中の声と会話する技術を身につけてしまった。そろそろ人外の道に足を踏み入れ始めてしまったのだろうか。




