010話 真っ赤な白虎と満月の誓い
□010話
ザインの右腕? ザインを育てた? 月姫ミーナ? それにここにいる全員でパーティを組むだなんて。
「えっと、チェイスさん。それって一体どういうことなんですか? 僕だけかもしれませんが、分からないことばかりが先行してしまって……」
チェイスは顎に手を当てる。
「そうだな。ここでは、リージュとニーナは世代的に知らないだろう。そして、今日、町に来たばかりのキリトも当然知らない話だ」
ニーナが急に立ち上がった。その視線はミーナにのみ注がれている。
「ねぇ、お姉ちゃん? チェイスは何の話をしているの? 私が知らない話って何?」
ミーナは一度は視線を合わせたものの、直ぐに視線を落とし、言葉を探す。続いてリージュ。
「兄さん、変な冗談はやめて。みんな混乱しているわ。月姫って何なんですか?」
チェイスはゆっくりと全員を見渡し、最後にミーナをじっと見据えた。
「いつか話すつもりと言っていたが、まだニーナにも教えていないんだろ? ニーナもギルドを出入りするようになってしばらく経つ。他の奴から聞かされるより、ミーナから聞かせて貰った方が良いと思うんだ。俺たちも力になるから」
チェイスはミーナを促す。
ミーナは、古い記憶を辿るように、また、古い傷口を確かめるように、ゆっくりと口を開いた。
「……あれは、私が八歳の頃の話。ニーナがお母さんのお腹の中にいて、皆私のことをあまり構ってくれなくて……。だから、私、少し寂しかったんだ。それでね、この頃、家にいたウサギが唯一の心の救いだったの」
ミーナは何かを懐かしむように、グラスに視線を落とし、語り始めた。
「そのウサギがね、ある日、いなくなってしまったの。完全に私の不注意。扉を開けっぱなしにしてしまったのだから……」
誰もが口を閉ざしている。ミーナが口を閉ざしている間は、虫の音が聞こえる程に静かだ。
「ウサギの目撃情報を追っていって、どうやら町の外に出て行ってしまったと分かったわ。昼間に一人で遠くまで出歩くわけにいかなかったから、夜中に両親の目を盗んで家を抜け出して、ウサギを探しに行ったの。当時は門兵もいい加減だったから、町の外まで抜け出して……」
ニーナも真剣に耳を傾けている。
「それでね……町の外まで行ってね……やっとウサギを見つけたの。真っ白だった身体がね……真っ赤に染まっていたの。原因は直ぐに分かったの。口元を真っ赤に染めた白い虎がいたから。私の親友のね……ウサギをね……モフちゃんをね……食べて……いたの……」
リージュとニーナが目に涙を浮かべていた。
「でね、モフちゃんを取り返そうとしたの。白い虎が私に刃向かってきたわ。飛びかかってきたり、噛みついてきたり、爪で引き裂こうとしてきたり。でも、子供みたいだった。私が泣きながら手を振り払うだけで、鋭い爪も、強靱な牙も、おもちゃみたいに壊れていったの。気付いたら、白い虎も真っ赤に染まっていたわ。……真っ白だったのは、天に輝く丸いお月様だけだったわ」
静かに目を閉じていたチェイスは、ここで目を開けた。
「当時、近隣の都市を苦しめ、Sランク冒険者でも討伐できなかった魔獣が白虎だ。近隣の町では夜間の外出禁止令が出ていた。門兵の手抜きがきっかけなのも皮肉な話だが、八歳のミーナが手傷一つ負わずに、白虎を討伐したんだ。」
……。
「それ以来、私は町の英雄と呼ばれたわ。大切な友達を守ってあげられなかったのに。それとね、ウサギを救ったときの力はその時以来現れなかったの。だから、私を守るためにかん口令が敷かれたの。私と白虎の話をしないように――と。でも、そこで話は終わらなかった」
ベックが「月」と囁くのが聞こえた。
「しばらく経った頃、再び近隣都市を震撼させる事件が起きたの。妖狐が現れたの」
「妖狐はね、近隣の町で赤子・幼子ばかりを狙って何人も、何十人も食べ殺していたの。そして、ある晩、この町に現れたわ。ギルドは精鋭をかき集めて応戦したけど歯が立たなかったみたい。冒険者も負傷者ばかり。町の赤子は次々殺される」
「そしてある晩、妖狐が私の家の窓を突き破って入ってきたの。狙いは生まれたばかりのニーナだった。私はニーナを守るために、妖狐の前に立ちはだかったわ。そしたらね、窓越しに満月が目に入ったの。満月にモフちゃんの姿が見えてね。「ニーナのことを守るのは君だ」って言われた気がして……。そしたら、白虎の時みたいな力を発揮できて、無事に妖狐を追ったの」
そこでチェイスが口を開いた。
「その後も満月の夜になるとミーナは力を取り戻したんだ。街を守るため、当時から期待のホープだったザインを最強の英雄に育成した。それが、月姫ミーナ」
「お姉ちゃん、そんな話知らなかったんだけど」
ニーナは頬を膨らませていた。
「あなたにはまだ早いと思ったの」
「じゃあ、ミーナさんあのウサギを、見ると辛いのでは……」
「少し、昔を思い出して辛いというのもあるかもしれません。あの子と一緒にいると、力を発揮できる気もしますね」
リージュがチェイスに問う。
「ミーナさんを冒険者に復帰させてまで、六人でパーティを結成して、何を成したいのですか?」
■ □ ■ □
数時間前。
チェイスは薪割りをするベックの隣で座り込んでいた。
「なぁ、ベック。お前、オークが光になって消えたとき、何か感じなかったか?」
「……」
ベックは何も発さず、薪割りを続けていた。
「オレはな、オークが笑った、もしくは微笑んだように感じたんだ」
「……」
一定のリズムで薪割りをする音が鳴り響く。
「その直前まで、俺たちと命のやりとりをしていた魔獣だぞ?」
「……」
リズムは変わらない。
「キリトが触れて、オークの中の何かが変わったんだ」
薪割りの音が止まった。
ベックはチェイスの方をじっと見て、ボソッと呟いた。
「オークの時は魔力と悪意が消えてた。ザインの時も魔力が殆どなかった」
「じゃあ何か? オークの時も、ザインの時も、魔力に干渉したってことか?」
薪割りの音が再開した。
「じゃあ、俺たち人類を苦しめる魔獣は、魔力で構成されてるのか?」
「……」
薪割りの音は続く。
「魔力を消せば、魔獣は生まれないのか?」
「……」
薪割りの音が止まった。ベックは自身の手をじっと見つめる。大事な誰かを守れなかったことを悔やむかのように。
「俺たちみたいに、魔獣に親を殺される人は、多分減る」
「あぁ、ベック、きっといなくなるな」
ベックはその優しい手で、目から止めどなく溢れ出る涙を拭った。
「俺たちみたいに、妹に嘘をつかなきゃならない人は、多分減る」
「あぁ、ベック。その通りだ」
「キリトと一緒に世界を救うなら、オレは力を貸す」
「分かった。今日、キリトに切り出してみよう」
■ □ ■ □
チェイスは何も言わず、ベックを見るだけだ。
ベックは意を決したように、
「……キリトの力で世界を救えると思う。オレ、力を貸すから人類を救わないか? きっと魔獣を救うことにもつながる」
と、じっと僕と目を合わせたまま言った。
これまで彼を観察していて良く分かった。周囲を良く観察し、いつでも深く考えている。
きっと、この提案はベックなりに確信があるのだろう。
続いて、チェイスが口を開く。
「そして、皆の力が必要だと考えている。頼む。人類を魔獣の脅威から救いたいんだ」
チェイス、そしてベックの真剣な思いが伝わってきた。
「僕で良ければ、力になります。いえ、もしこの力が人類も魔獣も救い、争いをなくすのに貢献するなら、全力で頑張らせて頂きます!」
僕は気持ちを伝える。
そしてミーナもはにかむ笑顔で「私も、私なんかで良ければ」と続いた。
「じゃあ、チームキリト結成ということで、乾杯だー!!」
「……えっ!? チーム名って、僕の名前なんですか!?」
僕の困惑を余所に、皆の楽しげな声と共にジョッキを打ち鳴らす音が高らかに響いた。
その日は夜遅くまで、宴が続いたのであった。
ご一読いただき、ありがとうございます。
ついに第10話まで到達しました。
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