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ただ一つ、それだけを君に願おう  作者: 白月
二歩目――略奪者の呪縛。狩人の咆哮。
9/28

耳の調子が悪いんですか?

白月です。

今回も読みにきてくださって、本当にありがとうございます。


それでは、本編をどうぞ。

 ベッドの上でコチラを見つめる一人の少女。


 リギルにラスティと呼ばれた少女は、外見年齢だけで言えば私よりも幼く見えます。あどけない顔立ちでコチラを見つめ、肩口で切り揃えられた淡い緑の髪を揺らすその姿は、此処がリギルの家だという認識に違和感を覚えるほどに異質なものと言えるでしょう。

 しかし、リギルの顔を見て少女の顔に浮かんだ安堵の表情から二人は知らぬ仲ではないのだと推測できます。


 となれば養子の線も浮かんできますね。しかしこの小さな集落で養子をとる状況は限られてきます。やはり誘拐でしょうか? かといって少女の反応からは恐怖心などは見当たりません。物心着く前から誘拐していた、もしくは演技によって騙されている可能性も捨てきれませんが、しかし。


 「おかえりなさい! パパ」

 「おう、ただいま。今日もラスティが元気そうでパパは嬉しいぞ」

 「えへへ、パパのおかげだよー」

 「そ、そうか! パパもラスティのおかげで毎日元気だぞ!」


 過去、例を見た事がないほどにリギルの表情筋が緩み切っていますね。いや、まぁ出会って一日と経ってはいないのですけれど。


 「あ、あのー、リギル? そちらのお嬢さんは?」

 「あ? ……はあぁぁぁぁ」

 「えっ」


 不満げな様子を隠そうともせずに、というよりアピールするようにため息を吐くリギル。それを真正面から受けたフールはなぜか目の端に水滴を浮かばせています。


 「パパ、誰?」

 「ん? ああ、今喋ったのはフールって言ってな、珍しいことに遠くから旅してここまできたらしいぞ。隣の小さい嬢ちゃんも連れてな」


 そう言いながらリギルはこちらへと目線を向けます。何かをこちらへと要求しているように見えますがどうしたのでしょうか?

 私はその意図が分からず首を傾げることで疑問を示します。


 「女の人?」


 リギルの娘(暫定)であるラスティがそういったことでやっと視線の意図を理解しました。なるほど、自己紹介を求められていたわけですか。良いでしょう。私のスキルアップし続けている自己紹介術を披露しましょう。


 「初めまして。私はアイといいます。人間のような見た目をしていますがアンドロイドです。リギルの言っていたように、フールと道中旅をしてここにやって来ました。ハントに住むつもりなので、これから末長くよろしくお願いしますね、ラスティ」


 やはり我ながら成長を感じますね。前回のニックの時は、アンドロイドの部分でなぜか困惑している様子が見られました。つまり冗談を言っていると思われたのでしょう。なので今回はニックへの念押しの意味も含め、再度冗談と取られないように説明を行いました。

 それに加え今回はニックのような青年ではなく、いまだ幼い少女が相手です。そのことを考慮し、物件等の要求を取り払い、最後の締めくくりの語調を親しげに感じられるよう崩しながら話しかけました。もちろん相手の視線の高さへと合わせることも忘れてはいません。相手によって態度を軟化させる。これは私史上初めての試みと言っても良いでしょう。

 しかし、私はやり遂げました。


 「えっと、よく分かんないけどよろしく! 私はラスティだよ! 11歳! あなたは?」

 「私は実年齢で言えばまだ0歳です」

 「え?」

 「はい?」


 なぜ疑問符を浮かべているのでしょうか。質問の内容と前後の文脈から推察するに年齢を聞かれたと推測して回答したのですが。外見年齢と実年齢に差があるのは、アンドロイドなのだから当然あり得ることだと分かりそうなものですが。


 「0、さい?」

 「えーっと、ラスティ、ちゃん? とりあえずその話は後で詳しく説明するよ」

 「そっか! じゃあじゃあ、フールさんたちはどうしてここに来たの?」

 「物資の補給……かな」

 「住処を得るためですね」

 「? えっと、二人で旅してたんだよね?」

 「はい」

 「うん」

 「?」


 ラスティからの質問へと回答する度、その顔つきが困惑に満ちていくのが分かります。先ほどから感じていましたが、ラスティは今まで出会った人間の中でも感情が表に出やすいようですね。

 フールと私を交互に見るのを何度か繰り返したラスティ。やがてリギルの方へと顔を向け、その様子に小さくため息を吐くリギル。


 言葉を介さずに通じ合うような姿を見るに、やはり二人は親子なのでしょうか。なんにせよ、長い時間を共に過ごしたことは間違いないのかもしれません。

 リギルが優しい手つきでラスティの頭を撫でながらこちらへと視線を向けます。


 力加減、できたんですね。


 「とりあえず、二人の詳しい事情については後で聞けばいい。一旦パパたちは上で話さなきゃいけないことがあるんだ。後でニックも含めてゆっくり話せばいい」

 「えっ! ニックさんも来てるの!?」

 「こんにちは。ラスティちゃん。元気そうで何よりだよ」

 「えへへ〜。ありがと! 後でいっぱいお話ししようね!」


 今日一番の笑みを浮かべるラスティ。

 驚きですね。人間の表情筋はこんなにも活発に働くものなのでしょうか?

 もしくはラスティだけの可能性も捨てきれませんね。人間の言動言動一つとってもこれだけ違いがあるのですから考えたところで答えは出ないのでしょう。


 「……おい、ニック」

 「は、はいぃぃ。な、なんでございましょう、リギルさん」


 先程までの上機嫌が嘘だったような真顔でリギルが声を発すれば、何を焦っているのかニックが視線を右往左往させ、まるで怯えるように答えます。一体どうしたのでしょうか? この場で私が考えたところで答えは出ないのでしょうが、それにしても情緒不安定すぎではありませんか。二人とも。やはり人間にとって発作は標準装備なのでしょうか?


 「後で個人的に話ができた。とても重要な話だ……逃げるなよ」

 「……はい」


 口元だけに笑みを浮かべたリギルの言葉に、小さく返したニック。

 そんなあまりにも理解が追いつかない会話を経て、私たちはラスティへと一旦の別れを告げました。と言っても、階段をひとつ上り二階の一室へと訪れただけですが。

何はともあれ、ようやくこれで本題へと入ることができます。


 「それで、リギルさん。門のところで言ってたまずいことっていうのはなんなんです?」

 「……そうだな、結論から言おう。メティスが現れた」

 「なっ!?」


 ニックにとって想定した以上の出来事だったのでしょうか? 驚愕の声がその表情と共に聞こえてきます。


 「本当に、本当に奴だったんですか!?」

 「ああ」

 「それ、は……」

 「俺からすりゃあ、ずっと待ち望んでいたものでもある。だが、普通に考えれば奴の再来は脅威なんてもんじゃねぇ」

 「それなら、今すぐにでもみんなに伝えて避難をしないと」

 「待て」


 言葉通りに行動しようとしたのでしょう。座っている椅子から腰を浮かせたところでリギルから制止の声が届きます。


 「焦るな」

 「なんでですか! 事態は一刻を争うはずです」

 「その通りだ。だがなんのために、お前だけに先に伝えていると思っている。不必要な混乱を避けるためだ」

 「それは、そうですけど……いつ襲って来てもおかしくないのは確かでしょう?」

 「それについてなんだけど、発言いいかい?」

 「どうした、坊主?」


 二人の話し合いが進むようであまり進展しない中、それまで私と同じように黙って座っていたフールの手が上がるのを視界の隅で捉えます。

 そもそも、私たちは成り行きで巻き込まれたというだけで、メティスに関しての知識は全くと言っていいほど不足している状況です。

 まあ、メティスが言うには目覚めた原因が、フールの落としたレインボーの実にあると言う話なので一概に巻き込まれたとも言えないかもしれません。それであっても私は巻き込まれた側と言えます。つまり私は被害者なのです。

 何かしらで不利に陥ったとしても、この論法でいけば私が責任を負うことはないでしょう。悪いですねフール。私はこの国で住居を得るまでの間、不信感を与えるようなことはあってはならないのです。故に、私のいざという時の盾とさせていただきます。

 おっと、少し思考が逸れてしまいました。戻しましょうか。今はちょうど、私の盾役が発言をしていますね。


 「もしかしたらだけど、時間についてはしばらくの間は問題ないかもしれない」

 「そらぁどういうことだ」

 「メティスが目覚めた時、こう言っていたんだ。『万全には程遠い』って。よく観察は出来なかったけど、もしかしたら片目以外にも怪我か何かしていたのかもしれない」


 確かにそんなことを言っていた記憶があります。メティスの言動から察するに、目覚める前は相当な怪我や病を持っていたようですし、その治療を兼ねて眠りについていたということでしょうか?

 それによっては、その眠りは短期的なものではなく、長期的なものであるということも考えられます。


 「その怪我を癒すために、しばらくは動かないと?」

 「あり得ない話ではありませんよ、リギル。現に目覚めてから観察していた限りではメティスはあの場から動いていません。私たちが去る際も動く様子は見受けられませんでしたし」

 「信じ切るには根拠が薄い話ですが、筋は通りますね」

 「そうだな。何よりあの場所は回復の泉なんて呼ばれてる場所だ。大きな怪我や病にゃ効かんが、一定の疲労回復効果がある」


 フールと私の話を聞いて一応の納得を得たのか、ニックが落ち着きを取り戻します。

 実際にメティスが怪我か何かをしている可能性は微妙なところですが、リギルの話を踏まえれば的外れということもないでしょう。それがあっているのならば多少の猶予はあるのかもしれません。怪我をしていてなお、あれほどの力を持っているという脅威も同時に存在することにはなりますが。


 「だとしても、できる限り迅速に行動しましょう。急ぐに越したことはありません。と言ってもリギルさんの言うように混乱させては余計に時間がかかりますし、このことを村の人たちに伝えていいものか……」

 「それに加え、避難先の問題もあります。小さい集落といっても見たところ百人前後は人がいるでしょう。その人数を速やかかつ、一手に引き受けてくれる都合の良い場所に心当たりはありますか?」

 「あるにはある、が……」

 「何か問題があるのかい?」

 「この人数となるとハント本国しか選択肢はないんだが、あちらさんの状況がな」

 「ああ、確かつい半年ほど前に王権が交代したんでしたっけ?」

 「前王にはあったことはあるんだが、今の王のことはほとんど知らねぇんだよな」

 「そもそもとして私たちを受け入れてもらえるかどうか」

 「ん? どういうことだい?」

 「確かこの集落についた時、リギルが言っていましたよね? ここが『追放された者たちの集落』だと」

 「あー、確かにそんなこと言ってたね」


 私の言葉にフールを除いた二人の表情が強ばります。

 やはり、この集落が作られたのは何かしらの理由があるのでしょう。言葉通りの追放、もしくは隔離と言い換えられる状態へと至らせた何かが。

 

 「いいかげん、その辺りの事情も知りたいところですね。あなた達二人と違って、私とフールはメティスのことも、ハントという国のことも、この集落の立ち位置すらも、情報があまりに不足しすぎています」

 「アイ、あまり立ち入ったことは……」

 「いや、そうだな。話そう。お前さんらもこうなった以上無関係とはいかん。だがゆっくりもしていられん。俺はこれからハントに行く。お前たちも着いてこい。そこで話そう」

 「良いのかい? 無関係ではないにしても僕たちはこの国に対して部外者だ」

 「フールは相変わらずバカですね」

 「バッ!?」

 「そしてアホです。当のリギルが良いと言っているんですから黙って聞いていれば良いでしょうに。そこまでいけば配慮も卑屈に成り下がりますよ。それとも耳の調子が悪いんですか?」

 「そ、そうだね……一理、ある……グスッ……そんな、言わなくたって……」

 「えぇ……」


 本当に体調でも悪いのでしょうか?

 なぜかフールの瞳から生気が消えているように見えます。そして次の瞬間には瞳の湿度が増加……このパターンは初めて見ますね。これも発作の一種、なのでしょうか?

 そしてなぜニックは、フールと私を交互に見ては顔を歪に引き攣らせているのでしょうか? 何やら小さく声も漏れていますし。


 「フッ、フハハハハッ!!」

 「えぇ……」


 そこにリギルの爆笑。再度ニックから漏れる呻きのような何か。

 なるほど。これがいわゆる混沌というものですか。全くもって理解が追いつきません。

 しかし、そんな中でも私は学習しているのです。リギルが爆笑した時、それ即ち、あの剛腕によって首をもぎ取られる時であると。

 私は素早く椅子を後方へと引き、その剛腕の射程圏外から逃れます。

 そしてその数瞬ののち、その剛腕が導かれた場所は――机に蹲っている黒髪でした。

 つまりはフールですね。さすがは私の盾です。図らずも早速役目を全うするとは。

 

 「坊主、嬢ちゃんの言うとおりだ。だがあまり周知したい内容とも言えねぇ。だから坊主の気遣いは嬉しかったぜ! ありがとうな!」

 「リ、リギルッ!!」


 リギルの言葉に机にめり込んでいた顔を上げ、歓喜のような表情を浮かべるフール。

 ここだけを切り取れば感動的な場面に見えることもあるのでしょう。しかし、視線を少し下げればフールの顔と同程度の陥没した机が存在し、その周囲をささくれ立つように木材が浮き上がっているのが見て取れます。

 そう、めり込んだのです。フールの顔が。そして、めり込ませたのです。リギルの剛腕が。

 頭に置いたその手のひらがガシガシと雑にフールの頭部を撫で付けるたび、メキメキと木材が悲鳴を上げながらフールの顔が沈み込んでいきました。

 そんな一幕が起こった直後に浮かべられるフールの歓喜の表情。リギルもそれに対しニカッと笑みを浮かべています。

 端的に言って、化け物なんでしょうか? この二人は。正常な精神性を持っているとはとても思えません。

 一つ確かに言えることは、これこそが混沌で間違いないということです。

 そして混沌とは理解するものではありません。そもそも触れるべきものでもありません。

 だからこそ私は迷いなく、この場において理解を放棄します。


 「そのあまりにも理解不能な茶番をさっさと終わらせてください。ハントへと急ぎ向かうのでしょう? それと、私は医学はともかく、精神異常の対処に関する知識は有していません。頭を治すのならハントの医師にでも見てもらってはどうですか?」

 「えぇ……」


 ニックも重症のようですね。なぜこのタイミングで呻き声を発したのかはスルーしておきましょう。


 「まあ、急いだ方がいいのは事実だな」

 「とは言っても、ハントに向かってどうするのですか? 先ほど避難先の当てがあるといっていましたが」

 「ああ、実際どうなるかは分からねぇが避難先ぐらいは確保してくれるだろ」

 「あの、疑うわけじゃないんだけど、この集落にいる全員を避難なんてできるのかい?」

 「それを可能にするためにハントに行くんだ」

 「というと?」


 どういうことでしょうか? まさか当てがあると言っておきながらこれから場所を探すとでもいうのでしょうか?

 しかし、それに対するリギルの返答は予想とはズレた回答でした。ある意味納得もしましたが。


 「ハントの現王へと交渉へ行く」


 確かに王様なら土地に困ることはないでしょう。いきなり王城へ行くことになるとは思っていませんでしたが。


 ……王様、良い物件知っているでしょうか。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


次回は王都での箸休め会となります。

読んでくださると幸いです。


投稿は引き続き、毎晩22時頃を予定しています。

感想やブックマークなどで応援いただけると、とても励みになります。


それでは、また次の旅路でお会いしましょう。

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