終わりとはそれ即ち、新たな始まりを意味するのですよ
白月です。
本日も読みに来てくださって、本当にありがとうございます。
今回は、新たな出会いの章です。
メティスとの対峙を切り抜けたアイとフールは、案内人リギルとともに森を進むことになります。
そこには少しのユーモアと、これから動き出す予感が混ざっています。
少しずつ広がっていく世界の空気を、ゆっくり感じていただけたら嬉しいです。
それでは、本編をどうぞ。
「ほーん。てこたぁお前らは本当につい最近出会ったってことか」
私とフールはメティスとの邂逅の後、現地人の案内人兼自殺志願者であるリギルの案内に従いながら森の中を進んでいました。
その道中、聞かれたこともあり私とフールのことについて軽く話をしていると、そんな反応が返ってきます。
「はい、その通りです。ですから、先ほども言った通り思考がおかしいのはフールだけなのです」
「あれ、おかしいな。僕の記憶だとこの話はもう辞めにしたはずなんだけど」
これで、ようやくリギルも正しくこちらのことを認識してくれるでしょう。
そもそも、創られた存在である私よりも思考に異常がみて取れる時点で色々と手遅れだと思うので、フールが何を言おうとこの認識は覆りません。
「フールは知らないのですか? 終わりとはそれ即ち、新たな始まりを意味するのですよ」
「へー、今だけは知りたくなかったよ。その現実」
先ほどから会話を重ねるごとにフールの瞳から生気が失われていっているように感じます。
いえ、きっと気のせいですね。
あれだけ凶暴な魔獣の群れに自ら突っ込んでいくような人物が、会話だけでそんなことになるわけもありません。
いけませんね。まずは常識を考えなければ。
「しっかしこうして話してると、どうしても嬢ちゃんが人間ですらないとはまるで思えんな。正直なところ、そこを一番疑うぞ」
「うん。それについては僕もこの短い道中で何度疑問に思ったことか」
「出会ったばかりのリギルはともかく、フールもですか……やはりはっきり証明したほうが良さそうですね。結局最初にフールに証明しようとした時は流れてしまいましたから」
「証明? そんなこと出来んのか?」
「はい。手間もかかりませんし確実ですよ」
「ちょっと待ったっ!」
私が証明のためにリギルの手を取ろうと近づくと、叫びと共に間に割り込むようにして横槍を入れてきます。
普通に邪魔ですね。まぁ邪魔をしているんでしょうけども。何故かは分かりませんが。
あと単純にうるさいです。
「何ですか? うるさいですよ。先に確かめたいんですか?」
「違うわっ!……あ、ごめん」
叫んだと思えば急に唐突に我に帰るフール。
相変わらず情緒が不安定ですね。
視線をずらせばフールの行動の意図が理解できないのか唖然とした様子のリギルがそこにいます。
大丈夫ですよ、リギル。私もフールの行動の意図が理解できません。
この場において異端なのはやはり、フールなのです。
「と、ともかく、それはやめよう。証明をするにしてももう少し違う方法はあるだろう?」
「方法自体は当然他にも存在しますが、この手法が最も効率的であることは説明したはずですよ」
「なぁ、さっきから話についていけないんだが」
「ああ、ごめん。それはそうだよね」
「それで、何をそんなに抵抗しているんだ?」
リギルのごく当然の疑問に、唸るようにしながら考え込むフール。
それから私をわずかに盗み見る様にした後、リギルを手招きして何やら二人きりで話し始めました。
私に背を向ける様な体勢で話し込んでいるため、私から二人の表情は伺えません。
ふむ……話に夢中になっているのかいつの間にか足が止まっていますね。置いていきましょう。
幸い、道のようなものがあるため、森を抜けるまでに迷うようなことは無いでしょう。
「ふむ……想定よりも近い場所にありましたね」
道を進みやがて差し込む日差しがだんだんと多くなってきた頃、木々の先に石造りの壁のようなものが見えてきました。
それにしても徒歩で十数分もすれば着く距離というのは、安心できませんね。
メティスはもちろんですが、そのメティスに瞬殺された怪鳥もかなりの脅威であったはずです。
あの森は異様に魔獣の数が少ないと言えど、他に全く存在しないわけでも無いでしょう。
そんな思考を巡らせていると、背後から二つの慌ただしい足音が近づいてきたのが感じ取れます。
「ちょっ、なんで一人で先に行ったのさ!?」
「貴方たちが立ち止まったからですが?」
「それは確かにそうだけど、一人で行ったら危ないだろう?」
まるで小さい子供を優しく諭すような口調ですね。
立ち止まっていたのはフールたちの方で、私は効率を重視して進んだだけのことなのですが。
あたかもそちらの主張が正しいというように聞こえるのは何故でしょうか?
まあ、考えても仕方ありませんね。フールですし。
「そんなことよりもリギル。先ほどからそれはどういう表情なのですか?」
「え? そんなことより?」
何やら呆けた様子のフールの背後で何も言わずに棒立ちしているリギル。
その表情は可哀想なものを見るようでいて、信じられないとでも言いたげな、なんとも表現のし難いものでした。
「あー、いや、なんだ。そのな……」
「何ですか? 歯切れが悪いですね」
「嬢ちゃん。自分の体は大事にするんだぞ」
後退りしつつ目を逸らしながら言うことでは無いのでは?
そもそもとして何故急にそんなことを?というのが私の率直な意見です。
「言うまでもなく自身の体は最も大切にしていますが、それはそれとして受け取っておきましょう。ありがとうございます」
突然言い出した理由もその態度にも検討はつきませんが、それでも心配と言われるものを私に向けていたのは確かでしょう。
それならば、受け取っておいて損は無いでしょう。
……そういえば先ほどの口ぶりから察するに、フールも私のことを心配してくれていたということになりますね。ふむ。
「フール。貴方にも感謝を伝えなくてはなりませんね。心配してくださりどうもありがとうございます」
軽く頭を下げながら感謝を伝えると、どこからか息の漏れるような音が微かに私へと届きます。
「アイ、本当に君は……」
「何か言いましたか?」
「いや、何でもないさ」
「そうですか。いい加減先に進みましょう。ハントらしきものも見えたことですし」
「えっ、本当かい?」
「はい。あそこに石造りの壁が見えたのでおそらくは」
私がハントの方角へと指を差し示せば、フールはそれに従うようにして目を細めながらそちらへと向けます。
「あー、あれ、かな? 何となくだけど確かに壁みたいのが見えるね」
「あ? お前さんらこの距離からもう見えるのか?」
「僕はぼんやりと輪郭が分かるくらいさ」
「いや、それでも相当目がいい方だろ。しかも嬢ちゃんはそれ以上っぽいしな」
「はい。木々に遮られていなければ、問題なく全体像を視認できる距離ですよ」
「すげぇな」
「高性能ですので」
「何が凄いって、このセリフを無表情で言うから自慢げに聞こえないんだよね」
別に自慢することでもありません。
なぜなら、ただ単に私がそう作られたというだけのことなのですから。
それは視力に限らず、この容姿も声も思考すらもそこに何ら変わりありません。私のことを誇れるのはきっと製作者だけなのでしょう。
「おお! これが、ハン……ト?」
「国にしては些か小規模ですね。集落、良くて村程度の規模でしょうか」
私たちが森を抜け、5分ほどの距離を歩けば、誰の目にでもその全体像が認識できるような距離まで迫りました。
おかしいですね。私の中に存在するデータとして、ハントは確かに小国と呼べる程度には国力が存在していたはずです。
ここから得られるわずかな情報だけでも、私の持っている知識よりも全体的に規模が小さいですね。流石に経済力や法については中に入らなければわかりませんが、土地面積や、そこから想定される大まかな人口はデータと食い違っていますね。
私の中に存在するデータが古いものであったとしても、ここまで全体的に規模が小さくなるとは考えられません。
例えば、飢饉などの予期せぬ災害によって人口が減ることはあり得るでしょう。ですが、土地面積が飢饉によって減少することはあり得ません。
となると、前提として私の持っているデータに間違いがあるのか。まあ、ほとんどの国は外交とは無縁なのでその可能性もあり得るでしょう。
まあ、こうして考えるまでもなくリギルの口から語られるでしょうが。
「ああ、嬢ちゃんたちがそう言うのも、あながち間違いじゃねぇよ」
「じゃあ、ここが本当にハントなのかい?」
そう単純な話では無いのでしょう。ここがハントそのものならばリギルは『あながち』なんて言葉は使わないでしょうから。
「正確に言うならハントの一部、と言うべきか」
「と言うと?」
「言っちまえば、ここはハントから追放された者達の集落だ。表向きには違うがな。本拠はこの集落のさらに先だ」
「追放?」
「この話は後だ。とりあえず集落に俺の家がある。ついて来てくれ」
強引に話を打ち切ったリギルは集落へと向けて歩き始め、私たちもその後を追います。
集落へと足を進めて行き、門らしき場所に辿り着くと先頭を歩いていたリギルがそこに立っていた赤毛が特徴の門番に声をかけました。
「おう。今帰ったぞ」
「あ、リギルさん。どうでした? 何か森に異変はありましたか?」
様子から見るに二人は顔見知りなのでしょう。まあ、この集落の規模ならば全員が顔見知りであってもおかしくは無いでしょう。
「それが少しまずいことになった」
「まずいこと?」
リギルの言葉に顔つきを真剣なものに変化させていく門番。
リギルの言う『まずいこと』とはきっとメティスのことでしょう。あれはフールも言っていた通り、数いる魔獣の中でも別格なはずです。私が初めて相対した偽熊さんでは遠く及ばないほどの。そもそもとして人間の言語を自在に操る魔獣など滅多にいません。かと言って、リギルの様子からしてあの魔獣と何らかの確執があるのは明白。
それが個人としてなのか、もっと大きい規模でのものなのかは分かりませんが、悠長に放置しておくこともできないでしょう。
「詳しく話す前にまずコイツらを紹介しなきゃならねえな」
「ああ、後ろの見慣れぬ二人のことですか」
どうやら門番の方も私たち二人に気づいていたようですね。もしや話に夢中になって気づいてすらいないのではと、そんな考えも過ぎりましたがそういうわけではなさそうですね。しっかりと話しながらも周囲を探ることが出来ると言うことでしょう。ふむ、メティスがいる以上安心とは程遠いですが、そう簡単にやられるということもないのかもしれません。
私が集落の安全面に対して少しばかりの上昇修正をしていると、話の流れを受けてかフールが会話へと混じり始めます。
「僕はフール。そこにいるアイとここまで旅をしててね。そこの森の中でリギルと出会ってここまで案内してもらったんだ。どうぞよろしく」
ふむ、なるほど。こういうタイミングなら会話に割って入っても問題ないと言うことですか。ならば私もこの流れに沿って自己紹介をすればいいわけですね。任せてください。
「今フールが述べたように私はアイと言います。アンドロイドです。ここに来た目的は住処を見つけ安全を確保することです。良い物件があれば教えてくださると幸いです。よろしくお願いします、門番さん」
ふむ、やはり段々と自己紹介のコツというものが掴めてきたように思えます。
単純に名を述べるに止まらずハントを訪れた目的、それに沿った要求。そして何より、最後に相手にバトンを渡すかのように締めくくる。まだ完璧ではないにせよ、確実に成長しています。
これだけ高度な話術を四度目にして体得するとは。私の思考力は余程優秀なのでしょう。
「えっ……と。あー、うん?」
「色々と突っ込みたいところが多いのは分かるが、一旦飲み込んでくれ。このままじゃ話が進まねぇ」
「はい。リギルさんがそう言うなら、飲み込みます。旅のこととか、アンドロイドって何?とか、え、物件?とか。色々聞きたいですけど飲み込みます」
「悪りぃな」
「いえ」
おかしいですね。私が最高のバトンを渡したと言うのに、何故かなかなか返答が返ってきません。
あろうことか、私たちを置き去りにリギルと会話を始めてしまいました。この様子からするにこの門番、門番としての力はあれどコミュニケーション力はあまり秀でていないようですね。まあ職種からして、積極的に会話をする機会も少ないでしょうし仕様が無い部分も少なからずあるのでしょう。
そんなある種の納得を得た直後、門番がようやくこちらへと向き直ります。その様子からはあまり覇気が感じられず自己紹介への不安が現れているようです。
「えーと、私はニックって言います。アイさんのおっしゃる通り、この集落の門番的な役割をしていますね。よろしくお願いします、二人とも」
「ニックですね。覚えました。そんなに不安がらなくても及第点は超えていますから安心してください」
コミュニケーション力が低い割には堅実に自己紹介を行えているように思えます。この分だとコミュニケーション力そのものというよりも経験の不足による問題のような気がしますね。ただ覇気がないのはいただけません。そこは要改善ですね。
「リギルさん、どうしましょう? 話が通じません」
「安心しろ。まだ出会ってから時間は経ってねぇが、きっと嬢ちゃんにとってはこれが平常だ」
「安心できる要素はどこに?」
「正直なところ僕でも今のは理解できない……あ、よろしく。ニックさん」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「まあ良い。とりあえずニック、お前も俺の家に来い。そこで話を始めよう」
「あ、はい」
そうして集落の中へと歩いていくリギルとそれについていくニック。
門番が門を離れて良いのでしょうか? あ、なるほど。一時的に代役を立てるのですね。
それにしても、やはり集落の中は予想通りの規模感ですね。見たところ全体的な人口は100人弱と言ったところでしょうか。一般的な牧畜や農業は小規模ながらも存在しているようです。
だからこそ不可解ですね。生活基盤は整っていますし、小規模の集落にしては石の壁や門番の存在など防衛力にも充分と言えるでしょう。ですが、この集落の存在意義が見当たりません。防衛力の観点から見て森の魔獣への対抗策と考えられなくもないですが、そうであればただ単に砦を作ってしまった方がいいのは明白です。
先程リギルが言っていた追放という言葉もありますし、まずは話を聞くのが得策でしょう。その内容によっては私の今後の方針が変化してもおかしくありません。
「ここだ。ニックは分かってるだろうが、あまり騒がしくすんじゃねぇぞ」
リギルが一件の家屋の前で立ち止まると、振り返りながらそんなことを言います。
つまりはここがリギルの家という事でしょうか。口振りからするに他にも家に人が居そうですが。
リギルが戸を開け中に入るとそれに続いてニック、フール、私の順番で中へと入っていきます。
「今帰った。少し遅くなったが大事は無かったか? ラスティ」
そう呼び掛けるリギルの視線の先に、コチラを不思議そうに見つめる一人の幼い少女がいました。
ベッドの上で上半身のみを起き上がらせた状態で。
……ふむ。誘拐ですか。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
少しずつアイと関わる人物が増えていき、
それによって“ズレ”というものが浮き彫りになってきました。
アイがそれをどう受け止め、周囲がアイをどう認識していくのか――
作者自身も、見守るような気持ちで物語を紡いでいます。
次回は、メティスについての今後の対応を、少しユーモアを交えながら描いていきます。
ハント編はまだ始まったばかりですが、どうぞお楽しみください。
投稿は引き続き、毎晩22時頃を予定しています。
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それでは、また次の旅路でお会いしましょう。




