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ただ一つ、それだけを君に願おう  作者: 白月
二歩目――略奪者の呪縛。狩人の咆哮。
7/29

いや、貴方は気にしてください

白月です。

本日も読みに来てくださって、本当にありがとうございます。


今回は、物語が少し動き出す章になります。

アイとフール、そして彼らの前に現れる新しい存在。

静かだった旅路に、少しずつ波が立ち始めます。


穏やかな中にも確かな変化を感じていただけたら嬉しいです。

それでは、本編をどうぞ。

 『――なあ、人間よ』


 大蛇は大層、愉快そうにこちらを見つめ問いかけてきます。

 横眼でフールを見れば、大蛇の言葉に息を呑む様子が伺えます。

 どうやら、すぐに動ける様子ではありませんね。隠しきれない動揺が瞳に浮かんでいます。

 フールが動けないのならここは私が動きましょう。


 「蛇さん。私は高性能型アンドロイドであって、人間ではありません。隣にいるのは歴とした人間ですが。そこのところどうかお間違いなきよう、よろしくお願いします」

 「は?」


 途端、フールが物凄い速さでこちらを見てきました。

 なんですか?その信じられない、とでも言いたげな瞳は。

 私は間違いを否定したまでです。

 勘違いは早いうちに解消しておくことが、コミュニケーションにおいて重要だと私は知っています。

 それよりも自己紹介がまだ終わっていないのです。邪魔しないでください。


 「私の名前はアイと言います。そして私の隣にいるのはフールです。あなたの名前は?」

 「ちょっと待とうかっ!」


 両肩に手を乗せられ、フールが私の顔を覗き込むようにして、割り込んできました。


 「なんでしょうか?」

 「いや、何してるのさ?」

 「もちろん自己紹介です。コミュニケーションを行う上での基本ですよ」

 「なんで会話をしようとしてるのかを聞いてるんだけど!?」

 「あなたが言ったのではないですか。決して敵対してはならないと」

 「言ったよ! 言ったけども会話をしろとは言ってない。逃げようって言ったんだけど?」

 「逃げられなかったじゃないですか」

 「確かにそうだけども、だからって……」


 論点が定まりませんね。

 フールは何を言いたいんでしょうか?

 敵対をしてはいけないからこそ、友好的であろうと会話を選択したというのに、それの何が不満なのでしょう。

 そもそも会話の途中で割り込むのは、良くないことなのでは?


 人間のコミュニケーションとは、やはり難解で複雑ですね。

 そこに感情などの不確定要素まで入り混じるのですから、私にはできて模倣くらいでしょうか。

 いや、そもそもは私というアンドロイドと、魔獣である大蛇が会話をしていたところに、フールが割り込んできた形なので人間の会話が当てはまる か、一概にはどうと言えませんね。


 そこでようやく、こちらを見つめたままでいた大蛇が言葉を紡ぎます。


 『良かろう。アンドロイドとやらよ。先の質問に答えてやろう。吾は〈メティス〉、略奪者〈メティス〉である。そして問おう。眠りにつく吾を目覚めさせたのは貴様らだな?』


 問いを投げかけたにしては断定的な物言いですね。

 しかし、私たちからすれば心当たりなどあるはずもありません。

 そもそも、メティスは眠りについていたと言っていました。それもこの池で。

 どの様な理由があってこの場所で眠っていたのかも、この池の中で呼吸ができるのかも分かりませんが、実際に出てきたのですからそのことについては信じるとして。


 やはり、私たちが目覚めさせたというところが納得いきません。

 隣を見れば困惑顔のフールがメティスに対して言葉を投げかけようとしています。

 結局、あなたも会話をするのではないですか、という言葉を呑み込みつつ、フールの話に耳を傾けます。


 「あ、あの……全く心当たりがないんだけど。僕たちがした事といえば水を少しここで分けて貰って、怪鳥に追いかけられたぐらい……あ、それがうるさかったのか! いや、違うんだ。あの騒音の原因はあくまで怪鳥だから!」


 事実しか述べていないのですから、もう少し堂々としていればいいと思うのですが。

 これではまるで取り繕っている様にしか思えません。

 まあ、今はフールのことなど置いておきましょう。


 『何を勘違いしている。吾が騒音ごときに煩わされるわけがないだろう。吾が言っているのは、貴様が落としたあの不可思議な果実のことだ』

 「え?」

 「ああ、そういえば突風に襲われた時にフールがレインボーの実を落としていましたね」


 確かに寝ていたところに、あれほどカラフルに光を放つ物体が目の前にでも落ちてくれば目も覚めることでしょう。

 そのことに思い至ったのかフールの顔は心なしか青くなっていきます。


 「あ、あー確かにそんなこともあったような気もするけど、それだってあの「メティス!!」え?」


 フールが今度こそ本当に取り繕っていると、突如それを遮るように怒気を孕んだような大声が背後から響きました。


 後ろを振り返れば、そこに見えたのは一人の人間。

 逆光によって影しか見えずとも判別できるほどの巨体を持ち、こちらを射殺さんばかりの視線で睨みつけています。

 正確にいえば、私たちの先にいるメティスと名乗る魔獣のことを。


 声や外見からして、性別は男だと推定できます。

 その男はその巨体に見合わぬ素早さでこちらへと迫ってきました。

 背に手を伸ばし、何かを掴み上げたと思えば、それは身長と同程度の長さを持つ戦斧。

 いや、形状的にはハルバードの方が正しいでしょうか?


 斧と槍が一体化した様な形状のそれを、男は大きく掲げ跳躍しました。

 すぐさま私たちを飛び越え、メティスの上空へ。


 「ウォオオオオオオオッッ!!!」


 裂帛の気合いと共に、男はメティスの眼前へとその刃を振り下ろしていきます。

 落下の勢いとともに全体重を乗せたその一撃は、メティスの頭へと肉薄し——————男は吹き飛ばされました。


 『吾の話の最中だ。邪魔をしてくれるな、何も守れぬ狩人よ』


 吹き飛ばされ呻きをあげる男を横目で見ながらそう告げたメティスは、いつの間にか怪鳥のいなくなった尾をプラプラと揺らします。

 男が吹き飛ばされる刹那の間、微かに私の瞳が捉えたその尾。

 それに吹き飛ばされた男の傍には、自らの血に塗れた怪鳥の死体。

 それを認識してようやく、突然現れた男の風貌が明らかになりました。


 遠目から見ても巨体だと認識するほどの正体である隆々とした筋肉。

 スキンヘッドの額には怒りからか、浮かび上がった血管。

 腕などから覗く肌は浅黒く、いまだに硬く握られたままのハルバード。

 その長身は二メートルを超えるほどの巨漢。

 吹き飛ばされ呻きをあげてなお、その瞳は憤怒の色を滲ませながらメティスを見据えます。


 「……けるな……ふざ、けるなっ!」


 メティスの侮蔑を含んだような視線と言葉に、怒りを叫んだ巨漢がその感情のままに睨みをきかせ、ハルバードを支えに再び立ち上がりました。


 腰だめに武器を構え、先程吹き飛ばされたダメージなど無かったかのように構えを始めます。

 足に力を溜め、地を蹴り駆け出すその刹那——フールが男の前に立ち塞がりました。

 唐突の横槍に男の体が一瞬強張りましたが、そんなことはどうでもいいとばかりにフールを避け、メティスへと向かっていきます。


 「待て!」


 普段のフールからは想像できないような鋭い声を出しながら、駆け出していく男の肩を掴み無理やり静止させました。

 それに対して男は苛つきを隠そうともせず、フールに向き直ります。


 「さっきからなんだ! やっと、ようやくなんだ。何も知らない坊主が俺の邪魔をするな」


 怒りの中に後悔や悔恨、そして微かな希望を含んだ様な複雑な表情でそう言いました。


 「それなら尚更今は退け! あれに一人で挑むなんて無謀もいいところだ」

 「うるせぇ! 俺はなんとしてもアイツを……っおい、離せ!」

 「アイ! 一旦逃げるよ」


 言い争いに埒が明かないと思ったのか、フールは言葉を遮って男を担ぎ込みました。

 傍から見れば到底持ち上げられる様には見えない体格差ですが、フールはなんて事のない様に男を軽々と持ち上げ森へとかけていきます。


 担ぎ上げられた男はなにやら喚いていましたが、それに構わずフールは森へと入っていきました。

 私はそれに追従するようにしながら、やけに静けさの漂う背後を振り返ります。

 そこには、何を言うでもなく立ち去る私たちをただじっと見つめるメティスの姿がありました。








 「なんなんだ、お前たちは……」


 メティスの居た池から離れフールが男を降ろすと、幾分か落ち着きを取り戻したような声色でそう尋ねてきました。


 「私は美少女型アンドロイドのアイと言います。よろしくお願いします」


 私は腰から綺麗に体を折り、自己紹介をします。

 フールにメティス、そして今、三度目となれば慣れたものです。


 「いや、そういう意図で聞いたわけじゃないんだが。あとそういうのは自分で言わないのが華だぞ、嬢ちゃん。まあ、確かに見目は信じられないくらい整っているが」


 そういうのとはなんのことでしょうか?

 はっきりと明言をしてほしいものですね。フールもそうですが人間の会話はやはり複雑で難解であると言わざるを得ません。


 「その意見には僕も賛同するけど、どうせだから自己紹介ぐらいしておこうか。僕の名前はフール。あなたは?」

 「はぁ、しょうがねぇ。俺ぁリギル。……狩人だ」


 男は額を手で抑えると渋々といった様子で名乗りました。

 そしてすぐに鋭い視線をこちらへとぶつけてきます。


 「それで、なぜ俺の邪魔をする?」

 「邪魔って……あのままじゃ、確実に死んでただろう?」


 リギルの言葉に信じられない、と言いたげな表情でフールが答えます。


 「関係ねぇ。差し違えてでも俺はアイツを倒す。そうしなくちゃあならねぇんだ」


 その声音に篭る強い想いは、先ほど発露していた怒りというよりも、何かに対しての悔恨のように思えました。

 リギルの固く握られた拳からは、微かに血が流れています。

 場が、少しの間静寂に包まれました。

 その静寂を打ち切ったのは、リギルの言葉を真正面から受け止めたフールでした。


 「なら尚更、今挑むべきじゃないはずだ。あなたとあの魔獣との間に、どんな因縁があるかは僕は知らない。だけど策もなく一人で挑んで倒せるような相手じゃない。それくらいあなたにも分かるだろう?」

 「……ああ。そんなこと、俺が一番……分かってる」


 フールの言葉に肯定を示しつつも、その顔には 苦悶の表情が抑えきれずにいます。


 「リギル、貴方とメティスには何の因縁があるのですか?」

 「ちょっ、アイ!」


 私が疑問を発すれば、フールが何やら焦ったように声をあげました。

 ですが、私はそれを無視してリギルの返答を待ちます。


 「……因縁なんかねぇ。魔獣は駆除する。それだけだ」

 「ですが」


 貴方の表情、答えるまでの間、声色の不安定さ、その全てが嘘だと物語っています。そう反論しようとして。


 「アイ! そこまでだ」


 いつの間にかフールの瞳が正面から私を覗き込んでいました。

 その声はどこか鋭さを孕んでいて、捉え方によっては私に対して怒っているようにも見えます。

 両肩に乗せられた熱と共に軽い衝撃を覚えて、後退を余儀なくされたことで、乾いた枯葉の音が聞こえてきました。


 「先ほどからなんですか? 今はリギルと会話をしているのですが」

 「だったら別の話題にしないか?」

 「駄目です。先ほどから非効率な会話しかしていません。リギルとメティスの間に因縁があるのは明白です。リギルを止めるのならそこを明確にする方が効率がいいでしょう? それなのに別の話題なんて遠回りでしかありません」

 「確かにアイの言うことは正しいかもしれない。でもこれは、出会ったばかりの僕たちが踏み込んでいい話題じゃないんだ。人には土足で踏み込んでほしく無い部分が誰にでもある。アイにはまだ分からないかもしれないけど、人はそういうものなんだ。だから、今回はここまでにしてくれないか?」

 「……分かりました」

 「うん、ありがとう」


 やはり人間というのは分かりません。

 理解できる部分が少なからずあるからこそ、理解できない部分がどれだけ思考を巡らせても理解できません。

 今回は特に。

 なぜ正しいと分かっていながらその選択をしないのか。

 なぜリギルの触れてほしくない部分がフールにはわかるのか。

 なぜそれに触れてほしく無いのか。

 ですが、これだけは分かります。


 きっと私が心を知らないがゆえに、理解できないのでしょう。

 理解する以前に知らない。それだけのことです。


 「おい、さっきから何コソコソやってんだ?」

 「いや何でもないよ」

 「リギル」

 「ん? 何だ嬢ちゃん」

 「貴方にはどうやら失礼な問いを投げかけてしまったようです。謝罪をさせてください。申し訳ありませんでした」


 私の謝罪を聞いたリギルは一瞬目を見張り、すぐに相好を崩しました。


 「フッ、フハハハハッ!」


 というより爆笑しました。


 なぜ、爆笑? 今の会話のどこに笑いどころが?

 私は謝罪をしたはずです。それ以外にしたことなどありません。

 謝罪に対して爆笑が人間界の常識……では無いのは流石に私でも分かります。その証拠に隣のフールも口を開け、呆然とリギルを見ています。


 一頻り笑い続けたリギルは、私の正面へと来て腰を屈めました。

 目線が合ったと思えば、頭に微かな重量が加わります。


 「気にすんな」


 いや、貴方は気にしてください。


 今、私の頭はぐわんぐわん揺れています。揺れまくっています。貴方の強すぎる力によって。

 おおよそ、私の頭を撫でているつもりなのでしょう。

 私はアンドロイドです。そこらの乙女のように、髪がくしゃくしゃになったところで気にも留めません。

 ですが、頭ごと持っていくのは流石に予想外です。そして許容範囲外です。


 再度、言います。貴方は気にしてください。


 「あの、リギル、そろそろ、撫でるの、を、やめてく、ださい」

 「ん? おー、すまんすまん。ちっとばかし力込めすぎたわ」


 どこが、『ちっとばかし』なのでしょうか?

 それと謝りながら、先ほどよりも強い衝撃で背中を叩いていることは自覚しているのでしょうか?

 おおよそ、人体の発していい音ではないのですが。……まぁ、私はアンドロイドですけれども。


 「そういえばお前たちはなんでこんなところに来たんだ?」

 「この先のハントという国に向かっています」

 「その言い方だと、お前らがハント以外のところから来たみたいに聞こえるんだが?」

 「その通りですが」

 「いやいや、流石に冗談だろ」

 「いや、事実だよ。僕たちはこの世界を旅して回ってるんだ」

 「お前さんら、頭イカれてるんじゃないか?」

 「失礼ですね。フールはともかく私が望んで旅をするわけがないでしょう。ただの成り行きです。一緒にしないでください」


 非常識なのはフールであって私ではありません。というか、あの大蛇に斧一つで躊躇いなく突貫するリギルも他人のことを言える立場ではないのではないでしょうか?


 「お、おう……なんか、すまん」

 「ねぇアイ?僕たちって会ってから十日も経ってないよね? それなのに僕に対して辛辣すぎる気がするんだけど」

 「? 私は事実を伝えたまでですが、何かおかしなところがありましたか?」


 フールは何やら気難しい表情を浮かべ、頭を抑えると盛大にため息を吐きます。


 「……いや、大丈夫。アイが気にすることは何もないさ。だからこの話はもう辞めにしよう」

 「何か引っ掛かる気もしますが、まぁ良いでしょう。そんなことよりもハントへと向かいましょう。リギル、案内をお願いできますか?」

 「お、おう」


 これ以上話していても無駄でしか無いということはフールも理解しているということでしょう。

 そうとなれば早いうちにこの森を抜けてハントへと向かいましょう。

 私の安住の地となる予定の場所の近くにメティスという不安要素があるのは無視できません。

 ですが、体のいい案内役も見つかったことですし、幸先はそれほど悪くも無いでしょう。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、新しい出会いと、少しの不穏さが混ざるお話でした。

アイとフールが見たもの、感じたもの――

そのひとつひとつが、”心”というものに繋がっていくのだと思います。


次回は、いよいよ新たな土地<ハント>へと到着します。



投稿は引き続き、毎晩22時頃を予定しています。


感想やブックマークなどで応援いただけると、とても励みになります。




それでは、また次の旅路でお会いしましょう。

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