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ただ一つ、それだけを君に願おう  作者: 白月
二歩目――略奪者の呪縛。狩人の咆哮。
6/29

落ちたんですね

白月です。


今回は、アイとフールが“未知なる存在”と邂逅するお話です。

穏やかな旅路の中で、彼らが初めて向き合う「この世界の異質さ」。

それが、どんな意味を持つのか――。


物語が静かに動き出す、転換の章となります。

それでは、本編をどうぞ。

 一夜明け、早速準備を整えた私たちはハントへの道中にある森へと足を進めていました。


 「それにしても奇妙なくらいに魔獣が見当たらないなあ」

 「そうですね。この森には魔獣の食糧となりそうなものも多く見受けられますが、そんな状況とは反対に魔獣の影が見当たりません。まあ、私たちからすればその分楽に進めるのでありがたいことですが」

 「それはそうなんだけど、なんか気になるんだよなあ。崖の下の荒野は逆に魔獣が多かったけど、それと何か関係があるのかもわからないし」

 「そうですね。偽熊さんを筆頭に狼型の魔獣や、空を飛行する鳥型の魔獣などもいて種類も様々でした。ですが気にしていても今わかることでもありません。それよりも早いところ水場を探すことの方がよほど重要です」

 「そうなんだよなぁ。どこかに川でも流れててくれたら楽なんだけど」

 「とりあえずはハント方面へと向かいながら、捜索していきましょう」

 「了解」


 森を見渡しながら歩いていくと様々な植物を見ることができます。

 日夜穏やかな光を放つランプの実に、触れると目がしばらく見えなくなるほどの閃光を放つフラッシュの木、引っこ抜くと爆発を起こす爆裂大根。


 ……発光しすぎでは? 最後のものに至っては爆発していますし。

 というか、これなら夜のうちでも進めたのでは? いやダメですね。ランプの実くらいしか安全要素がないですし。

 多種多様な発光する植物たちを眺めながら森を進んでいると、前を進んでいたフールが声を上げました。


 「あっ! アイ、これを見てよ」

 「なんですか? この一秒ごとに色が切り替わりながら発光している珍妙な実は」

 「フッフッフ。聞いて驚け! これはね……レインボーの実さ!」

 「そのままですね。それが何なのですか? あなたの妙なテンションと何か関係が?」

 「もちろん! これはね、食べたものに何らかの祝福が起きるとまことしやかに囁かれている、とされている特別な実だよ」

 「何とも信憑性のなさそうな説明ですね。というかその説明だと囁かれてすらいないのでは?」

 「実際には大々的にその存在は知られているんだけど、囁かれているって言った方が特別感が出るからね」

 「何ですかその理由は。そもそも特別かどうかも怪しくなってきたのですが」

 「ちゃんと特別だよ。存在自体は有名でも、実物を見た人はほとんどいないらしいよ」


 これほど目立つ見た目をしていても見つからないとは、よほど数が少ないのですね。

 その希少性ゆえに存在だけが独り歩きして、効果のほどは曖昧となっていると。

 いや、ちょっと待ってください。


 「らしい、とは?」

 「僕はこれで見つけるのは三回目だからね」

 「あなたがおかしいのか、あなたの話がおかしいのか判断に迷いますね」

 「それ、どっちにしても僕がおかしいってことになりそうな気がするんだけど、気のせい?」

 「気のせいです。何よりあなたは元からおかしいでしょう?」

 「え、ひどい」


 そもそもこの世界をほとんど丸腰且つ一人で旅する時点で今更だと思います。


 「それより効果はどうだったのですか?」

 「ああ、実の効果? 僕は知らないよ。食べてないからね」

 「これまでに二回も見つけたのでしょう? その実はどうしたのですか?」

 「アイは知ってるかい? どんな街や国でもね、滞在するだけでお金は減っていくんだよ」

 「売ったわけですね」

 「うん! 結構いい値段になるんだ」


 フールは親指を立てながら、爽やかな笑みを浮かべます。

 それにしても、見れば見るほど珍妙な実ですね。先ほどまでは一定間隔で切り替わるように色が変化していましたが、今はグラデーションのように  徐々に移り変わっています。大きさはちょうど握り拳一つ分ほどでしょうか。

 祝福というより呪いにでもかかりそうな見た目をしています。


 「これも売るんですか?」

 「そのつもりだけど。あ、アイが欲しいならあげるよ?」

 「不要です」

 「じゃあ、ハントでの滞在費にしようかな」

 「あなたは食べないんですか?」

 「誰がこんな常時発光している実を、好き好んで食べるのさ?」

 「……」


 その意見については同調できますが、今までの会話は一体何だったんでしょうか?


 「それに……」

 「それに?」

 「それに僕は、昔から運がいいんだ。こういうのは必要としている人が食べればいい。僕にはお金の方が必要だからね」

 「今一番欲しているものが、水場だということは忘れないでください」

 「もちろん覚えてるよ。そろそろ見つかるといいんだけど。おっ!噂をすればだね」


 微かに前方から水音が聞こえてきます。

 滝や川ほどの目立つものならば、もっと大きく水音が響くでしょうから湧き水でしょうか?

 音の方へと近づいていくと、大方の予想通り水がコポコポと音をたてて、湖と言っても差し支えない規模の池が、木々が自ら避るようにして開けた、その場所に鎮座していました。


 「確かにあなたの運は良さそうです。これほど早く水場を見つけることができるのですから。ですが……」


 そこで一旦言葉を区切り目の前の池を見つめ、問いかけます。


 「この水は飲料として活用できるのでしょうか?」


 そう、今目の前で輝かしいほど発光している池を見つめながら。


 「何か物を落としたら、池の女神的なもの出てきそうじゃない?」

 「試してみては?」

 「いや、やめておこう。不敬に当たるかもしれない。まあ、少しの水分を貰うくらいは許してくれるさ」

 「結局飲むんですね」

 「大丈夫。爆裂大根だって食べられるんだから、少し光っているくらいの水なら問題ない」

 「爆裂大根って食べられたんですね」

 「引っこ抜いた時の爆発にさえ気をつければ、自ら火を通してくれる素晴らしい食材だよ」


 なるほど。そう考えればむしろ親切なのでしょうか?

 ですが煮込み料理などには適さないでしょうから、一長一短ですね。

 いずれ爆裂大根を引っこ抜く場面を、私が見ることはあるのでしょうか?


 「どういう原理なのかは知りませんが、問題ないのならいいのです。さっさと補給してしまいましょう」

 「それもそうだね。お、冷たい」


 フールは魔獣の毛皮から作られた水筒を取り出し、池へと沈め水を補給し始めます。


 「ちょっと試しに飲んでみるか」


 いくつかの水筒へと水を入れ終わると池の水を手に掬い口に含み始めました。

 その時、風の音に似た何かの音を、微かに私の耳が捉えます。

 音の聞こえた上空へと目を向けますが、私の視界は何を捉えるでもなく晴れ渡った空を映すのみです。


 「ん? 甘い! アイ、この水少し甘みがあって美味しいよ! その割にはすっきりとしてるし」


 後ろで水音を響かせながら何かをフールが言っていますが、私の意識は依然として空にありました。

 少しずつではあるものの風の音、否。風切り音が大きく、鋭くなってこちらへと近づいているのを感じます。

 やがて、遥か遠くの空に一つの影が姿を現します。

 鳥でしょうか?

 それにしては飛行速度も、遠近感を含めて見た時の大きさも、一般的な鳥にしては差異が大きいような気がしてなりません。


 「アイ? どうしたのさ。空に何かいるの……って、うぉあああ!?」


 突風。吹き抜ける風が池の水面を波打たせます。

 直後、何かが池に落ちる音がしました。音の大きさからして、フール自身が落ちたわけではなさそうです。

 見ればフールは、池の縁に両手両足をつき、いわゆる四つん這いの状態になっていました。


 「何をしているんですか?」

 「だって、だって、レインボーの実が……」

 「落ちたんですね」


 別に自分で食べる用ではなかったと思うのですが、そこまで落ち込むものなのでしょうか?


 「くっ! まだだ。まだ諦めるには早い!」

 「いえ。その水筒で掬おうとするのは無謀ですし、もう見当たらない時点でとうに手遅れだと思いますが」


 そこまでするほどあの実は高価なのでしょうか?

 もしくは単にフールががめついだけという可能性も否定できませんが。

 フールが何度水筒で池をさらおうと、そこに残るのは発光している水のみ。それを見て落胆するフール。

 何か励ましの声でもかけた方がいいのでしょうか?

 ですが、今はそれどころではありません。この悲惨な状況を作り出した元凶である突然の強風、それはおそらく……


 「ア、アイ? う、後ろ」


 ……今まさに私の背後に降り立った魔獣が原因でしょうから。

 私はその姿を視界に納めるために振り返りました。

 まず目に映るのは、視界を覆い尽くす白い体毛。鉤爪のようなその脚は地につかず、宙に浮いています。

 こちらを見つめる眼光は、獲物を見定めるような鋭さをはらんでいます。

 何よりも、その存在感を主張するようにはためかせる大きな翼。

 全長は約四メートルほどでしょうか。

 大体の容姿を把握すると同時に、背後から腕を引かれる感覚に陥ります。


 「アイ! 呆けていないで逃げるよ」

 「倒さないんですか?」

 「さすがにこの場所じゃあ、飛行する相手に対して反撃の手がないからね。それに普通に戦ったとしても倒せるかどうか分からない。今は逃げる一択だ」

 「なるほど。ですがそう簡単に逃がしてくれるでしょうか?」

 「追ってくるだろうから逃げるの! とりあえず森の中に逃げよう。あの図体で飛ぶには少しばかり狭いだろうから」

 「分かりました」


 森の中へと入るべく、荷物を担ぎ込むようにしながら地を駆けます。

 当然のようにその後を追ってくる怪鳥。先ほどの速度で飛行すれば容易に私たちに追いつけるはずですが、一定の間を空けて追いかけてきているのはなぜでしょうか。


 「クエエエエエエッ!」


 背後からの怪鳥の叫びが一帯を揺らします。

 地響きのような激しい揺れに、足を止めざるを得ません。

 その様子を見て何を思ったのか、怪鳥は池の周囲を旋回し始めました。


 「このやろうめ。僕たちの逃げる様子を楽しんでるな?」


 目の前をいくフールが愚痴をこぼすように、そして口元にわずかな笑みを浮かべながらそう告げます。

 怪鳥は早くも池の反対側へと回っていました。


 「よし、そろそろ森に入るぞ」


 その言葉に私は唐突に既視感を覚えました。

 魔獣に襲われ、森へと逃げていくこの状況はまるで……

 私は走りながらも、再度池の反対側へと顔を向けます。

 そこには先ほどとは比べ物にはならない速度で、池の上を飛行してくる怪鳥の姿がありました。

 このことをフールに伝えようと振り向く直前、池が突如虹色の虹彩に包まれました。

 そして……爆発。


 「な、なんだ!?」


 そうしてフールが驚きの声を挙げるのと同時、怪鳥すらも予想外の出来事に飛行を中止し、その場を滞空し始めました。

 この場にいる誰もが先ほど爆発した池に注意を向ける中、爆発の影響によって噴き上げた水飛沫が収まりはじめ、その中心に巨大な〈何か〉が顔を覗かせます。


 『ふむ……想定よりも随分早かったな。だがやはり、まだ万全には程遠いか。まあ良い。そんなことよりも腹が減った。まずは、腹ごしらえだ』


 私の中に直接、声が響きます。

 随分と奇妙な感覚ですね。空気を介さず、振動のない音。どんな仕組みでしょうか。

 ただ、誰がこれを発したかは、分かりきっています。

 声の主の周りに渦巻くようにして存在していた霧が突如晴れ、その姿を現します。


 「蛇?」


 そう一言呟いたのはフールでしょう。

 その表情に浮かぶのは、困惑、焦燥、畏怖。

 フールの言葉の通り、私の視界に映るのは、あまりにも巨大な大蛇。

 その大蛇の右目には刃で傷つけられたような跡が残り、それがいっそう気迫を増しています。

 見えているだけでも、巨大だと感じるその体躯は、いまだ半分以上が池の中へと沈んでいました。

 大蛇はあまりにも鋭い瞳孔を、頭上を滞空する怪鳥へと固定します。


 「クエッ!? ク、クエエエエエエエッ!!」


 突貫。

 蛇に睨まれた怪鳥は、その鋭い眼光に慄くもすぐに大蛇を標的に定め、その翼で大蛇へと急降下をしていきます。

 その突貫に対して、大蛇は焦る様子も見せず体を少し傾けることで回避。

 怪鳥は回避をされたものの、その勢いを増しながら大蛇の周りを周回し始めました。

 その速度は怪鳥の巨体がぶれて重なっているように見えるほどに達しています。

 それによって起こる暴風。

 荒れ狂う風は再度水面を波立たせ、周囲の木々の葉が例外なく巻き込まれるようにして暴風の中を舞いました。

 それを引き起こしている怪鳥は、時間とともにその速度を増していき、今ではもう姿を正しく認識できないほどの速度に達していました。

 その中心にあって、一番暴風の影響を受けているであろう大蛇は、ただ悠然とそこに佇んでいます。

 やがて池の水分すらも巻き込んで、銃弾の嵐と化した暴風は徐々に中心へと収束を始めました。

 そこで、いつの間にかこちらへと近づいていたフールに声をかけられます。


 「アイ。今のうちに逃げるよ。このままだと巻き込まれかねない。あの怪鳥がやられたら次は僕らが狙われる」


 その提案に頷きつつも、フールの言葉に一つの疑問が浮かび上がります。


 「なぜ大蛇が勝つと? 今のところ、大蛇は何も行動を起こしていませんが」


 フールの言葉に軽く頷いて、撤退行動をとりながらも私はフールにそう問いかけます。

 フールの怪鳥が大蛇に負けてしまうという言葉は、どこか確信めいたものを感じさせました。

 大蛇は現在も、微動だにせず佇んでいるだけです。

 あの暴風の中心にいて不動のまま平然としているのは確かにすごいことなのでしょうが、それは怪鳥にしても言えることです。怪鳥はいまだに直接 的な攻撃と言える行動は、最初の突貫以外にとってはいません。

 あの暴風はいわば攻撃の準備段階なのでしょう。それを抜きにしてもあの速さは十分な脅威といえます。

 そんな状況で予想ならまだしも、断言をするフールの言葉には疑問が浮かびます。


 「あの大蛇は明らかに別格だ。アイ、よく覚えておくんだよ。魔獣の中で言葉を操り、自ら名を名乗る存在。それらは得てして〈名付き〉と呼ばれ、人と同等の知能、そして人を遥かに凌駕する強大な力を持っている。この世界に支配者なんてものが、もしいるとするのなら、それは間違いなくそのうちのどれかだ」


 だから決して敵対してはならない。

 そう言葉を締め括り再び前を向き走り始めたフール。

 私は一度背後を振り返り、いまだ状況がほとんど変化していないことを確認して、その背を追います。

 そのわずか数秒後、私たちがようやく森へと入ることができた直後のことです。

 背後の暴風が吹き荒れる轟音、押しつぶされるほどの風圧の全てが唐突に鳴りを潜めました。


 「っ!? まずい!」


 フールが焦ったように振り向きます。

 私もそれに続き、池の方角へと振り返りました。


 『つまらん。木端にしては威勢よく向かってきたかと思えば、馬鹿の一つ覚えのようにウロチョロと。所詮は脳のない羽虫。まあ、良い。メインディッシュにはなり得ないが、箸休めにとっておくのも悪くない」


 振り返った先、そこでは変わらず悠然と佇む大蛇と、大蛇の尾に体を貫かれ息絶える怪鳥の姿がありました。


 「もうやられたか。アイ、見つかる前にここから離れるよ。急ごう。……アイ?」

 「いえ、どうやらもう手遅れのようですよ」


 撤退を促すフールの言葉を、私は淡々と事実をもって否定します。

 その言葉を証明するように指を差し示して。

 見れば、大蛇は怪鳥を貫いたままの尾を揺らしながら、再び声を響かせます。


 『そもそも、己と相手の力関係を正しく理解できない愚か者に、僅かでも期待することそのものが愚かであったな。それについては猛省しなければ。その点、すぐに撤退行動に移ったお前たちは実に良い。自分でもそう思うだろう?』


 そこで一度声が途切れ、大蛇はとぐろを巻くようにそのしなやかな身体を動かしました。

 恐ろしいほどの静寂の最中、それを一周、二周と続け、再び声を響かせると同時、初めて私たちと大蛇の視線が交差しました。


 『――なあ、人間よ』


 蛇の皮を被った何かは、まるで人間のように、それはそれは愉しそうにこちらを見つめ問いかけるのでした。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


この章で、アイとフールは“この世界に潜むことわり”の一端に触れました。

ただの旅路ではない、何か大きな流れの中にいる――

そんな気配を感じていただけたでしょうか。


次回は、新たな登場人物が物語に加わります。

少しずつ広がっていく世界を、これからも見届けていただけたら嬉しいです。


投稿は引き続き、毎晩22時頃を予定しています。

感想やブックマークなどで応援いただけると、とても励みになります。


それでは、また次の旅路でお会いしましょう。

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