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ただ一つ、それだけを君に願おう  作者: 白月
二歩目――略奪者の呪縛。狩人の咆哮。
5/29

背負って下さい

白月です。

今回は、アイとフールの旅がいよいよ本格的に始まります。


荒野を進む道中での、ふたりの何気ないやりとり――

その中には、少しずつ“心”に触れていくアイと、

そんな彼女を優しく見守るフールの姿があります。


ふたりの距離が少し近づく、静かな一幕をお楽しみください。


それでは、本編をどうぞ。

 旅を始めてからはや八日。

 私たち二人はいまだに荒野から抜け出せずにいました。


 「いくらなんでもおかしくない?」


 荒野を進む道中にあった大岩の影に座り込み休憩をしていると、フールがそんなことを問いかけてきます。唐突に問いかけてきたこともあり、なんの話をしているのかが私には理解できません。


 「何がでしょうか?」


 なので至極当然の疑問を呈します。会話が不安定なフールに対してもしっかりと聞き返してあげるなんて、さすがは私ですね。


 「いやさ、魔獣の数多くない?」

 「それについては私も同意しますが、最初の方はあなた、結構な頻度で突っ込んでいましたよね」

 「それはほら、食料を確保するためにさ……」

 「それにしたって過剰です。あなた一人分ならともかく、私は食事の必要性はないと言いましたよね」


 私は周囲に満ちている光や熱、音などをエネルギーとして取り込み、私の活動エネルギーへと変換することができます。

 なのでフールにも言った通り、私に食事は不要なのですが……。


 「それはダメだっ!」

 「急に大きな声を出さないでください。また魔獣に会いたいんですか?」

 「あ、ごめん。でも食事自体はできることにはできるんだよね?」

 「はい。一応は味覚も存在しているので」


 アンドロイドの私にも味覚はなぜか存在しています。

 ただ、甘いものを甘く感じ、苦いものを苦く感じることと、それを美味しいと感じられるかどうかは別問題ですが。

 それに加え、食事から得られるエネルギー量は他と比べ、微々たるものです。故に効率の観点から摂取しない方が得策といえます。

 それを、この旅の中で伝えたはずなのですがね。


 「なら、やっぱりアイも食事をとるべきだ」

 「なぜそこまでして?」

 「これは僕の持論でしかないけど、何かを食べるっていうことは、命を繋いでいくことと同意義なんだって思っている。たとえそれが人を襲う魔獣だったとしても、その命をできるだけ無意味なものにはしたくない……なんてカッコつけたけど、結局のところ、アイにただ美味しいって言ってもらいたいだけだったりする」


 美味しい、ですか。

 私がその感覚を理解する日は、果たして訪れるのでしょうか。

 今はまだ、想像もつかない事ですね。


 「でしたら調味料が塩のみなのはともかく、調理方法が丸焼きばかりなのを改善してから、出直してきてはいかがですか?」

 「ぐうの音も出ない」


 そう言って、フールは心底楽しそうに笑います。


 私は、あなたのこういう姿を見るたびに私自身が分からなくなってしまいます。

 ……私にはあなたが、人がなぜ笑うのかが理解できません。


 私にも心が動かされた時に、それに対応して表情が変化するようにとプログラミングされています。

 だから、私にも笑うことはできます。


 それでも、私はまだ心を知りません。

 こんなことを考えてしまうということは、私は心を理解したいと思っているということでしょうか?

 いや、それは無いでしょう。その欲求があるのなら、こうして悩むことも無いのでしょうから。


 「どうかした?」

 「いえ、なんでもありません。それよりも食事といえば、そろそろ私のいた山で補充した水分の貯蓄も心許なくなってきました。あとどれくらい保ちそうですか?」

 「やばいね。この分だと今日中に無くなりそうだ」

 「計画性無く飲むからですよ。ここがどんな場所かは見ればわかりますよね。やっぱりバカなんですね」

 「断定!? 薄々思ってはいたけど、アイって結構辛辣だよね」

 「あなたがもう少ししっかりしていてくれれば、私も態度を改めます」

 「十分しっかりしているつもりなんだけどなぁ」


 本気で言っているんでしょうか?

 ……まあ、いいです。

 本当にどうやって今まで旅を続けて来れたのか疑問は尽きませんが、言っていても仕方ありません。


 「とりあえず、もう少ししっかりしてもらわないと早死にしますよ? 少なくともこの旅の間までは生きて私を守って下さい」

 「もちろん! どんどん僕に頼ってくれて構わないさ」

 「そうですね……私があなたを頼れると感じたら、特別にマスターとでも呼んであげましょうか」

 「マスター?」

 「私もよく分かりませんが私をつくった人、もしくは私が初めて会話した人物に対しての敬称のことだそうです」

 「それ僕でいいやつなの?」

 「さあ? いいんじゃないですか? 私が初めて会話したのはあなたですし」

 「投げやりだなぁ」

 「そんなことで道中の生存率が上がるのなら安いものです。結局のところあなた次第ではありますが」

 「それもそうか。じゃあ、アイにたくさん頼ってもらえるように頑張るよ」

 「ぜひそうして下さい。その分私が楽できますので」

 「おい」


 マスター。

 アンドロイドにとってとても重要な存在だと、知識として存在するものの実際のところ私にもよくわかっていません。

 私が生まれた時には製作者らしき人物は、この世に存在していませんでしたから。

 実際のところ、あと一日か二日でハントに着いてもおかしくはないので、フールをそう呼ぶことはないでしょうけど。


 「そんなことより、そろそろ休憩も終わりにして出発しませんか?」

 「そうだね。いい加減この景色にも飽きてきたし、何より、アイは大丈夫だとしても僕は水がなくなると本気でやばいし、水場を探さないと」

 「ハントへと通じる道の途中に森があるそうなので、そこには水場もあると思いますよ」

 「おお! それはありがたい。それじゃあ行くか」

 「はい。道中に魔獣に襲われたら、その時はよろしくお願いします」

 「うん、任せて」


 私たちは再び荷物を持ってハントへと向かいます。

 陽の光が絶えず私たちに降り注ぐ中、ゴツゴツとした足下が延々と続いていく光景を眺めながら道中を歩いていきます。


 「そういえばアイはハントに着いたあとはどうするの?」

 「そうですね。よほどのことがなければ、そこで生活基盤を整えることになると思います」

 「つまりハントに住むってこと?」

 「そうなりますね。と言ってもハントの内情はよくわかっていないので、受け入れてくれるかは分かりませんが」

 「それじゃあ、僕とはそこでお別れだね。少しの間は滞在するつもりだから、アイが受け入れてもらえるように僕も協力しよう」

 「助かります。そろそろ荒野を抜けますよ」

 「え、ほんとに? 全然僕には見えないんだけど」

 「あなたにも、もう少し歩けば見えると思います」

 「アイは目が良いんだな」

 「高性能型アンドロイドですからね。当然です」

 「それ気に入ってるんだね。でもそう何度も言うとかえって…………いや、何も言うまい」


 急に黙ってどうしたのでしょうか?

 フールはたまに色々とおかしくなりますからね。今回もきっとそれでしょう。

 こう言う時は優しく見守るものだと私の知識にあります。

 優しくがどんなものかはよく分かりませんが、とりあえず見守ってあげましょう。


 「ん? どうかした?」

 「ジーーー」


 口に出す必要はなかったかもしれません。


 「いやなにさ?」

 「いえ、こういう場合、いつまで見守るのが正しいのか分からなくなってしまいまして」

 「ごめん。何を言っているのかよく分からない」

 「こちらの話ですので大丈夫です。そんなことより、そろそろフールにも見えてきたのでは?」

 「いや、ごめん。何もそれらしきものは見えないんだけど」

 「フールってそんなに視力悪かったですか? それなりに離れた魔獣の存在も感知していたような気がするのですが」


 急に視力が激減したわけでも無いでしょうし、視力が悪くとも見える距離まで迫っているのですが。

 そう思考していると、フールは意味がわからないと言うように目の前のそれを指差しました。


 「いや、距離感の問題じゃ無くてね? 目の前に壁しか見えないんだけど」

 「なんだ、見えているじゃないですか。この上ですよ」

 「アイさん?」

 「なんですか?」

 「登る場所が見当たらないんですが」

 「何を言っているんですか? ここを登るんですよ?」


 途端、フールはその場にうずくまり、頭を抱えてしまいました。

 これまた何かがおかしくなったのでしょう。もはや発作ですね。


 確か、こういう時は頭を撫でるのが正しかったはずです。

 頭を撫でようと近づくと、私が手を伸ばす寸前でフールは正気に戻ったように立ち上がりました。

 今回は思ったよりも復帰が早かったですね。


 「いや、この壁二、三十メートルはあるように見えるんですが」

 「そうですね。約三十二メートルと言ったところでしょうか?」


 目測で高さを測り、フールへと伝えます。

 ところで、何故急に敬語になったのでしょうか?


 「ここを、のぼる?」

 「そう言っているではないですか」

 「この高さをのぼる? もしかしてアイは空を飛べたりするのかい?」

 「飛べるわけないじゃないですか。そんなことができたら偽熊さんからも楽に逃げられましたよ」

 「それもそうだよね。じゃあ身一つで登るしかないってことか」

 「はい。なので背負って下さい」

 「え?」


 背負ってもらおうと手を伸ばすと、気の抜けたような声を出してこちらを見つめてくるフール。


 「どうしたんですか?」

 「いや、僕がアイを背負って登るみたいに聞こえたんだけど」

 「当たり前じゃないですか。私は美少女型アンドロイドですよ。ただのか弱い少女を模して作られた私が、こんな切り立った崖を単身で登り切れるわけないじゃないですか」

 「いやいや、無理だって」

 「安心して下さい。荷物は私が全て持ちます。それに私は軽量素材で作られているので、存外軽いのですよ?」

 「いやでも……」

 「何をそんなに躊躇しているのですか? あなたならこのくらいの重量は苦でもないでしょう?」


 それなりの大きさの魔獣を移動させる機会は、この度の道中でいくらでもあったのでフールの力量の上限値は分からずとも、最低でもどの程度の力が出るのかはわかります。


 「それはそうだけど、背負うってことはその、か、身体が密着することになるのでは」

 「あなたは乙女か何かですか。大体私はアンドロイドですよ? 気にする意味がわかりません」

 「わ、わかってるけど気にするものなんだよっ!」


 唐突にフールが叫びました。

 本当に何なんでしょうか。フールが特殊なのか、人間が全員そうなのか。

 せめて前者でなければ、私に人間を理解することは困難と言わざるを得ないでしょう。

 それはそれとして。


 「うるさいです。なんですかピュアですか? ピュアなんですか?」

 「そうだよっ! 悪いかっ!」

 「悪くはないですが、そんなことを気にしている状況ではないことくらいわかっていますよね?」

 「まあ、それは分かるけどさ……」

 「それなら早く私を背負って下さい。ここさえ超えれば水も補給できますし、ハントにもより近づくことになります。ここを超える以上のメリットのある案があるのなら別ですが、ないでしょう?」

 「うぐっ……ないです……」


 しばらく葛藤しているような様子のフールは、やがて諦めたように私に背を向けて座り込みました。


 やっと諦めましたか。いくら私が美少女とはいえ、アンドロイドであることは再三言ってあるはずなのですがね。

 それを抜きにしたとしても、そんなことをいちいち気にするようではこの先どう人に接していくのか。


 まあ、一人で旅をするような危篤な人物ですし、話せなくても問題ないのかもしれません。

 何にせよ、ここで考えたところで私には関係のないことです。

 こんなことでわざわざ時間をかけて、気を変えられても時間の無駄になりますし、早いところ背負われてしまいましょう。


 一旦思考を打ち切り、これ以上時間をかけまいと背負いやすいようにしゃがんで待っているフールの肩に手を置きます。

 それに反応してピクリと震えるフールの様子を無視して、体重を預けながら手を首の前に回します。すると、少しして視界がだんだんと高くなっていきました。


 「どうですか? この状態で登りきれそうですか? 少し耳が赤いようですが荷物が重かったでしょうか?」

 「だ、大丈夫。ちょっと今話しかけられると色々と不都合だから、ほんの少し時間をもらえるかい?」

 「わかりました」


 それから、フールは私を背負ったまま計十回ほど深呼吸を繰り返しました。

 なんとなく、先ほどよりも背筋が伸びたように感じられます。

 気分を落ち着けるために、人は深呼吸をするというのは知識として知っていましたが、少なからず効果はあるようですね。


 「ふう。お待たせ、もう大丈夫だよ」

 「はい。それではお願いします」

 「うん。任された! 一気に行くからしっかり掴まってて」


 その言葉と共に、フールは壁へと一直線に走り始めます。

 壁が目の前へと迫り、衝突の直前――私を浮遊感が襲いました。

 振り落とされないように私はしがみつく腕の力を強めます。

 一度浮遊感が治ったと感じた数瞬ののちに、再び私を襲い始めます。

 これは、壁面のゴツゴツとした取っ掛かりに、足を掛け脚力を使いジャンプを繰り返しているということでしょうか?


 私と荷物を背負いながらこんな動きができるとは……魔獣の蔓延る世界を、平然と旅することができた強さの一端を垣間見た気分ですね。

 それに加え、必要もないのに私が振り落とされないようにと、両腕を使い私を支えているせいで足のみで登っているようです。そこまで気を配らずとも充分なのですが。

 そこから二度三度の浮遊感ののちにフールは地面へと降り立ちました。


 「よし。何とか無事に登りきれた。アイ、今から降ろすから気をつけてね」

 「よいしょ。ありがとうございました」

 「どういたしまして。大丈夫だと思うけど怪我は無い?」

 「はい。おかげさまで損傷は見られません」

 「それは良かった。おお! もう見える範囲に森があるね」

 「はい。ですがもう陽が傾いてきました。今から森に入るのは危険では?」

 「えっ!? ほんとだ。じゃあ今日進むのはここまでにしておくか」

 「ではここで野営にしますか?」

 「うん、そうしようかな。魔獣の気配も今のところしないし、森に入るよりは安全そうだ」


 それからフールは残った食材で夕飯の準備を、私は簡易テントの設営をそれぞれ行います。

 しかし変ですね。視認できるほどの距離に森があるというのに、こうして違和感を覚えるほどに魔獣の存在が感じられません。まあ、今は来ないでくれた方がありがたいのでいいですが。

 そんなことを考えながらテントの設営を終わらせると、フールが私に声をかけてきます。


 「ねえ、アイ。あっち見てみなよ」


 言われるがままに指差す方を見れば、先ほど登ってきた崖のその先に、落ちていく夕陽が地平線に溶けていくような光景が眼下に広がっていました。


 「日の入りですね」

 「綺麗だなぁ」

 「綺麗、なのですか?」

 「この景色を見る人によって、何を思うかは人それぞれだろうけど……うん、僕は綺麗だと思う」

 「やはり、私は何も感じませんでした」


 フールが綺麗だと言うそれを、私はただの日の入りとしてしか捉えることはできません。

 ただの現象。繰り返されるであろうその光景に、人がどうして心を揺れ動かすのか、私には不可解です。

 それでも、そんな私を、フールは肯定しました。


 「良いんだよ、今はそれで。今すぐに君が心を理解できなくても、僕が思う綺麗なものを見せてあげることはできる。残念ながらこの数日は、荒野の変わり映えのしない景色しか見せられなかったけどね」

 「それでしたら、あなたが今までの旅で見てきた綺麗だと思うものの話を聞かせてください」

 「……驚いた。まさか君がそんなことを言うなんて」


 フールは呆気に取られたような表情をこちらへと向けながらそう言いました。

 そこまで驚くことでしょうか?話の流れとしてはそこまで急な話ではないと思うのですが。


 「そんなに意外でしたか?」

 「そりゃあね。僕のことなんて興味ないのかと思ってた」

 「興味はそこまでないですが」

 「え、ないの?」

 「はい」

 「…………」

 「?」


 どうしたのでしょうか?

 急に押し黙ってしまいました。アンドロイドの私では理解の難しい複雑な表情をしています。

  それから項垂れはじめたかと思うと、今度は顔を手で覆い天を仰ぎはじめたりと行動まで理解不能になってしまいました。

なんだ、ただの発作でしたか。それならしばらく放っておけばそのうち治るでしょう。


 「…………」


 今回はいつもよりも長いですね。

 仕方ありません。


 「いつまでそうして呆けているのですか?」

 「あ、ごめん。ちょっとショックが大きかったのと、羞恥心でいっぱいだった」

 「そうですか。よくわかりませんが、それで旅の話はしてくれるのですか?」

 「それはもちろん良いけど、どうしてそこまで気になるんだい?」

 「あなたが言ったんじゃないですか。あなたの思う綺麗なものを見せてくれるのでしょう? それならば、私が見ることのできないあなたが綺麗だと思うものは、直接見ることは叶いません。なので聞かせてください。あなたのこれまでの旅の話を」


 私の言葉に、フールが一度呆けた顔を浮かべます。そして、口角を上げました。


 「……フフッ。なるほどね。いいよ、聞かせてあげよう。これまでの僕の旅の軌跡を」

 「はい。よろしくお願いします」

 「そうだね。まずはエルフの集落の内のひとつに行った時の話からしようか。そこではね……」


 こうして、フールの旅の話に耳を傾けながら、その日は静かに終わりを迎えました。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


旅の始まりの章、いかがでしたでしょうか。

今回は、フールの思う“綺麗”を理解できないながらも、

それでも感じ取ろうとする――そんなアイの小さな一歩を描きました。


次回は、ついに荒野を抜け、ふたりの旅が新たな場所へと進んでいきます。


投稿は引き続き、毎晩22時頃を予定しています。

感想やブックマークなどで応援いただけると、とても励みになります。


それでは、また次の旅路でお会いしましょう。

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