いつか君が、この言葉に意味を見出せる時が訪れますように…………
白月です。
今回は、前回の出会いの章をフール視点でお送りします。
展開自体は変わりませんが、フールがアイという少女に何を想い、
どんな気持ちで名を贈ったのか。
そんな優しい旅人の想いを、感じ取っていただけたら嬉しいです。
それでは、本編へどうぞ。
この世界で旅をしていると、時折僕の価値観を根底から覆してしまうような、そんな何かに出会うことがある。
それは例えば、美しい景色であり、初めて訪れた国の目新しい文化であり、この広い世界で幸運にも出逢った、誰かであったりする。
今日はそんな出会いが訪れる、そんな確信にも似た予感があった。
「それにしても本当に不思議な場所だな。この山は」
周囲は何もない荒野に囲まれているはずなのに、この山だけが緑に恵まれ、動物が住み着いている。
そして最も不可解なのは、この山は生物が住みやすいように環境が整えられているということだ。
つまり、この山には自然に対して意図的に手を加えている何者か、おそらく人間がいる。
この世界において、人間は決して支配する立場に立っていない。
この世界に蔓延る魔獣と呼ばれる生物から身を守るため、自らの領域に引きこもっているのが普通だからだ。
だからと言って魔獣が支配者かというとそういう訳ではない。
魔獣は基本的に個として、もしくは同種族でしか行動をしない。
魔獣と一括りにしているものの、その種類は膨大でおおよそ人間にとって脅威と呼ばれるものばかりだ。
少し話が逸れたが、この世界の中で弱者であるはずの人間が、こんな場所にいること自体が不可解だ。
「あれは…………煙!?」
見れば、やけに整備された道の先に、自然発生したとは思えないような黒煙が立ち昇っている。
「まさかっ!?」
自然発生でないならば、何者かによって起こされた煙だろう。魔獣か、それとも人間か。
どちらにせよ普通ではないだろう。
「急いだほうが良さそうだ」
整備された道を速度を上げて駆け上がっていく。
やがて道が途切れると、ひらけた場所に出た。
「まずいっ!」
ある程度の想定通り、挙がっていた黒煙の発生源は人間が使用していたであろう一つの建物だった。
ただ、想定以上に状況が悪いと言わざるを得ない。
建物はすでに崩壊寸前な上、熊型の魔獣が建物の周りに群れを成している。
(あれは…………ネイルベアーかっ!?それに一際大きな個体は…………まさか変異種!?)
背を向けるようにして聳え立つ変異種の足下に、まだ年端もいかないであろう少女を見つけたと同時に僕の足はその場所へと駆け出していた。
「間に合えーーーーーーーっ!!!!」
背に負った剣を引き抜きながら、脚力を駆使して変異種の頭上へと飛び上がる。
柄を力強く握りしめ、身体を捻り剣を薙ぐ。
ザァンッ――――
そんな音と共に肉を割き、骨を断つ感触が剣を通じて伝わってくる。
呆気なく、魔獣の首は落ちて、その巨体が倒れていく。
やがて視界が開けそこには。
たった今、死にかけたとは思えないほどの無表情を貼り付けた少女が、こちらをじっと見つめていた。
◇
それから少し経って周りにいた魔獣たちが立ち去り、ひとまずの危険は去ったので助けた少女の無事を確認する。
「うん、大丈夫そうだね」
「あの」
「どうかした?」
「何故私の顔を触っているのですか?」
「無事かどうか確かめてたんだ」
「私に聞けばよかったのでは?」
「…………確かに」
盲点だった。今までが急展開すぎてうまく思考が整理できていなかったのだろう。
その一因として、少女の恐ろしいまでの無表情が、何かあったのではないかと焦らせたのもあるのだが、これはわざわざ言う必要はないだろう。
「あの、ありがとうございました」
その言葉を聞いて、やっとこの少女の命を救うことができたのだと実感が持てた。
それがなんだか、とても嬉しいものに思えてしまうと同時に安堵の気持ちが溢れてくる。
「どういたしまして。間に合って良かった」
少女のひとまずの無事が確認できたところで、それはそれとしていくつかの疑問が生まれてくる。
「君はあの施設にいたのかい?」
「はい」
こちらの質問に対して間を空けず少女が短く返す。
「他に人は?」
「いいえ、私が目覚めた時にはもう生存者はいませんでした。」
「そう、か……」
少女の言葉に否応なく理解させられてしまう。
この少女は見たところ13か14歳くらいの年齢だろう。
そんな年齢の少女が危険な魔獣の生息域で一人で暮らせるわけがない。
つまり、すでに崩落してしまったあの施設にはこの少女の家族がいたと言うこと。
「じゃあ君の家族は……もう……」
「家族?」
「だってそうだろう? 君みたいな幼い子がいるということは誰か家族がこの場所で働いてたんじゃないのか?」
おかしいな。思っていた反応と違う。
なぜか目の前の少女は無表情はそのままに、僕の言葉に疑問をもっている。
もっと悲しそうな顔を見せると思っていたのだけど。
それから少し間をおいて返ってきたのはこちらの予想の斜め上の返答だった。
「いいえ。私に家族はいませんし、そもそも私は人間ですらありません。」
「え? それは一体どういう……」
「こういうことです」
そんな声と共に、少女は僕の手を取り、そのまま少女自身の胸元へと押し当てる。
ふにゅん。そんな擬音の錯覚と共に、僕の脳は少しの間機能を停止した。
「ふぇっ!? えっなっちょっ……と、待とうか!」
意識を取り戻すと同時にこのままでは色々とまずいと認識した僕は、手を振り解こうと動く。
しかし、その手は上から重ねられた少女の手によってガッチリとホールドされていた。
違うんだっ! 僕は悪くないっ! やめろ! 誰だか知らないがそんな目で見るな!
「どうかしましたか? あと、急に暴れないでください。危険です。」
「あ、ごめん…………じゃなくてっ! 何してるのっ!?」
「見てわかる通りあなたの手を私の胸元に当てています」
「なぜっ!?」
「必要なことだからです」
「うん、よくわからないけど一旦手を離してもらってもいいかい?」
「拒否します」
「なぜっ!?」
「必要なことだからです」
「何に!?」
「私がアンドロイドだということをあなたに説明するのにです」
「へ?」
僕の脳は再びその機能を停止した。
………………………………………………ハッ!
「あの、アンドロイドって?」
「わかりやすく言えば人間を模して作られたロボットです。」
「ロボット!? 君が?」
「はい」
「え…………いや、うん、色々と飲み込めないけどなんだ、君がアンドロイド? だったとして何故それを説明するのにあんな行動を?」
「私がそれを証明するのに一番手っ取り早い方法だったので。あなたが暴れるせいで無意味に終わりましたが」
「いや、あれはそうなるって……まぁいいや。それで? なんで僕の手を君のむ、胸に当てることが証明になるのさ?」
「私には心臓がありません。心音がないことが伝われば、少なくとも私が人間でないことは伝わります」
「うん、無茶苦茶だね。なくてはならない過程をすっ飛ばした上に、暴論を振りかざしてきたよこの子」
あまりにもな少女の行動理由に僕は頭を抱えずにはいられなかった。
おかしい。おかしいよ、この子。
何がおかしいって? わかるだろ? 全部だよっ!
何回も思ってたけどこの子、今の今までずっと無表情なんだよ!?
感情の起伏が少ない子なのかな、とも思ってたけどそれにしたってだよ! 瞬きすらしてないんだよっ! 怖いよっ!?
しかも、初対面の異性に自分の胸触らせてくるしっ! 倫理観どうなってるの? 行き過ぎた天然ちゃんかな?
とか思ってたらなんですか!? 人間じゃないって! ロボットって!
なんなんだ? アンドロイドっていうのはみんなこうなのか!? 他にいるのか分からないけどきっとそうなんだろう。うん。
気持ちを切り替えるために自身の頭を乱雑に掻く。
いまだに混乱中だがそろそろ話を進めよう。
「とりあえず君がアンドロイドってやつだってことは理解した。いや、理解は正直できていないけどそういうものだって受け入れた」
「良かったです」
「それで、だ。あの施設に家族はいなくとも、知り合いくらいはいたんだろう?」
「いえ、いませんよ。なんせ私、生後約二十分くらいですし」
「は?……………………もしかしてさっき言ってた目覚めた時にはもう生存者はいなかったって、そういうこと?」
「そういうことです」
「つまりなんだ、君は生まれてすぐあの魔獣に襲われたってこと?」
「付け加えれば、目を開けて最初に認識したのは炎の赤色でした」
「マジですか」
「マジです」
「マジかぁ」
僕は思わず天を仰いだ。
これはあれだ。そもそも理解をしようということ自体が間違っていたんだ。
僕は理解を諦めた。
「それじゃあこれからどうするのさ?」
「これからですか……」
話題を変えて質問をすると、少女は初めてともいえる長考に移った。
「考えていませんでした。ですが比較的近くにハントという国があるはずなので、そこになんとかして向かおうと思います。魔獣に見つからないように気を張って、運が良ければ一週間程度で着くと思うので」
「…………ねえ、一つ提案なんだけど一緒にその国まで行かないか?」
「なぜ?」
「いや、一週間ってかなり運良くたどり着いた場合でしょ? 魔獣なんてそこらじゅうにいるわけだし。だいたい食料とかはどうするのさ?」
「食料に関しては摂取してもしなくても活動に支障はありません。というか私からすれば、こちらからお願いしたいくらいの提案なのですが、あなたにメリットはほとんどないでしょう? それなのに何故そんな提案をするのかと疑問に思いまして」
「ああ、なるほど。そういう意図の質問だったのか。いや実はな、そのハントっていう国がどこにあるのか知らなくて」
「え? あなたはハントに向かうためにここに通りがかったのではないのですか? そうでないのなら今や瓦礫と化したあの施設に用事が?」
「いや、ここにある施設とは無関係だ。そもそもこんな場所に建物があるだなんて思いもしなかったくらいだよ」
「では何故こんなところに?」
少し解答に困る疑問が少女から飛んでくる。
興味本位と言えばそれまでだが、それとは別に僕の価値観をひっくり返すような出逢いがあると予感したからともいえる。
そしてその出逢いというのは十中八九、この少女のことだろう。
それを思うと正直に言うのは、なんというか、とても恥ずかしく感じる。
あと今までの少女の行動を鑑みると、素直に認めたくないとも少し思ってしまう。
「言いたくないのなら答えなくても構いませんよ」
「いや、そういうわけじゃないんだ。僕はこの世界を旅して巡っているんだけど、この山の周辺って何もない荒野が広がってるんだ。そんなところにポツンと山があったから、気にならないわけがないと言いますか……」
「つまりなんですか、あなたは目的もなく旅をしていたところに、気になる山があったから興味本位で登ってみたら私が魔獣に襲われていたと、そういうことですか」
「はい、その通りです」
なんだろう、なぜか説教をされている感覚になってくる。
「…………あなた、バカですか?」
違った。単純な罵倒だった。
え、ひどくない?
「流石に言い過ぎじゃ……」
「ありません。魔獣が蔓延る世界で一人で旅をしているだけでも常人の思考とは思えません。それに加えて怪しい山に剣一本で登るだなんてバカ以外のなんと言えばいいんですか」
「うぐっ……」
なんだか言葉がだんだん辛辣になってきたのは気のせいだろうか?
相変わらずの無表情なのに呆れているような気がするのは気のせいだろうか?
うん。きっと僕の気のせいだ。
「まあいいです。それで助けてもらったのは確かなので。つまり私に道案内を任せる代わりに、道中の安全を保障してくれるという認識でいいのでしょうか?」
「うん、その認識で問題ないよ。そうだ、まだお互いの名前も知らなかったね。改めまして、僕の名前はフール。さっきも言った通り旅人をしている。これから道中、どうぞよろしく。君の名前は?」
「よろしくお願いします、フール。私はただの美少女型高性能アンドロイドです。生まれたばかりゆえに名前はありません」
確かに、美少女ではある。
無表情ながらもどこかあどけない表情。さらりと溢れる白髪は二つに緩く纏められ、肩にかかっている。
こちらをまっすぐに見つめてくる青い瞳は、感情の色が見えない分透き通っている。
うん、美少女と言って問題ないだろう。
でも自分で言うかな、普通?
「うん、色々とツッコミどころのある自己紹介だね。ただ、名前がないのは少し困るな」
「それなら、あなたがつけてくれませんか?」
「え、僕が?」
「はい。あなたが」
「そういう大事なものは、出会ったばかりの他人に任せないほうがいいと思うんだけど」
「人間の名前は親に決めてもらうものだと認識しています。私には親というものはいません。なのであなたに。特にこだわりもありませんし」
「ええ……まあ、考えるだけ考えてみるよ」
「早速出発しますか?」
「あ、いやちょっと待って。出発の前にこれだけはやっておきたいんだ」
そう、これだけはやっておきたい。
魔獣の襲撃によって命を落としてしまったであろう人たちの元へと両手を胸の前で組み合わせ、ただ祈る。
これは結局のところ僕のエゴでしかない。知りもしない僕からの祈りなんてきっと迷惑でしかない。
だから、届かなくていい。届かない方がいい。
それでも、こうでもしないと僕が納得できない。
誰にも何も思われず死んでしまうなんて、そんな悲しい話はなくていい。
あったとしても、それは僕だけでいい。
そんなことを考えていると、後ろから少女の声が聞こえて振り返る。
「なぜ、そんなことをしているのですか? 知り合いがいるわけでもないんですよね?」
「そうだね。別に知り合いがいるわけでもないし、ここで亡くなってしまった人たちのことを詳しく知っているわけでもない」
「だったら、なぜ死を悼むような真似を?」
「僕は別に死を悼んでいるわけではないんだ。よく知りもしない僕なんかが悼めるとも思っていない。強いていうなら、これは願いだよ。とても身勝手な願い。ここで死んだ人たちが、今までの生に少しでも満足できるように。当人にとっては余計なことだろうけど、それでもどうかそうあってほしい。言ってしまえば僕の自己満足さ」
少女が、僕の言葉を聞いたからか何やら考え込むように黙り込んでいる。
先程までとはまるで違う、不思議な存在感が僕の意識を惹きつけていく。
しかし、それもほんの少しのことで、その存在感が霧散していくと同時に少女の静かな声が、僕の耳へと届いていた。
「…………私には心というものがわかりません。心というものは私の中にインプットされているはずなのに。私は思考することができます。私は作りものとはいえ、自由に動かすことができるような体を持っています。それでもそれらを行使した結果を、私は感情として受け取ることができません。だから、その行動の意味を理解することさえできません」
少女が何を思ってそんな発言をしたのかは分からない。
きっと僕には想像もできないような感覚だと言うこともわかっている。
それでもこの発言には、少女にとって何よりも大切なものに触れているような、そんな確信にも似た感覚を覚えたから。
邪魔をしないように、ただ先を促す。
「うん、それで?」
「それでも、そんな私でもいつか、何かを願うことができるでしょうか?」
その言葉に、僕の口角が自然と上がっていく。
ああ、少しだけ、この少女のことが分かったかもしれない。
アンドロイドだからとか、生まれたばかりだからとか、関係ない。
ただ純粋で、無垢で、目の前のことに一生懸命なだけの一人の少女なんだ。それが分かった。
そんな君になら自信を持って伝えられる。
「大丈夫。君にならいつか、誰かを想って願うことが必ずできる。この僕が保証しよう」
君は、心を知らないなんて言っていたけど、僕には今の君が何より輝いて見えるよ。
だってほら、今初めて、君の瞳はこんなにも煌めいているじゃないか。
「…………あなたの保証では、いまいち安心できませんね」
「なんで!? 今わりといいこと言ったと思うんだけど。普通なら感動的場面だよ!?」
「私はいわゆる普通の人間ではありませんので。あと、先ほど言った通り私は感動するための心を持ち合わせていませんので」
「はぁ……まあ、いいか。今はそれで」
「今は?……まあいいです。早くあなたが倒した偽熊さんを解体して出発しましょう。どうせ食料もろくに残っていないのでしょう?」
「なぜ分かった!? あと……偽熊さんって何?」
「あの魔獣の呼称です。でもあの個体だけ体格から何から違っていたので、ボス熊さんとでも呼ぼうかと悩んだのですが、それだとただの熊さんのボスに出会った時に困ってしまうのでやめておきました。名前をつけるのってなかなか難しいですね」
「………………そうだね」
ごめん。また君のことが分からなくなってきたよ。
どうやら君のことを僕が理解するには、まだしばらく時間がかかりそうだ。
でも、それくらいゆっくりでちょうど良いのかもしれない。
数分の後、無事にネイルベアー(変異種)の解体を終えられた。
ネイルベアーという名前が本当の名前だと少女に伝えると、「安直ですね」なんてことを言っていた。
僕は華麗にスルーを実行したが、悪くないと思う。
ちなみに、じっと見つめてきたので予備の解体ナイフを渡してみたが、終始周りをウロウロして終わっていた。
今度もっと簡単な魔獣か動物を狩ることができたら一から教えてあげよう。
「もうここでやるべきことは終えた訳ですし、早くハントに向かいましょう。」
「そうだね。あまり同じ場所に留まっているのも良くないし」
「ええ、そうと決まれば早く行きましょう」
「あ、そうだ一つだけ」
「なんでしょう?」
こういうのは、旅立つ前にしないとね。
「決めたよ」
僕なりに一生懸命考えたんだよ。
「何をでしょうか?」
君が気に入ってくれるかは分からないけれど。
「君の名前」
「驚きました。こんなに早く決まるとは。それに、ちゃんと考えてくれていたんですね」
「名前が無いと不便だしね。それにさっきの話を聞いて思いついたんだ」
「偽熊さんの話ですか?」
「そうじゃなくて。君には心がないって話だよ」
「ああ、そっちでしたか。それで、私の名前はなんでしょうか?」
少しの緊張を振り払うように、一度目を瞑り――そして開く。
「アイ。これが君の名前だ」
少女の綺麗な碧の瞳を真っ直ぐに見つめて、届くようにと願いながら告げる。
「アイ? それが、私の名前……」
「うん。どうかな?」
「なんというか……私から最も遠い言葉だな、と思いまして」
確かに。少女からしたらそういう感想にもなるか。
まるで僕の真意がわからず困惑している様子の少女が、少し微笑ましく思えてしまう。
「この言葉自体に意味は無いよ。少なくとも、今はまだ。ただ、少しだけ勝手ながらその名前に願いを込めた。死者たちに向けるものとは違う、これからを生きる君への、僕からの願いだ」
「それは、どんな願いでしょうか?」
「秘密」
「なぜですか? 内容を知らなければ叶えることも出来ません」
「言っただろう、これは願いだ。僕の身勝手な願望で、君がこれから歩むであろう道を縛るようなことにはなってほしく無いんだ。君は君の望むままに生きてほしい」
「分かりました。そういう事なら、もうこの話は終わりにします」
「うん、ありがとう」
「こちらこそ、私に名前を下さり、ありがとうございました」
「どういたしまして」
君の言葉がたとえ形式的なものだったとしても、お礼を言われるっていうのはこんなにも嬉しいことなのか。
その気持ちを返すためではないけれど。
僕はこれからたくさん、君の名前を呼ぼう。
君が、僕の差し出す手を取ってくれている間はたくさん。
「さあ、出発しようか。アイ」
「はい、行きましょう」
そう何度でも。
アイ。この言葉に込めた僕の願いが、いつか叶うと信じて。
いつか君が、この言葉に意味を見出せる時が訪れますように…………
そんな願いを。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
この章は、物語の最初の“核”とも言える部分です。
二人の旅の小さな一歩を、少しでも感じ取っていただけたでしょうか。
次回から、いよいよ二人の旅が本格的に始まります。
その行く先を、どうか見届けていただけると嬉しいです。
投稿は引き続き、毎晩22時頃を予定しています。
感想やブックマークなどで応援いただけると、とても励みになります。
それでは、また次の旅路でお会いしましょう。




