とっても頼れる協力者がいるのニャ
白月です。
本日も読みに来てくださって、本当にありがとうございます。
それでは、本編をどうぞ。
照明もなく、薄暗い空間。
ゴツゴツとした木の根の感触を、僕の足が捉えた。足の踏み場だけでなく壁や天井まで木の根で区切られており、この空間があの大樹の真下なのだと実感させられる。
そんな異質の空間の中にある、ひとつの牢には、僕たちの目的とする人物がいた。
猫の獣人、エルーミャ。
昨晩何故か、アイが勝手に接触した人物だ。子供を攫った人物に対して単身接触するとか、僕の胃が悲鳴をあげそうなので今後は控えてほしい。
でもなぁ、アイだしなぁ。心配だなぁ。心配といえば別行動中のフランは大丈夫かな? 何かやらかしてないといいけど。
「フール、どうかしましたか?」
「ん? ああ、いや。何でもないよ」
「そうですか」
君とフランのことが心配で、と本人に伝える勇気が僕にあれば。いや、まあ尋問前に言うことでもないし。アイにはお説教もしたし。うん、きっとアイなら分かってくれているはずだ。とりあえず、今は尋問に集中しないと。
気持ちを切り替えようと自身の頬を軽く叩く。不思議そうな目でアイがこちらを見ているが気にしないでおこう。
牢の中で手枷に繋がれていた、エルーミャ。
僕たちがその正面へと辿り着くと、彼女は顔を上げた。その口元には笑みが浮かんでいる。
「これはこれは、何のようかニャ?」
「分かっているだろう。尋問に来た。貴様は何を笑っている?」
「いや? 随分とおかしなメンツで来たものだニャ、と思っただけニャ」
エルランドの質問に軽い調子で応えるエルーミャ。その視線はアイと僕に向けられていた。
ひとまず、会話は成立しそうで良かった。エルーミャの反応からして、どうやらリィシェのメンバー選出が良かったのだろう。
ただ、何でエルーミャはこうも余裕そうなんだろうか? 仮にも、憎んでいるであろうエルフに捉えられ、これから尋問を受ける状態には見えない。
僕がどうにも違和感を拭えないでいると、エルランドが早速尋問を開始する。
「そうか、それでは始めよう。貴様は何故子供を攫った?」
「エルフは世間話もできないのかニャ?」
「貴様とする必要性を感じないだけだ。早く答えろ」
「なら、ミャーはその質問に答える必要性を感じないニャ」
「貴様が今、どのような立場に置かれているか自覚をしていないのだな」
ある種の脅し文句。
僕としては出来るだけそういう方向性以外で聞き出したいところだけど、エルフ側もそう余裕があるわけではないんだよね。リィシェに協力すると言った手前、僕がそれを止めるのは裏切りだ。エルフ側に実際被害が出ている以上、止めるための正当性もないのだから。
エルランドも好きでやっているわけじゃない。それこそ、必要なことなんだろう。それでも、あまり気分のいいものではないかな。
私情を抑えようと、固く握った手のひらが湿り気を帯びている。
そんな緊張感を嘲笑うように、エルーミャがエルランドの言葉を鼻で笑った。
「自覚をしていないのは一体どちらなのかニャ?」
「何の話だ?」
「そもそも、ミャーはそこのアイとかいうアンドロイドに言ったはずニャ。ミャーの犯行の理由なんて、お前たちエルフなら心当たりがあるはずだって。もしかして聞いてないのかニャ?」
「その話は聞いている。だが、我々エルフにそんな心当たりなどない」
そう、そこも疑問点だ。
エルーミャがリィシェ、もしくはエルフ全体を恨んでいる理由もおそらくその心当たりにあるのだろう。でも、リィシェ含めエルフに思い当たる節は無い。リィシェが僕たちに嘘をついているとは思えないし、かといって目の前のエルーミャも、冗談には思えない。
何かが、すれ違っている。僕には検討もつかないけれど、この状況を解決しなければこの尋問が進展することはない、そんな予感だ。
アイなら何かわかるだろうか。そう思って、視線を向けてみるも、アイが動く様子は見えなかった。アイも何かを考えているのか、僕の視線に気づくこともなく二人の会話に集中している。
エルランドが問い詰め、それをひらりとかわしていくエルーミャ。
心当たりの話の時は、若干のイラつきのようなものを感じたけど、すっかりと最初の笑みに戻ってしまった。
まるで仮面をかぶっているようなその表情は、どこか不気味に感じる。
むしろどうやってアイはエルーミャから、わずかとはいえ情報を聞き出せたんだろう? エルーミャにとってどうでもいい情報だったから? いや、それにしては心当たりの話がどうでも良いという意味になってしまう。
何か、狙いがあるのだろうか?
「ミャーは、お前らが何を言おうと、ミャーに何をしようと答える気はないニャ」
「埒が空かないな……」
狙いがあるとして、それが分からないんじゃ意味がない。本人に直接聞くなんて出来るわけもないし。
そう、僕が頭を悩ませていると、これまで静観していたアイが、一歩踏み出した。
それからゆるりと手を挙げ、言葉を発する。
「良い加減、本題に入りましょう」
「アイ、何を……?」
アイの言っていることがよく分からない。
本題って、今まさにエルーミャへと尋問をしている最中じゃないか? 確かに何も聞き出せていないけど、だからこそエルランドも僕もこうして頭を悩ませている。
しかし、僕が混乱に陥っているのも気にせずにアイは続けた。
「エルーミャ、あなたの要望は何ですか?」
変化は劇的、とまではいかずとも、明らかだった。
アイの一言に、エルーミャが目を見開く。それから仮面ではない、野生的な笑みを浮かべた。
エルーミャの、要望?
それって子供を攫うことじゃ……。何で攫ったのかは分からないけど、今まさにそれを聞いていたところだし。
本題に入るっていう割には、何も話題が変わっていないような。
その筈なのに、エルーミャの纏う空気感は確かに変わっている。その理由が、僕には分からない。
アイは、何をしたんだろう?
「要望? ミャーがそんな下からエルフ共にお願いなんてするわけないニャ。これは、命令ニャ」
「何を言っている、貴様」
「お前との退屈なお遊びに付き合うのは終わりだと言ってるんだニャ」
「何を急に強気になっているのかは知らないが、立場は弁えておくことをお勧めしておこう」
「一体、いつまでお前は自分の方が立場が上だと思い込んでるのニャ?」
何だろう? 状況は何一つ変わっていないはずだ。それなのにエルーミャが攻勢に出ている。
それに、エルーミャの発言からして、立場が逆転している? そんなはずはない。だって、尋問しているのはこちら側なのだから。
尋問は確かに進んでいなかった。だとしてもこうして牢に入れられ、鎖に繋がれているたった一人に、何かができる状況ではない。
それでも、何かがズレている。
思えば、尋問を始めた時から何かがおかしかった。森でエルーミャと対面していた時、リィシェに対して抱いていた怨念のような感情が、不自然なほど表に出てきていない。リィシェ個人に対するものなのかと思えば、エルーミャの発言の節々から、リィシェという個人ではなくエルフを恨んでいることは理解できた。それなのに今、エルランドを前にして余裕さを保っている。
何故、エルーミャはこうも強気でいられるんだろう?
エルーミャの余裕の根本が、分からない。エルーミャ個人と、このオアシスにいるエルフ全員を秤にかけて上回れるほどのアドバンテージがあるのだろうか?
「エルーミャ、あなたの方が立場が上だと言える、その根拠は何ですか?」
「そうだニャ、命令を下す前に教えてやるニャ」
そんなものがあるとしたらそれは……。
「ミャーは、このオアシス全土を今すぐにでも、更地に出来る。これで立場が分かったかニャ?」
もはや、人数差など意味を為さない特大の何か。
「そんなことが出来る訳がないだろう。ふざけるのも大概にすることだ」
「冗談でも何でもないニャ。ミャーは既に、オアシス全土に爆発物を仕込んでいるのニャ」
「今まさに捉えられている貴様に、そんなことが出来る訳がないだろう」
「何を勘違いしてるのニャ?」
「何の話だ」
「だから、何でお前。ここに来ている獣人が、ミャーただ一人だと思い込んでるのニャ?」
「なっ……!?」
そういえばそうだ。
エルーミャ以外に仲間がここに来ている可能性なんて、最初に思い当たるべきじゃないか。何人来ているのかは分からないけど、エルーミャ以外の獣人たちが爆発物を仕掛けているっていうことか。
それが本当だとしたら、相当まずいことになる。一刻も早く爆発物を見つけて、処理しないと。
でも、何だろう? 何かが引っ掛かる。僕は、何が引っ掛かっている?
「だが、大樹周辺は警戒体制を敷いている……! 獣人の入り込む隙など、あるはずがない!」
そうだ、エルーミャの言っていることが確かなら、この大樹内も爆発物が仕掛けられているはず。
でも、エルーミャが捕まった今、獣人は近づくことすらできない状況だ。だから、これはエルーミャの嘘。仕掛けられていたとしても森の外周部だけ。そのはずだ。
それに、エルーミャ本人がこの地下に囚われている今、他の獣人が仕掛け終わったことを知る方法がないじゃないか。エルーミャがその情報を得る機会がない以上、あり得ないことだ。そもそも、獣人が他に来ていたとして、エルーミャが捕まった今、予定通り爆発をする訳がない。だって、エルーミャまで巻き込まれることになる。
計画は中止になるか、良くても練り直しだろう。それが普通の選択だ。
だから、全てはエルーミャの嘘。この場で攻勢に出る為の、ブラフ。
それなのに、何故だろうか?
この話が嘘である根拠や理由などいくらでも湧いてくるはずなのに。
何故こうも、僕は違和感を抱いている?
そもそも、何に対しての違和感だというんだろう?
だって、ここに獣人は近寄ることは出来ない。
爆発物を仕掛けることも、こうして、捕らえられているエルーミャと対面することも。
その時、エルーミャがふと思い出したかのように。
そんな軽い調子で、そう言った。
「ミャーには、とっても頼れる協力者がいるのニャ」
改めて言うことだろうか?
だってその協力者って、さっき言っていた獣人のことだろう?
つまり、警戒など簡単に掻い潜れてしまう獣人がいると、そういうことだろうか?
でも、それだけすごいのなら何故、エルーミャを助けないのか。仲間が捕まっているんだ。僕だったら絶対に助けるだろう。
エルーミャの言っていることは本当にチグハグだ。
信じるに値しないことばかりを、さも真実のように語っている。
僕でも疑うほどだ。だからあり得ない。
それでも、違和感は強まっている。
ガンガンと、何かが僕の頭を打ち付けているような、そんな錯覚を覚える。
頭の中で消し去ろうとするほど、強く主張して離れることのないそれ。
もう一度、エルーミャが口を開く。
その上がった口角が、どこか悍ましいもののように、僕には思えた。
「その協力者は、二、三時間程度でミャーのお願いに答えてくれたニャ」
僕の中で鳴っていた警鐘が、ふと鳴りを潜める。代わりに、何かが弾けた。
”――は、三時間以上もの間、一体何をしていたのだろうか?”
そんな、頭の隅に追いやっていた思考が、何故か僕の頭の中を一色に染めていく。
二、三時間。エルーミャの口にしたそのワードは、何でもないもののはずだ。
だって、さっきも考えただろう?
獣人ならば、この大樹に近づくことすら出来ないと。出来たとして、エルーミャを解放しない理由がない。
だから、あり得ないと。
でも、もし。
もしも。エルーミャの言う協力者が、獣人ではないのだとしたら?
例えば、そう。
”アイは、三時間以上もの間、一体何をしていたのだろうか?”
感情を自覚せず、独自の思考で動いてしまうような。
そんな、一人の少女がいたとしたら?
「まあ、信じるかどうかは任せるニャ。オアシスを焼け野原にされたくなかったら、急ぐのが賢明だとミャーは思うけどニャ?」
轟音が、響いた。
まるで、爆発音のような。
頭上で響いたそれは、この地下空間をも揺らして。振動によって土崩れが僕たちに降り注ぐ。
それから、エルランドがどこか慌てたように上で待機しているエルフの下へと駆けていく。
振動が収まったその後も、どこか騒がしくて。
そんな中、僕はただ、アイだけを見つめていた。
*
今、ミャーはとても困惑していた。
尋問の途中、ちょっと脅して自らの要求を通そうと、そう思っていただけなのニャ。
実際、途中までは予定通り上手く行ってたのニャ。
クソムカつくエルフも相当悩んでたし、これは上手くいく、それで良かったのニャ。
実際、殆どがハッタリのこの脅しでうまくいくかは分からニャかったけど、想像以上に上手く行っていたのニャ。
でも、唐突に起きたのニャ。ミャーにとっての想定外が。
何故か、本当に何故か、実際に爆発が起こったのニャ。
ミャーは爆発物なんて仕掛けてないし、ここには一人で来たニャ。
つまり。つまりだニャ。
あのアンドロイド、やりすぎだニャっ!!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
投稿は引き続き、出来上がり次第当日22時頃を予定しています。
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それでは、また次の旅路でお会いしましょう。




