それが僕の生き方だからね
白月です。
本日も読みに来てくださって、本当にありがとうございます。
それでは、本編をどうぞ。
「私たちエルフの同胞、それも――まだ若き子供を拉致したのは君で相違ないね?」
そんなリィシェの問いかけに、睨みで返す猫の獣人。
両脇に被害者である子供のエルフを抱えている以上、彼女が犯人であるのはほぼ確定的と言って良いでしょう。しかし現状、彼女が何を目的として犯行に及んだのかは定かではありません。話に聞いたエルフと獣人の確執から来たものか、個人的な思惑か。人目を盗んで行ったからには、計画的なものではあるのでしょうが。
リィシェの問いかけによって生まれた空白は、猫獣人によってすぐに途切れました。
しかし、返答ではなく、逃走によって。
「見ればわかるニャ。そして、諦めるつもりも無いニャ」
そう言って再び樹上へと飛び上がる猫獣人。その両脇には変わらず子供たちが抱えられています。
猫の獣人だからでしょうか? 垂直跳びでここまでの高度を出せる脚力を持っているとは。
樹上をその脚力で渡り去って行く猫獣人。それに対してフランが焦燥を表すように声を上げます。
「ちょ、ちょっと!? 嘘でしょ!? 二人抱えたままあんな、っていうか逃げられちゃったじゃない!」
「すぐに追いかけよう」
簡潔に言い表したフールはすぐさま猫獣人の後を追うように樹上へと飛び移ります。そしてその肩に器用に乗っているリーダー。
いつの間に移動したんでしょうか? そもそも何故ここにいたのかも分かっていませんし。フールが獣人でもないのに同等の脚力を有していることに関しては今更という話です。一度私を背負ったまま脚力だけで垂直の崖を登ったこともありますし。
それはそれとして、今は逃走を図った猫獣人に集中した方が良いでしょう。
「追いつけるかは分かりませんが、私たちも後を追いますか?」
「そうね、急ぐわよ」
「いや、その必要はない」
予測通りの回答をするフランに反して、リィシェは対して焦った様子もなくそう発しました。
見据える先には逃げる猫獣人とそれを追うフールの背中。
「必要はないって、このままじゃ逃げられちゃうわよ?」
「フール君、それにあの子猫が追いかけて行ったのだから心配ないさ。加えて私たちの足で追いつくことはできない」
「確かにアイツなら問題ないかもだし、あたしの箒もここじゃ使いづらいけど……」
「それに、言っただろう?」
リィシェの主張に理解を示しつつも、未だ不安を拭えないのか口籠るフラン。
そんなフランに軽く笑みを向けて、リィシェが安心させるように言いました。
「オアシスの自然は余所者には優しくないと」
「言ってたけど、それが何よ?」
「何、実際目にした方が早いだろう。焦らず、されど程々に急いで進むとしようか」
リィシェが余裕そうに歩みを進めるも、フランは戸惑いの表情を浮かべたままです。
私も現時点では謎というしかないですね。そもそも自然が優しくないとはどういうことでしょうか? 自然は大抵の生物にとって危険の付き纏うものでは? それと同等以上に有益な存在とも言えますが。
リィシェが答えをぼかしている以上、言葉の意図を把握するにはついていくしかなさそうです。フランも戸惑いながらも従ってはいるようですし向かわない理由もなさそうですね。
草木を掻き分けつつ進んでいけば、やがてフールの背中が視界に映りました。どうやらすでに立ち止まっているようです。
すでに捉えたのでしょうか? しかし、肝心の猫獣人の姿は見当たりません。となると、取り逃したのでしょうか。
とりあえず近づいて事情と釈明を聞きましょう。
「ちょっ!? リーダー、何やってるの!?」
「ニャー?」
緊張とはかけ離れたような声が響き渡りました。どこか驚きを隠せないかのようなフールに、リーダーの疑問を含んだような鳴き声。
何をはしゃいでいるんでしょうか? 取り逃したにしては随分と緩やかな雰囲気に思えますが。
私と同じく理解が追いつかなかったのか、眉を顰めたフランが近づいていきました。
「ちょっとアンタ! 逃げられたくせに何でそんな呑気なのよ」
「あ、フラン! サポート助かったよ、ありがとう」
「はぁ!? あんた何言って……え?」
フランが何やら驚きを含んだ表情で固まりました。何をそんなに驚いているのかとそちらに視線を向けると、そこには先ほどまで追いかけていた猫獣人がいました。体全体を小枝や蔓に覆われた状態で。
なるほど。蔓などに覆われていたから存在に気づかなかったというわけですか。見ればその近くには被害者である子供二人も横たわっているようですし。完全に拘束状態にあると見て良いでしょう。
「それにしてもフラン、こんなに離れてても魔法が使えるんだね。驚いたよ」
「これ、あたしじゃないわよ」
「え? じゃあ、なんで」
「おや、まだ気づかないかい? フラン君、私がさっき言っていたのはこういうことさ」
「それって、自然が余所者にどうこうってやつかしら?」
「付け加えれば、エルフは自然の盟友。森という自然に囲まれた中で、私たちエルフに危害を加えるということは、自然そのものと敵対することと同義と言っても良いだろう」
エルランドも確か、似たようなことを言っていましたね。自然に愛された種族でしたか。
それが何らかの誇張や比喩を含むものでなく、そのままの意味を表していると、リィシェは言っているのでしょうか?
ですが、それが本当であるならば自然という概念に近しい存在が、意思を持っているということになります。俄かには信じがたい話ですね。
「つまりこの状態は、森の木々たちがエルフを救うためにそこの猫獣人を独りでに拘束したと、そういうことですか?」
「やはり君は聡明だね、アイ君。その通りだよ」
「……信じられないけど、僕にもそう見えた。てっきりフランの魔法だと思ってたんだけど」
「さっきも言ったけど、あたしはやってないわよ」
となると、リィシェの言う通りということでしょうか。原理も何もかも謎という他ありませんが、拘束手段に関しては今はさほど重要でもないでしょう。猫獣人を拘束したという事実があれば充分なのですから。
現在猫獣人は動く様子を見せず、リィシェを鋭く睨みつけるのみです。何故、そんなにもリィシェばかりを睨みつけるのかは疑問ですが、何かしら事情があるのでしょう。
今はそれよりも疑問に思うべきところがあります。拘束手段の謎も、猫獣人の因縁らしきものも、その疑問に比べれば些事なことと言えるでしょう。
「ところで、リーダーは何をやっているのですか?」
ジャンプを繰り返し、猫獣人の顔を幾度も横切るリーダー。横切るたびに、鳴き声を発する様からは何の情報も得られません。
一体、リーダーは何をしたいのでしょうか?
リーダーと共に先を行っていたフールへと問いかけるも、芳しい反応は得られませんでした。フールもリーダーの行動の意図を察していないのか首を傾げるばかりです。
「リーダー、これは獣人であって猫じゃないのよ? あなたとは別の種族なの。だから遊ぶならあたしと遊びなさい」
「ニャーウ」
何が「だから」なのでしょうか? 前後の文に関連性が見られないのですが。それに種族的に言えば、猫と人間より、猫と猫獣人の方が近しく思えるのは私だけでしょうか?
フランに抱き抱えられたリーダーがどこか不満げに声を上げました。
そうして一度、場が落ち着いた頃。リィシェが猫獣人の正面へと赴き、対面しました。
「さて。君を拘束、後に尋問することは確定しているけれど、その前に何か言いたいことはあるかな?」
眉間に皺ができるほど眉を顰め、唇を噛む猫獣人。
それを気にする様子もないようにリィシェは、ただ待ち続けました。
やがて、口を開いた猫獣人。
「今すぐ、解放するニャ。さもなくばミャーは、貴様らエルフを未来永劫許さニャい……!」
その瞳には、私たちのことなど映っておらず、ただ一人リィシェだけをその視界に映していました。
*
僕たちは子供を攫った獣人を捕らえた後、エルフたちの棲家である大樹の広場に戻ってきた。本拠地であろう大樹の中に入れば、外から見た以上に広く感じられる空間が広がっている。その一室とも呼べるような場所に僕たちはいた。
「さて、夜も深まってきたところ申し訳ないが、簡単に現状報告と明日以降の方針について話し合いを行いたいと思っている」
「族長、それについては問題ないが、彼らも同席していて良いのか?」
彼ら、というのは僕たちのことだろう。その発言をしたエルランドさんとは知り合いではあるけど、僕たちが部外者なことには変わりない。それに、この場に集まったのは少人数とはいえ、僕たちと面識のない人たちもいるわけだし。そういう人たちの疑問を解消するためでもあるのかもしれない。
「ああ、問題ないとも。彼らは善意で私たちに協力してくれている。それに、個人的な友人もいるのでね」
「了解した。それで、捉えたという獣人は?」
「地下牢に入れてある。明日、尋問予定だ」
尋問、か。確かにあの獣人には何か、エルフに対して恨みのような感情を持っていたようだけど。その理由とかを聞き出すってことかな?
「ねぇ、ちょっと良いかしら? 聞きたいことがあるんだけど」
「勿論だよ。君とはこれから長い付き合いになるんだ。なんでも聞いてほしい」
「その長い付き合いっていうのはよく分からないけど、今は良いわ。それで、確認しておきたいことがあるのだけど。確かそこの変態エルフが神隠しとか言ってたわね、今回の騒動」
「その通りだね。真相はただの誘拐だったわけだけど」
「まぁ、呼び方はなんでも良いわ」
「それで、何が聞きたいんだい?」
リィシェの問いかけに、フランは毅然とした態度で一度髪をかき上げた。
静寂が訪れ、彼女に視線が集中する中、口を開いた。
「この騒動、今回の一件で終わったと見て良いのかしら?」
そうか、考えれば思いつくことだった。
この事件が初めて起きたのなら、神隠しなんて単語は出てこない。つまりそれ以前に、おそらく直近で同じように行方不明者が出たのだろう。
その行方不明者がすでに何事もなく戻っていれば、何も問題はないのだけど。リィシェたちの表情を見るに、そう簡単な話ではなさそうだね。
「残念ながら未だ三名、行方知らずのままだ。いずれも、三日前にいなくなっている」
「エルランドの言う通り、この事件はまだ完全に終わったとは言えないのさ。もう三日過ぎてしまっている。最悪の可能性も考えずにはいられない。…………明日の尋問で進展があることを願うばかりだね」
悲痛そうに顔を歪めて話すリィシェを見て、僕の足はいつの間にか一歩踏み出していた。
唐突に動いた僕に視線が集まる。喉の渇くような感覚を覚えながら口を開いた。
「……もし、なんの情報も得られなかった場合は?」
「その時は、獣人たちの集落へ赴くしかないだろうね。最終的に、どんな手段を用いたとしても」
「……わかった」
そう一言だけ応えると、リィシェは不思議そうに首を傾げた。
僕は部外者だ。エルフとも獣人ともそこまで関わりがあるとは言えないし、事情を詳しく知っているわけでもない。
普通なら何も知らない僕が、無闇に首を突っ込んで良い状況でもないのだろう。
それでも、リィシェは僕の友人だ。
かつてたった独りだった僕の隣を歩いてくれた。そんな彼女が悲しんでいるのなら、苦しんでいるのなら、僕はそんな普通など無視しよう。
何より、僕がそうしたいのだから。
「その時は、僕もついていく事にするよ」
僕の言葉にリィシェが目を見開いている。それから一呼吸置くと、こちらに真っ直ぐと視線を向けてきた。
僕もそれに応えるように、見つめ返す。
「フール君の事だから、危険だと言っても聞かないのだろうね。それでも、一つだけ聞きたい。本当に良いのかい?」
「それが僕の生き方だからね」
「そうか、助かるよ」
そう言って、リィシェは、華のように笑った。
その様子を見て僕は一息つくとすぐに、フランへと視線を向け、勢いよく頭を下げる。
「ごめん、フラン! 君とマギア連邦に行く約束をしてるのに、勝手に寄り道して!」
元々、成り行きとはいえフランと共に旅をすることを決めたのは紛れもない僕自身だ。それにもかかわらず無断で今回の騒動に関わることを決めてしまった。僕にとって譲りたくはない選択だけれど、それでも筋は通すべきだ。
頭を下げ続けていると、頭上からため息のようなものが聞こえてくる。
やはり、怒っているんだろうか?
「あんたねぇ、アホなの?」
しかし、その声はどこか予想していたものよりも弾んでいた。
思わず視線を上げれば、そこには呆れたと言わんばかりの表情で。
「あたしを誰だと思ってるのよ? その程度のことで怒るわけないじゃない。それよりも格好つけてすぐにこれって、締まらないじゃない」
その言葉の意味はすぐに理解出来た。
だからこそ、僕の口の端がだんだんと吊り上がっていくのを自覚する。つまりは。
「じゃ、じゃあ……!」
「ええ、しょうがないから付き合ってあげるわ」
「ありがとう、フラン!」
僕が感謝を述べると、何故かフランは微妙な顔をした。小声で「あんたに感謝されても……」と言う言葉が聞こえたような気がするがきっと気のせいだと思う。
それからもう一度呆れた表情に戻って、ため息を吐いた。
「喜んでるところ悪いけど、ちゃんとアイとリーダーにも許可取りなさいよ?」
「それはもちろん、って……あれ? アイは?」
「え?」
「ナーウ」
アイの姿が見えない。そういえばやけに大人しいなとは思ってはいたけど、姿まで見つからないのは流石に想定外だ。
フランも僕と同じタイミングで気付いたのか、動揺を隠そうともせずオロオロとしている。
そんな僕たちに対して、やっと気付いたのかと言わんばかりに鳴くリーダー。気付いてたなら教えてくれれば良いのに。
「リ、リーダー! アイは!? アイはどこにいるの!? その様子だと気付いてたのよね? 何で教えてくれなかったのよ!?」
「ンニャーヴ!」
リーダーを抱えて揺らし、問い詰めるフラン。その扱いが不満なのか嫌がるリーダー。
まずいな。さっき一瞬フランと同じ思考になってた。流石にフランと一緒は僕としても遠慮したいところだ。
それはそれとして、アイはどこに行ったんだろうか? 流石に心配だな。いっそ探しに行こうか。
その時だった。か細くも全体に届くように声が響く。
「あ、あのっ!」
全員がその声に視線を集めれば、その当人――キャシィは、エルランドの背中へと隠れてしまう。
それでも思い直したのか、顔だけを覗かせ、続きを紡いだ。
「えと、その。アイさんなら、ここで会議を始める前に、その、地下牢に行くって、言ってました……気になることがあるからって」
うん、色々と言いたいことはあるけれど。一つ挙げるとするなら、そうだね。
アイに自主性が出てきて、僕は嬉しいよ。あとでお説教だね。
*
薄暗い地下空間の中を私は進んでいきます。
しかし、そう広くもないのか目的地にはすぐに辿り着きました。
大樹の根と思われる硬質な樹木がまるでいくつかの鳥籠のように展開される、その中の一つ。その内側に、私の目的の人物はオアシスには不釣り合いな重く鈍い手枷をつけて、ただ静かに、虚空を見つめていました。
私が、その労の前へとやってくるも、動きは見られません。その代わりに。
「……何のようニャ、人間」
そう一言だけ呟きました。
私はそれに応えるようにその牢へ一歩分、歩み寄ります。
「あなたに聞きたいことがありまして。それから、私はアンドロイドです」
さて、尋問とやらを体験してみましょうか。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、エルフと獣人。その関係性へとアイたちが迫っていくその第一歩のお話でした。
これから先、エルフと獣人の関係性、神隠しにあった被害者の行方、その他にも多くの謎にアイたちは迫っていくはずです。
その様子と奮闘を、読者の皆様にも見守っていただけたら幸いです。
投稿は引き続き、出来上がり次第、毎晩22時頃を予定しています。
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それでは、また次の旅路でお会いしましょう。




