それを縛る道理は世界にすら無いのさ
白月です。
本日も読みに来てくださって、本当にありがとうございます。
それでは、本編をどうぞ。
地中から覗く顔。白磁の肌。やや尖った耳先。
なるほど。これが既視感というものですか。エルフと共に住んでいればこれがいつしか日常となるのでしょう。
そんなことを考えていれば、動きを止めていたはずのフールが声を上げました。
「リ、リィシェ!? 何でここに!?」
「それは愚問というものだよ、フール君。君も旅人ならば分かるだろう? 我々が何処にいようが、それを縛る道理は世界にすら無いのさ」
どうやら、フールの知り合いのようです。変人ですね。
フールがリィシェと呼んだ女性は、今現在地中にいることで、その発言の説得力を高めています。
しかし、縛られないからといって地中に潜りたくなるものなのでしょうか? やはり私も一度しっかりと潜ってみた方が良いのかもしれませんね。どうやらエルフの文化として定着しているようですし。むしろここでは、それをみっともないと言い放ったキャシィが異端なのでしょう。
土地が変われば常識も一変するということですね。
「まあ、それはそれとして理由はあるけどね。因みに君は相変わらず放浪の旅でもしてるのかな?」
「えっと、今はとりあえずマギア連邦って場所を目指してるけど」
「ああ、あそこか。見たところ、そこのローブを着た子絡みなのかな?」
「そうだけど……行ったことがあるのかい?」
「ここからそう遠くはないからね。そうだな、あそこはまるで、今の世界の縮図だよ」
「世界の縮図……?」
「これから行くのなら、私からそれを伝えるべきではないだろう。ただ一つ主観を伝えるなら、私はあの場所の今の在り方を、あまり好きにはなれなかった、というところかな」
「どういうことよ? それに、『今の』って……」
リィシェが言った、『好きにはなれなかった』という発言に眉を顰めつつ、一部引っ掛かることがあったのか、フランがそう問いかけました。
フランがマギア連邦にどのような想いを抱いているかは分かりませんが、生まれ育った場所且つ、今現在その場所に戻ろうとしているのですから少なからず愛着のようなものは抱いているのでしょう。
それ故か、先程の問いかけには険のある視線が伴っていました。
「君は……なるほど。あそこの出なのか。いやなに、何であれ時間と共に変化していく、というだけのことさ。それが例え、どんな変化であったとしても、ね」
「何よそれ……意味が分からないわ」
「そう難しく捉えなくていい。私が単に受け入れられなかっただけ、とも言えるのだから」
少し神妙な面持ちでそう締め括ったリィシェ。それに対して、困惑など様々な感情が混在した表情を浮かべるフラン。
私としては、マギア連邦に関する情報をほとんど知らないため今の話の理解は追いつきません。分かるのはリィシェがマギア連邦をよく思っていないことくらいでしょうか? フランはフランで何か感じていそうですが、それが何なのか現状での理解は難しそうです。
分からないことだらけと言えますが、いずれマギア連邦に行けば、分かることも増えるでしょう。
ただ、確実に今ここで聞いておかなければ分からないであろうことが一つあるのも事実です。
それを問うため、私はリィシェへと視線を定めます。それに気づいたのか、リィシェが小首を傾げました。私に注目した今のうちに、聞いておくのがベストでしょう。故に私は、先の会話がなされている間、ずっと疑問に思っていたことを口にしました。
「リィシェは地中から出ないのですか?」
私の至極当然の問いかけに、リィシェは目を瞬かせました。
それから数秒の後、思い出したかのように口を開きます。
「……おかしいと思ってはいたんだ。普段他人と接する時の画角と何か違うな、と。なるほど、私が地中に埋まっていたからか。君は聡明だね、白髪の幼女君」
「高性能ですので」
「いや、普通誰だって気づくわよ」
そう呆れた視線を送るフランに、先程の困惑などは見られず、いわゆる自然体へと戻っていました。
それはそうと、『白髪の幼女』ですか。私はアンドロイドなので、幼女という表現が適切なのかは分かりかねますね。
それもこれも、私がまだ自己紹介を行えていないことに起因するのですが。このままではエルランドの時の二の舞です。早いところ自己紹介をしてしまいましょう。かと言って、エルランドとキャシィの時の失敗を繰り返すわけにもいきません。その為、現在の状況に合わせたシミュレーションを行うべきでしょう。
まずは観察です。
対象は一人。フールと知り合いらしいエルフの女性です。背丈は私とフランの間といったところで、全体的に見れば低めと言えるでしょう。その立ち位置にいるにも関わらず、なぜ私を幼女と評したのか疑問に思うところではありますがそこは置いておきましょう。
髪色や眼の色はキャシィやエルランドとは異なり、どちらも翡翠色をしています。おそらく血は繋がっていないと見るべきでしょう。服装は白や灰色をベースとした色合いのものをゆったりと余裕を持たせて着用しています。肩から腰に掛けて掛かっている布が特徴的と言えるでしょうか。先程まで土に埋もれていたにも関わらず、そんなことを思わせない程清潔な装いに感じられます。私やエルランドは少なからず土が付着していたはずなのですが、何かコツのようなものがあるのでしょうか?
それはともかくとして、ある程度外見の観察は終えました。
しかし、ここまで観察をしてきて困ったことがあります。それは見た目以上の情報がないということです。より具体的にいうのであれば、外見を観察したところで、自己紹介に役立ちそうもないということです。
考えてみれば、自身のことを紹介するのに相手の情報を集めるだけでは意味がありません。何かしら共通点が見つかればそこから会話を発展させることもできたかもしれませんが、人型且つ二足歩行をしているという共通点からどのように発展させていけば良いのか、私には見当もつきません。
それならば考えの切り口を変えてみてはどうでしょうか?
私がなぜエルランド達への紹介の時に失敗してしまったのか。その問題点さえ押さえれば、同じような失敗は繰り返さないはずです。
あの時、私自身の紹介に不足はありませんでした。問題はその後、フール達を紹介した時です。エルランドに対しては分かりやすく紹介ができていても、キャシィに対しては通じないというところが大きな問題点としてありました。ならばそこさえ改善すれば良いはずです。
しかし、よく考えてみれば、今回紹介する相手はリィシェのみです。おかしいですね、問題点がありません。私が悩んでいた意味とは?
いえ、ですがフランをどう紹介するかも考えなければなりません。その為にはまず、今までのフランとリィシェの会話から洗い出さなければ。
「幼女君は何故急に口を噤んでしまったんだ? 些か関係の薄い私では推測すれども、確信までは至らないな。ローブの君は分かるかい?」
「フランよ。因みにその子はあたしの妹のアイ。それで? アイが何を考えてるかだったかしら。それこそ愚問ね。考えこむアイも可愛いと事実以上に必要なことってあるのかしら?」
「ごめんリィシェ。君と同じように、フランも思考にズレがあるんだ。とても残念なことに」
「それは君もだろう、フール君。しかしなるほど。フラン君のいうことも一理あるのかもしれないな。ただ、少しばかり視野が狭いと言わざるを得ない部分もあるが」
「何ですって?」
「何、フラン君だって十二分に可愛らしいと言うことさ」
「なっ……!? あ、あ、当たり前でしょう!? そ、そんなの最初から分かってるわよ!」
「声震えてるよ、フラン」
「うっさいバカ!」
おかしいですね。
私がシミュレーションをしている最中だというのに、何故か自己紹介が終わっています。何故でしょうか?
さらに言えば、フランが私のことを妹であると虚言を吐いたにも関わらず、受け入れられています。何故でしょうか?
しかし、何であろうと自己紹介がすでに終わっているという事実に変わりはありません。そのことに不都合はありませんし、フランが叫んでいるのもいつも通りです。何故か頬が赤らんでいますが、普段通り何かしらに怒っているのでしょう。
それを見て何故か口角を上げていたリィシェが、私の視線に気づいたのか片眉をピクリと持ち上げました。
「おや、考え事は済んだのかい?」
「意味がなくなりましたので」
「それは残念だね。次に活かすといい」
「分かりました」
次がいつ訪れるかは分かりませんが、それまでに今回の問題点を洗い出しておくことにしましょう。
そんなことを考えていると、後ろに引かれるようにして重心が崩れていきます。バランスを取り戻す間もなく、私の後頭部が柔らかな感触に包まれ、私の胸の前に細長い腕が交差されました。端的に言えば、後ろから抱きつかれた状態と言えるでしょう。
それを行った人物を確認しようと顔を上向きにすれば、そこには予想通り未だに頬を朱色に染めたフランがいました。
「姉妹仲が良いのは素晴らしいことだね」
「リィシェ、一つ訂正しておくことがあります。私とフランは姉妹ではありません。そもそも私は機械で作られたアンドロイドで、フランは魔法使いとはいえ、純粋な人間です」
「おや、そうなのか。そんな面白そうな子たちと旅をしているとは、フール君のことが羨ましいな」
「実際、フランの魔法には助かってるよ」
「フフン、そうでしょう! あたしに掛かればどんな花だって咲かせてあげるわ!」
切り替えが早いですね。先程まで顔を赤面させていたにも関わらず、今はその怒りは見えず上機嫌に私を抱きしめています。私を抱きしめる意味は依然として分かりませんが。まぁ、フランですし理由など問いかけたところで理解は出来ないでしょう。ただ、力を込められすぎても困るので程々で抑えてほしいとも思いますが。
意図を察したのか力が緩まったので視線を前方へと戻せば、何故かリィシェが目を見開いていました。一体どうしたというのでしょうか?
目線からしてフランを見ているように思えますが。やがて、どこか震えた声で視線は固定したままフールへと問いかけます。
「……今言ったことは、事実かな?」
「え?」
「フラン君が、花を咲かせられると、そう言ったのは、比喩などではないのかと、そう問いかけている」
「その通りだけど、それがどうかしたのかい?」
「……まさか、そんなことが……いやしかし……」
「ちょ、ちょっと? あたしに何かあるわけ?」
フランを凝視しながらブツブツと呟くリィシェに、不安に思ったのかフランがそう尋ねます。
その声をきっかけに、リィシェは呟くのをやめ、しばし無言になりました。やがて静寂の中、リィシェがフランへと近づいてきます。フランが恐怖からか、足を後退させるその前に、フランの両肩にリィシェの両手がのせられます。
そして、ボソリと呟きました。
「……逃がさない」
「ひっ……!?」
瞬きすらせず両手に力を込め迫るリィシェ。恐怖から喉を振るわせるも、金縛りにあったように動きを固めるフラン。そして、その間に挟まれている私。
フランに強く抱きしめられている為、抜け出そうにも抜け出せません。それにも関わらず、二人はお互いのことを見つめ合っており、私など視界に入っていません。
これが蚊帳の外という状況ですか。位置的にはこれ以上ないほどに内側ですが。蚊帳の外仲間であるフールは何をしているんでしょうか? できることなら私がここを抜け出すのを手伝って欲しいところです。
それにしても、このリィシェの変貌ぶりも不可解ですね。
何がリィシェの中の琴線に触れたのでしょうか? いえ、フランの魔法であることは間違い無いのですが、それがどう処理されればこんな状況に?
疑問に思っていると、リィシェが恐る恐るといったように、しかし興奮と期待をない交ぜにした声音で口を開きました。
「……フラン君、失礼を承知で頼ませてもらうよ」
「ひゃ、ひゃい!?」
「――私の体に、花を咲かせてはくれないか?」
「……はい?」
何だ、いつものでしたか。変貌は言い過ぎでしたね。
フランはこれまでの恐怖がまだ引きずっているのか、未だ理解に及んでいないようですが、いずれ理解するでしょう。
私がリィシェの言葉に納得感を覚えつつ、力の緩んだ腕から抜け出した、その時でした。
大樹の方向から、やや大きめの足音が聞こえてきます。
見ればそこには、エルランドとキャシィがこちらへとどこか慌てた様子で、駆け寄ってきていました。
そして、会話できる程度に距離を縮めたところで、話しかけてきます。
私たちではなく、フランに未だ迫っているリィシェへと。
話すエルランドの表情は、どこか真剣さを感じさせ、それに気付いたリィシェも顔だけをそちらに向けました。
「族長、大変だ。また、神隠しが発生した」
聞きなれない単語。
しかし、会話を行う二人の空気感に緊迫したものが流れていることから、好ましく無い出来事なのでしょう。
それは察することができます。
他に理解できたことがあるとすれば、それは――。
――リィシェ、あなたが族長だったんですね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、リィシェという新キャラを深掘りつつ、フールとの関係や終盤での新たな展開へと繋がる章として描かせて頂きました。
次回以降から、段々とこのオアシス編の本筋に入っていくことになりますので、遅い展開で申し訳ないですがお付き合いいただけると幸いです。
投稿は引き続き、出来次第当日22時頃を予定しています。
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それでは、また次の旅路でお会いしましょう。




