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ただ一つ、それだけを君に願おう  作者: 白月
一歩目――少女の目覚め。旅人の邂逅。
2/18

生物として生きていたことがあなたの敗因です。

第一話となりますが、前話のプロローグの続きとなります。

連続投稿ですので、前話のプロローグを先に見ていただけるとありがたいです。


それでは本編です。どうぞ。

 まず、私という個体が初めて認識したのはどこまでも続く白でした。


 白い空間というよりも、白しか存在しておらず、白に塗りつぶされているといった表現の方が正確であると考えます。

 しかし、その状態は長くは続きませんでした。約0.5秒後には大量の情報という名の多彩な色で埋め尽くされていきます。

 情報の流入が停止したと同時に、私はそれまで見ていた『内』ではなく『外』に意識を向けました。

 生物における五感というものに似た機能を稼働し、まず私が感じとったのは紅。ゆらゆらと熱を持った紅が私の周り一帯を取り囲むように形を変えながら存在していました。

 そして私は理解します。


 ――燃えている。


 生まれ落ちた瞬間がすでにクライマックス且つハードモードでした。これが例えば人間の赤子なら産声を上げるのが先か燃えてしまうのが先かの状態だったことでしょう。ハードモードどころか始める前に終わってしまいます。

 ですが私は機械生命体(アンドロイド)です。身体の成長の過程をすっ飛ばし、生まれた時が完全体である私はエラーを起こす事無く思考を巡らせた後――


 ――その場に座りこみました。


 なぜ逃げないのか、ですか? 逃げる必要性が存在しないと判断した為です。私の外見は人間と変わりありませんが、その実身体は人工物でありこの程度の熱や降ってくる瓦礫の衝撃では傷ひとつ付かないことに加え、呼吸も行う必要が現時点で存在していない為、煙も私には有害ではありません。

 となればわざわざエネルギーを消費して逃げる必要性は皆無であると判断しました。


 私は座りながら周囲の観察に努めます。

 どうやらここは何かしらの研究施設だったようですね。

 『私』の研究資料はもちろんのこと、他にもホムンクルスやキメラといった生物実験を行っていた形跡が見られます。

 そして施設内に見られる多くの成人した人間の死体と、残された大きな爪痕から察するに、この施設は大型の魔獣に襲撃を受けたと考えられます。


 「グルルルルルッ……!!」


 そこまで思考したところで、この状況をつくりだしたであろう熊に似た魔獣がこちらを見て唸っていました。熊と言っても通常よりも体積が数倍肥大化し、より鋭利に、長くなった爪を持った熊ではありますが。

 あと、常に二足歩行をしています。これについては爪が邪魔をして四足歩行が困難なことが理由でしょう。

 その偽熊とでも呼ぶべき存在が、私に向かってドシン、ドシンと一歩ずつ近づいてきます。

 どうやら、そこらの死体と同じように私を捕食対象として認識しているようです。


 「ガアアアアッ!!」


 偽熊さんは三メートル手前辺りで一度停止した後、爪を突き立てるようにして私に襲いかかってきました。

 私はそれをギリギリで横に転がるようにして回避します。

 あの爪に直撃したが最後、私の生まれたての柔肌に傷がついてしまいます。それは何としても避けなければなりません。

 しかしこの狭い部屋の中で偽熊さんの攻撃を避け続けるのも困難。施設の外へ出たとしても追いかけ続けられれば無意味です。


 となれば選択肢は一つ、レッツ偽熊さん狩りです。

 私は偽熊さんの爪による猛攻を躱しながら再び思考します。

 右から左へ。上から下へ。次々と乱雑に鋭い爪が振り回されていきます。

 偽熊さんはその巨体と鋭い刃のような爪を武器にしています。一方の私は何の武器も持たず、アンドロイドだからといって身体の内部の隠し武器なんてものも存在しません。第三者から見れば、ただのか弱くキュートな少女でしかないでしょう。

 自分の顔は見たことはありませんが。更に言えば美的感覚というものも備わっていませんが。

 それはさておき、こんな状況でどうやって偽熊さんを倒すのかですが、そんなものは時間が解決してくれます。


 …………別に思考を放棄したわけではありません。


 偽熊さんが爪を横に薙ぎはらうようにして私を狙います。それをしゃがんで避けると後ろの炎が風圧で掻き消えました。

 その後炎の中へと逃げ込んでも、お構い無しとばかりに特攻をする偽熊さん。魔獣なだけあってこの程度の炎では足止めにもなりません。

 ですが……。


 「グアアアア……ア……ァ……ァ……」


 ドスンッ!! と音を立て倒れ込む偽熊さん。


 いかに屈強な魔獣とはいえ一つの生物であることには変わりありません。生物である以上、呼吸をせず生き続けることは不可能と言えるでしょう。

 周りは炎に包まれた室内。二酸化炭素濃度が爆増中のここに留まっていることは、単なる自傷行為に過ぎません。

 それでもやはり魔獣故のしぶとさからか、かろうじて意識を保っているように見えます。

 後からまた襲ってこられても困るので、私は近くに落ちていたナイフを手に取りました。そのナイフは、近くで倒れていた女性研究員らしきものの血に塗れ、妖しく周囲の業火をただ反射しています。ただその鋭さは依然として変わらないことを認識し、その尖った先を偽熊さんの喉元へとゆっくりと突き立てます。

 私が生まれ落ちて、初めて出会った命あるものを終わらせるために。

 


 「生物として生きていたことがあなたの敗因です。さようなら……偽熊さん」


 なんとも理不尽なその言葉が、私にとっての産声となりました。

 まぁ、すでに息絶えた偽熊さん含め聞いている人は誰もいませんでしたが。



 傷ひとつ無く偽熊さんに勝利を収めた私は、周囲の観察を終え出口へと向かいます。

 施設の状況、更には偽熊さんの存在もある為、慎重に行動することが重要です。ですが動かなければ状況が変わることもありません。

 というわけで途中で見つけた拳銃などを拾いつつ、出口に辿り着いた私は、周囲を確認する為に顔だけを覗かせ外を見ます。

 そこで見た光景に私は即座に回れ右を実行しました。外には視認できるだけでも偽熊さんが5匹。

 流石に正面から相手できる数ではありませんね。私一人では太刀打ちできないでしょう。


 まずは状況確認です。施設内は時間が経過するごとに炎の勢いは増し、あと十分もすれば崩落するでしょう。

 後ろを振り向けば先ほどより2匹ほど増加した偽熊さん7匹。施設の周囲にはまだ認識していない多くの偽熊さんがいることでしょう。

 時間が経つほどに状況が悪化していくのは必然ですね。

 この状況下でいくら思考を巡らせても、打開策どころか何かしら行動を起こせばアンドロイド生の終わりが早まるばかり。

 かと言って、ここに留まっていても状況は悪化していく一方です。


 万策尽きるどころか、有効な策一つも見つからないなんてハードモードすぎませんか、私のアンドロイド生。


 それでも私は生きなければなりません。いくらハードモードと言えど切り抜けられる可能性が限りなく少ないだけで、それがゼロになることは決して無いのです。

 少しでも可能性を上げるために、私は思考速度を一時的に加速させ行動へと移ります。


 まずこの出入口は偽熊さん達に認識自体はされているようなので、ここから素直に出ていくのは論外。私が目覚めて一体の偽熊さん打倒したあの部屋は地下にあった。部屋の中央にあった螺旋階段を上がってこの出入口に着くまでに他の偽熊さんと遭遇することはなかった。このフロアはいくつか部屋はあれどそこまで複雑ではない。


 つまりあの時点でこの施設内にいたのはあの一体だけということ。私が打倒した個体は差し詰め斥候といったところ。

 今ならアンドロイドである私だけが、この施設内で自由に行動できる。だからといってあるかも分からない他の出入口を探している余裕はない。


 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 通路を走りながら、見つけた壁のひび割れに衝撃を与え、私の顔ほどの大きさの穴を開ける。そこから覗き込むとやはり偽熊さんが複数体認識できた。そこで加速させていた思考速度を通常に戻す。

 さてここからは、迅速かつ慎重にいきましょうか。


 この穴から見える偽熊さん三体。この施設を包囲しているであろう全体の数は未知数で、外の状況を詳しく知ることはできません。包囲されたままこちらの存在を認識されれば、即ゲームオーバーとなります。


 なんせ、斥候役なんてものを仕掛ける頭脳があるですから最低限以上の連携力はあるでしょう。

 加えて単体だけでもあの膂力を有しています。しかしスピードはそこまでではありません。

 問題は圧倒的な数の暴力の方です。それさえなければ戦わずに逃げればいいのですから。

 こちらの武器は先ほど拾った拳銃一丁と、その中に内包されている銃弾六発のみです。

 この戦力差でこの局面を覆すことはほぼ不可能です。


 ならばどうするか?

 たどり着いた答えはシンプルです。

 出入り口が使えないのなら、新しく作ればいい。

 認識されてはいけないのなら、認識されずに行動を終えてしまえばいい。

 戦うことが難しいのなら、戦わずに逃げればいい。

 逃げることが難しいのなら、逃げられる状況にすればいい。


 さあ、一つのミスも許されない脱出劇の始まりです。



 燃え盛る業火に紛れながら、私は拳銃の安全装置(セーフティ)を外します。

 覗き穴から見える偽熊さんの数は三体から変わっていません。

 まだこちらを認識していない今の状況を利用しない手はありません。


 覗き穴の外にいる偽熊さん達へと銃口を向けます。

 銃弾は六発。標的は三体。狙うは頭。

 高性能なアンドロイドである私からすれば、三発のお釣りがきます。

 気を付けなければならないのは、この三体以外に気づかれることなく行動を完遂させること。

 消音器(サイレンサー)も付いていないただの拳銃では、いくら周りが崩落の音を響かせていても誤魔化しきれません。

 故に、速攻で終わらせます。


 まずは一番奥の個体へと一発。命中。

 突然倒れた仲間を振り返るように見た二体の後頭部へと一発ずつ。これも寸分の狂いもなく命中。

 ここまでに約二秒。

 すぐさま壁へと体当たりをして、その勢いのまま壁の崩落と同時に走り出す。

 ここまで来れば、他の偽熊さん達に認識されようと振り切れる。

 この施設は幸いなことに木々の生い茂る山奥に存在していることは、施設内で閲覧した資料で確認済み。

 森にさえ入れば、あの巨体では木々が邪魔をして満足に動けない。

 そしてその森は目前。これで窮地は脱した。もう大丈――――


 ドスッッッッ!!!!!


 途端、そんな地響きが鳴った。

 足場が崩れ、バランスを取れなくなった私は尻餅をつく。

 そして正面、首を可動域限界まで上げてようやく全容を把握できるほどの巨体が、そこに在った。それはあまりにも唐突に、上から堕ちてきた。

 想定していなかった、あってはならない異常事態(イレギュラー)

 一秒でも早く対応しなければならない場面で、ありえない……どうして……そんな思考(エラー)ばかりが駆け巡る。


 「っ!」


 無駄な思考を強制的に打ち切って、正常な思考へと戻った時にはもう遅すぎました。

 眼前に迫る鋭利な爪が、だんだんとスローペースになっていくのに反比例するように思考が強制的に加速されていく。

 私という個体が危機的状況に陥った時に発動されるように事前に仕組まれていたプログラム。

 私を生かすためのプログラム。


 そう、私は()()()()()()()()()()


 私の根幹に刻みつけられた絶対的優先度を誇る命令。

 それに従うようにして思考の海へと沈み――――理解させられる。


 (ああ、ゲームオーバーですね。)


 焦りもなく、絶望もなく、辿り着いた思考には、ただただ納得の色だけが滲んでいた。

 座り込んだような体勢からは即座に身動きは取れない。

 唯一の対抗手段といえる拳銃も、地響きと同時に手元から離れこの状況では無いも同然。

 体を転がせば、避けることは可能でも二手目で変わらない結末を辿る。

 どう動いても、動かなくても私は数瞬の後に詰む。


 私は一度も許されないはずのミスを犯した。それも致命的な。

 それがこの状況を生み出している。


 逃走経路を間違えた? 否、他の経路ならもっと早く詰んでいた。

 行動を終えるまでが遅かった? 否、行動速度に問題は無かった。

 ミスをしたのはもっと前、思考の段階で私は既にミスを冒していた。


 それは偽熊さん達に連携能力があることに気付いていたにも関わらず、どのようにして連携していたのかにまで思考を費やせなかったこと。

 私が施設を脱出した時に目にした偽熊さん達の配置は、事前の予想通り施設を大勢で取り囲むようにしていた。

 大勢の意思を統一させるのには、それを指揮する立場の者が必要になる。

 その司令塔がこの状況において一番効果的になる場所は、味方全員を俯瞰できる施設の屋上以外に考えられない。


 そして、一際巨体なこの偽熊さんは、私の退路を塞ぐようにして、上から堕ちてきた。

 即ち、今眼前にいる個体が司令塔ということ。

 施設内にいた時から、司令塔の存在とその位置は充分に推測可能だった。

 それを考慮出来なかった事こそが、私のミス。


 引き伸ばされた時間も、もう終わりを告げる。

 時間にして十分にも満たないであろう、アンドロイド生に対して、感傷に浸る事もなく、生み出されて間もない少女は、死を受け入れた――――――


 「――――――――――!!!!」


 ――――――はずだった。


 ふと、声が聞こえた。


 死を悼むにしてはあまりに騒々しく。

 天国へと導く福音にしてはあまりに荒々しく。

 地獄からの招待にしてはあまりに芯の通った、真っ直ぐな声だった。

 声の発生源は、今なお眼前に迫る爪の隙間から見える偽熊さんの巨体、そのさらに頭上。

 陽の光に重なって見えた、そのシルエットは――――


 (人間……?)


 遥か頭上に位置する一つの人影。

 姿形から判別できるのは性別が男であるということ。

 男は右手に握った剣を左肩に担ぐような姿勢で宙に舞う。

 そしてそのまま身体を捻るようにして、剣を薙いだ。


 ザァンッ――――


 そんな音が、やけに鮮明に私へと届いた。

 直後、ゴトンと偽熊さんの頭が落ちて、倒れゆく巨体のその先に。

 一人、青年が陽の光を背に受けて、そこに立っていた。


読んでいただきありがとうございます。


次回は明日に投稿する予定です。

基本的にストックが切れるまでは毎日投稿を考えていますが、それ以降は週1投稿を考えています。

余裕があれば週2を目指します。


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