今私、宿無しでして
白月です。
本日も読みに来てくださって、本当にありがとうございます。
今回は、ついにリギルとメティスの因縁が交錯します。
一人で相対することを選んだリギルは、何を想い、何を背負うのか。
そして、アイ視点の物語も同時に動き出します。
静と動が交わる章、どうぞお楽しみください。
それでは、本編をどうぞ。
俺の言葉で、メティスがこちらへと振り返る。
その相貌が俺を眼下に納め、一言。
『期待はずれだな』
どこか超然とした雰囲気の中に、微かな呆れの色を見せるメティス。
どういうことだ? そもそも、こいつが何かを期待していただと?
『何故、貴様だけがそこに立っている?』
何故俺一人がこうしてメティスと相対しているかだと?
それを、お前が聞くのか? あの日、セレーナを殺したお前が。ラスティの自由を奪ったお前が。それを、聞くのか?
怒りが湧き上がるのを必死に抑え込もうと、自身の拳を痛いほどに握りしめた。
馬鹿なことをしていると自分でも分かっちゃいるさ。フールとニックがあそこに残ってくれたその想いを、無駄にしてることも、分かってる。
ディルク王の言っていたことも理解している。だからこそ、俺はここに話をしに来た。
分かってる。これは私怨だ。憎悪で悔恨で、あの日の拒絶でしかねぇ。
だからこそ、俺一人で来た。こんなものを、誰かを巻き込む理由にしちゃいけねぇんだ。
これが徒労に終わったとして、ただ一人、馬鹿な狩人が死ぬ。それだけの話だ。
だがその前に、何としてもラスティの呪いだけは解く。これだけは譲れねぇ。何に代えてもだ。
「話をしに来たと、言ったはずだ。呪いを解け」
『貴様の言う話とは、随分と一方的なものだな。そして、吾の問いに対する答えですらない。貴様がしているのは対話ではなく、懇願だ。貴様ら人間が脳を失ってどうする』
「テメェの目的は何だ?」
『言ったはずだ。吾は全てを奪うと。ただその為だけに、吾は在る』
「理解できねぇな」
『その必要もない』
結局のところ、コイツは何なんだ? 全てを奪うだと? それと呪いに何の関係がある?
分からねぇ。どうすれば呪いは解ける?
「じゃあ、あの呪いは何だ? テメェの目的と関係ねぇだろ」
『何を言っている? 今この瞬間も意味を成しているだろう? 現に貴様の娘は最早限界に近いはずだ』
「どういうことだ。いや、テメェまさか……!?」
『何度も言ったはずだ。吾は〈略奪者〉だと」
奪ってるって言ってんのか、コイツは。
ラスティが、いやそれだけじゃねぇ。集落の呪いを受けてる奴ら全員が、生命力を、身体機能を失う度に。コイツは、それを得てるっていうのか。
何の冗談だ。ラスティが苦しめばその分コイツが回復するだと? ふざけるんじゃねぇ。
なんで。なんで。
「なんで! 俺じゃなかった?」
俺で良かったはずだ。ラスティじゃなくて、良かったはずだ。
「何故っ、ラスティにした?」
『娘が、吾に奪われたと感じたからだ』
「何を言って」
『良いことを教えてやろう。吾を殺したいのなら、その小娘を含め呪いにかかったものを殺せば良い』
「良い加減にしろよ。テメェ」
『そうすれば、今もこの身を蝕むあの忌々しい毒によって、吾は死に絶えるのだから。簡単だろう?』
「もういい。要はテメェを殺せば呪いも解けるってことだろ。それだけ分かりゃ十分だ……!」
結局のところ至って単純。
ラスティの呪いは、コイツがいなけりゃ成り立たねぇ。なら、コイツがいなくなりゃ良いってこった。
やることは決まった。コイツを倒す。それだけだ。
ハルバードの柄を握る力を高めていく。
足に力を込め、瞬間的に地を蹴る。反動で飛んでいく先にいるのは、当然メティス。
当たり前のようにメティスがカウンターの尾を突き出してくる。
それに伴う風切り音は鋭く、受けたら容易に吹き飛ばされるのが目に見えて分かる。
だが。
「それはもう、三年前に見た」
俺ぁセレーナのように身軽じゃねぇ。だからヒラリと躱すことなんざ出来ねぇが。俺なりにやり用はある。
手に持っていたハルバードの面を地面へと叩きつける。その反動で身体を浮かし、勢いのまま相手の尾を側面から斬りつけるも、身体を覆う鱗によって弾かれた。
流石に硬ぇな。だが、動きは前の時より遅ぇ。セレーナの、毒が効いてるってわけか。
思考しながらも攻撃の手は止めない。メティスの波打つような不規則な身体の動きのせいで有効打は与えられずにいるが、着実に間合いは狭まっていた。
コイツ相手に一番重要なのは、間合いを如何に離されねぇかだ。リーチの差で圧倒的に不利になるからな。だが、動きを捉えきれねぇ。長期戦にもつれ込むのは避けてぇんだがな。
メティスとリギルの距離が縮まってきたからか、メティスの行動が尾の攻撃から変化する。一度その場で動きを止めると、そのまま身体全体を使い回転し始めた。あまりの風圧に泉が波打ち周囲の木々が根から引き上げられ宙を舞う。
俺も例外ではなく大きく吹き飛ばされる。
「ぐぁっ……!?」
おいおい、嘘だろ。
吹き飛ばされたものの直接攻撃を受けたわけではないので、すぐに立ち上がればメティスは舞い上がった木々を尾でこちらへと弾き出していた。
ふざけんじゃねぇ。どんな曲芸だ!? 木片がバラけやがるから逃げ場もねぇってか。だが、所詮木だ。飛んでくる一つ一つに意思もねぇ。なら、避ける必要もねぇ!
俺はハルバードを自身の右斜後方へと引き絞る。ギリギリと軋む骨を無視して溜め、斬り上げた。
「ウォォオオオッ!!」
木片が俺を避けて後方へと流れていく。
「なっ!?」
だが、それを予期していたかのように目の前には奴の尾が迫っていた。
クソッ! 間に合わねぇ!?
そして、俺の腹にその先端が届いて――逸れた。
「は?」
思わず、気の抜けた声が口から出てくる。
気づけば俺の前には二人の男が背を向けて立っていて。
「手を貸すと、確かにそう言ったんだけど。僕たちを置いて何してるのさ、リギル」
「私も! 助けになりたいと言ったはずです、リギルさん!」
何で、ここに?
それは紛れもなく、フールとニックの後ろ姿で。
「まぁ、今はよそうか。今は、ラスティを救おう。話はその後だ」
「はい! 私も微力ながら手助けを」
「ほらリギル、何ぼさっとしてるのさ」
フールが前を向き剣を構えながら、俺に告げる。
ニックが覚悟を秘めた瞳で前を向き、槍を構えた。
「ああ。助かる……!」
俺も立ち上がり、それに応えた。
*
「ラスティ、頭をぶつけないよう注意してください」
「うん、ありがと!」
「いえ」
それにしても狭いですね。
あの井戸の下に王城へと続く通路があるのは、色々な事情があるのでしょうが、こうも狭いと本当に機能するのでしょうか?
ここまで大所帯で移動することは、流石に想定していなかったということでしょうか? まあ、王城へと続くとなるとあまり広くしすぎても誰かに見つけられてはまずいでしょうから、そう言う面では正解なのでしょう。
「ねぇねぇ、アイちゃん」
「はい、何でしょう?」
「アイちゃんって王様にあったんでしょ?」
「会いましたね」
「どんな人だった?」
「どんな、ですか」
難しいですね。ほとんど接していない分、いわゆる人柄といった部分は分かりかねますが。
「一言で言えば、意外性のある人物、でしょうか」
「意外性?」
「はい。ただ、王としては優れているのだと思います。判断力はありましたし」
実際、謁見の間での会話から、リスクとリターンをしっかりと天秤に掛けられる人物でしたし、その結果から順当な判断を行なっているように思えました。統治者として、国を最優先に考えているのがわかります。
多少、言動に不審なところが見られたのが不安要素でもありますが。特に、最後の私の質問に対する対応などはいまだによく分かっていません。
結局のところ私はなぜ、お姫様抱っこをされたのでしょうか?
「かっこよかった?」
「先ほども言いましたが、私はそうした美醜的価値観が理解に達していませんので」
「そっかぁ」
そうした会話を繰り広げていると、やがてひらけた空間に出ました。
先ほどの通路の狭さが信じられないほどに広いですね。いよいよ、この空間が何のために作られたものなのかわからなくなってきました。
まあ、何はともあれ。
「ラスティ、どうやら到着したようです」
「ほんと!?」
「はい」
「ありがと! アイちゃん!」
「いえ、特にこれといった事はしてません」
「そんなん事ないもん。だからありがと!」
「そうですか。それならば受け取っておきます」
「うん!」
とりあえず何事もなくたどり着くことができましたね。
とはいえ、ここからどうすれば良いのでしょう。先導していた騎士から何かしら告げられれば良いのですが。
ですがその前に、良い加減話さなければなりませんね。ラスティに、これが単なる観光などではないと。
「ラスティ」
「うん、分かってるよ。何かあったんだよね?」
「気付いていましたか」
「うん、だって観光で井戸の中に入るのおかしいもん」
考えてみればそれもそうですね。そもそもリギルたちがいないことにも疑問を覚えていましたしね。こうも大所帯で、騎士が先導して、地下通路を通らされれば流石に違和感も感じますか。
「やっぱり、またパパたち危ないことしてるんだ……」
「さぁどうでしょう? 私には分かりかねますが、ラスティを無事ここに送り届けるのが私の任務でしたので」
「そっか……」
「そういうわけなので、私とは一度ここまでですね」
「え?」
とはいえ、いきなり一人ここに放置するのも酷でしょうし、どうしますかね。
思考を巡らせていれば、背中に乗るラスティがその重心を揺らします。
「ちょっと待って!? アイちゃんどっか行っちゃうの?」
「はい。私にもやらなければならない事がありますので」
「そっ、か。でもでも! また会えるよね?」
「はい。そう遠くないうちに会えると思いますよ」
「ほんと!? 良かった!」
まあ、私はこの国に住む予定ですから会えないということはないでしょう。とにかく、ラスティのことは騎士にでも任せましょう。
私はラスティを背負ったまま、見覚えのある茶髪の騎士の下へ向かいます。
ふむ、どうやらあちらも気付いたようですね。
「確か君は昼間の……」
「はい」
「変わり者か」
「失礼ですね」
いきなり変わり者呼ばわりですか。旅のことを言うなら私は致し方なくしていただけなのですが。まあ伝えてもいませんし、そうなっても仕方ありませんか。
「いや、すまない。もう一人の青年はどうした?」
「今何をしているのかは知りませんね」
「行動を共にしていないと?」
「はい。此処へはラスティと共に来ただけですので」
そう答えれば、騎士は顔つきを険しいものへと変えました。
「どうかしましたか?」
「いや、うちにも君たちくらいの子がいるのでな。それを放置する神経を疑っていた」
「そこに関しては事情がありますから問題ありません」
「そうか。悪い、踏み込みすぎたな」
「いえ」
「そういえば名乗っていなかったな。俺はオルセン。形式上だけで言えば王直属の護衛騎士だ」
「私はアイと言います」
「私ラスティ!」
形式上ということは実態は少し異なるのでしょうね。現に今も避難民の誘導などをしているわけですから。
謁見の間でも、実質側に支えていたのはマリーという侍女だけでしたし。
「それで、要件を聞いてなかったな」
「はい。ラスティをしばらくの間、預かっていて欲しいのです」
「それは別に構わないが、君はどうするんだ?」
「私は街に出てやるべきことがありますので」
「いやだが、もう陽は落ちてるぞ?」
「構いません。できるだけ早急に済ませておきたい要件ですので」
「本当に大丈夫か?」
「はい」
そう答えるも、オルセンはしばらく頭を抱えています。街中に出かける程度でそこまで悩むことなのでしょうか。
むしろ、仕事が減って楽になるのでは?
そしてようやく決断したのかこちらへと向き直ります。
「……分かった。あまり細い路地なんかには入るんじゃないぞ。何があるか分からんからな」
「はい、分かりました。それでは、ラスティをよろしくお願いします」
「ああ」
「ラスティ、これを渡しておきます」
「え? 水筒?」
「はい。持たされていたのですが、私には必要のないものですので。それに、味覚はなくとも水分は必要でしょう?」
「そっか、ありがと!」
「はい」
「アイちゃん! 絶対また会おうね!」
「はい、いずれは」
そうして別れを告げ、私は他の騎士に案内されるまま地下を抜け、王城を抜け、街に出ました。
さて、此処に至るまで随分と時間がかかりましたからね。
早速始めましょうか。私の物件探しを。
とはいっても明らかに情報不足ですね。土地の物価や、そもそもの空き家の位置、宿の場所すらも情報がありません。
とりあえず、歩いてみましょうか。
まずは昼間の屋台通りの方面へ足を進めましょう。
やはりというべきか、この時間帯では昼間のような活気はありませんね。どの屋台やお店も閉店していたり、その作業の最中になっています。
やはりこの辺りは、店が多く一般的な民家は数えるほどしかありませんね。
そもそもとして、私の求める物件に対する要件で最も重要なのは安全性です。となれば此処よりもさらに北、メティスのいる南の森から離れた地点の方が良いのでしょうか?
ですがあまりにそちらに寄りすぎても、北側から更に他の魔獣が襲ってこないとも限りませんし、難しいところですね。
そうして考えていると、どこからか甲高い声が響きました。
「あっ! 昼間のおねーさん!」
そちらを振り向けば、昼に訪れた道具屋のリィンとその母らしき人物がそこに立っていました。
「あら、お友達かしら?」
「違うわ! 私が昼間捕まえたお得意様よ!」
「そうなの〜? リィンちゃんはすごいわね〜」
「ふふん! でしょう?」
どうやら閉店作業を終えたところだったようですね。思わぬタイミングで出会いました。
ですが、私がこの街において知っている数少ない人物。
これを逃す手はありません。
「あの、リィン」
「どうしたの、おねーさん?」
「物件を紹介してくださいませんか? 今私、宿無しでして」
「はぁ!?」
「あらあら〜」
どうやら私にも、運というものは巡ってくるようです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
避けることのできなかったメティスとの戦いがついに始まり、
フールとニックも合流しました。
三人の想いが一つになり、略奪者へと矛を向けます。
次回はアイ視点。
果たして彼女は、安住の地を見つけられるのでしょうか――。
(裏ではシリアスが続いていますが、どうぞゆったりお楽しみください)
投稿は引き続き、毎晩22時頃を予定しています。
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それでは、また次の旅路でお会いしましょう。




