表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただ一つ、それだけを君に願おう  作者: 白月
二歩目――略奪者の呪縛。狩人の咆哮。
15/30

可愛くてきれいなの

白月です。

本日も読みに来てくださって、本当にありがとうございます。


今回は、フールとアイが別れて初めてのお話となります。

残ったリギル達の決意、アイと共に避難をしたラスティの想い。

それらを感じ取りながら読んでいただけると幸いです。


それでは、本編をどうぞ。

 フール達への別れを告げた私は、現在ハントまでの道程をラスティを背に負い歩いていました。


 「ごめんね。アイちゃん」

 「何のことですか?」

 「重くない?」

 「行動に制限は掛かりますが、こうして歩く分には支障ありません」

 「そっか。ありがと!」


 その表情は見えずとも、声色から笑みを浮かべているのが分かります。


 「ラスティは、感情表現が豊かですね」

 「そうかなぁ? アイちゃんは顔変わらないね」

 「アンドロイドですから」

 「アンドロイドって?」


 そういえば、一般的には知られていないんでしたか。

 私が唯一のアンドロイドでしょうから、確かに知らなくてもおかしくはありませんね。


 「端的に言えば、人を模して作られたロボットのようなものです」

 「ええっ!? アイちゃんってロボットなの!?」


 唐突に響いたラスティの驚きの声に視線が集まり、すぐに散っていくのを感じました。

 そこまで驚くことでしょうか? 自己紹介の時にも言ったはずなのですが。


 「そうですよ。確かめますか?」

 「そんなこと出来るの?」

 「はい。では私の胸に手を当ててみてください」

 「えっと……こう?」


 背中でもぞもぞと動き、少しの時間を要して私の胸へと手を置きました。

 ようやくまともな反応が返ってきましたね。今回は無事に、私がアンドロイドであると証明できそうですね。


 「はい。触ってみて分かる通り、私には脈拍がありません。血が通っていないのです」

 「ほんとだ……でもあったかいよ?」

 「それはこの身体の保全機能の一つです。余りに極端な環境の中でも活動できるように、一定の温度を保つ機能が私には備えられています」

 「へー」

 「これで私が人間ではないと言うことは理解出来ましたか?」

 「え、なんで?」


 何故ここまで来て疑問の言葉が出てくるのでしょうか?

 問い返したいのはこちらなのですが。


 その意図を読み取ろうにもこの身体の設計上、背負っている人物の顔を正面から見ることが叶いません。


 「理解出来ませんでしたか?」

 「ううん。アイちゃんがロボットなのは分かったよ。でも何で人間じゃないの?」

 「ロボットは人間じゃないでしょう?」

 「そうかな? でもアイちゃんは人間でしょ?」

 「アンドロイドです」

 「えー」


 背中越しにも不満が伝わってきます。

 先ほどから急にラスティの発言の意味が理解出来なくなりました。言語翻訳機能は正常に働いているはずなのですが……。


 言葉そのままの意味で受け取るならば、私はロボットで人間でもあるとラスティは主張しています。

 つまりラスティの中では、『ロボット=人間』の図式が成り立っているということでしょうか?

 それは根本からして私と認識のズレが生じているということになります。


 それに、ラスティの主張としては『ロボット=人間』よりも、『私=人間』の図式を重要視しているようにも思えます。ですが、そもそもとして私は人間を模して作られたアンドロイドです。ラスティの考えとは根底から矛盾してしまいます。


 「そもそもとして、人間とは身体の構造からして異なっています」

 「でもパパと私も全然違うよ?」


 何とも否定し難いですね。

 確かに遺伝子の突然変異を疑うほどの違いがある親子です。

 ですがそれは外見の違いであって、身体の成り立ちの違いではありません。


 「確かに外見は似ていないですが、今話しているのはその違いではありません」

 「んー? よく分かんない。でも、アイちゃんはアイちゃんでしょ?」

 「私は確かにアイという名前ですが……?」

 「ならいいや!」

 「よく分かりません」


 結局何が言いたかったのかは分かりませんでしたが、背後から聞こえてくる笑うような声からしてラスティは満足したようです。

 それから数秒の後、いくらか落ち着いた声でラスティが私の耳元へと語りかけます。


 「ねぇ、アイちゃん」

 「はい、何でしょう?」

 「パパとニックさん、それにフールさん。どうしてあそこに残ったの?」


 ようやくですか。

 というのも正直、私としてはこの問いかけが真っ先に来るものだと思っていました。

 周囲を歩く人の声を聞いていけば、その三人がいない事はすぐ分かるでしょう。全員声が大きいですからね。そもそもラスティと行動を共にしないことが不自然と言えます。


 「さぁ、私にも分かりません」


 私は淡々とそう答えました。

 残った理由は知っていますが、私が伝えることでもないでしょう。

 理解できないのは確かですし、嘘も付いてはいません。


 「そっか。フールさん酷いなー。旅のお話聞かせてくれるって言ってたのに」

 「そんな約束をしていましたね。代わりに私が話しましょうか? 話せることは少ないですが」

 「いいや。また今度、フールさんと一緒の時に聞かせて?」

 「そうですか」


 酷いと口にしつつも、それほど気にしているようにも感じられません。

 揺れるラスティの重心を支えながら歩いていけば、いつの間にか集団の中で最も後方を歩いていました。

 先を歩く集団との距離はそう離れていないので、ペースを上げる必要はないでしょう。

 それから続く調子で不満の対象を移し、ラスティが口をつきます。


 「ニックさんも、ニックさんだよ。あとで話そうって言ってたのに、いっつもパパについてっちゃう」

 「普段からそうなんですか?」

 「うん。門番のお仕事の時以外は大体そう」

 「それは相当ですね」

 「パパばっかりずるいー!」

 「ラスティは、ニックのことが好きなんですか?」

 「うん!」


 一際大きな声で答えるラスティ。

 興奮からか重心が大きくズレ、後方へと引かれる感覚に私の足が止まります。

 その分離れた距離を埋めるように、足を速めました。

 興奮はそのままに「ごめんね」と謝るラスティに「大丈夫です」と返しながら、歩幅を元へと戻します。


 暫くして興奮が収まると、先ほどまでの不満と言いつつもコロコロとしていた雰囲気とは一転して落ち込むような口調で話し始めます。


 「パパも、いっつも危険なことばっかするし……」

 「私と初めて会った時もそうでしたね」

 「そっか……」

 「心配、ですか?」

 「うん。私のためっていうのは分かってるんだけど」

 「ラスティのため、ですか」

 「ほら、私この通りでしょ?」


 この通り、と言うのは身体のことでしょう。

 今私がこうして背負わなければならないほどに、ラスティは弱っています。

 首の後ろ側、うなじの部分にラスティの体温が伝わってきました。


 「どうかしましたか?」

 「ちょっとだけ、怖くなっちゃった」

 「怖く?」

 「パパまで、どこかに行っちゃう気がして」


 私の首に回されたラスティの腕に力が籠りました。

 そこからまた、数秒ほど砂利と靴底が擦れる音だけが聞こえてきます。

 その間、腕の力が弱まることはありませんでした。


 私がそこから感じ取れることはごく僅か。籠る力とは反比例するように、弱々しい印象を与えるその震えだけです。

 ラスティの語る言葉の内を、私は正しく理解できていないでしょう。

 それをそのまま言葉という形でラスティに伝えます。

 

 「共感はできません。私はいわゆる、恐怖というものを知りませんから。更に言ってしまえば心そのものが分かりません」


 だからこそ、私は根拠の無い嘘をつくことにします。


 「ですが、大丈夫だと思います。私はあそこまで力の強い人間は他に知りません」


 危うく、首が取れそうになることがありましたからね。

 あれは偽熊さんに次ぐ私の命の危機でした。


 「ふふっ。私もそれは知らないや」

 「そうそう居てもらっては困ります」

 「ありがと。アイちゃん」

 「礼を言われるようなことは何もしてませんが」

 「アイちゃんって、結構頑固だよね」

 「はい?」


 私が頑固? 頑固の意味は確か頭が堅いことでしたか。つまり偏ったものの見方をしているということ。

 ラスティから見て私はそう見られていると。


 「……何の根拠もない発言ですね」

 「そうかなぁ。あと可愛い」

 「先ほどから話に何の脈絡もないのですが」

 「ねぇねぇ、ラスティは可愛い?」

 「どうでしょうか。私には美醜的価値観が理解できないので何とも言えませんね」

 「むぅー」


 遠いですね。

 コロコロと変わるラスティの声色に、不思議とそんな感覚を抱きました。


 「先ほども言いましたが、ラスティは感情豊かですね。今まで出会った誰よりも人らしいと思います」

 「でもラスティ、アイちゃんみたいになりたい」

 「私ですか?」

 「うん、きれいだから!」

 「先ほどは可愛いと評された気がしたのですが。それに、見えないでしょう?」

 「でも分かるもん! 可愛くてきれいなの。あと優しい!」

 「そうですか。よく分かりません」

 「さっきからそればっかだ」

 「感情的なことはどうにも理解が難しいので」


 ラスティの言を信じるならば可愛いと綺麗、優しいは同時に存在できると言うことになりますね。

 やはり難しいです。ラスティはとても人らしい。私がそう思ったのは、私から最もかけ離れたような存在というのが理由なのですから当たり前のことではありますが。

 ラスティからすれば、私が頑固であること。可愛いと綺麗と優しいの性質を持っていること。それが自身のことを指していても、正しいのかすら分からない私が、一体どうして、ラスティのことを理解できるでしょうか? 理解が必要かすらも分かっていないというのに。


 それでもいつの日かその全てを理解することはあるのでしょうか?

 

 そして、暗く重い夜の帳が降りる頃、先頭の集団が足を止めました。

 人垣の隙間から覗くように見れば、先頭の集団と対面するように五人ほど騎士が見えます。

 あの中心に立っている茶髪の騎士は謁見まで案内していただいた方ですね。名前は知りませんが。

 もう国の外壁も目の前に来ましたし、城までの案内兼護衛といったところでしょうか。


 観察していると、進路を変更して先頭が動き始めました。


 「どうしたの?」


 私の歩みが止まったことに気づいたのでしょう。

 ラスティがそう問いかけてきました。


 「どうやら、進行方向を変更するようです」

 「あれ? 門から入らないのかな?」

 「そのようですね」


 騎士が先導するように歩く集団の最後方をラスティを背負い、歩いていきます。

 夜風が金属質の肌を撫でる中、程なくしてそれなりの大きさの井戸の前で歩みを止めました。


 「こんな場所に井戸、ですか」

 「井戸?」

 「はい。不自然に井戸だけがある場所で先頭の動きが停止しました」

 「もしかして入るのかなっ!?」

 「何故楽しそうにしているのですか?」

 「ワクワクするもん!」


 答えになっていませんが、まあ良いでしょう。

 周囲を見渡しても、この井戸を使用する者どころか、民家一つ見当たりありません。

 少しして騎士が見守る中、一人、また一人と井戸の中へと入っていきました。

 本当に入るのですか。ラスティの予想が当たっていたとは。

 そのことを伝えれば、明らかに体に伝わる揺れが大きくなりました。


 「わぁー!」


 身を乗り出したラスティの甲高い声が耳元で響きます。

 そんなことをしても見えないでしょうに。少なくともラスティの感性を理解するのは、私にはまだ早いようです。







 「良かったのか?」


 去っていく嬢ちゃんの背を見ながら、隣のフールへと声をかける。


 フールがここに残ってくれた、その気持ちは確かに嬉しいが、嬢ちゃんの言うことが正しいのも確かだ。

 フールはああ言ってくれたが、巻き込んだ側としては険悪そうな雰囲気になっちまったのが申し訳ない。


 そんな思いで隣へと視線をやれば、さっきまでの俺と同じように小さくなっていく嬢ちゃんの背を見つめるフールがいた。


 険悪、そうには見えねぇな。少なくともフールの方は。

 その表情に陰りの一つも見つからなかった。まあ嬢ちゃんは無表情で何もわからねぇが。


 「ここに残ったことを後悔はしないよ」


 返ってきた答えは少しズレたものだったが、改めてフールが共にいてくれることに心強さを覚える。

 だからこそ、先ほどの嬢ちゃんとのことが気掛かりになった。


 「そうじゃねぇ。嬢ちゃんとのことだ」

 「アイなら大丈夫だよ」


 やけに、確信めいた調子で話すフール。


 正直なところ、嬢ちゃんのことは全然わかんねぇんだよな。

 表情もそうだが、感情がどうにも読み取れない。そんなところがある。

 自分で美少女とか言う愛嬌はある割に、言動は案外ドライだったり。

 極め付けは人間ですら無いと来た。

 悪いやつでは無いのは分かってるんだが、どうにも掴みきれない。そんな印象だ。


 だが、目の前のフールは嬢ちゃんのことを信じ切っている。紛れもない確信を持って。


 「分かんねぇな。なんでそう言い切れる」

 「だってアイには、確かな意思があるから」

 「さっき言ってたやつか」

 「うん。初めて会った時からそれを確信してた」


 さっきの様子からしても、フールにとって余程大事なもんなのかもな。


 「リギルにも意思があった。だから手を貸したいと、関わりたいと思ったんだ」

 「俺の意思?」

 「ラスティを救いたいんだろう?」

 「ああ、なるほど。そりゃあ譲れねぇ」

 「だろう?」

 「ああ」


 少し、フールのことがわかったかもしれねぇな。少なくとも悪りぃやつじゃねぇ。それに物好きなやつ。それでいて、真っ直ぐなやつだ。

 少し辺りを見回せばどうやら避難が開始したらしい。

 その中に嬢ちゃんに背負われたラスティも見つけることが出来た。


 「それでニック。お前はどうして残ったんだ?」

 「えっ。ここで私に振ってくるんですか?」

 「僕も聞いておきたいかな。ニックだけ言わないのも変だしね」

 「ずっと黙って聞いてたんだ。今度はお前の番だろ」

 「えぇ……まぁ、はい。分かりましたよ。といってもリギルさんとそんなに変わりません」

 「て言うとラスティか?」

 「はい。勿論ラスティちゃんは助けたいです」


 まぁ、ニックはよくラスティの面倒を頼まれてくれるからな。

 たまに距離が近すぎるのはいずれ問い詰めるつもりだが、今は置いておくとするか。


 「でも、それだけじゃないんだろう?」

 「はい。どうしても、リギルさんを一人で戦わせたくなくて」

 「俺ぁニックに守られるほど弱くはねぇぞ」

 「それは、分かってます! でも、私、リギルさんに憧れてますから!」

 「はぁ?」


 あ、憧れてる? ニックが俺に? 確かに普段から慕ってくれちゃあいるが、憧れられるようなことはしちゃいねぇぞ。それどころか……

 そう否定しようとして、その言葉を飲み込む。


 「だから、その、我儘と言われればそれまでですけど、助けになりたいんです」


 否定しちゃいけねぇ。そう思った。

 ニックもフールと同じように、あまりにも真っ直ぐだった。しかもそれを俺に向けてくれている。

 だったら、応えなきゃならねぇ。


 「そうか。頼りにしてる」

 「はい……!」


 そう返事をするニックの背後に、不鮮明に歪んだ夕陽が降りている。

 見れば、避難の列はもう辺りには見当たらない。

 あの嬢ちゃんがいるなら、ラスティは大丈夫だろう。

 今はただ、ここに残った二人に感謝と敬意を。


 ただ、それでも俺は……


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




投稿は引き続き、毎晩22時頃を予定しています。


感想やブックマークなどで応援いただけると、とても励みになります。


それでは、また次の旅路でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ