表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただ一つ、それだけを君に願おう  作者: 白月
二歩目――略奪者の呪縛。狩人の咆哮。
14/30

正気ですか?

白月です。

本日も読みに来てくださって、本当にありがとうございます。


今回は、物語の中でも大きな転換点となる章です。

フールとアイ、それぞれの想いがぶつかり合うこととなります。

少し重たい話にはなりますが、どうか見届けていただけたら嬉しいです。


それでは、本編をどうぞ。

 ハントの新王、ディルクとの謁見を無事に終え、私たちは集落へと戻ってきました。


 集落の中にある広場に大勢の人が集まっているのが見えます。

 どうやら集落の方でも、順調に避難準備は進んでいたようですね。

 私たちの帰りに気付いたのか、ニックがこちらへと走り寄ってきました。


 「リギルさん! こっちは一通り問題なく避難できそうです」

 「おお、ニック。そりゃあ良かった。こっちも受け入れ先は確保出来た」

 「ホントですかっ!? 良かったです。それならとりあえず安心ですね」

 「ああ、そうだな。ところで、なんでテメェの背中でラスティが寝てやがる」


 駆け寄ってきたニックの背にはリギルの言葉通り、ラスティがスヤスヤと寝息を立てていました。

 この状況で眠れるとは、ラスティは中々豪胆なようです。


 「いや、あまり歩かせるのもマズいかなぁと」

 「テメェの背中にいる説明になってねぇぞ? ん?」

 「それはラスティちゃんが、あっ」

 「んむー?」


 どうやら、目覚めたようですね。

 目を擦ってから、大きな欠伸をしています。


 「将来大物になりそうだな」


 その様子を見たフールがボソリとそう呟きました。


 「パパ?」

 「おお、ラスティ! パパだぞっ!」

 「パパ!」


 リギルを直接見ることはできないにも関わらずその存在を感じ取ったのか、それにより完全に覚醒した様子のラスティ。

 リギルが手を広げれば、ニックの背からそちらへと移動し、腕の中に収まりました。

 『パパ』の二文字であそこまで意思疎通出来るとは。さすがは親子ですね。


 「パパ、こんなにたくさん集まって何するの?」

 「みんなでお城に行くんだ」

 「お城? 何しに?」

 「え、えーとだな……」


 ラスティからの追及にリギルが焦ったような表情で頬を掻きます。

 それをフォローするようにフールが声を上げました。


 「観光しに行くんだよ。ラスティはお城行った事ないでしょ? さっきまでその許可を貰いに行ってたんだ」

 「へー、そっか! 街に戻るの久しぶりだから楽しみ!」


 三年前まではラスティも街に居たでしょうから、久しぶりというのは確かなのでしょうね。

 しかし、なぜ避難だと素直に言わないのでしょうか? その方が単純ですし、誤魔化す意図が掴めませんね。

 そんな疑問を抱いていると、フールがこちらへと寄ってきて耳を貸すように言ってきました。

 言われた通りにすれば、フールはラスティの様子を伺いながら口を開きます。


 「ほら、ラスティは三年前の被害者でしょ? 今メティスの存在を知らせると、パニックになりかねないから。リギルもそれで伝え難かったんだと思うよ」


 耳打ちされた内容はまさに、私の疑問に答えるような内容でした。


 「なるほど。それならばあの誤魔化し様も納得ですね。というか、なぜ私の考えていることがわかったんですか?」

 「んー……表情は相変わらずだから、そこからは分かんないんだけど、行動とか見てて何となく少しは読み取れるようになった、かな?」

 「自信なさげですね」

 「いや、アイの突拍子の無い行動は相変わらずだから」

 「そんな行動とった覚えは無いのですが」

 「マジで?」

 「マジです」

 「ダメだこりゃ」

 「もう少し頑張ってください」

 「何をさ」

 「さぁ?」


 そもそもフールが何をもってダメと言ったのかがわからないので答えようがありません。何にせよ諦めるのが早過ぎるフールに問題があることは明白でしょう。何を諦めたのかすら分かりはしないのですが。

 最終的にはフールは私を見て溜め息を吐きました。

 最近、フールと言い、リギルと言い、溜め息を見る機会が多い気がします。これが不景気というものでしょうか? メティスが現れたことで更に悪化しなければ良いのですが。

 そこで、唐突に衣服を引かれる感覚が生じます。


 「ねぇねぇ」


 そちらを見ればラスティが私へと顔を向けていました。


 「ラスティ。足は大丈夫なのですか?」

 「うん。走ったりしなければ、まだ大丈夫だよ」


 『まだ』ということは、いずれは……

 ラスティは確か視力も落ちているとの話でしたが、こうして話しかけている辺り、フールと私の会話の声で私たちの存在を認識しているということでしょうか?

 それも、初めてリギルの家で会った時から。


 「そうですか。それでどうかしましたか?」

 「アイちゃんって、ここまで旅してたんでしょ? そのお話が聞きたくて」

 「構いませんが、それでしたらフールに聞いた方が良いと思いますよ? 私よりも長く旅をしているようですから」

 「うん。僕で良ければいくらでも話すよ」

 「ほんとっ!?」

 「今は少しバタバタしてるから、お城に向かう道中で話そうか」

 「分かった! ありがとう、フールさんっ」


 そう感謝を伝えると、ラスティは人の多い方へと離れていきました。

 規模の小さい集落ですし、他に知り合いがいるのかもしれませんね。それにしてもこうして人が集まり会話をしていれば、それぞれ聞き分けることができるとは、私でもないのに随分と器用ですね。

 人混みに紛れラスティの姿はやがて見えなくなりました。その様子を隣のフールもただ黙って眺めています。


 「随分と高揚していましたね」

 「無理もないさ。ラスティの境遇を考えれば、外に憧れるのも」


 その瞳は、人混みに紛れたラスティよりも、どこか遠くを見つめているようでした。

 唐突に隔離された集落で三年。失われてしまった視覚と味覚。走ることもままならない足。

 ラスティはもはや、聴くことでしか外の世界を味わえない。


 「ラスティの境遇は、私と正反対ですね」

 「どういう意味だい?」

 「いえ、何でもありません」

 「そっか」

 「はい」


 それから少しして、リギルとニックがこちらへと向かってきました。

 どうやら、避難の目処が立ったようですね。


 「おい、そろそろ避難を始めるぞ。お前らにはラスティのことを頼みたい」

 「お前らにはって、リギルは?」

 「俺ぁここに残る」

 「え?」


 いや、何故ニックが驚いてるのでしょうか?

 フールも驚いた様子は見せていましたが、あなたは先ほどまで話していたのですから、知っているべきでは?

 いやこの場合、話していないリギル側に問題があるのでしょうか? まあ何にせよ、今告げられたので問題というほどのことでもないですが。

 しかし問題というより疑問は残ります。

 そこで、私の思い浮かべていた疑問を代弁するように口にしたのはフール。


 「残るって、何でさ?」

 「いつメティスが現れるとも限らねぇ。どっちにしろ誰かが残って見張る必要があるだろ」

 「それはそうかもですけど、危険すぎますよリギルさん」

 「元々倒す予定だったんだ。このくらいどうってことねぇ」

 「倒すのは、まぁ……ラスティちゃんのことを考えれば、いずれはしなければなりません、けど」


 様子を見るに、ニックもメティスの討伐を考えてはいたようですね。

 それもリギルと同様の理由で。

 ニックの不満と心配の声にリギルが眉を下げていると、そこにフールが口を開きます。


 「ねぇリギル。君がメティスにこだわるのは、やはりラスティの呪いを解くためかい?」


 そうして発されたのは唐突な疑問。

 意図を図りかねますね。正直なところ、何故今更それをリギルに問うのかが分かりません。

 問われたリギルは少し困惑の表情を浮かべたものの、すぐに返答しました。


 「ああ。その為に俺はこの三年、奴をずっと探してきた」

 「謁見で、ディルク王が言っていたね。メティスを討伐したところでそれが呪いを解くことにつながるかは分からないって」

 「え?」


 あの場に居なかったニックだけがその言葉に驚きを表しました。


 「ああ、少し癪だがあの王の言う通りだ。まだこの呪いについて俺たちは何も分かっちゃいねぇ」

 「それならどうするんだい?」

 「それでも、必ず呪いは解く。非難が完了するまでは下手に動けないが、奴には知性がある。呪いの解き方を探れるかもしれねぇ」

 「だからここで待つのか」

 「ああ」


 そこでフールの質問は終わったのか、フールは顎に手を当て何度か頷きました。

 ニックは会話について来れていないのか、視線がフールとリギルの間を行き来しています。

 まあニックだけでなく私自身も、フールの意図は分かりませんでしたが。

 やがて、フールの視線がもう一度リギルへと固定されました。その口元には僅かに笑みが浮かんでいます。


 「そっか。だったら僕もここに残ろう」

 「は?」


 その疑問符は一体誰のものだったのでしょうか?

 リギルかニックのどちらか、もしくは同時に発せられたものであったかもしれません。

 それほどに突拍子の無い発言であったことは間違いありません。


 「いやいや、急に何言ってんだ?」

 「フールさんまで残るんですか?」

 「うん」

 「いや、『うん』って……」

 「下手したら、メティスと戦うことになるんだぞ?」

 「それはリギルも同じだろう? それなら一人より二人だ」

 「いやだが、いくらなんでも余所者のお前を巻き込むのは」

 「僕が、手を貸したいんだ。それに今更でしょ。謁見までしたんだよ?」


 フールの言葉に息を詰まらせるリギル。


 「だが……」

 「それに本当に無関係じゃ無いかもしれないんだ。今回の騒動は」

 「どういうことです?」

 「そもそもとして、メティスが目覚めたのは……」


 まさか。言うつもりでしょうか。

 今それを言ったところで何もメリットなどないでしょうに。

 フールは一瞬こちらに視線を向け微笑みました。

 理解していると言いたげに。

 それでも口を開いたフール。


 「僕に原因があるかもしれないんだ」


 何も濁すことなく、はっきりとその言葉を発しました。

 本当に言うとは。それを言えば良い印象を持たれないことも分かりきっていることだと思いますが。

 リギルとニックは目を見開いて固まっています。

 それからリギルは目を僅かに細め、しかしすぐに元へと戻しました。


 「どういう、ことだ? お前さんのことだから故意の出来事じゃねぇのは分かってる。それでも一瞬疑っちまったが」

 「いや、僕の言い方も悪かった。メティスが現れた時言ってたんだよ。目覚めたのは僕がレインボーの実を落としたからだって」

 「レインボーの実っていうと、あの祝福がどうたらこうたらのやつか?」

 「そうそれ。それをメティスのいた池に落としちゃって。確か」

 「それで目覚めたと」

 「というか、メティスがそんなところに潜んでいたなんて思っても見なかったです」

 「ああ、見つからないわけだな」

 「まあそれはともかく、だから僕は無関係とは言い切れない。リギルと一緒にここに残るよ」


 そこから数秒。

 静寂の後、リギルが頭に手を当て大きく溜め息を吐きます。

 今日は本当に溜め息の多い日です。


 「譲る気は、ないってことだな。分かった、頼む」


 結局のところ、リギルはフールに押し切られる形で受け入れました。

 それでもそこには確かな信頼を表すように、微かな笑みが見て取れます。

 それを見たフールも満足げに微笑んで。

 ですが、だからこそ。


 「正気ですか?」


 理解できません。

 理解できるはずがないでしょう? 自ら死にに行く行為を。それを進んで行う人物の思考も。


 「アイ?」


 フールが私へと問いかけます。理解が追いつかないと言いたげに。

 理解が追いつかないのは私の方であるというのに。


 「正気ですか、と聞いているんです」

 「どういうことだい?」

 「本当にメティスと戦うつもりですか?」

 「さっきリギルにも言ったけど、必要があれば戦うさ」


 つまり、その場の勢いでもなんでもなく、正気でそう言っているということですか。


 「やはり、あなたはバカですね」

 「え?」

 「いえ、バカというより愚かと言った方が適切でしょうか? 正直、ここまでの愚か者だとは思っていませんでした」

 「おい、嬢ちゃん?」

 「少なくとも、私とフールはメティスに敵意を持たれてはいなかったはずです」


 戸惑ったようなリギルの声をスルーして、私は話を続けます。


 「それなのに戦うとあなたは言いました」

 「その通りだね」

 「それではただの無謀。いえ、自殺志願者です」


 今日出会ったばかりの人物の為に死ににいく。

 それは私からすれば、ただの自殺にしか思えません。


 「僕は、死にたくないんだ」

 「それなのに戦うと? それも今日出会ったばかりの他人の為に」

 「だからこそだよ。僕は生きる為に戦うんだ」

 「意味が、分かりません」


 あまりにも矛盾しています。


 生きる為にメティスと戦う、どうすればそんな矛盾した結論に行き着くのでしょうか?

 それが成り立つとしてそれは、勝つことを前提とした物言いです。

 あまりにも無謀。フール自身が別格だと言い放った相手。

 勝つことが難しいことはフールだって分かっているはずです。

 それでも、フールの瞳に揺らぎは見えません。むしろ、ただ真っ直ぐに澄んでいて。


 「ここで僕が逃げを選ぶなら、僕は生きられない」

 「……」

 「リギルたちを助けるのが僕の意思だから。それだけは、曲げるつもりはない。意思と共に生きなければ、僕は死んでしまう」

 「無謀です」

 「無理ではないさ」

 「死にますよ」

 「言っただろう? 僕は生きる為に戦うんだ」

 「そうですか」


 やはり、理解ができません。

 生きなければならない私とは決して相容れない考え。

 それでもフールの決意、いやフールの言うところの意思でしたか。それが揺らぐようにも思えません。


 「これ以上は平行線ですね」

 「そうだね。これは僕の我儘だ。無理強いするつもりはないさ」

 「私が残るつもりはそもそもありません。私はラスティと共に避難します。ニックはどうするんですか?」

 「え!? わ、私は、その、私も! ここに、残ります……!」

 「ニック、いいのか?」

 「はい。正直怖いですけど、リギルさんたちだけに負担は負わせたくないので」


 『怖い』という言葉通り、体が微かに震えているのが分かります。

 それでも、ニックもフールと同様に、その瞳に揺らぎは見当たりませんでした。


 「そうですか。それでは、これでお別れですね。さようなら」


 その言葉を最後に私は背を向け、避難準備を整えた集落の人々の元へと向かいました。

 やがて、人混みの中にラスティの姿を見つけたため、手を挙げ自身の存在を主張します。

 背後から聞こえた「また後で会おう! アイ!」という、やけに通る声に応えることなく。


 ……叶わない約束を結ぶ理由は無いでしょう。


今回の章は、フールとアイの“価値観の衝突”を描きました。

生きるために戦うフールと、生きることを目的とするアイ。

似ているようで、決して交わらない二人の想いが、

ここで初めて明確に分かたれました。


次回、物語はいよいよ分岐点を迎えます。

避難する者、残る者――それぞれの選択が描かれる予定です。


投稿は引き続き、毎晩22時頃を予定しています。

感想やブックマークなどで応援いただけると、とても励みになります。


それでは、また次の旅路でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ