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ただ一つ、それだけを君に願おう  作者: 白月
二歩目――略奪者の呪縛。狩人の咆哮。
12/28

安全面が最重要事項です

白月です。

本日も読みに来てくださって、本当にありがとうございます。


今回は、王城での謁見の続きとなります。

呪いの正体、そしてメティスという存在――その断片が少しずつ見えてきます。

同時に、リギルの想い、フールの立ち位置、アイの“ずれた理解”が交差する章でもあります。


シリアスな空気の中に、思わず笑ってしまうようなやり取りも少しだけ。

静かな緊張と、優しいユーモアが交わる時間を、ゆっくり楽しんでいただけたら嬉しいです。


それでは本編をどうぞ。

 「呪いについてだが、その原因は今回の主題でもある1匹の魔獣、メティスにある」

 

 なるほど、ここでメティスが出てきますか。

 呪いというにはそれを行使したものがいるとは思っていましたが、まさかの魔獣でしたか。


 「名付きに加えて呪いまで使うのか……手強いわけだ」

 「知っているのですか、フール?」

 「聞いたことがある程度だけどね。確か、魔獣の中には呪いと呼ばれる特殊な力を持つ個体がいて、その能力はそれぞれ違うらしいよ」

 

 旅をしているフールでも、詳しく知らないということは個体数は少なそうですね。

 結局、すぐ近くにいる状況なので安心できる要素とは言えませんが。


 「それで、メティスの能力は何なのですか?」

 「ああ、いやそれが、実のところ良く分かっちゃいねぇんだ」

 「というと?」

 「呪いを受けた者の感じからするに対象の弱体化的なもんだとは思うんだが……」

 「ラスティはどうなのですか? 一見元気そうに見えましたが」

 「まず、これは大体が同じ症状が出てるんだが、生命力を日に日に失っている。嬢ちゃん等も見たように、ラスティはもう満足に出歩けもしねぇ。表面上は元気そうに振る舞ってくれちゃあいるが、このままいけば……」

 「そんな……」


 リギルの拳が硬く握られ、青白い血管が浮いて見えました。


 生命力、つまり生きる力。エネルギーと言い換えても良いかもしれません。それを失い続けるということは、食事などのエネルギー吸収も阻害、もしくはそれを上回る勢いで失い続けているということでしょう。

 それの供給が意味をなさないほどに失われ、枯渇してしまえば当然待っているのは生命活動の停止。

 あらゆる生物にとっての死と呼ばれる現象が訪れることでしょう。

 そして、リギルの口ぶりから察するに、ラスティは他にも何か影響を受けているのでしょうか?


 「それに今じゃあ、視覚と味覚のほとんどが失われている」

 「……え?」


 思わず漏れてしまった、そんなフールの声は小さく、しかし鮮明に聞こえてきました。

 そんな中でも、静寂を許さないかのようにリギルは言葉を続けます。


 「これでも、まだマシな方なんだ。集落の中には廃人同然の奴だっている。メティスから呪いを受けた人数がもっと多けりゃあ、集落どころか国だって危なかったはずだ」


 実際にそうなのでしょうね。被害がもっと大規模であったり、国にとって重要人物がその被害を受けていた場合は、国も無傷とは言えないでしょう。場合によってはハントという国が滅んでいた可能性もあったのかもしれません。


 暗く沈鬱した空気が場を再び支配しました。

 そんな空気を払うように柏手が一つ。


 「そんな過去の事に一々気を落として何になる。重要なのはこれからどう行動するかだ。貴様ら、避難先を求めてここに来たのであろう?」


 またも言い当てられた事に驚愕の色を示しつつも、フールが頷きます。

 リギルはといえば、ディルクの言葉のどこかしらに引っかかる物があったのか、眉間に皺を寄せました。それでも一定の納得を示したのか口は閉じられています。


 「良いだろう。城の地下にそれなりの空間がある。そこを一時的な避難先として受け入れよう」


 なるほど、地下ならばシェルターとしては十分な役割を果たせますね。

 それに表向き、流行り病を患っている集団を匿うにも地下ならば騒ぎも最小限で済むでしょう。


 「ありがとうございます! 良かった。これでひとまずは安心だね」

 「そうですね。最低限の目的は成し遂げました」


 順調に進みましたね。


 私にとっての本題はまだですが、それほど急ぐことでもありません。

 今は何より安全の確保が急務ですからね。

 何はともかくここでやるべきことは終えたので、集落へ急ぎ帰ろうと背を向ける私とフール。


 しかし、なぜかリギルは動く様子を見せません。


 「リギル?」

 「ディルク王。もう一つ、頼みたいことがある」


 集落の者たちの避難先とは別に、ここに来た目的があったということですか。

 しかし、想像がつきませんね。

 強いて上げるとすれば、呪いへの対抗薬の確保、でしょうか?


 ですが、そんな物がそもそも存在していれば、ここまで複雑な事態にはならなかったでしょう。

 やはり想像がつきません。


 「ふむ、聞くだけ聞いてやろう」

 「兵を、貸して欲しい」


 リギルの端的な要求に、僅かに目を細めるディルク。


 「貴様、その言葉の意味を、正しく理解した上での発言か?」

 「ああ、アンタら国の所属騎士を死地に送ることになるかもしれない。でも、それほどまでにメティスの奴はこの国にとって脅威のはずだ! だから、集落の避難が完了すればすぐにでも討伐するべきだ!」

 「それだけか?」

 「何をっ!?」

 「貴様が兵を欲する理由、否、メティスを打ち倒そうとする理由はそれだけかと、聞いている」

 「……もう、これしか無いんだ。ラスティを救うにはっ! メティスを倒さなければ呪いは解けやしねぇ!」


 なるほど。だから集落でリギルはこう発言したわけですか。『待ち望んでいた』と。

 リギルは現状の安全確保だけではなく、根本的な解決を望んでいる。


 しかし、それはあまりにも……。


 「確かに。貴様の言い分も一理ある。しかし却下だ」

 「何故だっ!? 国の危機なんだぞ!」

 「貴様の言い分も一理あるが、物の見方が短絡的すぎるな。そもそもとして、あの蛇が国の脅威だから討伐すべきだと? 馬鹿も休み休み言え。確かに脅威に違いないだろうな。だが、それがどうして害へと転じると言い切れる?」

 「奴は魔獣だっ!」

 「だが、確かな知性を備えている。何にでも噛み付く獣ではないぞ? 今の貴様と違ってな」

 「それがどうした! 三年前国を襲ったのは他でもない奴だぞっ!」

 「その被害はいかほどだ? 死者と呪いを受けたものを合わせても100〜200人程度。人口の一割にも満たん」

 「貴様っ! それでもこの国の王かっ!」

 「だから、短絡的だと言っている」

 「だったら何もしねぇと、そう言ってんのかっ!」

 「貴様のやり方よりは余程その方が良いだろうな」

 「テメェッ!」

 「リギルッ!」


 激昂の余りか、硬く握られた拳と共に一歩踏み出したリギルをフールが慌てて羽交締めにしました。

 それを前にしても飄々とした態度を崩さないディルク。

 対してリギルはフールに抑えられたおかげで握られた拳をほどきましたが、ディルクを殺気でも飛ばすように睨みつけています。


 これが余裕の差という物でしょうか?

 というより、この状況でマリーが出てこなかったことが予想外でしたね。言い付けを守っているということでしょうか?


 「分かりやすく言おうか。メティスは我が国にとって今は脅威程度でしか無いと言っているんだ。だが貴様の言うようにこちらが兵を貸し、討伐に打って出たとしよう。そうすれば間違いなくハントという国を敵と見做すだろう」

 「でも、そこで倒しきりゃあ問題ねぇだろ?」

 「出来るのか? 貴様は先ほど自身の口で、我が国の騎士を死地に送ると言っていたが、確実に討伐できると?」

 「それは……」


 ディルクの淡々とした問いかけに、リギルの言葉が沈んでいきました。


 メティス討伐に国の兵を動かせば、成功の確率は上昇するでしょう。

 それでも、ディルクの懸念するように、確実性などありはしませんが。


 「即答しないだけ、現実は見えているようだな。もし勝利出来たのならそれで良いだろう。だが敗北すればどうなる? 貴様に騎士を貸しつけての敗北だ。この国の戦力の中心は狩人たちとなるだろう。しかし状況が全く異なる。あちらから攻めてくる都合上、場所はこの国。一般市民の逃げ場もない中、碌に指揮も取れない狩人たちがそれぞれ立ち向かうのみ。ここにどれだけの勝算がある?」

 「……」

 「国は間違いなく壊滅するだろうな。貴様が討伐に出た時点でそれが失敗すれば必ずそうなる。そこまできて都合の良い奇跡など起きはしない。リスクに対して圧倒的にリターンが見合っていない」

 「……」


 次々と繰り出されるディルクの正論に、もはや言葉を発することもできないリギル。

 その拳だけが硬く握られています。


 私としても、ディルクの意見に概ね賛成ですね。

 メティスの危険性は無視出来ませんが、自ら薮をつつく必要もないでしょう。


 黙り込んだ様子のリギルに、ディルクがひとつ溜め息をつきました。


 「黙っているところ悪いが、それ以外にも指摘しなければならない箇所はあるぞ。もし仮に全てが上手く進み、メティスを討伐したとしよう。そこで、呪いはどうなる?」

 「どうなるってそりゃ、解けるに決まって」

 「どうしてそう言い切れる」


 冷え切ったその声に、リギルは信じられない、否、信じたくないと言うように目を見張ったまま首を左右へと揺らします。


 「こうは思わなかったのか? メティスが死したところで呪いが消えないかもしれない。生きている間にしか解けない類のものであるかもしれない、と。呪いというもの自体どういったものか碌に知識も無い中、よくそうも盲目的に信じられたな」


 ディルクの言う通りでしょうね。呪いについて何も知らない以上、その解き方は不透明なはずです。

 まぁ、時間経過で解けることは無いでしょうから、解こうとするのならメティスへの接触は必須でしょうね。


 「もう良いだろう。避難先は提供しよう。だが、兵は貸さん。以上だ」

 「どうしてもか?」

 「今は王権が交代してそれほど経っていない。国の内側にすら敵がいてもおかしく無い状況だ。尚更貸せんな」

 「そうか。避難先、感謝する」


 ディルクの譲らない姿勢を見て諦めたのか、それだけ言うと背を向け退室していきました。

 その後を追うように、フールもディルクへと一つ礼をしてから去っていきます。


 「小娘。貴様は去らんのか」

 「いえ、私の目的はまだ果たせていませんので」

 「ほう。まだ何かを願うか。良いだろう。言ってみろ」


 先程までは緊急の用事ではない為、控えようかと考えていましたがリギルも追加要求していましたし別に良いでしょう。

 そもそもとして、先程までの問答は私にとって、この国に住む時の為の情報収集以上の意味はありません。

 極論、メティスとこの国の因縁など私にとってはどうでも良いことなのですから。


 「この国に住む予定なのですが、良い物件を紹介してくださいませんか? 勿論、安全面が最重要事項です」

 「……マリー」

 「はい」

 「丁重につまみ出せ」

 「かしこまりました」


 おかしいですね。会話が成り立っていません。


 ディルクはコミュニケーションに著しい欠如が見られるのでしょうか。いやしかし、先程までの会話を見る限りそうは思えませんね。

 つまり意図的ということになります。ですが、そうする理由に思い当たる事柄は起きていません。本当に分かりませんね。


 私はマリーに横抱き、俗に言うお姫様抱っこと呼ばれるもので、フールたちの元へ運ばれるまでの間に考えを巡らせましたが、やはり理解には及びませんでした。


 「フール様、リギル様。落とし物をお届けに参りました」

 「えっ? マリーさん? ってアイ!?」

 「フール、私はなぜ運ばれているのでしょうか?」

 「いや、こっちが聞きたいんだけど」


 それもそうですね。フールに理解できる訳ありませんでした。

 リギルは何故マリーを凝視しながら、半歩下がっているのでしょう?

 それと落とし物という表現は正しくありません。私は落とされてはいませんからね。


 「それでは、避難者の受け入れ準備を整えて、お待ちしております」

 「あ、はい。どうも」


 私をそのままフールへと受け渡したマリーは、均一のとれた姿勢で頭を下げると、そのまま去っていきました。


 「どうしてそんな事になってんだ、嬢ちゃん」

 「さぁ、どうしてでしょう?」

 「なんで分かってないのさ」

 「そんなことより、フール」

 「どうしたの?」

 「そろそろ降ろしてください」

 「あっ」


 足から地面に着き重心を安定させていけば、何事もなく直立状態へと戻ります。

 なぜかフールが自身の手を注視して固まっていますが、まあよくある事ですし放っておいて問題ないでしょう。


 「それでリギル、貴方はこれからどうするんですか?」

 「最優先は避難だ。そこだけは履き違えちゃあいけねぇ。その後は、少し考える」

 「そうですか」


 まだメティスを討伐することを諦めてはいなさそうですね。

 それでも顔つきは冷静さを保っているあたり、思うところもあったのでしょう。


 「それにしても謁見中、フールは随分と大人しかったですね」

 「あ、ああー。ああいう雰囲気ってどうしても慣れなくて」

 「逆に嬢ちゃんは凄かったな。色々と」

 「うん、そうだね……色々と」

 「そうでしょうか。特にこれといったことはしていないと思ったのですが」


 そう発言すれば、フールとリギルはどこか遠くを見るように視線を逸らしました。

 どう考えてもリギルの方が色々とやっていたと思うのですが。

 どうにも納得のいかないと、そう思考している時でした。


 「これは……」

 「ん? どうかしたの、アイ?」

 「フール、私――」


 どうやら、私も動き出す時が来たようです。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、ハント王国の“現実”が描かれた章でした。

ディルクの冷徹な正論、リギルの焦り、そしてフールの迷い。

それぞれの想いがぶつかる中で、アイだけがどこか別の次元から世界を見ている。

その“ずれ”が、これから先の物語を動かしていくきっかけとなります。


ラストのやり取りは、書いていて少しだけ楽しかったです。

きっと、ハントの歴史の中でも――謁見でお姫様抱っこをされたのは、アイが初めてでしょう。


次回は、圧倒的ギャグ回です。

少し肩の力を抜いて、お楽しみください。


投稿は引き続き、毎晩22時頃を予定しています。

感想やブックマークなどで応援いただけると、とても励みになります。


それでは、また次の旅路でお会いしましょう。

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