要点を纏めて話して下さい
白月です。
本日も読みに来てくださって、本当にありがとうございます。
今回は、前回とは打って変わり緊迫した場面の多い回となります。
静かに進んでいた物語が、少しずつ核心へと踏み込んでいく。
そんな空気を感じていただけたら嬉しいです。
それでは、本編をどうぞ。
流れるような金糸の髪に、血の赤を携えた透き通った瞳。
上品さを際立たせるように装飾が施された玉座に足を組み、頬杖をついて座るその男。
これが、ハントの現国王ディルク=ハントですか。
想定以上に若いですね。外見年齢的にはフールとそう変わりありません。
10代後半から20代前半の枠組みには入っているでしょう。30代、若しくは40代でもおかしくはないと想定していたのですが。
そして想定していない状況がまた一つ。
その国王の横に侍るように佇む侍女らしき人物。正確には真横ではなく少し引いた位置ですか。
そこには何ら違和感はなく、王の年齢を除けば、正しく王とそれに仕える者の様相をしています。
違和感があるのは寧ろそれ以外でしょう。先ほどまで私たちを先導していた騎士は勿論のこと、扉を開けたであろう侍女、居てもおかしくない護衛や近衛騎士。そういった者たちがこの部屋には存在していません。
いるとすれば先ほど述べた一人の侍女のみ。私たちを含めこの空間には五人しか存在していないということです。
先ほどは流しましたが、やはりこの城セキュリティに問題があるのでしょうか?
そんな、私にとっては益体のない思考を打ち切るように、ひとつの聞きなれない、しかしよく通る声が空間に木霊しました。
「さて。緊急の要件とのことだが……もしや、メティスでも現れたか?」
前置きなく放たれたその言葉にリギルが目を瞠り、フールが息を呑みます。
口振りからして、緊急の要件ということしか伝わっていなかったのでしょう。それにもかかわらず、あまりにも核心をついた発言。
発言した本人はリギルたちの反応に何やら納得したように、ひとつ頷きました。
「ほう。本当にあの蛇関連であったか。少々面倒だな」
「あ、あんた。知ってたのか?」
自己完結したのか納得の様相を見せた後、顎に手を当て思案するディルク。
そこに驚愕を隠しきれず思わずといった様子でリギルが問いかけます。
それに対しディルクが僅かばかり目を細め、口を開くその刹那――。
「口を慎め無礼者」
突如として聞こえてくる突き刺すようなその言葉。
「リギルッ!!」
フールの切り裂くような叫び。
その直後に響くリギルの苦悶の声。
反射的にそちらへと視線を向ければ、ディルクの斜め後方へと控えていたはずの侍女が、いつの間にかリギルを組み伏せその首元へとナイフを当てがっています。
どうやら先ほどの声は、この侍女らしき人物から発せられたもののようです。
それにしてもいつの間に移動したのでしょうか?
完全に組み伏せられていますね。リギルの腕力が技術によって封じ込められています。
この侍女の意思次第では数瞬ののちにリギルの頸動脈が切断されることでしょう。
慌てた様子でフールが動き出すと同時、ディルクから侍女へ制止の声がかかります。
「止せ、マリー」
「はい」
マリーと呼ばれたその侍女はディルクの一言であっさりとリギルを解放しました。
「今は緊急の要件の最中だ。礼儀を叩き込んでいる暇は無い。今は幸い客人もいないしな、時間を無駄に浪費するだけだ」
「出過ぎた真似をいたしました」
ディルクの言葉にマリーは再び後方へと控えます。
その間、フールは倒れ込んだリギルに肩を貸しつつ、さりげなく自身の背にある剣に意識を向けています。
「そう警戒するな。今この場においてどのような粗暴な喋り方をしようと罰する気はない。さっさと本題に戻るぞ」
「……」
ディルクがそう言葉を発しても、やはり先ほどの流れからかリギルもフールも口を噤んでいます。
「はぁ……まぁ良い。それで? 『知っているか?』だったか? 先ほどの問いは」
「は、はい」
「普通に喋れ。気味が悪い」
「わ、わかった」
「こちらとしてはメティスについての情報は少しは持ち合わせているが、当事者だった貴様ら集落の者達の方が詳しいだろう」
ここまで覇気のないリギルは初めてですね。
それはそれとしてディルクの発言には少々気になる点もあります。
「質問いいでしょうか?」
「どうした小娘」
「私はアイです」
「……どうしたアイとやら」
「現状、私とフールはメティス、集落及びこの国の関係性をほとんど把握していません。リギルとメティスに因縁があることは推測できましたが、先ほどの発言からして集落そのものが関係しているのでしょうか?」
「なるほど。貴様が報告にあった旅の者か」
「そこにいるフールもです」
「ふむ。外の世界に興味はあるが今は置いておこう。先の質問の答えは肯定だ」
「ではどのような関係が? あの集落は国からの追放によって作られたと聞きましたが」
「追放、か。物は言いようだな」
口の端を少し歪めて嘲るようにディルクが言います。
それに対してリギルが口に出すことはしないまでも、不満そうに目を細めました。
『物は言いよう』、つまり捉え方の相違ですか。確かリギルも追放は表向きの理由ではないと言っていましたね。
やはり南の森に対する防衛拠点としての役割でしょうか? メティスを除けば、今は亡き怪鳥しかあの森では見かけませんでしたが。
もし追放でなかったとしても国のすぐ近くに集落を作ることになった根源に国、もっと言えば王族が関わっていないとは思えません。
一拍置いて、ディルクが顔つきを戻し言葉を続けます。
「正確には対処だ。三年前にこの国で起きた流行り病のな」
「病?」
「ああ、それに関しては集落の人間の方が詳しいだろう。なにせ、あの集落に住むものは皆、自身かその家族が病に罹っている」
「え?」
ディルクの言葉に、ここまで話に入らずにいたフールが反射的に声を上げながら振り向きました。
私も真偽を確かめるために同一方向へと視線を向けます。そう、今まさにあの集落に住んでいるはずのリギルへと。
しかし、リギルが病に罹っている様子は見受けられません。あれだけ動ける人間が病にかかっているとしたらただの化け物でしょう。
リギル自身も、私たちにそれらしい反応を示すことなく、ディルクに対して先ほどより鋭い視線を向けているのみです。
念の為、ディルクの側に控えるマリーを伺いますが、こちらもそんなリギルに視線を向けてはいるものの動く様子は見られません。
私たちの反応を受けてさらにディルクが言葉を続けました。
「やはりそのことも告げられていなかったようだな。まぁ仕方あるまい。そう易々と余所者に言いふらせるほど図太くはなかったのだろう」
淡々と紡がれるディルクの言葉に嘘は感じ取れません。
しかし、どう考えようとリギルが不調とは無縁なのは確かです。
もし過去にかかっていたとして、それが完治した可能性もなくはないでしょうが、それならばいつまでも集落に残っている理由がありません。
それにその病と無関係でないことは、だんだんと鋭さを増していくその視線が物語っています。
それならば、やはりそういうことなのでしょう。
「ラスティですか。病に罹っているのは」
「っ……!」
判りやすく肩を揺らすリギル。
私がラスティと接している時間は少なかったので確証に至ることはできませんが、思い返してみればそれらしき片鱗はあったように思えます。
私達がリギルの家へと訪れてからハントへと向かうまでの間、ラスティがベッドの上から動かなかったこともそうです。
一見、表情の多彩さや子供ながらの天真爛漫さ、無邪気さと呼ばれるようなものが目立って病とは無縁のように思えましたが、気にしてみればこれほど不自然なこともありません。
様子からして、今すぐ病によって死に至ることはないでしょうが、ベッドから動くこともままならない程度には深刻ということなのでしょう。
しかもそれが集落の中におそらく何十人という状況。そんなものが人から人へと移るのですから隔離という形をとるのも理解できますね。
ディルクの言う通りまさに、物は言いよう。視点を入れ替えるだけで、これ以上国に広めないよう隔離という形で対処したようにも、病を治すどころか厄介者のように国を追い出されたようにもとることが出来ます。
ディルクへと向けていた視線を下へと落とし、リギルがポツリと言葉を落とします。
「……病じゃない。あれは、呪いだ」
「呪い?」
「ああ、三年前広まったのはただの流行り病なんかじゃない。仮にも、王族なら知っているだろう?」
「もちろんだとも」
当然のことだと言うように頷くディルク。
一方、何も理解していない様子のフールは困惑の表情を隠そうともしません。
まあ、私も全てを理解したとは到底言えませんが。それでも、流行り病という話に違和感は持っていましたが。
「え? どういうこと?」
どうやらフールは信じ切っていたようです。
なぜかこちらに問いかけてきました。
「よく考えてみてください、フール。三年前に発現した流行り病ですよ? それも感染者とそれに近しいものの隔離もその年には済んでいる状況です。しかし現在も集落が意味を為している以上、その大半が治っていないのでしょう」
「うん、そういう状況だね。現にラスティもさっきの話が正しいなら治っていないんだろう?」
「そうです。症状を詳しく察することはできませんが、それほど強力な病に侵された者たちが一纏めにされたのがあの集落です」
「うん、それで?」
「少しは自分で考えてください」
「えー、あー、うーん……」
駄目そうですね。
見た目だけで言えばフールよりもリギルの方が脳まで筋肉でできていそうなんですが。見かけによらないとはこの事でしょうか?
いやしかし、リギルも基本力加減とか考えてなさそうですし、そうでもないかもしれません。
というか、いい加減フールを待っていても時間の無駄ですし話を進めましょう。この様子ですと、答えに辿り着きそうにもありませんし。
人間ならこういう時、呆れて溜め息でもつくのでしょうか?
まぁ、どうでもいい事です。
「もういいです。ところでリギル。ラスティが病にかかったのは三年前ですか?」
「あ、ああ。そうだ」
「ディルク、集落と国の交易などはこの三年間どのようにして行なっていましたか?」
「集落の住人の内、病に感染していないものが国の門兵を通じてやり取りをしていた。重要な案件などの例外は除くがな」
「フール、先ほどまで私たちは流行り病が原因で集落が作られたと耳にしましたね?」
「う、うん」
リギル、ディルク、ついでにフールへと問い掛ければ、概ね予想通りの答えが返ってきます。
ここに至っても勘の鈍いフールに、いい加減答えを教えましょうか。
「でしたら何故、集落はいまだに存続、いえ、壊滅していないのですか?」
「え?」
「フールにも分かるように言いましょうか。なぜ、リギルやニックが病に感染していないのか、と言っているんです」
「あっ」
「三年間、病原体を保持している存在がすぐ近くにいて、感染していないのはおかしな話でしょう? 村の様子からして、他にも多数感染していない健康体の住人はいるでしょうし」
「……確かに」
「ここから先は、私も理解しているとは言えません。改めて問います、呪いとは何ですか?」
リギルとディルク、両方へと問い掛ければ、先に答えたのはディルクでした。
「三年前、この国で病、否、呪いが蔓延する前、ある事件が起こった……それは」
「長くなりそうですので、要点を纏めて話して下さい」
「……」
おかしいですね。話して下さいと言ったはずなのに黙ってしまいました。
それまで組んでいた足も解かれそのまま立ち上がってしまいそうな勢いです。
それに、どう言った表情なのでしょうか? まるで信じられないような現象を目にしたような瞳でこちらを見ています。しかし、私の背後には扉しかありません。
私ではディルクの心情に理解が及ばないので、周囲をみればリギルとフールからも似通った視線を浴びせられました。心なしか、ニックの『えぇ……』という呻き声が、集落の時と同じように聞こえてきたような気がします。きっと気のせいでしょう。
唯一表情を変えず、会話を聞いているマリーだけが現状、私の味方と言えるのかもしれません。
「……いや、そうだな。これも一つの経験か……かなり特殊ではあるが」
私の聴覚でギリギリ拾える程度の小声でそう呟くディルク。
私以外のこの場にいる者には聞こえていないことでしょう。
脈絡がないため何のことを言っているかは判らないので、他の者に聞こえずともおそらく問題ないでしょう。
「どうかしましたか?」
「いや、何も問題は無い。中断してすまなかったな。要約して話そう」
再び足を組み直して話しだすディルク。
どうやら何か考え事をしていただけだったようですね。
あの表情や視線も私の勘違いでしょう。すでにその顔つきは元に戻り、一国の主としての風格を纏っています。
そして紡がれる言葉はある意味では予想通りでありつつも、衝撃的と言わざるを得ない内容でした。
「呪いについてだが、その原因は今回の主題でもある1匹の魔獣、メティスにある」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、ハントの王ディルクとの謁見回となりました。
”呪い”とは何なのか。
メティスとは何なのか。
次回はその核心へと、迫っていくことになると思います。
投稿は引き続き、毎晩22時頃を予定しています。
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それでは、また次の旅路でお会いしましょう。




