煮え切りませんね
白月です。
今日も読みに来てくださって、本当にありがとうございます。
今回は、前回告知した通り、箸休め回となります。
アイとフール、二人”らしさ”を感じながら読んでいただけると嬉しいです。
それでは、本編をどうぞ。
「安いよ、安いよ〜! 今ならなんと爆裂大根のステーキ串が150セリア! どうだいそこのお二人さん、買ってかないかい?」
「……ゴクリ。ねぇアイ、ちょっと僕買ってきてもいいかい?」
「どうぞご自由に」
「おじさーん! 二本ください!」
今、私とフールの二人はハントの城下町で屋台巡りをしていました。
なぜこんな呑気なことになっているのでしょうか?
いえ、理由はわかるのですが。まず、ニックは他の門番を除いた集落の住人にメティスのことを伏せつつ、避難準備を進めさせるためその場に残り、リギル、フール、私の三人でハント本国を訪れたのは当然の流れと言っていいでしょう。
途中でリギルがほとんど泣きながらラスティへと別れを告げたことや、想定より近くに本国があって、集落の存在意義に大きく疑問を持ったこともどうでもいいことと言えるでしょう。
そしてトラップに着いた後、王城に向かうとしてもいきなり国民ですらない私とフールが謁見することも難しいだろうと、一足先にリギルが事情説明に向かったことも、まぁ当然と言えるでしょう。
その間私とフールの二人は時間を持て余し、『せっかくだから観光しよう!』などと言い出したフールに連れられ、この状況に至った、とそんなところですね。
「アイ〜! ほら買ってきたよ!」
それにしても呑気すぎませんか?
右手に持つ串の持ち手をこちらへと向けながらそんなことを宣うフール。
これは何でしょう? 私に食べろと言っているのでしょうか?
「私は要りませんよ。この食事は娯楽の範疇でしょう? あなたに言われてから、人間でいうところの生命維持に必要とされる分量は充分に摂取しています。本来ならそれすらも必要ないのですがね」
「はぁ……わかってないなぁ、アイは。これは市場調査も兼ねているんだよ」
「市場調査?」
「そう! アイはこの国に住むんだろう? それなら国のことは知っておかないと。国民性、物価、流通、その他にもこうして屋台を巡るだけで得られる情報はたくさんある」
「なるほど。一理ありますね」
まさか、フールがそこまで頭を回していたとは。
この空き時間、できることはないと思っていましたが、こんなところに情報が転がっているとは。少しはフールの評価も改めた方が良いでしょうか?
串を受け取りつつ、フールの評価を微増させようか思考を回していると、目の前にいるフールが視線を横へとずらしながら小さく呟きました。
「……それに、久しぶりのまともな食事だし」
「それが大半の理由に思えるのは気のせいでしょうか?」
「……そんなこと、ない、よ? 別に早く食べたいなー、とか思ってないから」
たしか、目が泳いでいるのは人間が動揺を示したときでしたか。
フールの上がりかけた評価は据え置きにしておきましょう。まぁ役に立ったのも確かなのでマイナスにはしないということで。
「別に何でもいいです。早く食べたらどうですか? 私も市場調査の一環としてありがたく頂きますから」
「そ、そうだね。食べようか」
ふむ。見た目は特に何の変哲もない大根ですね。厚く輪切りにされたものが三つ串に刺さっています。断面は軽く焼かれており何かしらのタレが軽く焦げているのかそこから香りが漂ってきますね。これがステーキたる所以でしょうか?
しかしなぜ爆裂大根を使用しているのでしょうか? これならば一般的な大根でも問題ない気はするのですが。
見たところフールは満足そうに頬張っているので危険はないでしょう。
安全性を確認した私はそれを自身の口内へと運び入れ咀嚼します。
……なるほど。水分ですか。基本的に熱を加えれば野菜の表面に水分が出てくることは当たり前ですが、これは瑞々しさが保たれたまま芯まで熱が通っているようです。見たところ調理工程は大根の断面にタレを塗りそこをサッと強火で炙るように焼いているだけ。
それでも熱が内部まで伝わっているのは、間違いなく爆裂大根の性質によるものでしょう。
引き抜かれる瞬間に爆発を起こすというその特性が調理の時短へとつながっている訳ですか。そしてこの異常な水分量は自身の爆発から身を守るため、大根そのものに多くの水分が含まれているということでしょう。
爆発という危険としか思えない特性も、食材としてみれば優れた性質に成り替わる。人類の食への欲深さは異常ですね。
「ア、アイ? どうしたんだい? 一口食べてからずっと大根を見つめてるけど」
「いえ、問題ありません。それよりフール。この大根の断面に塗られているタレは何というのですか?」
そう、このタレも忘れてはいけません。大根の性質ばかりに気を取られましたが、味の決め手はこのタレなのでしょう。あれだけ調理工程が簡易的なのに対し、複雑な味わいを感じさせるこのタレ。濃いようでいて主張しすぎず大根本来の甘みや瑞々しさを際立たせています。
これもやはり人類の食への欲求から生み出されたのでしょうか?
「え? あ、うん。これなんだろうね? 少し醤油とも似てるけど、それだけじゃなくて何か他にも入ってるみたいだ。甘じょっぱい感じだしやっぱり醤油かな? 美味しくてもう食べ切っちゃったよ」
「そうですか。ではフール。後はどうぞ」
「え?」
私は爆裂大根のステーキ串に関する調査をそこで切り上げ、残りをフールへと差し出します。
「どうしたんですか?」
「いや、え? どうしたじゃなくって、え? な、なんで残りを僕に向けてるのさ? もしかして美味しくなかった?」
「いえ、そういうわけでは」
「じゃあ、食べなよ!?」
「もう分析は済みましたよ?」
「いや、でもこれ食べかけ……」
「ああ、衛生面なら問題ないですよ。私の中にそういった菌は存在できないようになっているので」
「何それすごっ! じゃなくてっ!」
「何ですか?」
「だからっ、その、あのー、僕が? それを食べると? そのー、ね?」
「何も伝わりませんが」
「あー、もう!」
「煮え切りませんね」
「ホントにね!」
何かしらを伝えようとしているのは理解できるのですが、肝心の内容が全く伝わってきません。
今日はやたらと発作が多いですね。それとも病気なのでしょうか?
本当にハントの医師に診てもらった方が良いのでは? 無論、腕利きの。
「そもそも、あなたの金銭で購入したものでしょう? ならばあなたが食べるのが道理です。時間はそうあるわけではありません。早く次の市場調査に向かいますよ」
「え!? ちょっ、まっ」
私は串をフールの手に持たせ、他の調査対象を探しに向かいます。
「待ってぇ……え? ほ、ホントに僕が食べないといけない感じ? 嘘でしょ?」
とりあえず、早いところ知っておきたいのは安定した給料の出る働き口と物件候補ですね。
「いや待て、落ち着くんだ僕。そう、アイも言っていたようにこれは僕が買ったものだ。ならばこれを僕が食べても何の問題もありはしない。そう、この行為にこれっぽっちもやましいことなんてない」
食事自体を必要としない私に働き口は必須ではないのですが、住居や宿代を考えると最初の優先度的には高くならざるを得ないですね。
「さ、さー食べよう。これはなぜか欠けているだけで、決して誰かの食べかけなんてことはないんだから! そう、きっと! いや絶対! そのはずだ」
まあ、リギルと合流するまで後半刻ほどしか猶予はないので、今は引き続き屋台を巡りつつ市場調査を続けましょう。
「よ、よし行くぞ。3・2・い「フール」!?」
「次はあの道具屋へ向かいましょう。私の住居に何か役立つものがあるかもしれません」
「んぐっ! んーっ!?」
さては大根を喉に詰まらせましたね?
食べる前にやたらと挙動のおかしい動きをするからでしょうに。しかもなぜか目を瞑りながら一口で三つ全てを食べようだなんて無謀にも程があります。そんなに美味しかったのでしょうか?
先ほどから何やら喚いてもいましたし。私は耳も良いので一言一句聞き取れてはいたのですが、思考の最中だったことと意味合いが全く理解出来ず、もはや解読不能の言葉の羅列と化していましたので、スルーしていたのですが。
まぁ、独り言だったようですし問題ないでしょう。
「ゲホッ。きゅ、急に声かけないで。お願いだから」
「それは失礼しました。あそこの道具屋です」
「う、うん」
時間的にはこの店で最後になるでしょうね。何か役立つものが売られていれば良いのですが。
私はフールからハントまでの道案内のお礼という建前で渡された、1000セリアがあることを確かめ店へと歩を進めます。
それにしても軽く約束したとはいえ、私が働き口を見つけるまでの間、宿代まで負担すると言い出したのは予想外でした。私としては助かるのですが、落としたレインボーの実を金銭目当てで必死に掬おうとしていたのは何だったんでしょうか?
「いらっしゃいませ!」
そう言って私たちを出迎えたのはラスティと変わらない年齢に見える茶髪の少女でした。
「あなたが店主ですか?」
「ええ、そうよ! 私はリィン。今おかーさんがいないから店番を任されているの」
「ならば、店主はあなたの母ではないのですか?」
「そうかしら? まあいいわ! そんなことよりあなた達、せっかく来たのならじゃんじゃんお金を落としなさい!」
「おお、この年にしてその商魂、やるね」
フールが何やら感心しているのを横目に並べられた商品を物色していきます。
普段使いできるようなバッグに加え見ただけでは使い方の分からない物まで多種多様に並べられていますね。
特に『オススメ!』と記されている場所には使用方法の分からないものが多いように思えます。
「すみません。こちらに並べられている商品はどのように使用するのでしょうか?」
「ふふん。良いところに目を付けたわね、白いおねーさん。ここにあるのは私もアイデアを出したのよ!」
「へー、それはすごいね! この二本の棒はどうやって使うんだい?」
そう言ってフールが指差した先には、銀色の手の平サイズの棒が二本セットで置かれていました。
たしかに、一見しただけでは使用方法が全く分かりませんね。
「これの使い方は簡単よ! 手に持ってお互いを勢いよく擦り付ければ火が出るの!」
「なるほど、火起こしの道具ですか」
リィンが木材で作られているであろう持ち手の部分を持ち、言葉通りに実演すれば小さな火花が『ボッ!』と音を立てて散っていきます。
使用後に赤熱しているのを見るところ、その名の通り熱が留まりやすいのでしょうね。そして使い終わりには水に付ければある程度は熱が引くという感じですか。
なるほど、便利ですね。これがハントまでの道中にあればさぞ手間を省けたでしょう。
荒野に落ちている数少ない木片をかき集め、吹き込んでくる風を体全体で遮りながら摩擦で火をつける。やっと付いたとしても燃料となる木材をすぐに使い切り、その火でやっと一食分の肉を焼けるかどうか。
そんな手間がほとんど省略することが出来るとは。
人間の貪欲さへ驚けば良いのか、火を使わなければ生きていけない脆弱さを嘆けば良いのか。こうした時、私はどちらを思えば正しいのでしょうか?
「もしかして熱帯石を加工しているのかい?」
「正解! この辺りではよく獲れるらしいわ。良くわかったわね」
「僕もよく熱帯石にはお世話になってるから」
「ふーん。確かに料理とかでは良く使うものね」
「こちらの赤い球状の物質は何でしょう?」
「こっちはおねーさんよりおにーさん向けね。これは爆裂球って言って狩人にはもってこいの代物よ!」
「ネーミングからして爆裂大根の加工物でしょうか」
「そうよ。外気が触れることで爆発する性質を利用して作ったものになるわ。周りのコーティングを投げつけるか潰すかしてヒビを入れれば爆発するわ。材料もそこらへんにいくらでもある爆裂大根だから比較的安いのもポイントね」
そんな特性だったのですか、爆裂大根。というか食と言い、道具と言い、利用されすぎでは?
ここまで有効活用されているのを見ると、そうした加工品が他にもありそうな気がしてなりません。
「一つ50セリアか。確かに安いね」
「他にもランプの実と併用して使うオンオフ可能な手持ちランプや、フラッシュの木から採れる樹脂を塗った光るアクセサリーなんかもあるわ!」
それにしてもメティスのいた森に生っていた植物の加工品が多いですね。
「こうした加工品の材料はあちらの森で採って来ているのですか?」
「あっちって……ああ、集落の方? そんなところ行かないわよ。おかーさんが言ってたもの。おっかない鳥に追いかけ回されちゃうって」
「ああ、そんなのもいたね」
「いたねって、もしかしてあの森入ったの!?」
「入ったというよりそちらの方角から来たもので」
「僕たち旅をしてここまで来たんだ。だからこの国のことも良く知らないんだよね」
「へー、珍しいわね?」
「良く言われます。それで森ではないのでしたらどこで採れるのでしょう?」
「ああ、そんな話だった。いや森ではあるのよ? たださっき言ったのとは離れた位置にあるわ」
「他にも森があるのか。ただ植生はあまり変わらないみたいだね」
「さっき言ってた南の森とは違って、その東の森には魔獣や動物はそれなりに居るわよ? 狩人や国の騎士達も良くそこで狩りをしてるもの」
「私のおとーさんも騎士なのよ!」と自慢げに付け加えるリィン。
それにしてもやはり南の森には魔獣が見当たらず、それ以前の荒野に多く存在したというのは怪鳥の影響もありそうですね。
その怪鳥が居なくなりメティスが現れた今、この先どう状況が変化していくのか分かりませんね。
とりあえず住居探しの際は、南の森から離れた場所を重点的に探すことにしましょうか。
「それで、そろそろ何を買うかは決まった?」
「そうですね……でしたら火起こし道具を一つ頂けますか?」
「僕は爆裂球を5つほど貰おうかな」
「分かったわ! おねーさんは350セリアで、おにーさんは250セリアよ」
言われた通りの代金を荷物から取り出しリィンへと手渡します。
それにしてもフールは火起こし道具を買わずによかったのでしょうか?
旅を続けるフールの方が私よりも重宝するものだと思うのですが。
「そうだ。買い物ついでにもう一つ聞いても良いかな?」
「また買いに来てくれたら良いわよ?」
「あははっ。やっぱり商魂逞しいね。うん、いずれまた旅に出るだろうけどその前に寄らせて貰うよ。良い品ばかりだからね」
「ふふん、おにーさんも見る目あるじゃない。冗談のつもりだったけど得したわ!」
「おっと、これは一本取られたかな?」
「それで、聞きたいことっていうのは?」
「うん。この国の王様について聞きたいんだけど」
「王様? それって前のじゃなくて今のよね?」
「そうそう、新しく代替わりしたっていう」
「うーん、私も名前くらいしか知らないんだけど。確か、ディルク=ハント様ね。先代のブレイズ=ハント様のご子息らしいわ」
先代の子息、ということはこの国は世襲制のようですね。確かリギルとニックの話ではつい半年前に王権が交代したとのことでした。
この情報だけでは分かることも少ないですが、これから直接会うのですしそこまで問題でもないでしょう。
それに、そろそろ時間も迫っています。
「フール、そろそろリギルと合流しましょう」
「もうそんな時間か。そうだね、じゃあ行こうか。リィン、色々とありがとう。また寄らせてもらうよ」
「ええ! またお金落としに来なさい」
そんな言葉を最後に私たちはリィンの店を後にします。
それにしてもリィンの様子からして現国王はあまり世間に干渉していないのでしょうか。
国の法についても後々学ばなければなりませんね。
「たしか王城前の広場集合だったよね」
「はい、その筈です」
進んでいる通りの先を人垣を避けて覗くようにすれば、まさしく広場と言って差し支えない空間が存在しています。
その中心には装飾の施された時計台があり、すぐ近くに私たちの目的とする人物が立っていました。
こうしてみるとリギルの体格は目立ちますね。待ち合わせには都合が良いですが、狩人としては獲物に見つかりやすく奇襲には不向きなように思えます。まぁその分巨体から繰り出される膂力は相当のものでしょう。
そんなふうに改めてリギルについての分析をしつつ、近づいていけばリギルも私たちの存在に気付きました。
城の騎士でしょうか?
リギルの周囲には同じ衣服を纏い、帯剣した一人の男が見えます。
短く刈り上げられた茶髪、鋭さを感じさせる吊り目。
格好からして城の騎士のようですね。
様子を見るに国王との謁見は無事、私たちを含め行われるようですね。
「君たちが旅をしているという変わり者か」
言葉を交わすのに不自然さを感じない距離まで迫った時、男が一歩前へと歩み出てそう言い放ちました。
問いかけるような言葉遣いでありながら、断定しているかのような物言いはこちらの返答を期待しているようには見えません。
それを感じ取ったのかフールは何も答えず、この場に数秒の静寂が漂います。
その間観察、あるいは警戒を帯びた視線をこちらへと向ける騎士達。
「……まぁ良い。事を急ぐらしいな。ディルク様のもとへ案内するよう指示が下っている。ついてこい」
観察を終えたのか男がそれだけを言い、王城へと歩みを進めます。
それに倣うように後へと続けば五分と経たず王城へと入り、一つの扉の前へと辿り着きました。
特に手続きのようなものが無いところを見るに、その辺りもリギルが済ませておいてくれたのでしょうか?
ここまでスムーズだとセキュリティに多少の疑念を抱きますが、今は都合が良いので置いておきましょう。
「この先が謁見の間だ。我々には入室が許可されていない。この先はお前達のみで進め」
先頭を歩いていた男がこちらへと振り返りつつ言えば、扉から数歩離れました。
その言葉の直後、扉が擦れるような重低音を響かせながら開いていきます。
「行くぞ」
ただ一言、扉が完全に開いてからリギルが背後の私たちへと言い放ち、その空間へと足を踏み入れました。
――謁見の間。その最奥にある玉座に悠々と座し、口元に笑みを浮かべる男。ディルク=ハント。
さて、ここが分岐点ですね。
リギルにとっても。ハントという国にとっても。メティスにとっても。
そして、私にとっても。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回の主役は爆裂大根でした。
というのは冗談として、今回は箸休め会でありながら、アイにとって人々の営みに初めて触れるようなお話だったと思います。
次回はいよいよ、ハント国王との謁見。
新たな出会いが、物語を大きく動かしていきます。
投稿はいつも通り、毎晩22時頃を予定しています。
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それでは、また次の旅路でお会いしましょう。




