早すぎたハロウィンの代償
仲のいい双子の兄弟がいた。
名前を山本陽一、陽二という。
二人はまだ幼く、小学校に通っている年齢だが、
お互いにいつも一緒で、両親を含めて家族を大切にする子たちだった。
季節は十月に入り、そろそろハロウィンの準備が始まる頃。
山本家に衝撃の知らせがやってきた。
父親、母親、共に仕事の都合で転勤、引っ越しすることになった。
父親と母親は勤め先も転勤先も別々。
人の体は一つしか無いのだから、必然的に家族はバラバラになることになる。
父親と母親は、子供たちに知らせず二人で相談した結果を、自分勝手に告げた。
「それでな、お父さんとお母さんで相談した結果、
陽一はお父さんと、陽二はお母さんと一緒に生活することにした。
二人とも、それでいいよな?」
突然、家族を二つに分けると言われて、聞き分けの良い子供などいない。
陽一と陽二はグズって聞き返した。
「お父さん、お母さん、僕たち家族四人で一緒には居られないの?」
「僕、お父さんや陽一お兄ちゃんと離れたくないよ。」
しかし父親と母親は頑として子供の駄々を受け付けなかった。
「いいかい、お父さんとお母さんにとって、これはチャンスなんだ。
これから数年、お仕事で頑張れば、もっと活躍できるようになる。
そのためにも、この転勤は必要なんだ。
普段から、お父さんとお母さんのお仕事に協力するって、約束してるよな?」
「う、うん・・・」
小学生のような幼子にも、親が働いた金で生活していることは理解している。
親の仕事の邪魔をしてはならない。
親が仕事で家にいないことに文句を言ってはならない。
これは陽一と陽二が幼い頃から両親に言われていた事だ。
だから、陽一と陽二の二人は、両親の転勤の話を聞き入れるしかなかった。
転勤、引っ越し、家族離れ離れ。
それは避けることのできない宿命として、陽一と陽二に科せられた。
陽一と陽二は、家を飛び出し、近所の河川敷で並んで座っていた。
そうしていると、どこの誰か知らない家族連れが、
家族仲良く夕飯の買い物をして帰っていく姿を見かける。
「どうしてうちは、ああいう風にできないんだろうね。」
「仕方がないよ。お父さんとお母さんの仕事が忙しいから。」
「陽二、お前、今以上に裕福な生活がしたいか?
それとも、お父さんとお母さんと一緒にいられる方がよくないか?」
「・・・それは、僕たちが考えても無駄な事だよ。
お父さんとお母さんの仕事の邪魔はしない。
ずっと前から決められた約束でしょ?」
「それはそうだけど、このままだと、今年のハロウィンのお祭りも、
僕たち兄弟で一緒にいることもできないんだぞ。」
「それは悲しいね。何か良い方法はないかな。」
二人の間に沈黙が流れる。
遠くから豆腐屋の笛の音が聞こえる。
自転車に幼子を乗せた親が、まるで荷物でも運ぶように無言で走り去っていく。
すると、ふと、陽一にアイデアが浮かんだ。
「そうだ!良い事考えついた!」
「な、なに?陽一お兄ちゃん。」
「今年のハロウィン、一足先に、僕たち二人でやってしまおう!」
「えっ、そんなことできるの?」
「できるさ。
もう商店街のあちこちで、ハロウィンの準備はしてある。
全部じゃなくても、いくつかのお店やお家でハロウィンできるよ。」
「そっかぁ。ハロウィンの当日まで待ってたら、一緒にいられないものね。
よし、陽一お兄ちゃんと僕で、今年のハロウィンを先にやっちゃおう!」
こうして、陽一と陽二の二人は、両親の転勤で家族がバラバラになる前に、
今年のハロウィンを兄弟二人で先にやってしまうことを決めた。
陽一と陽二の兄弟は、夕暮れ時の商店街へ向かった。
そこには既にカボチャやコウモリの飾り付けがされて、
ハロウィンの雰囲気がもう出来上がりつつあった。
いくつかの商店では、店先に子供たちに配るためのお菓子も用意してある。
陽一と陽二は、そんな商店の一つに入っていって、両手を上げて言った。
「トリック・オア・トリート!お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ!」
すると商店の大人は、ちょっと面食らって、しかし笑顔で応じてくれた。
「おやおや、随分と早いハロウィンだね。
いいよ、お菓子を持っていきなさい。」
「やったぁ!」
「頂きまーす。」
陽一と陽二はお菓子を貰ってホクホク顔。
早速甘いお菓子の味に笑顔になった。
こうして陽一と陽二の早いハロウィンは幕を開けた。
まだ十月上旬のちょっと早いハロウィン。
最初は上手く行ったが、そう簡単には続かなかった。
「トリック・オア・トリート!お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ!」
陽一と陽二は商店街を練り歩く。
しかし全ての商店や家で歓迎されたわけではなかった。
中には上手く行かないこともあった。
「うちはまだハロウィンの準備ができてなくて、
お菓子が用意できてないんだ。
ハロウィンの日になったらまたおいで。」
「ハロウィン?そんなもん、家ではやらんよ。」
「十月に上旬にハロウィン?そんなの、ただのおねだりだろう。」
そんな風に追い返されることの方が多かった。
しかし陽一と陽二は諦めなかった。
「きっと僕たちが、普通の格好をしているのが悪いんだ。」
「そうだよね。ハロウィンは、仮装してなきゃ。」
ハロウィンの子供たちは仮装しているもの。
そのために、陽一と陽二はいけないことをすることにした。
陽一と陽二は、物陰に隠れながら、八百屋に近付いた。
八百屋のおじさんは店先の方を見ていて、
店の中に陽一と陽二の二人がいることに気が付いていない。
その隙に、陽一と陽二は、それぞれかぼちゃとかぶを手にとって、
見つからないようにこっそり逃げていった。
「しめしめ、上手く行ったぞ。」
「まだ仮装には足りない物があるね。」
陽一と陽二は同じ要領で、工具屋から工具を、
雑貨屋からオレンジ色と黒色の飾り付けを、
洋服屋からは黒い魔法使いの帽子を拝借してきた。
「これで後はかぼちゃとかぶを彫ってしまえば・・・」
「ハロウィンの仮装の完成だね!」
陽一と陽二は特に生のかぼちゃが固いことを知らなくて、
かぼちゃとかぶを彫るのに随分と苦労した。
夕焼けが夜になる頃。
やっと、かぼちゃとかぶのランタン。
ジャック・オー・ランタンが完成した。
これに更に拝借してきたろうそくを入れて、マッチで火を点けると、
本格的なランタンになった。
「よし!これで仮装の準備は完了だ!」
「ハロウィンの続きをしよう!」
陽一と陽二は、魔法使いの帽子を被り、
オレンジ色と黒のコウモリの飾りをつけ、
かぼちゃとかぶのランタンを手に、商店街を巡っていった。
「トリック・オア・トリート!お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ!」
仮装は効果覿面。
まだハロウィンには早い時期だが、
商店街側も早くから準備していた事もあって、
陽一と陽二がハロウィンのお菓子をねだっていることはすぐに伝わった。
大人たちは笑顔で、お菓子を分けてくれた。
「ほら、ハロウィンのお菓子だよ。
今年は早めに用意しておいて良かったよ。」
陽一と陽二が商店街を一巡りする頃には、
ビニール袋いっぱいのお菓子が溜まっていた。
「これで、今年も兄弟一緒にハロウィンができたね。」
両親の仕事の都合により、仲良し兄弟は間もなく引き裂かれる運命。
せめてその前にハロウィンのお祭りだけでもすることができて、
陽一と陽二は束の間のしあわせを感じていた。
しかしその裏で、大人たちの間ではちょっとした騒ぎになっていた。
陽一と陽二は、ハロウィンの仮装をするため、色々な物を拝借した。
かぼちゃ、かぶ、工具、飾り付け、帽子、ろうそく、マッチ、などなど。
それらは、子供の側からしてみれば、
ハロウィンのお菓子をもらうのと大差ない感覚で拝借したものだった。
しかし大人から見れば、これは立派に窃盗になってしまう。
店の売り物が失くなっていることに気が付いた人たちは、
それを持って練り歩く陽一と陽二の姿を見つけると、
鬼の形相で問い詰めた。
「お前たち、親はどこだ!」
思いもよらず大事になって、陽一と陽二は戸惑った。
怒る大人たちを連れて家に帰る。
するとそこには、珍しく夕飯前に帰宅していた両親が待っていた。
「あのう、うちの子供たちが何か・・・?」
「何かも何もないよ!うちの店の売り物を盗んだんだよ!」
「ええっ!?うちの子供たちが?」
「嘘じゃない。本当だ。証拠だってここにある。」
突き出された陽一と陽二は、盗んだ品で仮装している。
家を出た時と格好が違う。
これは即ち盗みをした証拠としては十分だった。
それから、商店街の大人たちは陽一と陽二の両親を叱責し、両親は平謝り。
もちろん両親はすぐに弁済を申し出た。
しかし、子供のしたことだが、規模が大きいということで、
陽一と陽二のことは、警察に相談されることになった。
両親は警察に呼ばれ、派出所でも平謝りをしていた。
その姿を見て、陽一と陽二は、
自分たちが悪い事をしたことを実感したのだった。
夕食の時間もとっくに過ぎた頃。
やっと両親と陽一と陽二は家に帰ってくることができた。
陽一と陽二は後に学校で改めて生活指導されることになった。
両親は何やら電話をして謝っていた。
その電話の先が勤め先であることは、
会話の内容から陽一と陽二にもおおよその予想がついた。
電話を切った後、父親と母親はそれぞれ長い長い溜め息をついていた。
その日の夕食は静かだった。
子供が窃盗の罪を犯せば、その責任は保護者、親に及ぶ。
陽一と陽二のいたずらの代償は大きかった。
子供が特別指導を受けるような不祥事を起こしたことで、
父親も母親も今回の転勤は見送りとなった。
栄転という形だったので、不祥事の影響は大きかった。
きっと転勤が無くなっただけでなく、
他にも色々な迷惑がかかったことだろう。
しかし、それでも、両親は陽一と陽二を決して叱らなかった。
「ごめんね、二人とも。寂しい思いをさせたね。」
「引っ越しは無しになったから、今まで通り、
家族四人で暮らしていきましょうね。」
「今度からは、何か困ったことがあったら、
すぐにお父さんかお母さんに相談するんだぞ。」
両親は怒るどころか、これからも家族四人で暮らすことを約束してくれた。
それは陽一と陽二にとって、最高のハロウィンのプレゼントになった。
トリック・オア・トリート。お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ!
そういえば陽一と陽二は、両親からハロウィンのお菓子を貰っていない。
「まさか、その意趣返しのいたずらが、今回の転勤取り消しだったりして。」
「まさかぁ。でも、そうだったら、ハロウィンの悪魔に感謝だね。」
いたずらも転じれば福と成すこともある。
陽一と陽二はハロウィンに最高のプレゼントを貰った。
これが悪魔のいたずらの結果だとしても、
今はハロウィンの悪魔に感謝していた。
「トリック・オア・トリート!
お菓子もいたずらも、両方貰っちゃうぞ!」
終わり。
少し早いハロウィンの話でした。
ハロウィンがお祭りとされてまだ間もないですが、
親子が揃ってお祭りを迎えられるように、
子供たちが罪を犯し、その代償が逆にプレゼントになりました。
このようにハロウィンが家族を繋ぐお祭りになってくれたら良いと思います。
お読み頂きありがとうございました。




