第四章 4
「一つ、聞いておきたいことがある。」
「いいだろう。今は機嫌がいい。何でも答えてやるぞ。」
「その力、今日以外に何回使った?」
「覚えていないな。だがこれだけははっきりと言える事がある。」
「ふん、言ってみろ。」
「より命を危険を感じた者の生命力という物は素晴らしい。何物にも代え難い至高とも言うべき味をしていたぞ!」
「地下でこそこそと実験を繰り返したのか……」
「そうだ。お前たちにバレれば厄介な事になるからな、今のように。」
「私たちは本気で世界を……。戦争を終わらせられると信じていたんだぞ!」
「そうだろうな。俺がそう仕向けたんだからな。ククク、滑稽だな!」
「絶対に……許さん!!」
「ハハハハハハハハッ!!そうら、範囲型ソウルイートを止めてやる。全力でお前の命をもらうぞ!」
第四章 ……
炎が頬を掠めていく。それに怯む暇はない。
「エーテル、穿て!」
先程のやつでコツは掴んだ。よりスムーズにエーテルの収束と放射ができるようになったと実感できる。
だが、やはり効果的な攻撃にはなっていない。今習得したばかりの者と長年に渡って研究と実験を繰り返してきた者との間には、一朝一夕で超えられるほど低い壁は存在しないのだ。
そう、ストラーは強い。
もっと早くに、アルシアが呪文のことを教えてくれたときからでも経験を積んでいればこの差は埋められたかもしれないな。
「なんだ、所詮は付け焼刃か……」
分かっていた筈だろうが、それでもあいつは落胆の表情を露わにした。
「普段のお前は容易に力を使えていたと思ったが、ただの偶然、か……」
普段の私?そうだ、いつもの訓練の時には火球を撃ち、電気を飛ばし、氷柱を呼び出し的を穿ったり出来ていたじゃないか!
「要するに、簡単なものならイメージだけでなんとかなる、か?」
試しにハーシュの部屋で見せた火球を思い出す。あのときの的の顔はストラー。これほど簡単にイメージできる物は他にあるまい。いとも簡単に放たれた火球は真っ直ぐにストラーの顔面を目指す。もちろん当たるなんて思っていない。それは当然避けられたが、何よりも私にとって自信となった。
「そんな小さな炎で、炎を操る俺を倒せるとでも?」
「いいや、思わん!」
そのまま連続で電流の矢、氷の槍、水の弾丸……イメージは途切れない。エーテルに固執して考えなければいくらでも!
「クククハハハハハッ!すごい、すごいぞ、ミュー!!やはりお前はエーテルに誰よりも好かれているな!その力、心の強さも含めて全て欲しい!!!」
次々と繰り出される攻撃をかわしながら、ストラーが歓喜の声を上げる。そのまま徐々にこちらに距離をつめてくる。おそらくソウルイートをかけるつもりだろうが、より確実に私から命を吸い取るために掴みかかってくるだろう。たとえそれが私にわかっていてもお構い無しにだ。そしてその予想通りに右手で私を掴もうとする。
「さあ、その命を俺……に……」
ストラーの視線が何かを追って泳ぐ。その何かは私にはよく分かる。剣を隠し持ってきたのは正解だった。限界まで引き付けて、右手で左側に隠しておいた剣を掴み、一気に斬り上げたのだ。
「どうした?お前の腕だぞ。」
何が起こったのか理解できていない、そんな表情を見ながら右側の剣を引き抜いた。そしてそのままストラーの首筋を狙う。どんな生き物だって頭を、脳と体を引き離せば生きてはいられないはずだから。こいつにもそれが通用する事を祈りつつ一気に斬り払った。
「そんなもので!!」
何を思ったかストラーは自ら首を剣に斬り裂かせた。一瞬怯んだ私を見逃しはしなかった。驚く私を尻目に左腕までも斬り落とすと、自身の体を炎に変えて突っ込んできた。
「予想外の事態などいつでも起きる。問題はそれにどう対処するかだが、これは少々屈辱だな!」
その瞳は怒りに燃えてか真紅に染まっている。マズイと思ったときにはすでに掴まれていた。振り払うよりも早く力が抜ける。辛うじて意識は保てるものの、気を抜けば確実に飛んでしまう。
「ほう、普通の人間ならこれで一瞬なんだがな。お前はどれだけ大容量の命を持ってるんだ?……いや、お前のエーテル吸収量がこっちの予想を遥かに超えているのか。ククク、やはり北天のエーテル濃度が原因か?お前は知らないだろうが北天のエーテル濃度は世界のどの場所よりも濃い。だからこそお前やガルマンドのような者が生まれるんだろうな。……そうだ、お前の命を吸い尽くしたら俺も北天に行ってみるとしよう。長く滞在すればそれだけお前のようになれるかもしれ……………」
不意に言葉が途切れた。いや、こいつの声だけじゃない。周りがやけに静かになった。そして何者も動く気配すらない、異常な状態が広がっている。私自身も頭を動かすのが精一杯で、他の部位は全く動こうとしないし感覚もない。
「君はこの状態を感知できるのですね。」
頭の中に声が響く。周囲を見回すが誰もいない。何か大きな気配を感じて後ろを振り向くと白く大きな龍がいた。
「ミュー、今世界は停止しています。私が存在する全てのエーテルに干渉して時間を止めました。」
「アルシア……なのか?」
龍は静かに頷く。彼女が誰にも見ることが出来ないといった白くて大きな龍の姿。それはとても綺麗で思わず見とれてしまいそうになる。
「この力は、日に何度も使えるわけではありません。それに今日一度使ってしまったので、それほど長くは持たないはずです。ですから、その男を引き剥がすくらいしか出来ないでしょう。時が動き出したら一度退いて、レイから話を聞いてください。」
言いながらストラーを引き剥がすと、私とストラーの間に割って入る。
「ミュー、今の君がこの力を使うことは不可能ではありません。しかし、今のエーテル総量では間違いなく魂を食われて死ぬでしょう。決してやろうとは思わないようにしてください。」
出来る出来ない以前に、これは彼女特有の力であって、私にあるものではないのではないだろうか?そんな疑問を察してか彼女が続ける。
「古龍の力の源は君です。私たちはその体に眠る力の一端が個々に発現したに過ぎません。ですから、時が過ぎてエーテルの扱いに長けていけば自ずと全ての力が使えるようになるはずです。今は焦らずにやるべきことをやってください!」
龍の姿が揺らぎ始める。もう彼女がこれ以上時を止められないということだろう。私の今やるべきことは決まっている。だから答える言葉も決まっている。
「ふん、任せておけ。ストラーは私が倒す!」
その言葉を聞き届けてアルシアの姿が元に戻る。それと同時に世界が動きを取り戻した。
「……ないからな!……どういうことだ、これは……?」
困惑するストラーを見ることなく私は後退する。充分に距離をとってからレイを探す。
「ミュー、聞こえるか……?」
丁度そこに通信が入る。レイからだ。
「ああ、聞こえる。何処にいるんだ?」
「観測所だ……。俺自身もう長くはもたない。渡した銃は持っているか?」
確か腰のベルトに固定して持ってきていたはず。そう思って確認すると間違いなく銃がある。
「ああ、持って来ている。」
「その中には龍死草を使った弾丸が装填されている……。そいつを頭にぶち込んでやれ!」
龍死草。口にした者の細胞を死滅させ続ける強力な毒を持っているために龍すらも見ることを嫌うと言われる毒草の名前だ。
「陽の守の国の守護龍を討伐するためにも使われた銃弾だ……。これならば……きっと……」
言葉が途切れる。
「レイ?」
問いかけても答えはない。
「観測所……バーゼッタ君はいるか!?」
ふと、先程隕石について通信してきた新米の名前を思い出す。彼もそこにいるはずだ。
「は、はい!」
「レイはどうした?」
「そ、それが眠ってしまったようで……」
「……そうか……」
きっと彼も分かっている筈だ。。だからそれ以上は聞かずに、静かな場所に寝かせてやるように言って通信を切ろうとした。
「ま、待ってくださいミューさん!隕石について報告が!」
早く戻ってストラーを始末してしまいたいところだが、隕石のほうも気になる。
「手短に頼む。」
「はい!実は隕石の接近速度が目に見えて速くなっているんです。まるでこの場所も隕石に近付いているような……」
「他には?」
「後は、隕石の大きさと形なんですが、とても大きくて……えっと……そうです!龍化したバゼルさんぐらいはあるように見えます!形もそんな感じですし、宇宙から新種の龍でも降ってきてるみたいなんです!」
それは今までに感じたことのない感覚だった。不吉な予感とでも言うのだろうか、全身の毛が逆立つようなぞわぞわとした不快感。何事もなければ良いと思いながらも、何か避けられない事が起きるという核心めいたものがチラついて……
「今は……ストラーを倒すことだけを考えるべきか……?」
通信を切って、自分に言い聞かせるように言ってからアルシアの元へと戻った。