第四章 3
この世界は好きだ
別に真実を知ったからではない
それはきっと皆に出会えたから
まだ多くの人に会ってみたい
もっと世界のことを知りたい
だから、それを壊そうとするあいつは許せない
第四章 ……
焼け付く様な暑さが迫ってくる。アルシアとの通信はストラーがヒトトナルカと名乗ったあたりで切れた。どうやらこの暑さは地下からストラーが迫って来ているということらしい。
「うん、こっちは片付いたね。」
バゼルが巨大な龍を倒してこちらに戻ってくる。だが、龍化は解いていない。彼も通信は聞いていたはずだ。それ故に警戒しているのだろう。
しかし、私たちを欺くためとはいえあれほど巨大な龍を用意するとは、つくづく恐ろしい奴である。それほどまでに世界を手にすることに執着しているわけだが、それを実行できるだけの力を持つとなれば静観しているわけにはいくまい。
「来るよ、気を付けて!!」
それと同時に地面を貫いて炎が噴き出す。その中にあいつの姿があった。
「ストラーッ!!!」
叫んだ飛び出そうとした。しかし、違和感を感じて踏みとどまる。ストラーの遥か後方に何かがいる。いや、何かではない誰かだ。その誰かはどんどんと近付いてくる。ストラーは炎に包まれたまま悠然とこちらを見下ろしている。その余裕を浮かべた顔が気に食わないが、今はあれが誰なのか、その方が気になる。
「あれは……そんな!?」
バゼルが驚きの声を上げる。それは、迫ってくる誰かが一人ではなく三人だったから、それだけではない。その顔に見覚えがあったからだ。
「ククク、保険はいくらでも掛けておかないとなぁ?」
なんて奴だ!迫ってくる奴らは皆同じ顔、ミズナの顔だった。
「ふん、お前らしいと言えば間違いないが、なんだろうな……胸糞が悪くて仕方がない!」
「結構じゃないか。そのまま気持ち悪さに悶えればいい!その方が俺としてもやりやすい。」
私が吐き捨てた怒りもあいつにとっては些細なこと。それが余計に私の心を乱し、その行動の真意を見抜けなかった。
「ミュー、何か変だよ。体がだるくなってきてる……」
バゼルに言われてふと気付く。確かに妙に疲れているような嫌な感覚に包まれている。
「ククク、気付くのが遅いじゃないか。だが気付こうが気付くまいがどうしようもない。お前たちの命は少量でもかなりの力になる。さすがはエーテルに好かれる人間というだけはあるな。」
アルシアの通信から手をかざさなければ吸われることは無いと思っていたが、どうやら考えが甘かったようだ。よくよく周囲を見れば、土は干からびてひび割れ始め、木々は緑を失っていっている。小さな虫たちは息も絶え絶えといったところだ。それは、あいつが炎を纏って周囲の温度を上昇させているからだけではないだろう。
「その力、厄介だな。」
ひとたび力を発揮すれば周囲から命を吸い取り、必要に応じて一体から一気に吸い出すこともできる。
「ククク、いいことを教えてやろう。俺を殺すにはこの力……そうだな、魔法らしく名付けるとすれば『ソウルイート』とでも呼ぼうか、これを止める。後は煮るなり焼くなり切り刻むなり好きにすればいい。どうだ、簡単だろう?ククク……ハハハハハハッ!!!!」
何がおかしいのだろうか?イライラする。このまま捻り潰してやろうか!!
「ミュー、落ち着いて。何だか君の体が光って見えるよ。感情の高ぶりにエーテルとやらが反応しているんじゃないかい?」
エーテルか……正直信じていいものかわからない。だが、今私の怒りに反応しているこれらは私の力と成り得るのだろうか?もしそうならば、そうだな、有効活用させてもらおう。
「ふん、私があのミズナもどきを……例えばお前達を集め撃ち出した光線で……撃ち抜けるというのか!?」
エーテルは答えない。それもそうだ、こいつらは生き物じゃない。ならば試してみるしかあるまい。
「撃ち抜くイメージを……」
イメージを固めるのは簡単だと思った。だが、一つのことを一つの形として留めることはなかなかに難しい。ふと何か違う考えが浮かんでしまえば一瞬にして揺らいでしまう。
「そうか、だからこその呪文……」
内的要因で霧散する前に外的要因で固め発動させる。ふん、強引な手段かもしれないが、さっきのバゼルを見る限り難しくは無いらしい。試してみる価値はありそうだが……まあ、やってみるしかあるまい。
「……ふん……」
しかし、これはアレだ。とてつもなく恥ずかしいことなんじゃないのか?もし出なかったりしたら一生忘れられない心の傷を負いかねんぞ?そうなるとやめた方がいい気がしてきた。そもそもなぜみんな黙って私を見ている?確かに何かしそうな雰囲気は出しているかもしれない。だが、それが物凄いプレッシャーになって圧し掛かって来ていることに気付いて欲しい。
「ククク、どうした?何もしないなら俺から行くぞ!そうら、飲み込め!火炎の濁流!!」
ストラーが叫ぶと同時に、炎が氾濫した川の水のようにうねりながら襲いかかってくる。そしてそれを取り巻く様に三人のミズナも突っ込んでくる。
「迷っては駄目よ。全てが無駄になってしまうわ。」
聞き覚えのある声が聞こえるとともに私の体が宙を舞う。突き飛ばされたのか?何にせよ私は助かったが彼女はどうなる!?
「ハーシュ!!」
彼女の名前を呼んだ瞬間、その周囲に何か球状に光るものが展開されるのが見えた。炎の濁流はそれに弾かれ遥か上空に逸れると力を失い消え去った。ミズナは何かを感じたのか立ち止り様子を窺い始めた。
「ハーシュ、無事だったんだな!」
通信ではもう駄目だと言われていたから無事だったことに素直に喜べた。だが、彼女は少し悲しそうな顔をしていた。よくよく考えてみれば彼女は胸を貫かれていたはず。私の目の前にいる彼女にはその様子すらない。
「ミュー、私は死んだわ。今ここにいる私は機械人形の一人にすぎない。本物ではないのよ……。」
そう言って後ろを指さす。その先に目をやれば無表情で立っているハーシュが数人……
「今私が死ねば、次はあの中の誰かが起動するわ。そこのお人形さんと違って同時起動はできないけれど、エーテル機構も組み込んであるからアレと戦う分には問題ないわ。」
彼女は完成させていたのだ。自らの全てを写し込む器を。
「お前は、いつまで俺に逆らえば気が済むんだ!!」
ストラーが激昂している。それよりも彼女にどう声をかければいいのか、それを考えるので頭が一杯だった。記憶はどうなるのだ?体に染みついた経験は?いや、そんな事を聞きたいんじゃない。無事でよかったとか、あいつを倒すのに力を貸してほしいとか、ありきたりな言葉でもいいんじゃないか?
「下らない野望を捨てるまでは逆らい続けるわ。」
「ほう、俺はお前の基となった人間だぞ?それが逆らうのはおかしいと思わないか!?」
「貴方のことをそんな風に思ったことは無いわ。最も生まれた頃は父親になって欲しいと思いはしたけれど……」
「ククク、だから何度も言ってきたじゃないか。父さまと呼び慕い、俺の計画を手助けするならば一般的な父親くらいは演じてやるとな!」
「その考えが私を突き放したと何故分からないの?本当に良い反面教師だわ!」
「しかし、お前を先に作っておいて良かったと感謝はしているぞ。ミズナはしっかりと記憶まで調整できたからな!ククククク、フハハハハハハハハハハハッッッ!!!!」
「そうね、私も感謝はしているわ。エーテルの情報を記憶に残しておいてくれたことにはね。」
……今は、それを考えるのをやめるべきか。あいつを倒してから、言いたいことも、聞きたいことも、全部ぶつけてみよう。だから、今は……
「エーテル収束……穿て!!」
叫んで突き出した右手の先にエーテルが収束していくのが感じられる。そしてそれは私がイメージしたように一筋の光となってミズナ一人の頭を貫いた。貫かれたミズナはどさりと音を立てて倒れ、以後動くことは無かった。……なんだ、意外と簡単じゃないか。
「ちっ!まさか躊躇なく頭を撃ち抜くとは……」
「どうせいくらでも作れるんだろう?もう私にとってその女は仲間でも何でもない。躊躇う必要などない!」
本物の彼女には会ったことがないが、レイの話によればあいつを止めようとしていた。ならば、あいつに協力しているアレはミズナではない。今は、そう思うしかなかった。
「ハーシュ、これが終わったら君について色々聞きたい。だから、ミズナの方を頼む。ストラーは私がやる!!」
頷いてミズナの方に向きなおす。その視線の先に無数の瞳が近づいてくる。趣味の悪い奴だ。まだ大量に用意してあったとはな。
「全員集合……だ!さあ、楽しんでくれよ。」
ハーシュに任せて大丈夫だろうか?私の心を見透かしたように彼女は小さく、だが力強く頷いてくれた。きっと大丈夫だろう。
しかし、バゼルは?さっきから一言も言葉を発さない彼が心配になった。
「バゼル?」
「僕のことは気にしないで……ストラーを倒して……」
片膝をついている姿が目に入った。その声は苦しそうである。命を吸い取られているからなのか?そうだとしたら私はなぜ無事なのだろうか?
「ククク、バゼルとの違いが気になるか?ミュー、お前エーテルを取り込んで生命エネルギーに変換しているだろう?しかもその様子だと無意識の内にな。……ますます興味深い存在になっていくなお前は!さあ、来いよ。俺を倒すんだろう?」
「言われなくてもやるさ!」
こいつを倒せば生命の吸収は止められる。そうすればバゼルだけじゃない、皆助けられる!きっと、今の私にならできるはずだ。
だが、結末は誰にも予想出来ない方向へと動き始めていた……