第四章 1
時は来た
大いなる悪意が牙を剥く
しかしそれに気付いた時は既に遅く……
第四章 ……
緊急の通信が全館に響き渡った。なにやらストラーがヒトトナルカとやらに襲われたそうだが……。
「まったく、そのまま息絶えてしまえばよかったものを……」
そうすれば復讐の手間も省ける。何よりも奴がいなくなってくれるのならば復讐などもどうでもいい。
「ミュー、あまり物騒なことをいうものじゃないよ。」
例によってバゼルにたしなめられる。しかし、こればかりは止められるものじゃない。奴がいなくなるまで、な。
さて、ここで立ち止っているわけにもいくまい。ヒトトナルカを止めなければここも無事ではないだろうからな。
「さあ、行こうか、ミュー!」
バゼルに同意しそのあとに続いて……ふと気付く。アルシアがいない。バゼルは一緒にここに来たはずだという。だが、どんなに辺りを見回してもその姿は見えない。
「おかしいな。確かに一緒に来たはずなのに……」
探しに行く、という選択肢もあったが、何よりも研究所の被害が大きくなっているらしい。先に討伐に出たらしい研究員たちの悲鳴じみた報告が嵐のように飛び込んでくる。まったく、戦えもしないのに出て行くからだ。
そんな報告に交じって気になる報告があった。フルオープンにしていた通信をそれに絞って受信してみる。
「……きな星……隕石……!!」
隕石か。規模によってはヒトトナルカどころの騒ぎではなくなるかもしれない。少しは情報を得ていた方がいいだろう。そう思って通信を双方向に変更する。
「こちらミュー、隕石の情報を教えてくれ。」
「ああ、良かった。誰にも繋がらなくて困っていたんです!」
若い研究員の声だ。きっと先輩に当たる人物たちは出払ってしまったのだろう。天体観測班など一番仕事が無いと言われる所だからな。一番の働き時が、観測以外とはいえできてしまい張り切って出て行ったのだろう。
「天体観測班のバーゼッタです。現在、巨大な隕石が接近中。このまま落下すれば北天に激突します。」
「被害の予想は?」
一番気になるところだ。できれば詳しく知りたかった。だが……
「すみません、先輩たちでないと……。昨日雇われて、いきなりここに配属された僕には何が何だか……」
そういう人物を残していくとは、天体観測班はそんなにも仕事に飢えていたのか……。何も分からないならばせめて観測だけは続けるように言って通信を切った。最後に「そんな、助けてくださいよ!」と悲痛な叫びを上げていたが、残念ながら私にだってどうすることもできない。頑張ってくれ、バーゼッタ君。
「隕石が来るのかい?」
「どうやらそうらしい。さっさとヒトトナルカを片付けて対策を立てないとな。」
やれやれ、アルシアだって探したいのに課題が多すぎる。愚痴る時間もありはしない。私とバゼルは北天側に現れたヒトトナルカの元へと急いだ。
レイからもらった剣はマントの下に隠して持ってきたし、一緒に手渡された銃も持った。軽く手から炎を出してみる。うむ、今日は調子がいいようだ。
「あれか!?」
外に出た私たちの目に映ったのは、巨大な二本の腕を生やした赤い龍の姿だった。口からは長い牙が天地を共に貫くようにはみ出している。翼は炎でできているようだ。揺らめいては周囲を焼き焦がしている。はっきり言って人が戦える大きさではない。
「僕がやるよ。」
バゼルが私に離れるように言う。どうやら、龍化して戦うようだ。
「バゼル、できるのか?」
「うん、さっきアルシアに教えてもらったんだ。呪文を唱えるということ!」
だからと言ってすぐにできるとは限らない。そう言おうとしたが、バゼルの口が動くほうが早かった。
「我は龍、雷を纏い、電光により全てを見つめる者!!」
周囲の空気が電気を帯びたように震える。そのすべてがバゼルに収束し、凄まじい光に包まれて巨大な龍へと姿を変える。雷龍・カミガナルカ……うまくいったのだな。
「ミュー、気を付けて。」
龍化したバゼルはそのまま動こうとせず、静かにヒトトナルカを見つめていた。
「千里眼では姿が見えない。ヒトトナルカは多分、蜃気楼のようなものだよ。」
彼の持つ千里眼は、彼が龍化した状態であればどんなものでも見抜くことができた。しかし、それが効かないとなると、訓練中の経験から判断すれば熱で作られた幻影が正体ということになる。蜃気楼だけが唯一彼の千里眼に映らないのだ。
「そうなると、ここにはいないということになるが……」
「待って、ちょっと攻撃してみるよ。」
そう言って雷撃をヒトトナルカに向けて放つ。空を切り裂き一瞬にしてその体に突き刺さる。それと同時によろめいたのが分かった。
「うん、体の表面の温度で空気が歪んでいるだけみたいだね。おそらくそれで蜃気楼のように見えるんじゃないかな。」
現時点ではそう判断するのいいのだろう。何よりもバゼルが千里眼で見た映像がどのようなものかは判断できない。だからこそ判断はバゼルが下すべきだと思った。
「バゼル、私は……」
「ミューはそこで待っていて。大丈夫、無事に戻るよ。」
もちろんそれを信じたかった。それでも何故か、心の奥に何とも言い難いものが湧き上がってくるのを止められなかった。
「バゼ……」
彼を呼び止めようとしたときだった。私とバゼルに通信が入った。
「ミュー、バゼル、聞こえますか?」
それは、アルシアからの通信だった。
「ああ、聞こえる。今どこにいるんだ?」
「地下です。バゼルは通信を繋いだままヒトトナルカを倒してください。おそらく手を抜いても大丈夫です。ミューはそのままじっとしていてください。この後、大きな仕事を頼むことになります。」
地下ということはレイとハーシュを追って行ったのだろうか?まさか、ストラーを助けるために?
その疑問はすぐに解けた。そして、その時が本当の戦いの始まりだった。