第三章 闇に灯る炎 4
【レイの回想】
突然の出来事だった。陽の守の国からミートゥリアと同盟を結びたいという使者がやって来たのだ。
陽の守の国はこの国と同じく島国で、戦争に参加してはいないものの、自国で発掘される資源の埋蔵量の豊富さから多くの国に狙われていた。同盟を結ぶとなればこちらの技術を提供することで国を守ることが容易になる。個人的にはそうすることはとても良いことに見えたが、ストラーがその話を受けるとは思えなかった。
しかし、予想に反してあいつは同盟を結ぶと言い出した。そこからは駆け足で話が進み、正式に同盟を結ぶために俺とストラー・ミズナの三人が代表として陽の守の国に向かうことになった。
俺とストラーとミズナは幼馴染だ。ストラーが誰にも追いつけないような速さで突き進むのを彼女はずっと追い続けている。俺はそれを見守る傍観者のようになってしまった。小さな頃はたしなめもしたが、自分には止められない、歩みを遅くすることも出来ないと気付いてしまったからだ。
ミズナがあいつを追いかけるのはストラーを想っているからではない。俺が諦めた抑止力としての役目を果たすためだ。
ストラーは幼い頃から他人とは違う危険な考えを持っていた。「欲しい物は奪い取る」という考え方だ。学者として優秀な両親の間に生まれたあいつは、幼い頃から貪欲な知的探究心を持っていた。そして、それを満たすためにあらゆることをした。他人の研究途中の物をあっという間に完成させ自分の物としたこともあった。両親の研究であっても間違いを指摘したうえで逆らえないほどの理論理屈で押さえつけ止めさせたこともあった。その研究はもちろん瞬く間にあいつが完成させた。誰もが一つの才能だと思った。奪ったものを一人の力で誰の手にも負えない速さで完成させる、その才能に立ち向かうことなど誰にも出来ないのだ。悔しさよりも恐怖に支配されなにも出来なくなるのだから……
そんなあいつが同盟を結ぼうとする真意、それはきっと陽の守の国の守護龍に接触するためだろう。
陽の守の国の守護龍は、人との交流がある数少ない龍種だ。だが、龍種特有の強力な力を争いに向けることはなかった。守護龍という呼び方は人が勝手に付けたものでしかなく、龍にとって人との交流は長い寿命の中での暇つぶしにすぎなったということだろう。たとえそうであっても力は持っている。ストラーがそれを狙うのではないかと俺もミズナも警戒していた。
そもそもストラーが龍種にこだわる理由は、幼い頃に読んだ物語が大きく影響している。それは、強大な力を持った龍が人々を支配し恐怖に陥れようとする物語だ。どこにでもある物語で、最後には英雄が龍を討ち平和を取り戻すというものだ。普通は英雄に憧れるものだが、ストラーは違った。龍が持つ力に憧れたのだ。物語からストラーが得たものは、人の力と龍の力を融合させるとどうなるか知りたいという欲求だけだった。
それを知っていたからこそ俺もミズナも陽の守の国へ同行した。一人で行こうとするあいつを見ていると嫌な予感しかしなかったからだ。だが、この判断自体が間違っていたのかもしれない。
案の定ストラーは同盟の調印式を終えると一人で龍に会いに行った。それに気付いたミズナが書置きを残して追い掛けていた。俺は気付くのが遅すぎた。だが、早く気付いていたとしても結果は同じだったかもしれない。
ストラーは逆鱗に触れたか否か、龍は激昂していた。そして、ストラーと龍の間には体を引き裂かれうつろな瞳を彷徨わせるミズナが横たわっていた。踏み潰されたのだろうか、周囲には血に塗れた様々な物が飛び散っていた。
あいつは泣いていた。
龍は討伐された。この件で同盟の件が白紙にならなかったことは良かったのだろうか?
それから二年間はストラーと会わずに過ごした。お互いに幼馴染を失った傷は大きいと思っていたからだ。
だが、三年前にストラーに呼び出されたとき、俺はあいつの真の恐ろしさに触れた。
あいつの隣にはミズナがいた。俺のことは知らなかった。ミズナであってミズナでなかった。独特なしゃべり方も人懐っこい性格も彼女の物であったが、根底の部分で何かが違っていた。
おかしな話だがそれだけで済めば良かったとも言える。それほど奇妙な出来事が俺を襲った。
娘がいると言った。二年も会っていなかったのだからそんなこともあるかもしれない、そう思っていた俺の考えはあっという間に吹き飛んだ。紹介された娘は12歳だという。
どういうことか全くわからなかった。なぜこんなにもおかしなことを平然と、当然のように言えるのか?ミズナを失っておかしくなったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。あいつにとっては全てが当然のことなのだろう。何かが足りないと思えば作り出せばいいのだ、と……
余計な事を言えば、我が身がどうなるか分かったものじゃない。俺はあいつと今まで以上に距離を置くことにした。もう誰にも止められないだろう、そう思った。
だが、ここで俺は初めて龍種創生計画というものを知った。何年も前からあいつが極秘裏に進めていた計画らしい。まだ龍種にこだわっていることに驚いたが、それを戦争の抑止力にしようとしていることにはさらに驚いた。あいつの口から「平和のために」なんて言葉が出てくるだけで疑わしい。俺は気付かれないように裏を探ることにした。
たどり着いたのは北天の地、ここで計画の要となる一人の少女が村を焼かれ途方に暮れていたそうだ。それを保護したそうだが……どこの誰かは分からないが密かに協力してくれている人物からの情報によると、村を焼いたのはストラーだという。あいつはまたしても他人から奪ったのだ。村の焼け跡はまだ手もつけられずに残っていた。大きな屋敷と思われるものの焼跡を調査したところ、母親が少女にあてて書いていた手記を見つけた。一通り読んで、これを少女に届けることがストラーを止めることに成り得るかもしれないと思った。
そんな折、ストラーから古龍たちに与える武器が欲しいとの連絡があった。今しかないと思った。
俺を迎えに来たのはストラーの娘・ハシュトマだった。だが、どうやら正式には迎えはよこしてないという。彼女が来た理由は一つ、研究所地下区画閉鎖領域の調査への協力依頼だった。
さらに彼女は言った、「そこで全てが分かる。全てが話せる」と……