第三十八話 太郎
「ちぇ〜〜、つまんないの。」
少女はとある一室で、そう零す。他にも誰かおり、少女を含めた四人は各々椅子に座っている。
「とはいえ、仕方がないだろう?魔神様がそう仰るのだからな。逆らうなんて言語道断だ。」
二十歳くらいの青年は、手から土を出し、それを固めてコップにする。
「逆らうなんて真似するわけないじゃん。」
少し鬱陶しそうに目を細める。
「……茶は?」
青年は隣にいる男に声をかけた。
「僕が持ってると思った?」
面倒くさそうに青年に顔を向ける男。
「………思わなかったが、念のためだ。」
一瞬考え、本音を口にする。
「そこは嘘でも思ったって言えよ!」
男は身を乗り出した。
「…………うるさい。」
青年は、そっと顔を正面に向き直した。
「お前が言うな!」
ムキー!とオノマトペが出そうな顔を浮かべる。
ズズッと、何かを啜る音が男の隣から聞こえてきた。
それが気になり振り向くと、そこには湯飲みを持った中年の男がいた。
「………仲成、その茶を何処から持ってきた?」
男は困惑した表情をしながら訊く。仲成は直垂の袖を少しだけ上に上げ、静かに懐から茶葉を取り出す。
「…………ここだ。」
「いや何処から取り出してんだよ!つうか湯はどうすんだよ!」
男は驚く。
「紅からな。あと、別にこれは湯ではない。水だ。」
仲成は少女に視線を一瞬向けて、再び男に顔を戻す。
少女、もとい千日紅は笑顔で手を振る。
「おい、沃土。」
男は呼ぶ。
「なんだ?」
「仲成から貰えよ。」
仲成の湯飲みをツンツンと指さす。
「……やっぱ飲むの面倒くさいからいいや。」
青年は背もたれに全てを預ける。
「おい!」
男がそう言うと、全員気配に気づいたのか、黙って席に座った。
その瞬間、音も立てずに現れる。
「全員来てるな、仲成、紅、沃土、宗高。」
そこに現れたのはフードの男だった。四人を一瞥して話し出す。
「お前らには、各々別の場所の大将としていてもらう。」
「……大将ですか?」
その言葉の意味が分からず、男、宗高は首をかしげる。
「……そうだ、紅には方前市を、沃土は泉野市を、宗高には道井市を。そして、仲成には、坂宮市に各自、移動しろ。」
フードの男は、紅を見た。
「……特にお前は待機だ。」
その言葉に少し目を見開くが、すぐにいつもの顔に戻る。
「……は〜〜い。」
右手を上げて言う。
それを聞いたフードの男は黙ってその場から消えた。
その部屋に取り残された四人は各自動く。
「なら、俺は行かせてもらおう。」
沃土はそう言って立ち上がり、その場を去る。
「紅、沃土と離れてんのかよ。どんまい。」
宗高は右手の親指を立てて、姿を消す。
「別にいてもいなくても、私的にはどっちでもいいんだけどね〜〜。」
紅は仲成の膝の上に座る。
「しかしながら、戦術の幅は狭まるだろ。」
仲成は紅を見下ろす。
「……別に〜〜〜?そんな事ないも〜〜ん。」
頬をぷく〜っと膨らませる。しかし、仲成の言っている事を分かっていないわけではなかった。
紅の様子に、やれやれといった様子を見せる。
それから少し経ち、仲成の膝からひょいっと降り、腕を後ろに組んで背中を見せる。
「……じゃあね、仲成おじさん。」
そう言って、紅も姿を消した。一人になった空間で、仲成は一人座っている。
「いるのでしょう?魔神様。」
仲成は目線を何もない壁に移す。
「……………。」
魔神はただ黙っている。
「少しは嫌悪感を隠さないと、いずれバレますよ?」
重い腰をゆっくり上げ、体を魔神に向けた。
「……無理だな。」
きっぱりと、堂々とそう言った。
「……私は理解してるからいいにしても、他の者に気づかれでもしたら、どうするつもりなのですか?」
仲成は、フードで隠れて見えない目を見る。
「………やはり、お前は何も思わないんだな。」
少しだけ顔を上げて、魔神の黒目が、仲成の目と合う。
「……魔神様の、"悪魔嫌い"を、ですか?」
「それ以外に何がある。」
包み隠さず言う。
「……それ込みの、忠義ですので。」
仲成も歩き出し、去る。魔神はそれを軽く目で追った。
「………………。」
魔神も何も言わず、身を翻し、立ち去るのだった。
◆
ダッダッダッと外から聞こえてくる。
「……………?」
ベッドで天井を見ているトワは、頭にハテナを浮かべた。
それは段々と近づき、ガラガラと保健室の扉が開かれる。
―なんなんだ?
トワはそう思うが、特にそれ以上考えることもせず、目を閉じようとする。
しかしその瞬間、シャ!とカーテンが開いた。
不思議に思い、そちらを見る。
「はぁ、はぁ、はぁ、トワ君、大丈夫?!?!」
そこにいたのは太郎だった。
「…………太郎?」
トワの顔には純粋な疑問が浮かんでいた。
「……起きたなら呼んでよ!」
「お、おう。悪い。」
太郎の気迫にトワも気圧され、謝ることしかできなかった。
少しの間肩で息をしていた太郎だが、徐々に呼吸が追いついてきた。
「……それで、本当に大丈夫なの、トワ君?」
心配そうにトワに目を向ける。
「……大丈夫と言えば嘘になるが、まぁ、ほぼ治ってるな。」
トワは太郎を安心させるため、穏やかな声を出した。
「そ、そっか。それなら良かったよ。本当に心配したんだからね?」
確認するように何度か同じ事を呟く。
「帰ってきたと思って会いに行こうとしたら、血まみれの君がいるんだから……………。」
太郎は、床に小さく血をポタポタ垂らしたトワを思い出したのか、声には恐怖が混じっていた。
「………………。」
そんな気まずい空気がしばらく保健室に張り詰める。
すると、ぐ〜〜〜っとトワの腹から音がなる。
「…………ぷはっ!」
少しの間、唇を震わせて我慢していたが、耐えきれなくなったのか、吹き出した。
「ははははははは!!」
太郎は笑い泣きをする。
「な、なんだよ。」
その光景に、困惑しながら引くトワ。
「いや、何でもないよ。」
目元の涙を拭う。
「お腹減ってるなら、ご飯持ってくるよ。ちょうど昼時だしね。」
トワにとびっきりの笑顔を見せた。
「……なら、頼んだ。」
「……勿論!」
そう言って太郎は足早に保健室を去った。
すると、すぐに扉が開く。
「どうしたんだい?あの子。」
治はトワに向かってそう訊く。
「飯を取りに行ってくれたんですよ。俺の分の。」
「………汚さないでくれよ?」
治は自分の椅子に腰掛ける。
「善処します。」
少し自信がないのか、そう言ってごまかす。
「………そう、ならいいんだけど。」
近くの本棚から漫画を取り出し、ページを開く。
「何で漫画なんてあるんですか?」
トワはツッコむ。
「なんでって、読みたいからだけど?」
さも当然かのように語る。
「そういうことじゃないんですよ。」
「じゃあどういうことさ。」
治はふんぞり返っている。
「いや、それは…………。」
なかなか良い言葉が見つからず、詰まる。
そんな中、再び扉の開く音がした。
「トワ君、来たよ………。って、治先生?」
トレーを両手に持ち、周りには傘都、ヒカル、ユキ、サキがいるのが見える。
「太郎か。」
トワは太郎の方に顔を振り向かせる。傘都達を見たトワは一瞬驚くが、それもすぐにもとに戻った。
「君達、それを落とさないでくれよ?」
治はトワに言ったことを太郎にも言った。
「大丈夫です。」
「……そう、ならいいんだけど。」
トワは二回聞いたその言葉を軽く聞き流した。
太郎達五人はベッドへと近寄ってくる。
そして、太郎は再びトワの前に立ち、トレーを手渡す。
トワの目に、ホカホカの湯気の立っている親子丼が視界一面を覆われた。
その光景に、ゴクリと喉が鳴る。
「い、いただきます………。」
静かに手を合わせて箸を持つ。
そして、肉をひと欠片持つと、周りの卵もくっついてくる。
まずは肉を先に口の中に入れ、米を頬張る。
熱々の米が頬の内側を焼く。それでも咀嚼をやめない。
何十回も噛んで、目を閉じながら飲み込む。
「…………クソ美味ぇ。」
その声は喜びに満ちていた。
―俺のすっからかんだった胃袋にダイレクトに届く。最高だ。
トワの右手隣に傘都が、反対側はユキが座る。ヒカルとサキは立っていた。
「………?」
トワは頬に米粒がついたことに気づかず、傘都とユキを見る。
ユキは米粒に気がついたのか、微笑む。
「ねぇ、トワ君。こっちに向いて?」
トワはその言葉に疑問符を浮かべるが、ひとまずその指示に従って顔をユキに向けた。
ユキのやることに気がついたのか、傘都は見ないように目を背ける。その傘都の違和感を感じ取ったサキも目を何処かへやる。
次の瞬間、そっとトワの頬についていた米粒を指で取って、食べた。
「……………………。」
トワは呆気にとられる。何が何だか分かっていない様子だ。
ヒカルは思考停止、太郎は顔を手で覆っている。治は漫画に集中していて気づいていないようだ。
「……………/////。」
ユキは頬を赤らめて、その無言の空間に耐えきれなくなったのか、風の如き早さで保健室を去った。
「……………はっ!」
そこでようやく思考が完結し、ヒカルはトワに近づき、肩を揺さぶる。
「お、おい、トワ。トワ!」
「…………!!な、なんだよ。」
途中で意識が帰ってきたのか、そう返事をした。
「いっ、一体何があったんだ?」
トワは周りを見渡し、ヒカルに訊く。
「駄目だこいつ。完全に記憶がとんでやがる。」
「な、何がだよ?」
トワは頭に疑問符を浮かべている。
「………傘都、こいつ治せるか?」
少しの希望をかけて傘都に訊く。
「無理。」
が、しかしそれは無慈悲にも断られた。
そうして、トワは食事をとるのだった。
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