第三十六話 正義
「…………は!」
なにかにうなされ、トワは額に汗をかきながら目覚める。
周りにはカーテンがかかっていて様子が分からないが、保健室だということは理解した。
―そうだ、目が覚めたなら治先生に言わないと。
トワはそう考え、カーテンを開けようとした。
するとその瞬間、トワの脳内には、少女の手によって殺されかけた記憶がフラッシュバックする。
「うっ!!」
瞬時に恐怖で嗚咽しそうになるが、両手で塞いでそれを防ぐ。目は見開き、身体は恐怖で震えている。
嗚咽が収まったのか身をよじり、腹を抱え、身体を折るように縮こまる。
すると、段々と過呼吸になりさらに汗が流れる。
―怖い、怖い、怖い……………。
トワは忘れようとしても、どうしてもあの時の痛み、恐怖、全てが鮮明に思い出せてしまう。
―でも、駄目だ。駄目だ。駄目だ。
そう何度も暗示をかける。それは、まるで自分をだますかのように。
―俺は、正義なんだ。みんなの正義、ヒーローだ。
それでも体の震えは止まらない。
―正義は、折れちゃいけない。折れちゃいけないんだ。
―正義はいつだって笑顔なんだ。笑わなきゃ、笑わなきゃ…………。
そうやって無理やりに笑顔を作る。それは、ぎこちないものだった。
だが、少しづつ時が経つと、その笑顔も自然なものへと変わっていき、これまでと遜色ないものへとなる。
―そうだ、これでいい。気持ちを切り替えろ。決して他の人には見せるな。
トワは貼り付けた笑顔のままそう考える。そして、躊躇っていたカーテンを開けた。
そこには、死んだように眠っている治の姿があった。
―流石に起こすのも申し訳ないな。疲れてそうだし。
トワはそっと布団をはがし、気になったのか上半身の服をめくる。
心臓部に触れてみると、そこにはザラザラとした感触があった。
めくっていた服をもとに戻して、床を見る。すると、トワ自身の上履きがあったので、足をベッドから下ろして履く。
ふらつく足で何とかバランスを取り、保健室の扉まで歩く。ふらついていた足がこれまでの感覚を取り戻し、ちゃんと歩けるようになる。
今のトワの服装は、病院服みたいな感じだ。歩く度に胸に出来た傷がズキズキ痛む。まだ完治はしてないのだろう。
扉の前までつき、手を取っ手にかけて静かに開ける。
ちらっと治の方を見たが、起きている様子はないようだ。
特に行く当てはないが、本能的に教室へと足は向かっていた。痛みで歩き方が変になるが気にしない。
―そういえば、何で刺されたのに傷が塞がってるんだ?心臓を貫かれたんだぞ?
疑問は尽きないが、それでも足取りは止めない。
そんな事を考えていると、いつの間にか教室の扉の前にいた。
いつもは賑やかな時間帯の筈だが、教室からは話し声一つすら聞こえなかった。
―どうしたんだ………。
トワは気になり、一度躊躇うが、勇気を出して勢いよく扉を開ける。
シーンとしていたクラスだが、人はいつも通りいたようで、トワを見てはポカンと口を開けている。
その中で、とある人物が立ち上がる。
「お、お前、トワ、なのか………?」
ありえないものを見るような目でたじろぎながら近づいてくる。それは傘都だった。
「まぁ、そうだけど………。」
状況を理解していないトワは頭に疑問符を浮かべる。
すると、傘都はいきなり抱きついてきた。
「良かった…良かった……!お前が生きてて……!」
大粒の涙をトワの背の服に染み込ませた。トワはひたすら困惑している。
「お、おう。俺はここにいるぞ……。」
それでも、迷惑をかけたことを瞬時に理解し、傘都の背中を優しく撫でる。
すると、後ろからも衝撃がやってきた。
「な、なんだ……よ……。」
トワが後ろを振り向くと、そこには後ろから抱きついているユキがいた。
「………………。」
ユキは無言で段々強く力を込める。
「ユ、ユキ………?」
トワがそう言うと、ユキはトワの背中に顔を埋もれさせた。すると、何かを啜るような音が聞こえる。
「………馬鹿。」
その声は震えていた。
「……………。」
トワは何も言うことができない。
「トワ君が、トワ君が死んじゃうかもって思ったんだよ…………?」
自然とその震えも大きなものになっていく。
「あれから、2日も目を覚さなくて、本当に、本当に…………。」
トワの背中が少しずつ濡れていく。
「………ごめん。」
ただただ、謝ることしかできなかった。
その後、暫くトワの背中に引っ付いていたが、ユキはゆっくりと離れた。
傘都は涙を目尻に溜め、鼻を啜っている。
「なぁ、傘都。悪いんだが、ちょっと離れてくれないか………?」
できるだけ感情的にさせぬよう、気を使いながら話しかけた。
「…………やだ。」
傘都が強く抱きしめるからか、心臓の傷が疼き、そこまで強くはないが、痛みが襲う。
「頼むって………。」
「………仕方ねぇ。」
ズビッっと音を立てる傘都。
二人が泣き止むのには、暫く時間がかかった。
◆
「そんでよ、二日間寝てたってどういう事だ?」
トワは傘都に訊く。
「……そのまんまだ。お前が貫かれてから二日間も目を覚さなかったんだ。」
トワが血を広げた様子を思い出し、顔が歪む。
「でも、それなら何で俺は生きてんだ?」
これまで感じていた疑問をそこでついに口にした。
「それは、治先生が治療してくれたんだ。」
傘都のその言葉に意味がわからないのか、トワはどうにかして答えにたどり着こうとする。
「…………それは、どういうことなんだ?」
「俺にもよく分かんねぇけどさ、ひとまず、治先生が治療してくれたんだよ。お前のこと。」
目を窓の外へと向けた。
「そう、か。ありがとう。」
トワはそう言って立ち上がった。
「おい、どこに行くんだよ?」
トワがいなくなる恐怖を堪え、止めるかのように訊いた。
「保健室。」
少しだけ体を傘都の方に向ける。
それを聞いたユキも立ち上がり、再び抱きついた。
「ユキ……?」
頭を、後ろに抱きついたユキに動かす。
「……駄目。」
それは、細く、小さい声だった。
「…どうして?」
「トワが、いなくなっちゃう。」
ユキのその言葉に、トワは言葉が詰まった。
少し考えた末、トワは困惑と笑みを混ぜた顔をして言った。
「なら、ついてくるか?」
「……うん。」
ユキはそう言うと、静かにトワの服から手を離した。
「……助かる。」
トワは扉へと歩き出し、廊下に出た。
廊下には人がいないのか、二人の合わない足音が反響する。しかし、ユキはトワの違和感に気づく。
「ねぇ、トワ。なんでそんな歩き方なの?」
ユキはトワの顔を覗き見る。
「い、いやぁ、変かな?」
トワは足を広げてガニ股の様な姿で歩いていた。
これには理由があり、胸の痛みをできるだけ抑えるためである。
「うん、変。」
覗き見ていた姿勢を変え、ジーとトワを見つめる。
「な、何のことかな?」
ヒュ〜ヒュ〜と下手くそな口笛をしてなんとか誤魔化そうとしている。
「………トワ君ってさ、嘘つくの下手だよね。」
ユキのジト目の圧が強くなる。トワは冷や汗を流す。
「教えて……?」
さらに圧が段々と強くなる。まるで逃さないように。
「……あ、歩く度に振動して、胸の傷がい、痛むんだ。」
トワはユキの顔から目を背ける。
「じゃ、じゃあ、そんな状態でここから教室まで痛い思いをしながら来たってこと?」
信じられないものを見たかのような表情を浮かべる。
「そ、そうだ………。」
「何してんの!?大人しくてしなよ!」
ユキは珍しく大きな声を出す。
「ご、ごめんなさい………。」
申し訳なさそうに首を下げる。
そこから、ユキのトワに対する説教が、保健室に着くまで行われた。
トワはただ「はい、はい」と謝ることしかできなかった。
時間固定ではなくなります。でも、1週間に1回投稿を目安に頑張ろうと思います。




