第三十四話 銃弾
「そういえば、警察署に行くと言ってもここからだと歩いて二十分はかかりますよ?」
校庭にいるトワは、菅野に向かってそう言う。
仁を除き、トワ、菅野、ヒカル、傘都、サキが集まっていた。全員、準備は万端なようだ。
「歩くわけねぇだろ。車を使う。」
菅野は車のキーを取り出す。
「…あそこにある車をですか?」
トワは近くにある六人乗りの車を指さした。
「そうだ。あれに乗る。運転は任せろ。」
トワたちに背を向け、車の方へと歩き出す。
「……じゃあ、お願いします。」
トワもそれについていく。
「えっ!菅野さん運転してくれんの!」
能天気な様子と表情をする傘都。
「小学生ですか?」
呆れるように目を細めるサキ。
「小学生だろ。」
ヒカルも菅野たちについていく。
「違うわ!」
傘都は二人に噛みついた。
「ふざけてねぇでさっさと乗れ。」
ブブブと車のエンジンを始動させて、窓を開ける。
菅野の声に二人は大人しく車の後部座席に座り、車を発進させた。
◆
「そうだ、足元に袋があるだろ?」
菅野は車を運転しながらトワ達に言う。
「ありますけど、これが何か?」
トワは目を動かして袋を確認する。
「それに銃弾を入れてくれ。ついでに、銃本体もな。」
ハンドルを回し、右のカーブを抜ける。
「わ、分かりました。」
そう言ってトワは背もたれに背中を預ける。
「なぁなぁ、銃ってどんな感じすんのかな?」
トワの顔を覗く傘都。
「……まぁ、重いんじゃね?」
「俺、初めて銃なんて持つわ。」
傘都はやけにウキウキした様子。
「銃があれば、だけどな。」
ヒカルは身を乗り出した傘都の後ろを見る。
「おいおい、流石にあるだろ。警察署だぜ?それに、弾も。」
後ろを振り返る。
「あるにはあると思いますが、傘都には使わせられませんね。」
サキは眠いのか、頭を背もたれに預け、少し上を向く。
「な、なんでよ?」
純情に困惑したような声が出た。
「ただでさえ貴重な弾が無駄打ちされそうなので。」
「しねぇよ!それに、俺の銃の腕前はプロ並みになるに違いない!」
堂々と自信満々に答える。
「お前は不器用だから無理だな。諦めろ。」
そう言ったのはヒカルではなく、トワだった。
言われた相手にびっくりする傘都。
「お、お前が言うのか………。」
「逆に俺以外に誰が言うんだよ?」
項垂れる傘都を横目に見る。
「まぁ、いないけど……。でも、心に来るんだが………?」
トホホ、と聞こえてきそうな表情をして、乗り出していた身を戻す。
「でも、正直言ってロマンはある。」
トワは傘都に向かって言う。
「……だよな!」
トワが同類だったことを知って安心する傘都。
「そりゃあ、男なら誰しもが憧れるだろ。銃なんて。」
「分かるわぁ。なんつうか、あの鉄みたいな無骨さが良いんだよな。」
コルトM1911を思い浮かべる。
「だよな。」
トワの声に感情が乗り始める。
「それに、今よりも昔のほうがデザインは好き。」
ガタンと段差によって車が音を立てた。
「だよな!」
対にトワはワルサーP38を頭に浮かべた。
「じゃあよ、何の銃が好きか同時に言おうぜ。」
傘都はトワの方を見て頬を緩める。
サキは寝ていて、ヒカルはどうでもよさそうにしているが、内心では少し気になってもいた。
「「せ〜の!」」
二人は息を合わせる。
「コルトM1911!」
傘都が言う。
「ウィンチェスターモデル1873!」
トワが言った。
「「うん?」」
そうして互いを見つめる。
すると、二人とも頷き、ガシッと無表情で互いの手を握った。
「なんか前にもこんな光景を見たことがあるような………?」
ヒカルは業務用スーパーの時のことを思い出す。
そんな会話をしていると、車が緩やかに停止した。
「着いた。降りるぞ。」
菅野はそう言って、車のドアを開ける。
その言葉にトワと傘都もドアを開けて降りる。
ヒカルは隣で寝ているサキの肩を揺らした。
「おい、起きろ。着いたぞ。」
「う………ん?何ですか、ヒカル。」
ウトウトとした様子のサキは、ヒカルの方にゆっくりと向く。
「何ってなぁ、着いたぞ。警察署。」
掴んでいた肩から手を離す。
「………そうなんですか?」
一瞬だけ考え、眠気が覚めたのか滑舌が流暢になってきた。
「そうだ、だから降りるぞ。菅野さん達の迷惑になる。」
ヒカルも後部座席から前に移動して、すでに開いてあった車のドアから外に降りる。
その後を追うようにしてサキも降りた。
菅野はそれを確認し、車のキーを操作してロックする。
すると、5人は歩き出す。視界には、賑わっていたであろう痕跡と、謎の血痕だけだった。
「なぁ、あの血って………。」
傘都はトワの方に無意識に少しよる。
「……まぁ、そういうことだろうな。」
傘都が指差した血痕のほうを向きながら、顔をしかめる。
「…でもよ、それじゃあ何で死体がないんだ?」
ゴクリと喉仏が鳴り、緊張が辺りに漂う。
傘都のその問いに、トワも黙らずにはいられなかった。無言の気まずさが、ヒカル達にも伝播する。
そうして歩いていると、気づかぬ間に警察署の前まで来ていた。
「………ここからは、手分けして探すぞ。」
菅野がそう合図を出して、中にはいる。
トワたちもそれについていき、階層ごとに誰が行くかを数秒で決めた。
トワと傘都は三階を、ヒカルとサキが二階、そして、菅野が一階を担当した。
そして、トワSide。
「ここには、ないな。そっちは?」
机をくまなく探し、後ろにいる傘都に顔を向ける。
「ない。何一つな。」
頭を右手で軽く掻く。
「銃は?」
少し疑うような声色で訊く。
「も、だ。」
傘都はため息をつく。
「じゃ、次の部屋に行くか。」
そうして、トワ達がいる部屋の向かい側へ歩く。
だが、そちらにも何もなく、二人はひたすら探し回る。しかし、何一つ無い。
「で、最後がここか。」
トワは目の前にある三階最後の扉を前にして、緊張の面持ちを持つ。
「何かあるといいな。」
傘都はトワの隣に立つ。
「そうだな、本当に。手柄もなしに帰りたくはないぞ……。」
目の前からする異臭を前にして、トワ達はこの扉の奥の探索をせずにいた。
しかし、しないわけにもいかないので、気持ちはのらないが、扉に手をかける。
―本当に何なんだ、この異臭は。生臭さと甘さが混じった、嫌な匂い。何かが腐っている?
そんなふうに考え、ドアを開けた。
その瞬間、二人の呼吸が止まった。その部屋の奥の壁には、重力に引かれ下へ滲んだ死斑と、微動だにしない体。
それと、風穴が空いた胸元付近に固まった血であった。
「!!!!」
その強烈な悪臭を直で嗅ぎ、傘都は一歩、二歩と後ずさる。
それでも目を逸らせず、次の瞬間、口元を押さえた。
近くにあるトイレに足早へ去る。
すると、トイレの方向からベチャベチャと音がした。
トワはその死体に近づくのではなく、歩いて窓を開ける。窓枠に体を預け、めいいっぱい息を吸う。
―少しは、楽になったか。
トワ自身も気持ち悪さが腸の奥で蠢いたが、気にせず死体へと歩き出す。
息をするのも辛いが、それをひたすら堪えた。
その死体をよく見ると、ベストにはマガジンが三本刺さってあり、銃本体も腰のベルトに仕舞われてあった。
―すいません。
心の中でそう謝り、死体の前で手を合わせる。
トワはしゃがみ、マガジンと銃を取り外した。
すると、ドアの方から遅い足音がする。
「わ、悪い、トワ。」
顔色を悪くした傘都がそこにはいた。
「いや、大丈夫だ。」
トワは立ち上がる。
「なんで、お前はそんな、平気そう、なんだ?」
「…………平気な訳があるか。ただ、我慢してるだけだ。」
お腹に手を当て、顔を俯かせる。
「………悪かった。」
そう言って傘都も部屋に入ってきた。トワの隣に立ち、二人は目を閉じて手を合わせる。
数秒後、目をゆっくり開け、動き出す。
「……行くか。」
傘都はくるりと身を翻し、ドアへと向かう。
「そうだな……。」
トワも傘都の後ろ姿を見ながら歩く。廊下に出た二人は、丁寧に扉を閉じた。
トワはすぐにマガジンと銃本体を確認する。
「マガジンが三つだから、一つで十五発。つまり、四十五発か。銃の中のマガジンも合わせれば、計六十発。」
銃本体からマガジンを抜き、コッキングをする。
すると、薬室には一発込められていた。
コッキングによって落ちてきた弾をキャッチし、マガジンに装填する。
「そんだけあれば十分か。それに、こっちには倉庫もなかったしな。」
傘都はトワの芸に感心する。
「そうだな。それに多分、倉庫とかに多くがあるだろうし。」
マガジンを銃にスライドして差し込み、セーフティーをオンにする。
「じゃ、一階に戻るか?」
一度、先ほど見た死体によって乱れた心を落ち着かせるように深呼吸をして、トワの顔を見る。
「そうしよう。」
トワは軽く頷いて、少し先にある階段まで歩き、下る。そうして二人が一階の受付付近まで行くと、既にヒカルとサキ、菅野の姿があった。
「もう終わったんですか?」
トワは菅野に訊く。
「幸い、部屋数が少なくてな。」
寄りかかっていた壁を離れ、菅野のまるで何かを見通す様な眼光がトワの目に映る。
「それにしても、お前ら、何があった?」
菅野の渋い声が周りを木霊した。
トワと傘都は互いを見て、頷く。
「………それが、とある部屋に、死体が、ありまして。」
その言葉を聞いたヒカルとサキの目は見開かれた。
「は?死体?」
信じられないものを見るかのように驚くヒカル。
「………それは。」
サキも言葉をなくし、しどろもどろになっている。
「そうか………。」
しかし、その中で唯一菅野だけは感情を表に出さなかった。菅野は何やらトワの異変を感じ取り、言葉を発する。
「トワ、トイレに行ってこい。」
その言葉にトワは少しだけ目を大きく開ける。
「………分かりました。」
すると、トワはすぐに菅野に背を見せ、トイレへと向かった。
暫くした後、ジャーと流れる音だけが聞こえてきた。
トワがトイレから出てくる。
「直ったか?」
「えぇ、楽になりました…。」
トワのその声には、いつもの楽しい声ではなく、少し思い詰めた声をしていた。
「口は?」
「…ゆすいできました。」
ヒカルとサキは何のことか分からず頭にハテナを浮かべているが、傘都だけはその意味を理解できた。
「なら、帰るぞ。」
菅野はくるりと向きを変え、自動ドアの方へと歩き出す。そうして、五人は来た道を戻るのだった。
◆
学園の保健室の一角。そこには、学園のパソコンでマイクラをしているナオがいた。
―そういえばあの子、目を覚さないね。大丈夫かね?
そう考え、重い腰を上げて少女が寝ているベッドまで歩く。
ベッド周りにあるカーテンを開けて様子を見た。
―特に異常は無し、と。
寝ていることを確認したナオは再び椅子に座ろうと歩き出そうとした、その時。
ナオは何かが体を巡る感覚に襲われた。
それは次第に大きくなり、違和感により目眩がする。
ふらつく足で何とか椅子まで戻れて、座る。
―な、なんだい。これ。
十分間格闘した末、その"違和感"は収まった。
体に異変が起きたが、特に悪い様子も無かったので、そのままマイクラを再開した。
職員室の、教職員名簿。その一つ、役職が養護教諭のとある女性。ありとあらゆる、その人の名前が書いてあるもの全てに誰にも知られず、人知れず上書きされた。
その人の名は、佐々木治。
その違和感に気づくものは、誰もいない。
警察の銃をリボルバーではなくピストルにしました。こっちの方が都合がいいので。
すいません、遅れてしまいました。




