恐怖と化け物
ワイワイワイと、クラスメイトの話し声が周りに広がる。俺こと"田中ヒカル"はそれを気にもとめず、最近買った本を教室で読む。読んでいる本は、他クラスの友達から勧められた、ソードアート・オンラインというライトノベルだ。俺の友達曰く、 「マジで面白いから読んでみ?ぶっ飛ぶぞ!」らしい。
それでしつこく言ってくるもんだから、仕方がなく読んだ。でも、それが意外と面白く、今は四巻目を読んでいる。教室では、黒髪黒目の奴と、傘都のやつと、茶髪の女の子が仲良く話をしている。
羨ましい。俺にはこの教室で友達いないのに。今日作ろうかな。いや、明日にしよう。………やっぱりキリトカッコいいな。でもやっぱり俺の推しはクラインだな。あの男っぽくて優しいのが堪らん。
そんなふうに考えていると、キンコンカンとチャイムが鳴り、クラスメイトは自分の席につく。ちなみに今は六時間目。………違う、六限目だ。中学時代の名残が抜けない。
確か六限の授業は、ロングホームルームだっけ?担任の鈴木先生の話を聞いた。どうやら大学調べらしい。前の席の人からプリントが渡ってきた。行きたい大学なんて言われてもね、俺達まだ高一だぞ?分かるわけない。
でも、そんな事当然言えるわけがないから、ノートパソコンを使って調べる。適当に、自由に。たまにオックスフォード大学とか、行けるわけないところをふざけて見る。
少しだけ周りを見たが、どうやら皆も迷ってるらしい。そりゃそうだ。先生達もよく分からないことをさせてくるな。だけど、隣の席の茨サキ?さんはすぐに調べて書いている。行きたいところがすでにあるのかな?…………いや、めっちゃ適当に書いてるだけだった。
質問の下にある四角の空欄には一行だけ書いて、大学欄には、聞いたこともない大学を書いている。待って、何そのルーレット。しかも一欠一欠全て大学名が書いてある。いくらなんでもふざけすぎだろ。
……………なんか、個性的だな。俺も書かなきゃ。ふざけて東大って書いてもいいかな?いや、駄目か。とはいえ本当に何を書いたらいいか分からない。
そうだ、適当に調べた大学名を鉛筆の側面に書いて、転がして決めればいいんだ。そうと決まれば話は早い。まずは調べて、と。よし、これでいいか。
書いたから、後は転がすだけ。よし、西港旋律大学か。その後も二回繰り返し、プリントには三つの大学名を書けた。それが終わったら後は書き終わらせるだけ。そんなふうにしていると、キンコンカンと、授業終わりのチャイムが鳴り、先生が声を上げる。
「では、終わりにしたいと思います。書き終わらなかった人が大半だと思うから、また、金曜日に時間を取りたいと思います。」
先生がそれだけ言うと、週番の人が起立、ありがとうございました、と挨拶をした。確か今日は掃除がない日だっけ。じゃあ、部活に行かないと。
俺はそう考え、すぐに机にある荷物を片付けて、バッグに詰める。そうだ、教本必要だっけ。じゃ、上の方にしないと。そうして詰め終わる。すると俺はすぐさま教室を出て、廊下を歩く。すれ違う度に男子と女子が入れ混じってる声が聞こえてくる。放課後だからか、廊下にも騒がしさがやってくる。
歩いて下駄箱まで行き、上履きを脱いで靴に履き替える。下駄箱前の扉を空けて、階段を下る。下った先に部室棟があるのでそこまで向かう。
まだ弓引けないのかな。まぁ、入部してすぐだし、無理か。1年生用の部室の扉を開けようとする。だが、開けられなかった。
なんだ、誰も来てないのか。はぁ、持ってこなきゃな。そうため息をついて、事務室に向かう。そこで鍵を借り、すぐに戻って扉を開けた。そこにはガランとした、畳が敷いてある五畳程度の部屋だった。そこの角っこにバッグをドサリと置き、バッグから体育着を取り出し、制服を脱いで、着替える。
今日もエアーで射法八節を覚えるだけかな。それはそれで嫌じゃないけど、それはそれとして、やっぱり弓道部なら、弓道部らしく弓を引きたい。まぁ、そんな意味のないことを考えていても仕方ないけど。
そんな事を考えながら体育着に着替えて、教本や水筒を持ち、部室の扉に手をかける。外に出て、扉を閉める。そうして弓道場へと歩き出す。
慣れないけど、なんで弓道場って学校の外にあるんだ?学校内でも良かっただろ。道路を跨いで草木少しが生い茂る道を歩く。
すると、弓道場が見えてきた。床は木で出来ていて、普通よりかなり高い天井、古風な瓦屋根。立ちには既に先輩が弓を引いており、パンっ!と高い音を出した。その後に、他の部員達がよしっ!と大きい声を出す。
敷地に入り、弓道場内に靴を置く。田中ヒカルと書かれた棚に荷物を置いた。すると、誰かが声をかけてきた。
「お疲れ様、ヒカル君。」
声をかけに来たのは小鳥遊ハジメ先輩だった。
「お疲れ様です。ハジメ先輩。」
「来るのが早いね。まだ部活始まるまで30分はあるよ?」
「射法訓でも覚えようかなって思って。」
「いい心がけだね。じゃ、僕はまた引いてくるよ。」
ハジメ先輩はそう言って矢を一手持ち、射場へ向かう。凄いな、先輩は、的中率も80%を超えてるし。俺もいつか先輩みたいになりたいな。
「頑張ってください。」
「………ありがと。」
ハジメ先輩はこっちを向いて呆気に取られた表情をしたが、すぐに頬を緩めた。そうして先輩は立ちへと入る。俺はそれを見届け、少し進んで4畳程の畳の間に座った。教本を開いて、射法訓を読んで、口に出して覚える。
「おっ、勤勉だねぇ。」
誰かが俺に声をかける。
「………鈴木先生。」
声をかけてきたのは担任の鈴木先生だった。鈴木先生は弓道部の顧問で、確か、高校生の時に全国二位にもなったことがあるって言ってたような。
先生も先生で凄いんだよな。一回ハジメ先輩と対決してみてほしいな。
「ていうか、ヒカル君。君、六限の時遊んでたでしょ。」
先生は思いもよらぬことを言ってきた。
「え?…………本を読んでたはずじゃ?」
ヤバい、なんでバレてんの?
「はは!確かに読んでたよ。でもさ、君の席は教卓から見えやすい位置だからね、鉛筆を転がしてる姿が見えたんだよ。」
鈴木先生は顔に笑みを浮かべながら巫山戯るような感じで言ってきた。
「……………。」
どう、しよっか?言い訳、いや、無意味だな。本当のことを言う?これも火に油だ。まずい、解決策がない!
「大丈夫だよ。それを責めたりはしないから。まぁ、しっかりはしてほしいけど。先生も高校生時代、そんな感じだったし。」
その言葉に俺はホッと安堵した。
「そ、そうなんですか?」
「そうだよ。それにさ、ぶっちゃけ書くことなんてないでしょ?これ、経験則ね。」
笑顔を崩さぬまま、ドサリと畳に腰掛けてきた。
「でもまあ、見た感じちゃんと書いてはあったし、別に問題はないんだけどね。」
「先生………。」
「行きたいところなんて、時間が教えてくれる。」
「今は、自分のしたいことをすればいい。」
先生は間を置いて言う。
「そう言ってもらえると元気がでますよ。」
俺も先生に絆されたのか、顔が綻ぶ。
「………なんか、辛気臭くなっちゃったね。じゃ、そういうわけだから、先生は弓でも準備してくるよ。」
先生はそう言って立ち上がったその瞬間。外からキャー!という耳をつんざく叫び声が聞こえてきた。
「!」
先生が動きをとめる。
「………ひとまず、部員はここに待機!」
先生は少しの間沈黙したあと、そう判断を下した。
「先生は周りの様子を見てくる!」
そうして先生は靴に履き替え、外に出ようとする。
しかし、それで部員達が納得できるわけがない。それは、俺もそうだった。
「俺も行きます!」
そう言葉にしたのは二年生の先輩だった。
「いや、ここで待機だ。」
「どうしてですか!」
二年生の先輩は声を大にして訊く。
「生徒の、安全の為だ。」
先生は、先輩に振り向きもせずに外へ出た。
今のは、出しゃばったな。先輩。俺がそう思っていると、その先輩の友達の一人が二年生の先輩に対して近寄った。まぁ、十中八九あれのことを問うんだろうな。
「小百合、今のは出しゃばりすぎだよ。」
「いや、でも!」
「先生の為を思ってって言うつもりでしょ?でも、それは違うよ。先生の為を思うなら、先生に従わないと。」
その先輩、小百合先輩の友達である美奈先輩は語りかけた。
「………ご、ごめん。」
小百合先輩はこういう人だけど、悪い人ではないんだよな。ただ、自分正義なだけで。すると、暫くして、先生が戻ってくる。
「………落ち着いて聞いてね。外には、人を襲う化け物がいる。」
その言葉に部員達は混乱し、何が何だか分からない様子だ。それにしても、何が起こってるんだ?
「そ、それってどういう………?」
ハジメ先輩は鈴木先生に訊いた。
「その、言葉通りだよ。よく分からない化け物が、人を襲っている。」
鈴木先生は冷静に、落ち着かせるように言う。
正直、そんな事を言われても、実感なんてない。
「幸い、もう一つの出口の方は化け物はいないから、大丈夫なんだけど。」
「ここに、残るという選択肢はないんですか?」
ハジメ先輩は訊く。
「ない。この弓道場の正門には、既に化け物が少なからずいる。あの化け物達がそれを破ってきたら、ここは終わる。」
先生は恐怖が隠せてないのだろう。冷や汗が床に垂れる。
「………わかり、ました。」
ハジメ先輩が言ったのと同時に、部員全員が弓を立てかける。
「……行こう。」
先生がそう言うと、部員達はすぐさまもう一つの出口に向かう。当然、俺もそれについていった。そうして、学園へ行き、各々のクラスへと向かった。
その時、初めて校庭を見た。そこには、大きなナタを持った、化け物がいた。それを見た瞬間、俺の背筋に、ぞわりとする感触が来る。なんなんだあれは。人?いや、人じゃない。……あれは、化け物だ。
そこで初めてこの事態の深刻さを理解する。それを意識した瞬間、体中に恐怖が巡る。クラスには大半の人達がいて、扉の前にバリケードを作っていた。皆は最初、警察や自衛隊が助けてくれると思っていていたのか、駄弁っていたが、俺にはわかる。それはない。これは、ただの勘だ。でも、分かるんだ。
鈴木先生はスマホで記事を探している。すぐに見つけられたのか、希望を持った様子でスマホをタップした。しかし、その顔色は青白くなっていく。俺はそれで理解した。きっと、迎えには来てくれないのだろうと。その時、俺は諦めた。
先生の様子に気づいたのか、クラスメイトの一人は訊く。
「先生、どうしたんですか?自衛隊とかが助けてくれるんですか?」
希望の眼差しで、先生を見る。だが、先生の顔は青白いまま。数秒間沈黙したあと、先生は静寂を破った。
「助けは、来ない。いや、来れない。」
その言葉にクラス中は阿鼻叫喚の地獄となる。クラスには隅っこに座っているやつもいる。きっと、俺と同じように絶望した奴なんだろうな。希望なんて、ありゃしない。すると、駄弁っていた奴らも、扉から離れた場所でガクブルと怯えていた。
それから少し経ち、ドンドンドン!と扉の窓から化け物が扉を開けようとしてくる。鍵はしているが、それも時間の問題だろう。しかし、扉を叩く音はある時を境になくなった。扉の奥から、誰かの声が聞こえてくる。
「おい!大丈夫か?!俺だ、笠上トワだ!ドアを開けてくれ!」
扉の声の主はトワだった。確か、トワってやつがいたような気が………。そのあと、色々疑ったがトワを中に入れた。しかし、あの化け物は悪魔というらしい。あの教科書の中でしかいないようなやつら。
俺はそれに我慢できず、とうとうトワを非難した。
今思えば、それは恐怖によって思考が鈍ってるだけだったんだろうが、そんな事を考えられるほど、余裕はなかった。正直、トワもあの化け物、悪魔の仲間だと思っていた。冷静に考えればそんなことはないのに。
しかし、トワが自分があの化け物共の味方ではないという。その証明として校庭にいるデカブツを倒すと言った。そんなのあり得ない。あれは到底人が勝てるものじゃない。だが、その時のトワの目があまりにも真っすぐで、俺は折れた。それに、アイツからは、何か他のやつとは違う感じがしたから。いや、折れたというより、賭けに出たんだ。
その時俺は、トワを少しだけ信じてることにした。するとどうだろう。トワがあのデカブツを本当に倒したんだ。俺は、トワが英雄にも見えた。それから、色々なことにあいつと付き合ったりした。
食料集めだったり、色々。元々傘都とは入学式以来の友達だから、知ってはいたが、やっぱり、トワと傘都は仲いいよな。それと、発電所の時にも、俺は彼奴等と居た。トワは最初、黙っていてそっとしていたが、自然と輪の中に入ってきた。
そこまでは良かった。問題はその後、避難所の方だ。俺はそこで、大嫌いなアイツを見つけた。それは、アイツもそうだった。互いに目が合ったような感じがした。その時、アイツは口パクで伝えてきたんだ。
"後で来い"って。だから、今俺は第二体育館に向かっている。春風が、俺の頬を撫でる。重い足取りで、体育館の扉を開けようとした。しかし、バックレようとも思った。でも、それはさすがに人として良くないと思い、進まぬ手を無理やり動かす。
開けてすぐにアイツを見つけた。相手も気づいたようで、こちらに近寄ってくる。そして、俺のすぐ右隣まで来て、耳打ちをした。
「体育館裏に行くぞ。」
アイツの言うことに従うのは反吐が出るが、仕方がなく足を外へ進める。体育館裏に到着したあと、俺は口を開いた。
「なんの用だよ、クソ兄貴。」




