第二十三話 確認
「すいません、少しだけ寄ってもいいですか?」
トワは少しだけ息を切らしながら菅野の方を見ずに言う。
「この状況でか?」
菅野は少しだけ驚いたような様子を見せて思案する。
数秒考えたが、すぐに結論が出たのか菅野もトワの方を見ずに言った。
「待たないからな。」
「構いません。」
トワはそう一言冷たいような声色で放った菅野の言葉に1秒も経たず返事をする。
「………行ってこい。」
そう言われたトワは、とある場所まで走って向かう。
「なんちゅう速さしてんだよ…………。」
◆
「ちっ、ここ行き止まりかよ…………。」
そう舌打ちしながら行き止まりの壁まで走る。足音は止まない。そうして壁から二メートルの地点で横にある壁に向かってジャンプし、思いっきり蹴る。
―意外といけるもんだな。
トワはそう心の中で安堵する。蹴ると、トワの体が右斜め上に向かいまた壁が迫る。しかし今度は右手側の壁に対して左斜め前に右足に力を込めて解放する。
すると、たかだか二メートル半しかない壁は軽々と越えられた。
―うおっ!跳びすぎ!
トワが思っていたよりも跳んでしまい、周りを見たら頭と同じ所に屋根のてっぺんがある。それに焦り着地点を葉の生い茂る木にしようと空中で体を動かす。
―これで行けるか?
地面に衝突するまであと三秒。トワにはこの時間が1時間にも感じられた。二秒、葉が近づく。息が少し荒くなる。1秒、目の前が緑に染まる。
ガサ!ガサガサガサ!
葉と木の枝の擦れる音が大きく鳴る。トワは全身に緑の葉を纏いながら体を起こす。
「痛っつ〜〜〜!」
トワはそう顔を歪ませて全身の葉を払って落とす。
「俺ってあんな化け物身体能力してたっけ……?」
そんな事を呟きながら再び走り始めるトワ。
一メートル程度の障害は難なく跳んで越える。そうして五分が経ったのだろうか、トワは見慣れた景色を目にする。悪魔はいない。
「……………………。」
ひたすら無言で走り続ける。トワはつい先程よりも速度は速くなっていることに気づかない。そうしてだんだんと目的地である家に近づく。いつも傘都と一緒に笑い合いながら帰っている道を走った。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」
肩で息をしながらいつぞやの我が家を見る。電気がついてそうなこともない。トワは玄関まで近づきポッケから鍵を取り出し、ガチャリと音を立てドアノブに手をかけて引く。
まるで誰もいないかのようにガランとした家の中。いつも家族といた見慣れた家だが、今ばかりはそんな気がしない。トワは靴を脱いで家に上がる。上がってすぐ左手側にあるドアのドアノブに手をかけて開けた。
カーテンの隙間から差し込んだ光が空気や壁、床を照らし、ほこりが舞っているのが分かる。家を出て学園に向かったあと時以来、誰も来なかった事をトワは理解した。
「誰も、いない、か。」
目の前の事実に絶望しながらも、次に己のやるべきことを知っているトワはすぐに家を出て、玄関のドアに鍵をかける。そうしてまた走り出す。今度は学園へと。
◆
「はぁ、はぁ、トワのやつ、どこに行ったんだ…………。」
菅野は息を荒くしながら走る。学園まであと四百メートルの地点に今はいる。ひたすら走っていると後ろから何やら足音が聞こえてくる。
―悪魔か?
そんな事を考えて更に速度を上げる菅野。しかし、その足音もそれに比例してか速くなる。驚いた菅野は更に速度上げる。足が悲鳴を上げてるが、死ぬよりはマシだろう。しかし、それにも付いてくる足音。自分の足音よりもさらに速度が上がる。
―振り切れんか。
そう諦めた瞬間、角に移動して懐からドスを取り出し、止まって振り返る。すると足音の奴も近づいてきて、菅野は警戒する。そうして、菅野はついにその足音の正体に気づいた。
「なんだよ、お前か、トワ。」
菅野はホッと安心したのかドスを構える手を下ろした。
「そうです、トワですよ。ていうか、なんで逃げたんですか?」
ムスッとしたようにトワは菅野に問い詰める。
「悪い、悪魔かと思ってな。」
苦笑いを浮かべて謝る菅野。
「悪魔じゃないですよ、まったく。」
トワはやれやれと困った顔をしている。
菅野は訊きたかったことを思い出したのかトワに訊いた。
「そういや、何しに行ってたんだ?」
「………。」
トワの様子に察したのか、菅野は訂正する。
「悪い、つかぬことを訊いた。」
「いえ、大丈夫です。家族を探しに行ったんですよ。」
表情を暗くしするトワ。続けて言う。
「まぁ、結局見つからなかったんですけど…………。」
自嘲気味に言うトワ。その言葉を聞き、菅野はトワに近づき両肩をつかむ。
「まだ死体を見たわけじゃないなら諦めるな。じゃなきゃ心が持たねぇぞ。」
菅野はトワの目を見ながら真剣な眼差しを向ける。
「そんな簡単に…………。」
トワは少しだけ歯を食いしばる。菅野はそれでも言い続けた。
「……そうだな、そうかもしれない。」
菅野は言う。
「なら!」
トワは我慢できなくなったのか声を大きくした。
「だが、そう考えるしかない。」
菅野は少しだけ寂しそうな目をした。
「…………。」
トワは下に俯いて菅野を見ない。
「…………分かってますよ、そんな事。」
トワは小さく言葉を零し、菅野は何も言わず肩から手を離した。
「分かってる、分かってるけど…………。」
トワはそう言いながら少しずつ後ろに下がる。
そうして三十センチ離れた所で止まった。
「『納得』ができないんですよ…………。」
少しだけ震えた声で言うトワ。
「…………。」
菅野は黙って聞いている。
「理解は、できますよ。でも、それで納得できるほど、俺は大人じゃない…………。」
悔しそうに拳を握りしめて、それでもなお菅野に顔を見せない。
「だろうな。だが、それでいいだろ。」
菅野はポッケから煙草を取り出し、火をつけた。
「…………意地なんですよ、これは。」
トワは近くにあった壁に寄りかかった。
「成りてぇと思って成れるもんじゃねぇぞ。」
菅野は煙を吸ってゆっくりと吐く。それに続けて。
「それにな、大人っつうのは絶望の果てにあるもんだ。そこに希望なんかありはしない。」
これまでのことを思い出すかのように感傷に浸りながら再び吸って吐く。
「でも、学校では…………。」
トワはその事実を認めたくなさそうに反論をしようとする。
「そうだな、学校じゃあ、大人は希望のあるように見えるかもしれない。それも事実だ。だがな、皆が皆
そういうわけじゃねぇ。」
そこで一旦煙草を吸うのをやめてトワの方を見る。
「大半のやつは気づいたら成ってるもんだからな。
逆に言えば、二十歳に、社会人になって、はい大人です、なんて言ってる奴は所詮大人ぶってる子供でしかない。そんなもんだ。」
菅野は虚しい笑みを浮かべ、それに続けて言う。
「だからな、耐えるしかないんだ。絶望っつうのは。」
「…………それなら、俺は大人にならなくていい。」
トワは現実を聞いてさらに絶望する。
「………それも、いいかもな。」
菅野は否定する訳でもなくトワに笑いかけた。
「な、どうして…………。」
当然トワは混乱する。
「俺はお前の親でも先生でもねぇ。お前の好きにしたらいい。お前の人生だ。」
菅野は再び学園へと歩き出した。歩きながらも菅野は言う。
「だが、死にたくねぇなら希望を持て。」
トワは、その言葉の意味を理解したのか寄りかかっていた壁から離れて菅野の方へと歩いていく。自然に口角を上げながら。
「…………不器用ですね。」
菅野の隣を歩きながらそう言うトワ。その声は先ほどよりも明るいものになっていた。
「うるせぇ。」
当の菅野は口を尖らせながらタバコの火を消す。そうして、2人の会話は花を咲かせながら着実に学園へと近づいていく。その空気には、先ほどの暗い雰囲気はなく、あるのは明るい話し声だけだった。
すいません、これから少し不定期になるかもしれません。




