第二十二話 下見
「これ、相当な数じゃないですか?」
とある家の屋上に二人の人影が見える。
「そうだな。ざっと、100はいるな。」
そのうちの一人である四十代半ばの男は、望遠鏡を覗いている。
「ひゃ、100ですか…………。」
人影のもう片方である笠上トワは、顔が青ざめていくのを感じた。
「最低で、な。」
四十代半ばの男はそう付け加える。トワは更に顔色が悪くなる。
「さ、最低で、ですか…………。」
「まぁ、多く見積もっても200といった所だろう。
心配するな。」
男はトワを励ますように言う。
「心配するなって、そりゃあ無理な話でしょう…………、"菅野"さん…………。」
トワはその言葉にふにゃふにゃと体から力が抜ける様な錯覚に陥る。
あの後、時間は少し経って学園長に呼ばれ、菅野という男と一緒に学園を出た。そうして今はそこから十分経って、今に至る。
「そりゃそうか。」
ハッハッハと笑いながらそのまま観察を続ける菅野。
「笑えないですよ!」
トワは至極真っ当な事を口にする。
「今俺たち学園側の戦力が約80人。相手は最低でも100体ですよ!その中央値は150,つまり倍ですよ、倍…………。」
トワは数の差に圧倒される。
「流石に笑えんか…………。」
菅野は少し真面目な顔をした。
「それにです。見てください、あの細長い建物の近くになんだか、ヤバめの奴がいますよ。いかにもゲームで言う、エリアボスみたいな奴が。」
トワはその建物の近くにいる、赤色の髪をした少し筋肉質な青年を見る。
「確かにな、ありゃヤバそうだ。」
菅野はそれに賛同しながらも、ふと気がついたことをトワに訊く。
「そういや、学園にも、あんな奴がいたんだっけか?」
「そうですね。もっとも、あんな人間っぽい見た目はしてませんが。」
トワは肯定と訂正をする。菅野はその言葉に、ふぅん、と軽い返事をした。
「あの見た目じゃあ、人間なのか悪魔なのか分からんな。」
菅野は愚痴をこぼす。
「それもそうですね。」
トワが反応する。
「で、あそこが発電所な訳だ。遠いねぇ。」
菅野は視点を少しずらして長い煙突が何本もある場所に目を向ける。
「そりぁ、遠いでしょう。ここからざっと、2キロですからね。」
トワは望遠鏡を外して全体を見る。
「おぉう、相当な距離だな…………。」
菅野は驚いた様子を見せた。
「ですが、距離が離れているせいか、悪魔たちもこっちに来ないようですがね。」
トワは再び悪魔たちを望遠鏡で見る。
「確か、アイツラには縄張りみたいなものがあるんだっけか?」
菅野がトワに訊く。
「動物みたいな縄張りではないですけど、基本的な移動範囲が決まってるというだけですね。」
続けてトワは言う。
「ですが、見つけた人間は地の果てまで追いかけてくるっぽいですけど。」
「なんだそれ、ゲームかよ。今どきのホラゲーでも移動範囲はもっと広いぞ。」
菅野は四十代らしからぬ発言をする。
「意外です、菅野さんってゲームとかするんですね。」
トワは望遠鏡で見続けながら少しだけ驚く。
「おうよ、こう見えてもゲームは大好きでね。いろんなジャンルをプレイしてるぞ。」
誇らしげに菅野は語る。
「特に何のジャンルが好きで?」
トワは訊く。
「RPGだな。fpsとかホラーとかしてしたけど、やっぱりこれに帰る。」
少し考えるような素振りを見せる菅野。
「RPGっていうと、ドラクエとか、ファイナルファンタジーとかですか?」
更に訊く。
「そうだな、ドラクエだと、3、ファイナルファンタジーだと7だな。あれは傑作だ。」
菅野は楽しげに語る。まるで子供の頃を思い出すかのように。
「俺も7はやりましたよ。リメイクの方ですけど。」
トワはプレイした時の楽しさを思い出す。
「おっ、お前もやったのか。高校生がやるなんて珍しい。」
菅野は同郷がいて、嬉しくなったのか、言葉に感情が乗る。
「やったときは中学生ですけどね。あれは面白かったです。8000円はたいて買った甲斐がありますよ。」
「中坊からしたら8000円なんて大金なのに買ったのか。すげぇな。」
菅野は感心した様子を見せた。
「これまであった小遣いのほとんど吹き飛びましたけどね…………。」
苦い思い出かのようにトワは語る。それに対して菅野は苦笑いを浮かべて言った。
「そうか、でも、後悔はねぇんだろ?」
「まぁ、それはありませんよ。神ゲーでしたし。」
トワは望遠鏡で観察しながらも言う。
「そりゃそうか。」
そんなふうに軽口を叩きながらも仕事は怠らない。
「そうだ、ファイナルファンタジーの中で7以外だと他に何が良かったとかありますか?」
トワはふと気になり菅野に訊いた。
「FF7以外?それなら結構あるが、俺が好きなのは…………。」
そう言おうとした矢先、観察中の赤い髪の男がこちらに振り返る。それに焦った二人はすぐさま死角に隠れた。
「は?何でこっち見てきたんだよ…………。」
トワは焦っているのか口調が荒くなる。
「ホントだ、それに、あの目は俺たちを完全に認識してる奴の目だ…………。」
菅野は冷や汗をかく。
「おかしいですよ、ここから最低でも3キロはあるんですよ…………?とてもじゃありませんが、到底見れる距離じゃない。」
冷静に分析しつつも赤髪の男の異常さを感じるトワ。体は恐怖で少し震えている。
「それは人間では、だろ?今ので確信した。あの男は人間じゃねぇ。間違いなく悪魔だ。」
菅野は険しい顔をして言う。
「悪魔、ですか?確かにそうですが、それにしても見た目が…………。」
トワは当然の疑問を口にする。
「トワ、何であれ見た目で判断するな。命取りだぞ。」
つい先程の子供っぽかった菅野の面影はなく、そこにはヤクザとしての菅野がいた。
「…………すいません。」
トワは顔を少し下に向ける。
「気にするな、仕方ねぇさ。まだ高1のガキだからな。」
菅野が少し笑い、緊張が和らぐ。
「とはいえ、もう観察するのは危険ですね。」
トワは気を取り戻したのか菅野を見て言う。
「そうだな、さっきので気づかれたかもしれん。観察するとしても場所を移す他ないだろう。」
菅野は近くに置いたハシゴに目をやる。トワは違う角度から少しだけ青年のいた場所を見た。
「…………どうやら、観察は無理そうですよ。あの男が指揮したのかは分かりませんが、雑魚悪魔がこちらに近づいてきてます。」
トワは冷静に状況を話す。
「成る程、逃げるが吉、か。」
菅野は少しだけ焦るように言う。
「その様です。」
トワは賛成する。
「ここから学園は2キロ離れてる。悪魔の野郎どもも、来る心配はない。よし、逃げるぞ。」
できるだけ不安因子を潰すように確認してから号令をかけた。
「了解。」
トワが言った後、菅野とトワは屋根に架けられていた梯子を下る。そうして下り終わり、二人は学園のある方向へと走って向かう。
「これ、奴らにバレませんかね?」
トワは不安そうに尋ねる。
「大丈夫だろ。アイツラの速度は大して速くねぇ。
来るとしてもせいぜい30分はかかる。」
そんなトワを安心させるために少し笑顔で言う菅野。
トワはそれを聞いて表情が和らぐ。
「そうですか…………。」
少し間をおいてトワが訊く。
「そういえば、あの言葉の続きは何なんですか?」
「?………あぁ、そういうことか。」
菅野はまさかこの状況で訊かれるとは思ってもみなく、頭にハテナを浮かべた。しかし、その意図を理解して回答を言う。
「9だな。」
「…………センスの良い。」
トワは少しだけ考えるような素振りを見せて笑う。
その言葉を聞いて菅野は嬉しそうにする。
「伊達に四十年生きてないんでな。」
そんな会話を繰り広げながら学園へと向かうトワと菅野だった。




