第二十一話 心配
「……………………。」
そう思案しているのは学園長。そこで、昨日の仁との会話を思い出す。
「おい、剛。」
学園長室にいる仁はソファに腰掛けていた。
「は、はい。なんでしょうか?仁さん。」
学園長はコーヒーカップを二つ持ってテーブルに置いた。
「お前は人を信じすぎだ。裏切られるぞ。」
仁はカップを手にして一口飲む。
「え?」
「人を信じることを悪いとは言わないが、もう少し疑え。」
今度はコーヒーの匂いをかぐ。
「疑う、ですか?」
学園長は仁と反対のソファに腰掛ける。
「そうだ、それに、俺の時だってそうだったろ。
いきなりうちの組に来て。俺たちがヤクとかに手を染めてる組だったらどうするつもりだったんだ?」
「そ、それは…………。」
仁の正論に言葉が詰まる学園長。
「どうせお前のことだ、調べはついてるんだろうがな。……だがな、馬鹿の一つ覚えみたいに信じてたら、守りてぇもんも守れねぇぞ。」
そうして、圭司を見る。
「…………証拠は?」
学園長は続けて言う。
「証拠なら、ここに。」
圭司はカバンからスマホを取り出して、既に撮っておいた映像を見せる。その映像に映っていたのは作業着を着た1人の中年男性だった。
「こほん。私は、方前発電所所長の曽良と、申します。この度は、西港旋律学園様に折り入っての頼みが御座います。この、危機的状況下にある、方前発電所にお力添えいただけませんでしょうか。
ご返事をお待ちしております。」
そこで映像は切れた。
「………………分かりました。信じましょう。」
少しの思案はありつつも、信じることにした学園長。
圭司は、その返事にうっすらと喜びの笑みを浮かべた。しかし、それはすぐに元の顔に戻った。
「ありがとう、ございます!」
少し大きな声で頭を下げる圭司。
「しかし、当然すぐには行けません。そちらにいる悪魔の数や配置などを教えてもらわないと。こちらとて行動できませんから。」
学園長は冷静な顔をして現実的に言う。そう言われた圭司は少し黙ったあと、言葉を口にした。
「…………すいません、悪魔の数と配置、どちらとも分かりません。」
圭司は申し訳なさそうな顔をする。学園長はそれに特に驚きはしなかったのか、淡々と述べた。
「そうですか、なら、下見をしなくては行けませんね。彼らに任せますか。」
「か、彼らとは…………?」
圭司は不思議がる。
「ヤクザの皆さんですよ。戦力としてこちらに協力してもらってるので。」
圭司は、まさかの言葉に困惑が止まらない。
「ヤ、ヤクザですか…………?」
「まぁ、協力関係にあるというだけで特に仲が良い訳ではありませんが。」
一拍を置いて、学園長は言う。
「では、こちらで行かせる人材を決めます。
あなたは学園長室に居ていてください。」
学園長はそう言って、その部屋から去った。一人残された圭司は、膝の上に指を一本一本組んだ手を少し強く握る。
「信用されて、ないってことか…………。」
圭司は小さく言葉を溢した。その学園長室の近くには誰かがいた気がした。
◆
時は少し経ち、会議室。そこには学園長と仁達が居た。
「ほう、そんで?俺の組から誰か偵察できる奴を行かせろ、と?」
仁は紋付羽織袴を着て学園長に訊いた。
「端的に言えば、そうなります。」
「一人じゃ何かあったらたまったもんじゃねぇ。
二人用意しよう。」
仁は近くにあった椅子に腰掛けた。即断だった。
「分かりました。では、その方針で。」
案外すぐに決まったことにホッとした学園長。
しかし、会議室の閉まっていた扉がギィ、と音を立てて開いた。
「無礼をしてしまい、すいません。その役割、俺にやらせてくれませんか?」
現れたのは、まさかのトワだった。
「何言ってやがるガキ。ここはお前の出る幕じゃねぇ。」
仁は語彙を強くしてトワに突っかかった。
「仁さん、少し言葉が強いです。ですが、そうですよトワくん。君は休んでいてくれ。」
学園長は優しく言った。
「………………すいません、こればかりは、譲れないんです。」
トワは頭を下げて真剣な表情をする。
「だ、だけどね…………。」
学園長は反論しようとする。しかし、それを仁が止めた。
「…………………分かった。だが、一人では行かせねぇぞ。当然あと一人、他の奴をつける。それでいいな?」
「ありがとうございます。」
トワは頭を下げたまま感謝をのべる。トワはその場を去ろうとする。しかし、仁がそれを止めた。
「今回は特別に許可しただけだ。次はねぇぞ。」
「はい、分かっています。」
トワは仁の方に振り返らない。
「そうか、ならいい。」
そうしてトワは会議室を去った。去って数秒したあと、それを不満に思っていた学園長は仁に問い詰める。
「何故許可を出したのですか!」
「お前は、アイツの顔見て、何か感じなかったのか?」
逆に仁が訊いた。
「何かって、特に何も。思い詰めてるな、ぐらいしか…………。」
学園長はつい先程のトワの顔を思い出しながら言葉を紡いだ。
「それだけ分かってりゃ十分だ。まぁ、一つ言うなら、アイツにも事情はあるっつう事だ。」
仁は椅子から立ち上がり、扉の前まで行って止まった。
「それに、その決断をしたのはアイツだ。アンタが気に病むことでもない。」
そう言い捨てて会議室を去った。一人残った学園長は、トワの目の奥にある「行き過ぎた決意」が胸に小さく引っかかっていた。
◆
トワが会議室から出て、教室で待機していた。
トワは立ちながら窓の外を見て一人で物憂げに浸っている。
天気は生憎の曇りだ。
「……………………。」
目を少しだけ細めて心ここにあらずといった様子だった。カツカツと足音が聞こえる。それは上履きの音だった。ガラガラと教室の扉が開かれる。そこに現れたのは傘都だった。
「よっ、トワ。何してんだ?」
いつものように元気な傘都はトワに声をかける。
しかし、当人のトワは反応がない。
「おい、どうしたんだよ?」
2度目。しかし無反応。
「おい!」
今度は大きな声で呼ぶ。それに気づいたのかトワは少しだけ肩を震わせた。
「なんだ、傘都か。何か用か?」
トワはこれまで通り振る舞う。しかし、長年関わってきた親友相手には、それは通じなかった。
「用は特にない。………………どうしたんだ、お前?」
「………どうしたって?何が?」
トワは傘都の顔を見ない。
「様子が可笑しいって言ってんだ。」
傘都はいつになく真面目な顔で言う。
「いや、いつも通りだ。」
それでもトワは傘都の方を向かない。ひたすら窓の外を見ている。
「…………それで誤魔化せると思ったか?
俺はお前の親友を伊達にやってないぞ。だから、もう一度訊く。どうしたんだ、お前?」
いつもなら笑いあっている二人だが、この時ばかりは
顔に笑みはなかった。それでもかたくなに傘都の顔を見ない。
「………………家族の事か?」
傘都は少し躊躇ったあと、言った。
「!!!」
トワはそれに驚いている。核心にでも触れられたかのようだ。トワはその言葉にこれ以上誤魔化すのは無理と判断したのか、試すようなことを言った。
「…………そうだと言ったら、どうする?」
「どうするって、言われてもな。どうもしねぇよ。」
傘都は近くの壁に背中を預けた。
「…………俺さ、また、外に行くんだ。」
「お前の意志で、か?」
傘都は訊いた。
「……そうだ。」
トワは答える。
「……そうか、なら、何も言うことはない。」
まさかの返しにトワは少しだけ目を見開いた。
「あぁ、心配してないってわけじゃない。お前なら大丈夫だっつう、安心感みたいなもんだ。」
「ぷっ、なんだよ、それ。」
そこでようやくトワは傘都の方を向いた。トワの顔はつい先程と違って少し、元気になっていた。
「そのままの意味だ。」
冗談っぽく、傘都は言う。
「そういう意味じゃない気がするんだがな…………。」
更にトワの顔に笑みが戻ってきた。
「…………やっぱり、お前にそれは似合わねぇな。」
傘都は小さく呟く。
「うん?何か言ったか?」
「いんや、何も?」
そう言った後、トワと傘都はいつものように話し始めた。二人は馬鹿みたいな話題で馬鹿みたいに笑う、そんな"普通"をありったけ楽しむ。その声は教室の外に少しだけ聞こえる声量だった。
その声につられて、ヒカルやユキ、サキに太郎が混ざった。そうして、小さいどんちゃん騒ぎが始まる。
トワと傘都の会話を教室の外から聞いていた学園長は、笑顔でその場を去る。空一面に覆っていた雲は、気が付いたら、二筋の光を地上に落としていた。
遅れてしまい、申し訳ありません。




