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おじいさんとねずみともぐら

作者: 雉白書屋

 むかしむかし、あるところに、とても仲の良いおじいさんとおばあさんが住んでいました。

 ある日、おじいさんはいつものようにおばあさんが作ったおむすびを持って、山へ出かけました。

 しばらく山の中を歩いたおじいさんは、大きな石を見つけ、腰を下ろしました。

 そして、大きく息をつき、包みを開けておむすびを取り出そうとした――そのときです。


「よお、じいさん」

「うわっ!」


 突然、背後から声をかけられたおじいさんは驚いて、持っていたおむすびを地面に落としてしまいました。慌てて拾おうと膝をつくと、声の主の男もしゃがみ込み、おじいさんと目を合わせました。


「『うわっ』とはひどいなあ。隣人なのにさあ……」

「あ、いや、突然だったからびっくりしただけだよ……」


「はははははは! それは悪かったねえ……ところで、こんな山奥で何をしていたんだい?」

「いや、特に何ってわけでも……ただ散歩してただけだよ」


「ふうん、でも、だいぶ山道から外れてるねえ」

「まあ、たまにはちょっと冒険してみようかなと思ってさ……」


「そうなのかい? でも、最近よくこの辺りに来てるじゃないか」

「な、なんでそれを……」


「なあに、ちょっと気になって後をつけてみたんだ……この辺りに財宝でも隠してるんじゃないかと思ってねえ」

「ざ、財宝なんて、あるわけないよ。ははは……」


「はははははは! 確かに財宝なんて笑い話だ。でもね、昔あんたが金持ちを助けて、たんまり礼をもらったって噂を思い出してね。もしかしたらと思ってさ」

「そんな……仮にもらっていたとしても、こんな山の中に隠す理由が……」


「そうだよねえ。でも、家に置いておくのは不安だろう? 身内に狙われるかもしれないからねえ」

「身内って……ははは、ばあさんはそんなことしないよ」


 男は「はははははは!」と天を仰ぎ、大笑いしました。そして、立ち上がると、おじいさんを見下ろして言いました。「……ところで最近、息子さんが帰ってきたって?」


「えっ」


「昔、家を出て行ったろくでなしが、おっと失礼。気を悪くしたらごめんねえ」

「いや、別に……」


「帰ってきたことは否定しないんだね」

「いや! そ、それは……」


「昔は可愛かったねえ。あんたの奥さんが作ったおむすびが大好きでさあ。そう、そのおむすびだ。どれ、一つもらおうか」

「あ、ちょっと!」


 男はひょいとおじいさんの手からおむすびを取り上げ、一口かじった。


「んー、いい塩加減だあ。息子さんもさぞ喜んだだろうな。久々に母親の味を堪能してさ」

「ま、まあ……」


「ああ、そんな和やかな雰囲気じゃなかったか。なに、あの夜、お宅の息子さんの怒号が聞こえてきてね……。『金はどこだ! おい! 出せよ!』ってね。それで、夜中に出ていったみたいだが……。なあ、二人でこの山に来たんじゃないか? 財宝を隠した場所まで案内するとか言ってさ」


 おじいさんは黙ったまま何も答えません。男は薄笑いを浮かべ、楽しげに言葉を続けました。


「ここ最近のあんたのしょげた顔を見てね、ああ、息子さんに全部持って行かれたんだなって思ったよ。でも、今日みたいに足しげくこの山に通う姿を見て、俺は別の可能性を思いついたんだ」

「……」


「あんた、息子さんを殺しちまったんだろ?」

「……」


「はははははは! なに、そう怯えなくていいよ。俺は別にあんたを裁こうなんて考えちゃいない。ただ、少しばかり“口止め料”が欲しいだけさ」

「……私が息子を殺したという証拠はないだろう」


「ははははは! ……今の口ぶりで確信したよ。確かに証拠はないね。あんたが埋めちまったからね。そのおむすび、お供え物なんだろう? この辺りで広げたってことは……そこかな? それともそこかな?」


 男は周囲を見回しながらニヤニヤと笑いました。そして、おじいさんのほうへ向き直ると低い声で言いました。


「ははは……さあ毎月、口止め料をもらおうか。さもないと、村中に言いふらすぞ。あんたが息子をころ、ころ、ころころり、こ、こ……」


 突然、男の言葉が途絶えました。口からは笑みが消え、代わりに白い泡がドロドロボタボタと吹きこぼれていきました。男は喉を押さえ、目を見開き「こ、こ、こ、こここ……」とかすれた声を漏らしながら、バタリと地面に倒れました。

 痙攣しながらしばらくもがいていましたが、やがて動かなくなりました。

 おじいさんは静かに立ち上がると、男の足を掴み、ずるずると引きずりながら山奥へと進みました。辺りには落ち葉を踏みしめる音だけが響いていました。

 傾斜の前で足を止めると、おじいさんは包みを開け、ておむすびを一つ取り出しました。


「ばあさんに頼んだんだ。獣に食われないように毒を混ぜてくれって。……でも、本当は気づいていたのかもしれん。私がこれを食べて死のうとしていたことを。ばあさんはな、私が山から戻ると、いつもほっとした顔をするんだ……」


 おじいさんは今にも泣き出しそうな顔で、おむすびを斜面に投げました。

 そして、続いて男の体を突き落としました。

 おむすびと男は、斜面をころころと転がっていきます。その先にある、彼の息子が眠る大きな穴へ、まっすぐに。


「二人も殺してしまった……でも、むしろ吹っ切れた。すべてを抱えて生きていこう……」 


 そう呟くと、おじいさんは顔を上げ、ゆっくりと家に向かって歩き出しました。

 ふと頭に浮かんだ歌を口ずさみながら……。


「おむすびころりん……ころころころりん……」

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