魔法の可能性
目が覚めたらまたベッドで眠っていたらしい。もうすっかり見慣れた天井。ここはルーブの家なのかな?少なくとも天国ではなさそうだ。
川から救助してもらった時は右手の激痛で目が覚めたが、今回は右足と背中が痛むが右手の時の激痛というほどではないけど痛いのは痛い。あの金髪長髪野郎に切られた背中と右足は包帯を巻かれている。
まぁ眠っていたとしても2.3日かな?こんな短期間で治るわけないので恐らくステューが治癒魔術をかけてくれたのだろうな。切り傷と刺し傷程度ならこんなに効力を発揮するなんて相変わらず凄いな。
右手が切断されるレベルは治癒魔術も効力が弱かったりするもんなのかな?治癒魔術の術者のレベルに応じて治癒できる傷が変わってくるんだろうか?
実際治癒魔術をかけてもらった右腕は新しく腕が生えるわけではなく、切断された傷口が塞がるのが早くなっただけだった事を考えるとどんな傷にも万能ってほどでもないのだろう。
そんなことを考えているとステューが部屋に入ってきた。
ステューの身を守る為とはいえ、怒鳴ってしまった事に変わりはない為に少々気まずいなぁと思っていたのは自分だけみたいで、ステューは目に涙が溢れてきて今にも泣きそうな顔で抱きついてきた。
「助けてくれてありがとうなの…」
「あー…ステューが無事で良かったよ!だから泣くなって!でも自分はどうやって助かったの??」
ステューは泣き声で事のあらましを説明してくれた。
どうやら集落までステューは助けを呼びに行ってくれて自衛団を引き連れて急いで戻ってきてくれたらしい。
戻って来た頃には血まみれで倒れている自分と地面に転がっている冒険者2人で茶髪短髪野郎は窒息で死んでいたらしく、金髪長髪野郎はその後拘束されてどうなったかは知らされていないらしい。
その後ステューは集落で事情聴取やら事後処理をしているところ、日が暮れても帰ってこない事を心配したルーブが集落に来てくれて、治癒魔術をかけてもらって寝込んでいた自分を担いで帰ってきてくれたらしい。
あの茶髪短髪野郎死んだのかぁ…初めて人を殺したけど正直なんとも思わない。まぁ死んで当然の外道だったし…それよりも殺人罪とかで罪人にされる方が恐ろしいわ…ステューの反応を見るにその心配はなさそうだけど。
それよりも今はこれまでの人生で誰かに泣いて感謝される事なんて無かったから凄く新鮮で嬉しい。あの時勇気を出してよかったと心から思える。
「包帯はステューが巻いてくれたの?治癒魔術かけてくれたんだろ?ありがとうな!全然痛くないや!」
「礼には及ばないの…お礼をしたいのはむしろ私の方なの…」
「悪い大人はたくさんいるんだからこれからは気をつけて!ステューは美人さんなんだから目をつけられやすいんだからさ」
そういう時ステューはコクンっと頷いた。
ステューは自分に治癒魔術をかけて家事に戻っていった。治癒魔術で治癒してもダメージは残っているらしく、自分にはあと1週間は安静にするように言われた。
右手をゴブリンに切断された時に治癒魔法をかけてもらった時は痛みが少し和らぐ程度だったのに、切り傷刺し傷は比にならないくらい治癒してる…この差はなんだ?
魔法はイメージの世界である事は間違い無いと思う。しかしステューが人体の構造を理解して治癒魔法をかけているとは思えないし…何故かステューの使う魔法と自分の使っている魔法の種類が違うような気がするのは気のせいだろうか。まだまだ分からないことがたくさんある。
それに今回の冒険者に絡まれた事で自分の実力は痛いほど理解できた。どうやら冒険者の実力の足元にも及ばないらしい…体も知識も技術も全てが足りていない。でも発想次第でその実力を埋めれることも分かった。今自分にあるのは多少の現代知識だけ…
今後の課題は魔力総量と肉体だな。
それと今回初めて魔力で変質化させたモノを圧縮したがこれは思いの外良かった。初めてだからなのか圧縮するのにバカみたいに魔力を使うのでコスパは悪いが、慣れればもっと低コスパで応用にも使えそう。
正直圧縮する技術に大きな可能性を感じていた。
どの属性の攻撃魔法も圧縮する技術レベルがそのまま殺傷能力に比例するのでは!?
早く新しい魔法を試してみたいが身体の傷がまだ完全に回復してないので、ベッドの上でも出来る鍛錬は何か無いか考えてみた。
ボケーと色々考えていたら、ふとある事を思いついた。
魔力総量は少しずつ増えてきているが、正直微々たるもので効率が悪い気がするし他にもっと良い方法がありそうな気がするんだよなぁと。
そこで考えたのは体内の魔力総量を全て圧縮すれば空いたスペースにさらに圧縮した魔力を溜め込めるのでは!?
しかも魔法を放つ際に出力も上げることが出来ると思うんだよな!
つまり分かりやすく言い換えると、今自分の体内の魔力は薄いので体外でわざわざ、圧縮=魔力を濃くする。という工程を経て魔術の威力を高めている。体内の魔力を圧縮=魔力を濃くすれば、その分空いたスペースにさらに圧縮した濃い魔力を保管できるのでないか?と言うことだ。
今まではわざわざ体外に魔力を出して、わざわざ圧縮する=魔力を濃くするのに膨大な魔力を消費していたので、その消費していた部分を圧縮以外の速度や威力、質量なんかを強化するのに魔力を使うことが出来れば、更に色んな可能性が広がると思うんだよな。
圧縮=魔力を濃くすればその分スペースが空くのかどうかは分からないけど、どちらにせよ元々体内の魔力を圧縮して濃くしていれば、魔術発動時に圧縮する工程が省かれるため発動時間がかなり短縮できるはず。
それと魔術と魔法の違いも今まで曖昧だったんだよな。
魔法は火を出したり水を出したりシンプルな魔法ってイメージかな。
魔術はトリモチ圧縮弾や閃光弾みたいな複数の魔法を組み合わせた術を魔術と言うイメージ。
例えるなら、ただ水を魔法で生成するのは魔法で、火魔法と水魔法を組み合わせてお湯を生成するのは魔術って感じ。
少しずつだけど魔法の理解も進んでいると思うし、体内の魔力を圧縮することが出来れば無敵に近づくぞ!っと言っても体内の魔力をどう圧縮して保存するのか。それが直近の問題であり課題でもある。
まぁでも魔法で行き詰まったらとりあえずイメージをより具体的にすれば解決する気がする。って事で。
やっぱりイメージを具体的にするには瞑想しか無いと思うんだよね。現代でも瞑想の効果は科学的に証明されていたわけだし、魔法はイメージ次第なんじゃ無いかって思ってから瞑想しかないと思っていたわけ。
まぁ瞑想といっても色々あるらしいが今回はまずは身体の様々な部分を意識しながら瞑想を行う。
いわゆるボディスキャン瞑想というやつだ。身体強化魔法はより自分の身体を具体的に認知していればしているほど効果も上がり低燃費に魔力を運用できるはず。
足の指から足先からふくらはぎ、傷を負った部分、内臓の一つ一つに意識を向ける。無くなった右手や左手、呼吸した時の肺の動き、心臓の動き、消化している胃腸の動きなど。
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その次は体内の魔力を感じとる。体のどこに魔力が集まっているのか、どんな色をしていて、温度や質感など。
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ヘソのら辺へと魔力を集中する
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ヘソのら辺に集めた魔力を圧縮する。イメージはパンやスポンジを握り込んで小さくするイメージ。
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出来るだけ長く、そしてより小さくを維持
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24時間365日これを続ける。
現状は1時間も維持できない。
想定していた以上にかなりの集中力と体力が必要で、今の病み上がりの身体では1時間と持たない…たとえ万全な状態だったとしても今の魔法の技術力では大差ないだろう。
これは特訓のしがいがありそうだな!
この特訓を続けていけばいずれ右手も生やすことが出来るレベルの高みまでいけるかも知らない。
それだけではなく、死体を解剖して筋肉の作りや骨の形、神経や内臓や関節など実際に目で見てイメージが具体的になれば、さらに強化魔法の強度が上がり消費魔力も少なくなると予想できる。
更に、今日まで朝から畑を手伝っり水を汲んだり薪割りに強化魔法をチマチマ使った残りの魔力で毎晩右手を魔力で具現化する特訓に勤しんできた!
特訓した初めの頃は日中にチマチマ魔力を使ったら残りカス程度しか魔力が残らず使い切っては倒れるように眠っていたが、2週間もすれば晩の魔力の残量が明らかに余力があるくらいに増えてる事を実感できている。それからさらに継続してきた事で、魔法で形を作れるくらいには魔力総量も増えてきたので次の段階に進める…早く進みたくてウズウズする。
知的好奇心、知的探究心は抑えられない。
日々の成長を目に見えて感じれるのがこんなにも嬉しいなんて知らなかった。成長を感じる度に生きていると実感できるから。
今までの特訓では右手を具現化する事に注力してきたが、これからは変質化に注力する事にしたい。
具現化と変質化は紛らわしいけど自分的には以下のイメージの通りだ。
右手の具現化とは、魔力で無くなった右手の形に形成する事。強化魔法の塊を触れるように具現化させて右手として使うようなイメージかな。具現化するのに変質化ほど魔力は必要無いが、維持するのに継続的な魔力が必要。
右手の変質化とは、魔力を皮膚、筋肉、骨、血管、神経などに変化させる事。一度変化させると魔力は必要ないが、変化させる時に莫大な魔力を使う。
今すぐやってみたいけど失敗した時の予想が全くつかないのでもう少し準備を万全にしてから挑むことにする。
ある意味では魔力を人体に変質させる事ができたらそれはもう治癒魔術の領域なのでは?
魔法がイメージ次第と確証を持った今は右手も生やすことができると思っているが、治癒魔法も基本は魔力を細胞に変えているだけに過ぎない。ただ難点なのは人体の構造の情報量が多過ぎて具体的にイメージ出来ていない事だ。
なので実際イメージを具体的にするには実物を見るのが手っ取り早いと考えたのだが、さすがに自分のを切り裂くのは痛いし簡単に手に入るものでも無い…
色々と考えすぎてごちゃごちゃして混乱しそうなので整理しよう。
1つ目:正当防衛だけど人殺しちゃったが今のところ精神的にもこの世界の法律的にも大丈夫そう確信はないけど。
2つ目 :ステューに暴言吐いたけど嫌われてなかった。
3つ目:ステューの治癒魔術は切断レベルの傷よりは切り傷刺し傷の方が治癒しやすい。
4つ目:変質させたものを圧縮して攻撃するこの手法は色々と応用がききそうで可能性を感じる。
5つ目:瞑想や圧縮を応用して体内の魔力を圧縮できれば魔力総量や魔力出力が向上するはず。
6つ目:今後の課題は魔力総量と筋肉。
早く色んな魔法を試してみたくてウズウズしていたらコンコンっとドアをノックしてルーブが入ってきた。気のせいか目がうるうるしてるように見える。
ガッと左手を握られて
「葵!本当に無事で良かった。娘を救ってくれてありがとう!!」
「礼を言いたいのは自分の方さ!命を救ってくれた上にこの家でお世話になってるんだもん。ちょっとは恩を返せたかな?」
「十分過ぎるくらい返してもらったよ!野良の冒険者2人を倒して良い面構えになったな!」
そう言うとルーブは優しく微笑んだ。
「でも無茶するなよ。お前は大切な俺の息子だ。」
「ありがとう…」
目がウルウルしてきたのを悟られないようにそっぽ向く。
その晩みんなでご飯を食べながら聞いた事だが、この世界で人攫いなんかは珍しくないんだと。売られて奴隷なんて事も。
ステューはもう直ぐ15歳の成人になるし十分冒険者と戦えるくらい魔法の技術はあるのでルーブも集落に行かせたり、出来るだけ独り立ちできるようにしてきたらしい。
しかし精神面がまだ覚束ず土壇場で固まってしまう事が今後の課題だろう。
やはり精神面を鍛えるには場数を踏むしか無いという事で、ルーブと魔物を狩りに行って修行するらしいので自分も志願しら、お前は安静にしてろと一蹴された。
それから2週間ベッドの上でひたすら体内の魔力を圧縮させる瞑想の鍛錬を繰り返し行い、安静にしていたので傷もすっかり癒えて回復した。
回復はしたがずっとベッドでゴロゴロしてたのですっかり運動不足になってしまったので、やはり体が資本ということで早速2人の狩りに連れて行ってもらった。
そういえば魔物と動物の違いがよく分かってなかったが、仮に向かう途中に教えてもらった。
どうやら魔力を使って攻撃してくるのが魔物で、動物は魔力を使わないらしい。魔物の方が魔法を使って攻撃してくる分知能が高いし、その素材も高値で売れたりするんだと。
しかし、魔物は素材は売れるが食べられる部分が殆ど無い為、動物にも需要があるらしい。
そういえばゴブリンも群れて行動してた事を思い出した。
ジャングルの中を進む事1時間ほど、ルーブが合図してきた。どうやらこの先に魔物がいるらしい。
音を立てずに進むと複数の狼のような生き物がゴブリンを食っているところだった。
4匹ほどいる。事前に聞いていたグレーの毛並みに鋭い牙、すばしっこく風魔法のウィンドカッターを使ってくるらしい。グレーウルフと言って毛皮と牙が売れるらしく、肉は食べるところが少ないが味は悪く無いらしい。
事前に決めていたわけでは無いが、ルーブは剣士タイプ、ステューと自分は魔法使いタイプなので、ルーブが剣で特攻しステューと自分が魔法で援護する感じで連携上手く連携出来た。
この2週間ひたらすら魔力を圧縮するのに、時間を費やしてきたおかげか、ルーブの援護のためトリモチ圧縮弾を1発放ったがまだ余裕はある。あと2発は行けそう。
圧倒的に圧縮するのにエネルギー(魔力)を使わなくて済んでいて自分でもびっくりしている。
実際この2週間で魔力の圧縮はそこまで上手くいってないので魔力総量自体は変わらないが、圧縮するのに慣れてきてコツを掴んだおかげか、かなり魔力の消費を抑えて圧縮することに成功したのだ。
まだまだ魔法に関しては初心者だが、成長を感じられるこの瞬間がなによりも気持ちいい。
それよりも驚いたのはルーブのスピードとパワーだ。あのデカい図体からは考えられないくらいのスピードで近づき、豆腐を切るようにスパッとグレーウルフの首を切断した。
驚き過ぎて援護するのが遅れそうになったくらいだ。ルーブが2匹目を両断した頃、トリモチ圧縮弾で1匹を無力感しステューが最後の1匹をファイアーボールで焼き殺す。
トリモチ圧縮弾で動けなくなったグレーウルフにトドメを指して無事に初狩が終わった。
ステューが焼き殺したおかげで香ばしくて美味そうな匂いでお腹が空いてきた。
「これが噂のステューを助けた魔法かぁ初めて見るな!」
「罠にも使えそうなの!」
ルーブとステューに褒められて上機嫌で勝利のピースをした!
血抜きを済ませてルーブが2匹、ステューと自分が1匹ずつ担いで持って帰る。これがなかなかキツくていい筋肉トレーニングになった。山の中をルーブたちに着いていくだけでもかなりしんどい。
その日の晩飯にグレーウルフの肉を頬張りながらルーブになぜあれだけ早く動けるのか聞いてみた。
するとルーブは簡潔に一言
「筋肉」
とだけ言いグレーウルフの肉を頬張る。もっと理知的に説明してくれるのかと思ってたら一言だったので、期待を裏切られた感が否めない。もっとバカにも分かるように説明してほしい。
「ルーブみたいに強くなりたいんだ。稽古をつけてくれ!」
「……ダメだ。」
「えええ!?なぜ?」
「身体が貧弱過ぎるから体力をつけろ。基礎を飛ばして楽しようとするな。」
「うぅ…ひ、貧弱…つまり基礎体力を身につけたら稽古をつけてくれるんだよね?」
「あぁ!約束する。」
にやっと答えるルーブ。
やっぱり襲ってきた冒険者の2人も屈強な身体してたし、身体強化魔法は筋肉量に比例するのか?疑問が湧いて来ると検証せずにはいられないので次の日早速試してみた。筋肉くらいそっこーで身に付けてルーブをぶっ飛ばしてやる。
身体強化魔法は魔力量とイメージ次第で筋肉量は関係ないと思っていたのだが、仮にただ身体の外側に強化魔法を纏うイメージより、筋肉の繊維一本一本を強化するイメージだと強度が上がるのではないかと仮説を立てた。
そこで左足は普通に足を覆う感じの強化魔法をかけて、右足は大腿四頭筋や大腿二頭筋、そして骨など中身から意識して強化するイメージそしてさらに左足のように表面にも強化魔法をかける。
左足と右足の身体強化魔法量のトータルは同じにする。つまり左足は表面に一点集中の強化魔法を付与、右足は表面だけでなく筋繊維や骨や皮膚などバランスよく強化魔法を付与するということ。
そしてステューに思いっきり太ももを左右交互に叩いてもらい、左右のダメージの差を比べるというものだ。
結果から言うと自分の仮説は正しかった。
表面だけを身体強化するより、骨や筋肉や関節などの中身から身体強化した方が身体強化の密度が違うから、強度が天と地ほどの差がある。
やはり魔法はイメージ次第。しかし太ももの筋肉や骨そして表面を強化するのは、左足のようにただ強化するよりも、筋繊維の一本一本を意識しなければならず集中力も相当要する事が現段階の懸念点だ。
どちらにせよ筋肉はあった方が良い事は間違いないので魔力を圧縮する特訓に加えて、体作りの為に筋トレから始めた。
筋トレといえば腕立て伏せなので、とりあえず右手は魔力で具現化させて限界まで腕立てしてみた。
右手を具現化する意識のまま体を地面を平行に保ち、フォームを崩さずに顎を地面までしっかりつける事で1回とカウントする。
結果的に3回しか出来なかった。これ以上はプルプルして上がらない。意識することも多いし、自分ってこんなに筋肉なかったんだと再認識する羽目になった。
道のりは長そうだ…