恩に報いるために
無事に用事も済ませて集落から出て帰り道、今日は元々遅めに来ていた事もあって大分日が斜めに傾いている。そういえばあの町を集落って呼んでたけどシューラーク村って言うらしい…紛らわしいなおい。
「これは家に着く頃には日が暮れているかも知らないね」
「今日は家を出た時間が遅かったから仕方ないの」
どうでもいい事を喋りながら1本道の帰路を歩く。
集落が見えなくなったくらいで後ろから冒険者らしきおっさん2人がずっと後をつけてくる事に気づいた。明らかにこちらを見てニヤニヤしながら向かってくる。すぐに女将の話を思い出した。
あーこれは絡まれそうだなと思ってると
「これはこれはお嬢さんもう直ぐ暗くなるし俺の宿にやって行きなよ!」
「優しくするからさ!」
自分の事は見えてないとばかりに無視してステューを囲みだした。
思った以上に絡んできてびっくりしてしまったが、ステューは明らかに恐怖で何も言えず固まってしまっている。明らかにステュー目当てのようだ。
金髪長髪野郎と茶髪短髪野郎の2人ともおっさんで皮っぽい鎧や胸当てをつけてるのでやはり冒険者なのだろう。
マントを羽織っているのでチラッと見えただけだが、ルーブほどではないにしろガタイも身長も遠く及ばないが、初めての対人戦。男なら戦わねばならぬ時がある。
このままでは本当に無理やり連れていかれそうなので勇気を出した。まぁ正直あの時のゴブリンの方が怖ったし何とかなるだろ。
「あの〜自分の連れなのでやめて頂けますか?」
ステューと冒険者2人の前に割り込んでチンピラの2人に出来るだけ丁寧に説得した。
ギロッとこちらを睨みつける冒険者2人
「こいつ最近になってあの集落に出没する隻腕のオークじゃね?」
茶髪短髪野郎が自分を見て金髪長髪野郎に話しかけた
「片腕しかないオークみたいな顔した奴が気安く喋りかけてんじゃねーよカス」
そう言い終わる前に金髪長髪野郎に思いっきり顔面を殴られた。いきなり顔面に衝撃を喰らってビックリしたが、話しかける前に強化魔法を全身にかけてたおかげなのか倒れずにすんだが、鼻血が止まらない。普通に痛いけど、そもそも強化魔法かけてない状態で顔面なんか殴られた事ないのでどれほど強化魔法が聞いてるのかよく分からない。でも耐えれる時点で強化魔法は聞いてるんだろうけど。
「ステュー女将の所へ!!」
そう叫んでもステューは困惑している。動かずにこっちをみて固まってるだけ。
「走れ!!」
ボケっとしてるステューにイラついてそう叫ぶとようやく走り出した。
つい怒鳴ってしまったが、生きてたら後で謝ろう。嫌われちゃったかもしれないけど。しかし救助して何ヶ月たっただろうか?1年は経ってないが、随分長い間ルーブとステューにはお世話になったし今ここで恩を返さないでいつ返すんだよ!!
そう自分を奮い立たせて、走り出すステューの後ろを守るようにして冒険者2人の前に立ちはだかる。震える膝を必死に相手に悟られないように深呼吸する。
「大和魂見せるか!」
集落からそこまで離れていないのでステューが女将のところまで逃げ切るまでほんの少し時間稼ぎしなければならない。
初実戦だが今日まで魔法の特訓した成果を見せてやるぜ。
「お前オークの癖に強化魔法使えるのか、ならどちらの強化魔法が上か分からせてやる」
「プークスクスカッコつけちゃって〜。すぐにお前を殺してあの女の子を散々性奴隷として可愛がった後に家畜の餌にしてやるぜ。ヒッヒッヒッヒぃ〜!」
何故か強化魔法使ったのがバレてる金髪長髪野郎と、殺してやりたいくらいに虫唾の走る事を口走る短髪茶髪野郎。魔法を視認できたりするんかな?それとも殴った感触か、俺のダメージかそんなところかな?
一歩引いてファイアーボールを発動しようとした次の瞬間には金髪長髪野郎が踏み込んで自分の懐に入られていた。
早!?ビックリする暇も無く、ヤバイと思った瞬間には胴体に刺すような痛みが走ったと思ったら、みぞおちに右ストレートをくらって後ろに吹っ飛び悶える。
「オ、オォコゴォ…ゲホゲホ…」
息が出来ない…
もちろん強化魔法をかけてるのに全く無意味かのようにダメージが入る。なぜ!?力量の差なのか?
あのスピードにこの威力は間違いなく相手も強化魔法をかけているのだろう。
あまりに強化魔法に力の差があると、その差がそのままダメージとして通るんかな、強化魔法かけてなかったら死んでたのでは?と思うと急に恐ろしくなるがもう後には引けない。
「ヒュー、ヒュー」
呼吸音がおかしいヤバイ。ぐーっと腹の真ん中を鈍く悶えるような痛みが消えない。
いや、そもそも2人で剣を抜かれてガチで来られてたら普通に死んでるけど、恐らく隻腕のオークって事で舐めプされてるおかげで生きてる。マジで舐めプ万歳やわ。
ゴブリンに右腕を斬られた時は鋭い焼けるような痛覚を感じたがみぞおちを殴られた後の痛みは鈍くて悶えるように感じた。
魔法で反撃しようにもおそらく魔法を構成するイメージの段階での魔力の起こり、技発動時の魔力の微妙な変化を感じとってるのだろうか?
「このオークは俺の獲物だからお前はあの女を追え」
金髪長髪野郎が茶髪単発野郎に指示を出した僅かな隙を自分は見逃さなかった。
恐らくもうこんなチャンスは訪れないだろう。
しかし先ほど発動前にみぞおちを殴られて打てなかったファイアボールも当たったとして2人を殺すことはおろか、無力化する事は出来ない。
この技は動物や魔物を捉える為の罠用に開発した。まだ構想段階で実戦は初めてだがやるしか無い!
この魔法はこの世界の人間には理解できないだろう、なぜなら理解しやすい為なのか、火、水、土、風、無の5属性に分類されているが、自分の考えでは全ては無属性魔法でそこから色々な火や水など変質化しているに過ぎない。
超情報化社会の現代っ子の知識量を駆使すれば魔法は無限の可能性を秘めている。
ポリイソブチレンという炭化水素を重合して作られる合成ポリマーのような粘着物質と、松脂やゴムのドロっとした粘着添加物をイメージして、魔力で変質化させて混合し野球ボールくらいまで圧縮する。
そうすれば一度喰らえば自分では取れないトリモチ圧縮弾の完成だ。圧縮にはトリモチを変質化させる以上の魔力を必要とした為、今の魔力総量では1発が限界のようだ。
魔力をトリモチの様に纏わりつき動けば動くほど絡まるように変質化させたものを一気に圧縮させてどっちが自分を痛めつけるか、言い合いになっていたバカな冒険者2人に向かって投げつけてやった。素手でそのまま触ると自分にもひっつくので魔力を手のひらに纏わせて肌に直接着かないよう工夫して。
投げつけたトリモチ圧縮弾は冒険者2人の目の前で爆発し辺り一面に纏わりつく。
トリモチをそのまま投げても避けられるだろうと思って圧縮したのが良かったが、トリモチへの変質化と圧縮にかなり魔力を持って行かれてもう魔力はほぼすっからかん。発想は悪くないけどコスパが悪いのが今後の課題だな。
最近少しずつだが魔力総量も増えてきてた筈なのに…
もう1発は打てそうにないのでトリモチ圧縮弾を放って今走れる全速力ですぐ逃げた。
冒険者の2人は鬼の形相で叫んでいる。そりゃそうだ舐めプした隻腕オークにしてやられたんだから笑
「テメェェェェエ!絶対に殺してやらぁぁぁあ楽に死ねると思うなァァァァ」
金髪長髪野郎がそう叫んで追いかけてくるが機動力は先ほどみぞおちを殴られた時とは比べものにならない程遅い。
茶髪短髪野郎はトリモチ圧縮弾がいい感じに顔に被弾し息が出来ないのか踠いている。これはラッキー。もしかしたら女神様いるかもしれん。
必死で集落の方向へ逃げるが隻腕のおかげでバランスが悪く中々早く走れない。
ブチギレで追いかけてきた金髪長髪野郎に追いつかれ抜刀した剣で右肩から左腰にかけて袈裟斬りで切られた。
真っ二つにはされなかったもののあまりの鋭い痛みに走れなくなりそのまま正面から転んだ。いきなりだったので転んで金髪長髪野郎の方を振り返るまで何をされたのか分からなかった。気付いたらすでに追いつかれていたのだ。
「死ねぇオラァァァァァア」
もう油断はしないとばかりにすぐさま切り掛かってくる。
トリモチが身体中に纏わりついている癖にめちゃくちゃ動くのが俊敏過ぎる。トリモチが付いてなかったら目で追えないのではと思うほどに。
立ち上がれない走れないしもう魔力も殆ど残ってない。般若のような形相で追撃を喰らわそうと剣を振りかぶっている所がスローモーションに見えた。
嗚呼、懐かしいこの感覚。まさか3回目があるとは。車に轢かれそうになった時、ゴブリンに襲われた時、そして今この瞬間。
本来なら剣を振りかぶっている相手に魔法を放つほど卓越したセンスは持っていなかったが、土壇場で死へのインスピレーションを感じそれを可能にした。
残りの魔力全てを使っても圧縮するのに魔力は十分な量とは言えずボウリングの玉くらいのサイズになってしまったが金髪長髪野郎に放った。金髪長髪野郎がその光り輝くボウリングの玉を自分ごと切ろうと振り下ろしたその瞬間、そのボウリングの玉が閃光の如く光り輝いた。
「グウワァァァァ」
金髪長髪野郎の目の前で炸裂したおかげで何も見えなくなったようだ。土壇場だったけど上手くいって助かった!そのまま失明でもしてくれたら有難い。
しかし金髪長髪野郎が振りかぶった剣は閃光玉ごと自分を切ろうとして振り下ろしていたので、閃光玉で多少軌道がされて、胴体を切られ無かったが太ももに刺さった。
あんまり残ってなかった魔力全てを注ぎ込んだ閃光玉。殺傷能力こそ無いものの無力感するには効果的な魔術だ。もちろん現代のフラッシュグレネードを参考にしてみたが成功してよかった。少ない魔力で相手を無効化できる素晴らしい魔術だな。
でももう魔力切れで動けないのに背中を深く切られて右足の太ももに金髪長髪野郎の剣が斜めに突き刺さってる。
「こりゃもう助からねーわ。でも最後に一矢報いてやったぜ。ザマァみろ」
金髪長髪野郎は喚きながら両手で目を抑えて蹲っている。
恐らく数分から数十分で視力は回復するだろう。そうなればトドメを刺されて終わり…か…。
蹲っている金髪長髪野郎の姿を横目に意識を失う。