賭け
「寒い…。」
どうやら少し寝れたようだ。硬い地面の上でうつ伏せで寝ていたので全身が痛い。
頬についた土を拭って辺りを見回す。
空がほんのりと明るくなっている。っと言ってもまだ歩けるほどではないのでしばらく明るくなるのを待ってから移動を始めた。
何も飲まず食わすで昨日も随分足場の悪い場所を歩いたおかげで膝も足も限界を超えて痛い。でもじっとしていたら死んでしまう事だけは理解していた。
「まだ死にたくない。もう動きたく無いけど動かないと死ぬ。」
孤独を紛らわせる為に自分のやるべき事を口に出して決意を固める為に。
ここで少し寝れたおかげで頭が冴えている気がする。今の最優先は水だ。おそらく今の気温は35度前後。
このままでは餓死の前に熱中症で死んでしまうだろう。
唇が切れた血が滲んで痛い。
今日も昨日と同じく一直線に歩いていく。
その途中に湧き水を探すべく出来るだけ低地を探す。なぜなら水は自然に低地を流れるから谷底や渓谷、斜面の下部なんかは湧き水が見つかりやすいと聞いたことがある。
他にもシダ類や苔なんかの水を好む植物が繁殖している近くは水が近くにあることが多いらしいし、もう少し木々が薄くて空が見えたらこの朝の時間帯か夕方に群れを成して飛んでいる場合はその飛んでいる方向に水がある事が多いってテレビかなんかで聞いたことあるな。
情報化社会の現代っ子舐めんな!
勢い付いても残念ながら草木が邪魔で空は見えないが…
自分の知識では手詰まりなので仕方なくまた一直線に歩くことにした。
どれくらい歩いたのかもう自分でも分からなくなってきた。
もう歩くのも限界になって来た頃ざわざわさわさわのような音がこだましているように聞こえる。
何も飲まず食わずのせいで感覚が鋭くなっているせいか、はたまた幻聴か…
とりあえず音のなる方へ進んで見る。
「おおおおお」
音のする方向は進んでいると
「幻聴ではない!はっきりと聞こえるこれは川の流れる音なのでは!」
一気に希望が湧いてきた。少し歩いてようやく川にぶつかった。そんなに大きくもなくかといって小川と言うほどの規模でもない川だった。川幅10メートルほどでとても透き通っていて美味そうだ!まぁ今の状態なら汚くても飲んでいたと思うが。
服のまま川の中に入って水をがぶ飲みした。
川の端は足が付くが川の真ん中は急に深くなっており170センチ以上ある自分の身長も優に越える水深があるみたいだ。
いい感じに冷たくて全身に染み渡るような、人生で初めてこんなにもただの水が美味しいと思ったことは無かった。
朝から歩いていてもう歩けないし、川に出て日の高さを確認できたことから大体15時くらいだと推測出来るだろう。
遠くの方には山が連なっているのが見える。
すぐに暗くなるしその前に食べるものを確保したい、罠で魚を取りたいし、調理や灯りの面でも面でも火はおこしたい。寝床の確保もしたいし、でも体は殆ど動かない。
「とりあえず飯だな何か食べないと死んでしまう。」
水分補給ができて少し元気が出てきたので、着ていた制服のズボンをないで裾を結んで川の端の浅瀬を網のように掬って魚を取ろう大作戦。
日が暮れて周りが見えなくなるまで何回も何回も掬ったが小魚の1匹すら取れなかった…
それでも空腹が限界突破していたので雑草を川に付けて絞ってから食べてみた。苦すぎて食べれたものではなかったけど、無理やり胃に押し込んだ。
「せめて木の実かキノコでもあればなぁ…」
結局、日が暮れて何も見えなくなって来たのでやめたて川のすぐ近くで横になり空を見上げた。
丁度ジャングルの木々が開けていて星空が満開でとても綺麗だった。死にかけたけど川を見つけられて何とかなったしこのままいけば飯も何とかなるかもしれない。そんな希望を持てるくらい綺麗な星空だった。
自然と目を瞑って寝ていたらしい。パキッガサッと誰かが歩くような音が聞こえる音で目が覚めた。おそらくは動物だろう、うちの近所にもよく猪がでてたのを思い出した。
しかしクマだとするとやばいかも。そう考えて近くにあった太めの枝を手に取る。まぁ昨日も鳴ってたし近づいてくる気配はしないので大丈夫だとは思うが。
昨日は幽霊かも知れないとビビっていたが熊の方が怖いかも知れない。
しかし何が恐ろしいかって日中あれだけこも森の中を歩き回っているのに動物には一切出会わない…ガチで幽霊なのでは?ここってまさかのあの世?実はここは地獄で孤独と飢餓の地獄とかだったら笑えないな笑
まぁそんなものと言われればそんなものあも知れないが。
木を背に身構えていたら眠っていたらしく、日がうっすら開けて空が薄い水色になってきた。
今日も早速ズボンで魚を掬う大作戦を開始した。寝転がって広がったり服を広げたり飛び跳ねたり色々と工夫してみたけど全然上手くいかなかった。
日の出から続けてずいぶん日も登ったが上手くいきそうにないので今の場所より下流を散策して見ることにした。
「このまま下流に沿って歩けばどっかの街があるかもしれない。」
少しの希望を胸に今日も歩く。
下流に沿って歩いている途中にあまりにも空腹が限界でムカデのような細長い多足の昆虫を見つけて食べてみたが苦すぎて食べられる代物では無かった。
この森唯一見た生物が昆虫…しかも自分の知ってるサイズより倍くらいデカくて見た事ない虫ばっかりで食べたら食べたで死にそう。まぁ食べなくても餓死で死にそうだけど。
「火で炙ればいけるかな…火は乾燥してる木を擦って摩擦熱で起こすしかないか…」
結局色々試したが魚は取れないし火は起こせる気配がしないので作戦を変更することにした。
川を下流に降っていけばどこかしら町につながっているだろうとの予測だ。昔から人は水がないと生きていけないので川に沿って街ができるものだろう。
そうして下流に沿って歩くこと数時間ふと妙な臭いがしてきた。何といくか悪臭だ。何日も風呂に入っていない今の自分のような様なツンと鼻を付くような臭いと動物園の獣臭が足して2で割ったような臭い。
一瞬クマかと思って辺りを見渡したが何もいない。
自分の左側は川が流れていて、自分の右側はジャングル、川の下流に沿って歩いていた。音がして振り返ると自分の右後ろ10mほどの距離にその臭いを放つ主がいた。
全身緑色をしてとんがった耳をしている気色の悪い小さい人間のようなフォルムの生き物と目が合った。自分が気付いたと同時に相手も自分の存在に気がついたようだ。
羊と猫を足して2で割ったような鋭い眼光。
目が合ったその生物が雄叫びを上げると数が増えた。
よくみたら5匹ほどいてこちらに全員勢いよく向かってきている。特に位置的に1番近くにいた先頭らしきゴブリンが特攻してくる。
手にはそれぞれ短剣や斧や棍棒のようなものを持って汚い布切れを羽織っている。見た目は小学生くらいの体格の緑の肌をしていて、見た瞬間から嫌悪感が湧き上がるような醜い顔。
最初は木々の陰で暗くてよく分からなかったが「ギイイイイ」のような気色の悪い鳴き声をあげながらこちらに向かって来ているので察して自分は下流の方向へ駆け出していた。
見た感じどうみてもイメージ通りのゴブリン、そして見るからに敵意剥き出しで向かって来ている。
本能がやばい逃げろと告げている。さっきまでもう歩けないと思っていたのに案外体は言うことを聞くようだ。
川の流れている横のジャングルの中を下流に沿って全力疾走で逃げたが木の根っこに躓いて転んでしまった。
当たり前だ疲労し切った身体にこんな足場が悪い中で走れるわけがない。
思いっきり地面にびたんと腹から打ち痛みに悶える暇もなく後ろを振り返る。
先頭のゴブリンとの差は2.3mほど。その姿がはっきり見える。特にムカつくのは転けて振り返った時にニヤついているように見えた。
チビの身長の割に手足が長くて緑の肌の気持ち悪い生物が明らかにニヤついて舐めくさった顔でもう目の前まで近づいていた。手には斧を持っているようだ。
転んでたところ立ちあがろうとしている中、先頭の斧を持ってたゴブリンが追いついてきた。
手には刃渡り15センチほどの斧を真上に振りかぶっている。
その瞬間スローモーションのように世界がゆっくり見えた。
避けられない…
咄嗟に右手でガードする。
ゴブリンの振りかぶった斧を右手で受けてしまった。
その瞬間、非常に鋭く激しい痛みが走った。あんなに小さい体格のゴブリンの斧だしほんのちょっと切り傷で済むと思ってたのに…
右手の肘から先が骨ごと断ち切られ薄皮一枚で右手がどうにかぶら下がっているように見える。
右腕で受けた瞬間に右足で思いっきり回し蹴りをゴブリンの腹に入れてやった。自分の半分くらいの背丈しかないからか、2mほど飛んで行った。
「あああぁぁぁあ」
皮膚1枚でぶら下がっている右腕を見てすぐに悟った、もう右手は終わったなと。
嘘だと言って欲しい。これまでもこれからもあって当たり前である存在が今にもちぎれそうにして動かない。どれだけ動かそうとしても右手は指先一つも動かない。
あまりの痛みに思わず叫んでしまったがゴブリンは待ってくれない。
すぐさま蹴り飛ばしてやったゴブリンが落とした斧を拾い上げて残りのゴブリンをどう対処するか思考した。皮一枚でどうにか繋がっていた右手は、今にも右手の重みでちぎれそうだった。
「クソクソクソクソクソ」
ゴブリンが川に突撃してくるのを見て覚悟を決めて、ぶらんぶらんしていた右手をゴブリンが落とした斧で切り落とした。
残りのゴブリンもほんの数秒で追いつかれるし、正直このまま一気に相手するのはキツイ、かといってこの足場の悪い中右手がこの状態では逃げることはできない。
普通に結構ずっしりくるくらいの重さのある片手で扱う手斧。
1匹ならともかくさっき蹴ったゴブリンももう起きあがろうとしている。先ほどはたまたま1匹のゴブリンが先行していたので片腕を犠牲に対処できたが5匹まとめてやっぱり無理そう。
意外にも走馬灯がみえるレベルの命の危機には通学中の事故と合わせて2度目だからか妙に冷静になっている自分がいるように思う。
このジャングル囲まれると一斉に襲われて対処できない、おまけに利き手が使えないとなると一つしかない。
追従してきたゴブリンに斧を投げつけて頭にヒットし倒して川の方に走る。
「逃げるは恥だが役に立つってな!」
残りのゴブリンゴブリンもすぐに追いついて飛びかかって来てあと一歩のところ、すかさず川に水泳のジャンプ台から飛び込むように岸からダイブして必死で反対側まで泳いだ。
川の真ん中の水深は自分の身長を優に越える、ゴブリンもそれは理解しているのか追いかけてこず、ジャングルの方から石を投げてくるがコントロールやスピードはイマイチで当たっても耐えられそうだ。
右手も関係なしに平泳ぎで必死に水を掻いた。
なんとか反対の岸についてゴブリンを見ると石を投げるのをやめて騒ぎ始めた。仲間を呼んでいるのかも知れない。
「とにかくここを離れた方が良さそうだ。」
一旦ジャングルの中に入り木の影に姿を隠す
「はぁはぁ」
とりあえず息を整える。
「どうみてもゴブリンだった。ここは異世界…なのか!?」
ため息をついて瞬間、焦点が合わなくなる程のめまい、立ちくらみで気絶しそうになった。
原因は一つしかない。ゴブリンに切り落とされた右腕だ。今もなおポタポタと血が滴り落ちている。
すぐにシャツの袖の部分を歯で破いて右腕の止血をした。両足と左手を器用に使って右手の傷口を縛った。
触らなくてもめちゃくちゃ痛い。こんな痛覚を感じたのは人生でNo.1確定だ。しかしその傷口を縛るとすぐにNo.1を更新した。
中途半端に縛って止血できなかったら失血死するだろう事は理解していたので本気で縛った。
血が出過ぎたところ川に入ったおかげでものすごく寒いので腰に巻いていたブレザーを着てから下流の方へ早歩きで向かった。
そもそも走る体力がなかったのと右手もこんなふうになって血も大量に失ったせいめまいがしてまっすぐ歩けないどころかまっすぐ立つ事も叶わない。
いくら考えてもこの状況から生き残る道は全く思いつかない、助けを呼ぼうにもその手段はない。そもそも何日も彷徨っても誰とも出会えなかったジャングルの中で人がいるのかすら疑問だ、下流を探そうにももう歩けそうにない。
必死で下流に沿って早歩きで逃げること1時間くらいたっただろうか、実際には10分しか経っていないかも知れない。足が上がらないし、目の焦点が合わず前が見えなくなってきた。時間の感覚なんてあってないようなものだ。
「あぁやばいそろそろ限界かも…」
現状ここが異世界だろうとジャングルの中ではさっきのゴブリンみたいな奴らに1匹でも出くわしたらもう立てない戦えない、次こそ死ぬ。なんなら血の匂いで寄ってきそうすらある。
しかも動けないところを一方的に蹂躙されるだろう。5匹で行動していたところを見ると最低限群れたり石を投げたりして臨機応変に対応するくらいの知能はあるわけだしな。
初めての命のやり取りも終わって安心してきたところアドレナリンが切れてきたのか右手がどんどん痛くなってきた。思考するのも辛い。
どうやら迷っている余地はなさそうだ。
「はぁハァァ…よいしょ。」
最後の力を振り絞って川に入った。
川の流れに身を任せよう。
もうジャングルを歩けないし、かといってこの場所に止まると逃げた1匹が戻ってくるかもしれないし、また別のゴブリンみたいな遭遇した瞬間襲ってくる生物がいるかもしれない。
「あんな奴らに食われるかこのままここで失血多量&餓死寸前で死を待つぐらいなら、ワンチャンかけたほうが最善!」
体力を使わず下流の方へ移動できるし傷口を水に晒さないよう気をつけて仰向けになり、川の流れに身を任した。出来るだけ沈まないように大の字になって後は賭けるしか無い。
そうして川の中へ入り仰向けで体の力を抜き川に身を委ねて目を瞑る。
片腕で体のバランスを取るのが難しかったり右手の傷口が水に浸からないようにしよと意識するも意識は闇深くへと落ちていく。
あー自分はこのまま死んじゃうのかな…最後にそう思いつつゆっくりと目を閉じる。