見知らぬ場所
「ピピピピピピ」何度目のスヌーズだろうか、昨日夜遅くまでゲームをしていたのでひどく眠い。
時計を見ると8時過ぎ。
今すぐ飛び起きてチャリンコ全力失速で間に合うかどうかの時間。
寝坊した自分と起こさない母親に苛立ち、ドンドンと怒りを階段階段にぶつけるように駆け降りる。
「なんでもっと早く起こさないんだよ。」
開口一番に母親を責める。
「何度も声かけたわよ!文句があるなら夜更かしした寝る前の自分に言いなさい。社会に出たら寝坊なんてできないわよ。今のうちから……」
いつも通り母親の長い戯言が始まった。
死んだ父親の代わりを務めようとでもしているのだろうか。1つ文句を言うと10の文句が返ってくるのだ。
しかし正論を言われて言い返せないので余計に腹が立つ。
「今日学校休むわ。」
「熱もないのにズル休みはいけません。そんなんじゃ社会に出てから苦労するのは葵よ。いいから行きなさい。ほらお弁当!」
「父親ずらすんなよ。死ぬのが母さんなら良かったのに…」
そう吐き捨てて今日も弁当を乱暴に奪い取ってリュックに詰めて、八つ当たりするように玄関を開けて家を飛び出した。
今からなら本気で自転車を漕げば朝礼に間に合うかもしれない。
なぜ遅刻が嫌なのかというと、みんなが着席してる中教室に入るのだけは注目を浴びてしまう、あの刺すようなクラスメイトの視線はきつい。
そんなことを考えながら全力で通学路を飛ばす。しかも今日遅刻するともう2学期は1日も欠席どころか遅刻もできなくなる。
車道に出て本気で自転車を漕いだ。
「よしよし、なんとか間に合いそうだ!」
そう思ったのも束の間。いつもの交差点、信号は赤。でも交通量は少ない道路だし大丈夫だろと脳はGo
サイン。
あの赤信号で待つ数分のタイムロスは痛い。そう思って道路に飛び出した瞬間
「あっ」
勢い良く交差点に侵入しようとしてきた車の運転手と目が合った。
まるでスローモーションのようにとても長い一瞬、あれだけ死にたいと思っていたのに
「死にたk……」
バァァァァッァン
次の瞬間全身が強く押しつけられ熱くなる感覚と共に体が浮いていて、地面がどっちか分からなくなった。
そして耳がキーンと高音が流れてクラクションの音や誰かの叫び声が微かに歪んでに聞こえる。
身体は全然痛くないし早く学校に行かないと遅刻してしまう。そう思いつつ眠気のような感覚に我慢できず目を閉じる。
「はっ!?」
目を覚ますと見知らぬ森の中に横たわっていた。薄暗くて見知らぬ森の中。とても長いような一瞬を眠っていたかのような感覚。
慌てて立ち上がり身体をさする。胴体から足、頭に腕。特に怪我はなさそうだ。
「確か車に轢かれそうになって…いや轢かれたはず…」
「轢かれて目を閉じたら森の中で寝てた…」
「轢かれて死んで転生した!?いや、それよりは轢かれた後遺症で記憶喪失になりその後何らかの理由でこのジャングルに来て記憶を取り戻したとか?」
考えても全く分からないし、とりあえず落ち着いて自分の持ち物を確認した。と言っても背負っていたリュックも自転車もポケットの中も何も入っていない。
「携帯…携帯…あれ、ない。」
何回ポケットを探っても何もない。自分が寝てた周りを見渡しても何も落ちていない。
正直携帯さえあればここがどこであろうと、どうにかなると思った矢先に携帯も何も持っていないことに気がついて急に不安感が込み上げてきた。
少し辺りを捜索しても感じたが全く人の気がしない。まるで深いジャングルの真ん中にいきなり放置されたような。
「あーめちゃくちゃ暑い。どう考えても今の気温は10月の温度じゃない。」
日本の夏のようにジメッとしていないがとにかく暑い体感で35度くらいありそう。日陰とはいえ冬服の制服は暑すぎた。
ズボンは膝まで捲り、ブレザーは脱ぎ捨てるか迷ったが腰に巻いておいて、シャツは腕まで捲った。
「気がついたら遭難してるってどう言うことだよ。」
山で遭難したらまずパニックにならずに深呼吸をして落ち着くってのが常識だったよな。
「呼吸の乱れは精神の乱れ。モンタリストダイゴさんの切り抜きがそんな事を言ってた気がする笑。」
「スゥゥゥゥハァァァァスゥゥゥゥハァァァァ」
とりあえず深呼吸をした。
「遭難場所が特定できる場合や連絡手段がある場合はその場に留まるのが基本だが、生憎ここがどこかも分からない上連絡手段どこらか手持ち完全にゼロ。」
「車に轢かれた直後のおまけ付きかよ。」
状況があり得なさ過ぎて逆に冷静になれた。
とりあえず山で遭難した場合は上を目指せば登山道に出れたり救助に見つけてもらいやすかったりがあるけど今の状況は山どころか平坦のジャングル。で登山道どころか獣道すら無い。
このジャングルまで来た記憶を失ったのかとも考えた。どちらにせよ手ぶらでこのクソ暑いジャングルのにいるという事は紛れもない事実で認めなければならない現実らしい。こんなにも暑いんだもの。
救助隊が来てくれていると信じて木の表面に向かう方向の矢印を一定の間隔でつけていくか迷ったが草を掻き分けて進まなければならないのに、そんなことをしている体力はなさそうだ。
やはりと言うべきか、いくら歩いても多少のアップダウンはあれど平坦でそもそも山ではない。そもそも日本にこんなジャングルが存在するのか?
高い建物を探そうにも空には鬱蒼と木々が生い茂っていて、殆ど空が見えない。
仕方がないので一直線に歩いて捜索することにした。
ぐるぐる迂回して同じところを回るより一直線で進んだ方が何か街なんかに出くわす確率が高そうだと踏んでのことだ。
「うちの近所にこんな森なんかないはずだが…」
今が何時かも分からないので日の高さでおおよその時間を予測しようにも森の木々が邪魔でよく見えないし、よくよく考えてみたらどっちが東でどっちが西かも分からない。
なので枝の倒れた方向に進むことにした。
ブツブツの蔦が絡まった大きな樹木やゴキブリの見た目にムカデみたいな足の本数をしている虫がウヨウヨと地面を張っている。
「意味わかんねーし、マジでここどこだよ。車に轢かれたと思って気づいたらジャングルの中…あークソ。腹減ったー。」
そう独り言をぶつぶつを言いながらどのくらい歩いただろうか、一直線に歩いているつもりで体感4~5時間くらいで日が暮れてきだがどれだけ歩いても視界に映るのは鬱蒼とした木々と嫌悪感を掻き立てられるような虫ばかり。
喉も乾いたし腹も減った。正直一直線で歩いていれば日暮前には何かしらあるだろうと思っていただけにがっかりが大きい。汗も出なくなってきたし呼吸も浅く早くなってきた、もう何もしたくない。でも何かしなければ死がチラついて来ているのを感じていた。
夕暮れからすでにジャングルの中は暗くて足元すら見えにくいなぁと思っていたらすぐに日は落ちあたりは真っ暗で1m先どころか自分の手すらも見えない。仕方がないのでようやく歩くのを辞めたて近くの大きめの木の麓に腰を下ろした。
もう水のことしか考えられない。
コーラが飲みたい。ゴクゴクと一気飲みしたい。いつもこの時間ならポテチとコーラ食べながらアニメみてるのにな。
「なんで自分が何をしたって言うんだよ…」
強烈な孤独と不安で押し潰されそうになり大きめの木の下で蹲るようにして声を出さずに泣いた。しかし涙は出ない。
知らない間に知らない場所で歩き回り夜になって何も見えなくなりホームシックで震えていた。
毎日殆ど食べない自分の為なんかにバランスの良い朝食や弁当を毎日作ってくれた母さんに加減もせずにあんな酷いこと言ってしまったこと。
食べ物どころか飲み水さえ見当たらないこと。
見知らぬジャングルにたった一人で持ち物もなくこれからどうやって生きていけばいいのか分からないこと。
「昨日の晩御飯の唐揚げ美味かったなぁまた食べてぇ…腹減ったぁ…」
「早く返って母さんに一言謝りたい…感情に任せて何を言ってんだよ俺…」
母さんに対する罪悪感と後悔の念、懺悔の気持ちでまた泣いた。暗いとどうしてもネガティブになる。
「考えすぎるとこの闇に取り込まれてしまいそうだな。ははははは…」
独り言を言っていないと頭がおかしくなりそうだった。
極度の脱水&何も見えない暗闇により聴覚の感覚がより鋭くなっているからか、先ほどから「パキッ。ザッ」みたいな誰かだ小枝を踏み抜く音のようなものが聞こえる…
一番最悪なケースは熊だろう。小動物の類であって欲しいが少し離れていることもあって足音だけでは判別できそうにない。
日中あれだけ探してるのに誰一人として出会えていない人がこんな何も見えない夜のジャングルにいる灯り無しで歩いている訳ないよな…
何もできず何も見えない恐怖にブルブルと震え上がり何も聞こえないふりをして耳に手を当てて膝に顔を埋めるようにして朝を待った。
じっとしてどれくらい経っただろう。
死んだ方が楽なんじゃない?
そんな心の声が聞こえてくる。夜はネガティブになるもんだそう自分に何回言い聞かせただろう…