第1話 : 見送り、そして接触
地球には人知れず毎年毎ヶ月として絶えず宇宙から恵みが降り注いでいる。
しかし、それが何か全てを知る術は人間には無い。
人は時として全てを悟っていると錯覚してしまう時がある、理由は現代文明の発達なのか、はたまた倫理観の拡張なのか。あるいは自身の成功体験を通してなのだろうか。余裕・慢心・怠惰・油断、人間のそれをつくときは必ずしも偶然というのは厳しいだろう。
ある日そういった人間の隙のようなものを狙ったかのように、地球に一つの恵みが降りた。
誰の目にも触れず、地球の周りを絶えず回る衛星にもレーダーにもその姿形を見せずに、ただ雨のように大地を貫いた。長年人類文明を支えた地層を無慈悲にも容易く形を変えてその質量を視覚情報としてたらしめたのである。地球に大きな傷をつけ、それに呼応したかのように半径数百メートルに及び爆風がおき、空間を切り取ったかのように無に帰した。何かが割れる音、地面が振動により叫ぶ音、空気が逃げる音、それらが思い出したように遠く離れた人の耳に流れ込んでくる。
直感。
人には感というものがる。生存競争由来の生きるための心理的基礎能力であり、選択や窮地にて適切に判断し、人が人であるために存在する力。四方に生きる人の直感が告げる、“変化”を。
物理的な視点で見ればたかが物質の振動で未来予知などできるはずもないのだが、全ての人がもう二度と地球が地球に戻れないことを悟った。過去に幾度となく災害を超え、戦争を超え、その身に畏怖と震えを刻んできた人類が刹那、生きるということを忘れるほどに。ただ“変化”を感じた。
恵みが届いてから初めて届けられたことを知った人類は恵み自体が何であるのかをまだ知らない。ただ、人類が捜索を開始してから発見に至るまではそう長く時間は要さなかった。恵みは常に発光しており一定の周期でその光の強さは変化する。弱くなったり、強くなったり、極めて強くなったり、とその変化は予想ができないほど不規則かつ高速である。
発見はできるが、未だ知らない物質を視覚情報から理解することはできない。必ず一つ一つの既知を基に未知を取り込み既知に変えていく。だがその恵みは完全なる未知であり、今までの人類が研究してきた物理学、原子論は全て意味がなかったかのように思えてしまった。
日本の長野県に存在する無数の山の一つに恵みは与えられ、対価として山は天に還った。
未知の恵みは決して人の手で運べるような深さに刺さっておらず、恵みをしかるべき場所に回収すべく多くの自衛隊員と車両を必要とした。しかし車両の侵入は意外と簡単になっていた。何故ならもう山は山ではないからである。掘って平らにしたような地面ではなく、完全に切り取ったような平地で完璧な切断が山に対して行われたかのようだった。
回収に赴いている自衛隊員の体感でも決して軽いとは言えない重量だが、隊員一人で持ち上げることができないはどの重量では無い。成人女性一人分といった所であったが、元々は山の地下にあたる土地に、深さ30m程度で上から5mほどの岩が少し被さっており、頭一個分程度空けて蓋をしているような状態だった。地盤は硬く、到底簡単な重機で掘れるようなものでも無い。それから国の研究施設に運ばれるまで丸一日。
恵みは最高峰の研究所に手渡された。
しかしここからが問題である、やはり完全な未知を既知に変える手段はない。いくら大掛かりな研究を行おうが恵みの情報は全くと言っていいほど得られない。電子顕微鏡で100万倍に拡大しようが、CTスキャンを行おうが、恵み構成する粒子にたどり着くとすらできない領域。しかしこの研究所はただ“理解不能”を世界に提出する研究所ではなかった。設立者は日本人であり、施設も日本に存在するものの研究員の人種や言語は様々であり、採用形式は完全能力制で各国が同じ条件でその採用を極秘で許可している。
研究員採用条件は、己の化学を持っている事。
化学というのは、人が今までの常識にとらわれず0から新たな着眼点を持つ必要があり、他者の化学を受け入れ解析する能力とは別に、“自身が結論を導き、その証明ができた化学”を全員が持ち、今までの化学で一切疑問を持ったことがない人間、そして全ての結論を最初から持って生まれてきた現状人類が出せる恵に対してのジョーカーのような存在であった。
当然恵みは世に公表できるものではない、例えば今までを覆す程の軍事利用できる物質やエネルギー資源であった場合、人類は再度地獄を見る羽目になる。この研究所や自衛隊の一部の人間に託した日本の上層部は、それとは別に遥かなる“期待”があった。
未知は果実である。
もはや昔とは違い化学の謎は大方が明白になり、我々人間は天国になどいけずいずれは朽ち果て死に至り塵と化す。この世は物理でできており、細胞で我々はできており、神はおらず地球という小さな鳥籠で全員死ぬ。それはもう薄々地面に這いつくばる人間には理解ができていたであろう。
しかし研究員の一人であり、現状世界で最も高度な脳を持っていると噂されている通称“ネコ”と呼ばれる人間がいる。本名は上層部の一部の人間以外誰も知らず、姿も全身布に隠して見せず、声も変声して発している、類稀なる才能だけでこの研究所に採用されたネコは、皆が躍起になる研究室の片隅で唯一気づいてしまった。
(__この発光には、言葉に近い周期性がある。)
言葉というものは、人間が理解し伝えやすいように音声に結び付けられていたり様々に変換され意味をなす場合が多いのだが、ただ一つの情報だけで情報は繋がる。モールス信号のように、たった一つの体感情報だけで文章を作ることも可能である。
(だけどこれはモールスじゃ無い、だけどこの規則性は乱数とは違う、私の“直感”がそう告げているんだ。)
(考えろ、考えろ、考えろ。)
数年前まで世界記録に認定されていた最も優れた多言語話者は58ヶ国語を話せたらしい。だがもう記録は書き変わった。匿名ではあったものの、確かに記録は変わった。審査員の健康状態が健康から不安定状態に陥るまで長期の期間を経て、地球に存在した7000近くの言語をその言語の歴史まで全て記憶し、常識を大きく変えた人間の正体がネコだ。ネット上では審査員が買収されたや、人選ミスなど大きく騒がれたが、事実である。
そんなネコが奇跡的な速度で脳内を回転させ、たった一つの結論に近づいていく。
(発光パターン、スピード、発光の強弱…)
(もし仮にこれが地球外からの言葉だとして、わざわざ独自の言葉を記すのではなく発光という変わった形でわざと気づかせるように仕組んでいるのだろうか、観測に引っ掛からなかったということは地球に衝突するまでこの発光は無かったはず。ここまで発光していて点滅のような現象を繰り返して発見出来ないはずがない。わざと観測ができないように光学迷彩のように同化させていた可能性が高い、そして大気圏辺りに入ってから速度を変化させている…いやまてよ…速度?)
(…これは人間がローマ数字を脳内で考える際の平均筆記速度か)
「I-IV…VII-V…VII」
(4と7、5と7には明らかな空白の意味の唯一発光の消滅がある。大きく分けてこの三つの塊の数字になる。)
1-4 7-5 7 … 14 75 7…?
その時、ネコの幼少の時の記憶が頭をよぎる。幼い時にいつのまにか記憶し覚えもないのに脳内に染みついた記憶。母の書斎に入った際に偶然開いた本に書いていた規則的な周期を記した先人の知恵。
(元素、周期表_)
元素周期表は人間にとって絶対のルールであり、全人類共通のルール。
ケイ素、レニウム、窒素
(この物質自体に何かしらの意味があるのか…?)
そう考えついたと同時に恵みは発光をやめ、一同は困惑に包まれた。
次回へ続く