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大賢者の末裔  作者: 理想久
第三章 魔術師の宿題
88/92

言葉は人が有する、これ以上ない優れた道具である。

お久しぶりです。正月は休んでいました。

今年もよろしくお願いします。

 

 ■◇■


「まさか、君まで見舞いに来てくれるとはな」

「ご迷惑でしたか?」

「いいや。素直に嬉しいよ。自分で言うのもなんだが、私はあまり個人的な関係を学徒たちと築いてこなかったからな。こうして見舞われるなんて思っていなかった」

「……それなら良かったです」


 最高学府内に存在する医療施設。

 白を基調として清潔に保たれた空間の中に、孤独に寝具が設置されている。

 寝具の上には包帯で全身を巻かれた人間が一人。

 包帯は所々に血が滲んでおり、その下にある肉体が如何なる状況かを物語っている。


 包帯を纏う者の名はヴィザ―・アージュバターナー。

 数日前の戦闘の最大の功労者にして、最も深い傷を負った者。

 彼女はその傷の治療のため、この部屋に運ばれたのだ。


 そして、彼女の傍らにはゼルマの姿もあった。

 ようやく面会可能となったヴィザ―に会うためにやってきたのである。


「身体の方はもう大丈夫なんですか」

「ああ。まだ上手く動かせないがね。こればかりは回復訓練(リハビリテーション)を地道に行うしか無いそうだ。最高学府の魔術師は優秀で助かるな」

「…………」

「ああ、分かっている。君が聞きたいのは……こっちの方だろう」


 彼女が右腕を持ち上げ、包帯を少し捲る。

 そこには薄っすらと輝く血管の如き線が浮かんでいた。

 魔術師の肉体に宿る魔力を回すための(みち)。一般的に魔力回路と呼ばれるものだ。

 だが本来は途切れのない枝分かれをした線である筈のそれが、現在は所々に途切れてしまっている。魔力が過剰に体内を巡った事による弊害であることは見て明らかだった。


「幸い、致命的な損傷は無いそうだ。ただ暫くは……一月か二月か、本格的な魔術の使用は控えるように言われたよ。軽くなら問題はないそうだが、傷が開くのと同じ様に安定するまでは無茶をするなという事だな。シジュウの方はもう少し軽いようで、私より先に復帰できる見込みらしい」

「……それは良かったです」

「ああ。()()()()()()()()、本当に良かった」

「…………」


 ゼルマはそういう意味で言ったのでは無かったのだが、ヴィザ―の言葉も決して間違いではない。

 それだけの戦闘だった。それだけの事件だった。

 ヴィザ―とシジュウという二人の魔術師だけで被害が済んでいるという事実は紛れもない奇跡なのだ。何かが掛け違えていれば、或いは同じ状況であったとしても、より大きな被害が出たのは確実だったのだから。


 ゼルマはかつて目の前の人間が自らに語った言葉を思い出す。

 彼女は必要だと判断して、自ら戦場に立ったのだろう。

 ならばゼルマにそれを咎める資格は存在しない。目の前の彼女はゼルマよりも遥かに能力が高く、遥かに優れた人間だ。そんな人間がそうだと判断したのだ。

 だが、それでも。


「情けない事だが、シジュウが私の後を引き継いでくれたお陰で私は使命を全うできた。最高学府に被害は無く、同行していた特待生も逃がせた。これ以上ない戦果だ」

「かつてない程の資料が今回の戦闘から得られたと聞きました」

「ああ、それもだな。だが、正直私にとっては死者を出さなかった事の方が大事だ。偉大なる最高学府の、それも科長の台詞としては失格かもしれないがね」

「いえ、立派だと思います。……貴方は本当に素晴らしい教育者だ」

「そうか。それは因果なものだ」


 まるで何か遠い過去の風景を思い描くかのように、ヴィザ―は笑った。

 人の過去を覗き見る術をゼルマは持たない。

 だがそれでも、彼女のその笑顔が、彼女の過去に由来するものであることは見て取れた。


 そうしてほんの少しの間、静寂が空間には訪れた。

 元々防音性には優れた空間であるだけに、部屋の中には呼吸と共に擦れる布の音が聞こえる。

 そして、口を開いたのはヴィザ―の方であった。


「さて……次の話題に移ろうか」

「…………」

「押し黙る必要は無い。まさか、本当に私の見舞いだけの為に態々面会申請をした訳ではあるまい?」

「―――はい」


 素直に肯定の意を示すゼルマ。ここで余計な駆け引きをする必要は無い。

 ゼルマが彼女の身を案じて見舞いに訪れたのも事実だが、それだけでないのもまた事実。

 ならば率直に、彼女が好む自分の姿で問うた方が良いと判断したのである。


「何について聞きたい?熱心な君の為だ。私の知る限りの事を話そう」

「長くなりますが、よろしいですか」

「構わない。行っただろう。態々面会に来てくれた熱心な君の為だと。時間の許す限り、君の聞きたい事を尋ねると良い」


 面会時間に特に制限は無い。居ようと思えば一日でも居座る事は可能だ。

 だが目の前の人間は重傷者である。こうして会話を行うだけでも負担はかかっている筈なのだ。

 故にそう長居は出来ない。ゼルマは単刀直入に尋ねることにした。


「では……【焔の魔王】について、伺っても良いでしょうか」

「そうだな。魔術師ならば……先ずはそこが気になって当然だ」


 そうして彼女は話し出す。


「始めに、【焔の魔王】は間違いなく精霊種だ。でなければあの不死性は実現出来ない」

「精霊種の魔王……ということですか」

「そうだ。権能による無尽の魔力、そして精霊種の魔力体。二つの特性が合わさることで【焔の魔王】は擬似的な不死を実現しているのだろう」


 魔王に共通する能力。それは世界からの無尽蔵の魔力供給である。魔術師の上位互換と称される最も大きな要因でもあるこの特性によって、魔王は魔術の王として君臨する。

 だが無尽蔵の魔力供給と不死性とは本来全くの別物。魔王は不老ではあるが不死ではない。

 水の絶えない水瓶であっても水瓶そのものを壊すことは出来るように、無尽の魔力があったとしても不死であることには直結しない。


 故に傍から見て不死に見える存在であっても、何かしらの手段を用いて疑似的な実現をしているに過ぎないのである。

 それが【焔の魔王】にとっては、精霊種の魔力による肉体形成と権能による無尽の魔力。この二つの特性が掛け合わさることで、【焔の魔王】は疑似的な不死を成しているのだ。


「幸いなのは【焔の魔王】が狂っていることだな。言葉を用いない。今の奴は、ただ無尽の魔力を無闇矢鱈に放出するだけ。……もっとも、それが一番凶悪なのかもしれないが」

「戦闘中に詠唱は確認できなかったということですか?」

「私は一度確認した。だが、一度だけだ。あれだけの威力を有する魔法を多用しない所を見るに、あくまで反射的に用いたものであって意識的に用いることは出来ないのだろう」


 本来、魔王とは魔法を用いる存在である。

 序列に並ぶ魔王然り、過去に観測された魔王の戦闘において魔王の象徴とは魔法であった。

 大陸の果てから大軍を殲滅し、大地に消えぬ傷を刻み、時に概念すら蝕む力。

 無尽の魔力を以て行使される、魔王の権能だ。


 しかし【焔の魔王】はこれまで記録された魔王とは明確に異なる点がある。

 それは狂気に呑まれているが故に、言葉を用いず、詠唱を行わないということ。

 勿論、詠唱が無くとも定義の上では魔法には違いない。

 だが詠唱を用いずに行使される力は、魔法と称するには決して十全ではない。

 それはゼルマも目の当たりにしている。


 あの、空を埋め尽くす真紅の輝きを。


〈焔、それは雨〉フォアベルラ・ソドムス、そしてシジュウが確認したという〈焔、それは壁〉(フォアベルラ・カメロ)。この二つが【焔の魔王】本来の力なのだろう」

「……先生の目から見て、彼の魔王はどう映りましたか?」

「間違いなく。彼等は我々の上位互換だ」


 断言するヴィザ―。そこには一切の迷いはなかった。

 ただ真実をそのまま口にした、といった様子であった。

 そしてゼルマもまた、彼女の言葉に違和感は無かった。


「やはり、ですか」

「ああ。『知識』と『経験』には大きな隔たりがある。これは優劣の問題では無く、性質としての問題だ」


『知識』と『経験』の差異。奇しくもそれは、ゼルマにとって身近なものでもあった。


「私達が得た情報は『知識』として蓄えられ、分析され、次なる脅威に対するものとなる。だが、根本として……魔王は別物だという事実は残る。諦観している訳ではない。客観的な事実として、だ。彼等は間違いなく魔王の名に相応しい」

「…………」


 魔王が魔術師の上位互換であるという客観的な事実。

 経験をした者であるからこそ理解できる、隔絶された実力。

 言葉を失った魔王にすら遠く及ばないという、絶望的な力の差。

 知識では伝わらぬ、魔王という脅威。


「で、どうするかだが……」


 だが―――。


「報告書を見る限り、やはり物理的な攻撃は効果が薄いようだ。直接攻撃を行うなら、属性攻撃……もしくは純粋魔力による攻撃になるだろう」


 それでもヴィザ―・アージュバターナーは魔術師である。


「一方で防御面においては私がしたような物理防御も有効だった。相手は火属性で肉体を形成している。例えば膨大な水量での隔離や厚い岩石層による閉鎖も一定の時間稼ぎにはなるはずだ。丁度、私がそうしたようにな」

「戦力はどの程度必要だとお考えですか」

「最低でも私と同等、それ以上の魔術師が十人は必要だろう。多過ぎても悪手な事は今回の事例で判明した。恐らく奴は敵対者の数に比してより範囲が広い攻撃を用いる。狂っているからこそ、目に見える『数』に反応するという訳だ」

「となれば、精鋭での討伐が最適になるということですね」

「ああ。加えて、単なる精鋭では足りない。次回の戦闘では六門主の参加が必須になる、というのが私の予測だ」


 真理を探究し、未来へと進まんとする人間である。

 大敗を喫して尚、彼女の心は折れていない。

 それは恐らく、この場に居ないシジュウも同様なのだろう。


 学園長キセノアルドがクリスタルへと語り聞かせた、人のあるべき姿が其処にはあった。


「……以上が奴との戦闘の概要だ。他に何か―――っ!」

「先生!」


 概要を話し終えた直後、ヴィザ―が自身の胸を抑える。

 ゼルマが立ち上がるが、彼女はそれを無言で静止した。


「……痛むのであれば日を改めます。無理はなさらないでください」

「問題ない。また面会許可を得るのは君にとっても面倒だろう。他に聞きたいことはあるか?」

「ですが……」

「問題ないと言っただろう。曰く、この痛みは回復している証拠らしいからな。で、何を聞くんだ?」

「では……シジュウさんについて伺っても良いですか」

「そうか。それも当然の疑問だな」


 次にゼルマが尋ねたのは彼女の幼馴染兼恋人でもあるシジュウのことだった。

 シジュウもまた今回の事件において立役者。

 ヴィザ―が最高学府を護った者であるとするならば、彼は実質的に魔王を退けた者であると言える。

 そしてゼルマが現場に辿り着いた時、戦闘を行っていたのもシジュウであった。


「私に……いや、アージュバターナーに起こった事件のことは知っているな?」

「……はい」

「そうだ。今から二十年以上前……アージュバターナーは私一人を残して死んだ。他ならない【焔の魔王】の手によってな」

「やっぱり、そうだったんですね」


 ゼルマも薄々察していたことだった。

 英雄の末裔であるアージュバターナーに起こった悲劇は最高学府では多くの者が知る話だ。

 血統魔術という目に見える証明がある魔術師の世界において、『英雄の末裔』は貴重な存在だ。ヴィザ―は『アージュバターナー』であるだけで注目を受ける。

 加えて内容も凄惨となれば、有名にもなる。


『一夜にしてアージュバターナーは一人を残して死に、灰と化した』


 目撃者が生き残りであるヴィザ―を除き全員死に、そのヴィザ―も沈黙を保つことで何があったかを知る者は居ない。ゼルマが関係性を考えたのも、『灰と化した』という言葉からで、今彼女の口から直接聞くまでは知らなかった。


「そうして私はシジュウの家に拾われたんだ。それが、六門主アズバードだった。シジュウという名前は改名した後のもの。元々の名前はカルラ・アズバードという」

「シジュウさんが、アズバードの……」

「正真正銘。あいつこそがアズバードの後継者だ。……元、が付くが」


 それは最高学府に属する者であれば信じ難い選択である。

 いや、有りえない選択と言っても過言ではない。


 最高学府の最高権力者は学園長であるキセノアルド・シラバスだが、その座は不変のもの。言うなれば彼は最高学府の象徴的な存在であり、実質的に学園を運営しているのは六門主である。

 六つの部門を治める、六つの家系。

 長い歴史と確かな実力に裏付けされた強大な権力を有する者達。

 それが六門主であり、なろうと思ってなれる存在ではないのだ。


 そんな存在の次期後継者である立場を自ら捨てる。

 それは六門主が有する権力も、財力も、特権ですらも破棄する行い。

 愚行であると、蛮行であると唾棄されても反論できないような行い。

 正気の魔術師ならば絶対に選ばない選択肢である。


 であるならば、そこには相応の理由がある筈だ。


「……シジュウは、私の為に六門主の後継者であることを辞めた。理由は……聡い君ならば想像がつくんじゃないか?」

「……ええ、薄っすらと、ですが」

「ならそれが全てだ。私の為に……奴は自分を捨てたんだ」


 そうして、静かにヴィザ―は語り始めた。


 ■◇■


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